富士山では7月の山開き直後に死亡事故が相次いだ。山梨県側の富士山吉田ルートの通行は、「弾丸登山」などの問題を受け今年から人数規制が設けられている。
2023年の登山による山岳遭難者数は2761人に上った(警察庁発表)。
遭難の背景には、SNS等で山の写真をよく目にするようになり、自分の技量や体力を超えた山に挑戦する人や準備不足のまま登山する人が増えていることがある。新型コロナのため外出を自粛した影響で体力が落ちている人も多い。私たちはどんな山を選び、どんな準備をすればいいのだろうか。(Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/監修:加藤智二/取材協力:株式会社ヤマップ)
- 富士山は簡単に登れる山ではなく、高山病予防の知識や防寒着などの装備が必須
- 山岳遭難の理由TOP3は道迷い・転倒・滑落で、道迷いは低山や里山に多い
- 自分の技量や体力に合った山を選ぶために「山のグレーディング」を参考に
1.富士山に登山規制 「誰でも登れる」過信の怖さ
警察庁発表によると、2023年の登山による山岳遭難者数は2761人に上った。また、2023年の富士山の遭難者数は97人で、2018年から2022年までの5年間の平均である51人から増加している。
「弾丸登山」も問題になり、山梨県側の富士山吉田ルートでは今年7月から登山規制が始まった。「弾丸登山」とは、御来光を見ようと0泊2日で夜通し山頂を目指すことだ。高山病※や低体温症になる可能性があるだけではなく、山頂付近が混雑して他の登山者にも危険が及ぶ恐れがある。規制が導入されて1週間の7月7日時点で、「弾丸登山」とみられる人は前年同期比で9割減少した(山梨県富士吉田市調べ)。
※高山病:酸素濃度の低い場所で、十分な酸素を身体に取り入れることができず、吐き気や立ちくらみなどの症状が引き起こされる
そもそも、「遭難」とはどんな状態?
「遭難」とは、自力でも、仲間の力を借りても、下山できなくなることをいう。日本山岳ガイド協会認定山岳ガイドの加藤智二さんに、遭難について聞いた。
- 加藤さん
- けが・疲労や、暗くなって動けない等の理由で、山小屋や道行く人に助けを求めた時点で遭難だという認識でいいと思います。
夏の富士山は「みんなで登れば怖くない」「高齢の人も子どもも登っているんだから、自分たちも大丈夫」と過信して、他人の行動につられて無理に登る層も多いです。街中であれば手を差し伸べてもらえますが、山ではどうしても自分で頑張らなくてはいけない部分があります。自分の体力や技術力を鑑みず登山して、いざとなれば通報すればいいと安易に考える人もいるかもしれませんが、消防や警察、地元の山岳救助隊が危険を伴いながら助けに来てくれることを理解しておく必要があります。
2.Yahoo!検索からわかる富士山登山者の意識の欠如 高山病と防寒に関心を
LINEヤフーにおける「富士山 登山」と「唐松岳」の検索データを比較したところ、富士山は相対的に「高山病」「気温」「防寒具」などの検索数が少ないことがわかった。
唐松岳(標高2696m)はアルプスの入門山という位置づけで、登山好きから人気が高い。一方で富士山(標高3776m)は、登山自体に興味はなくても富士山という知名度で登る人も多いという違いがある。個人差があるが、高山病は標高2500m程度から発症する可能性があり、富士山も唐松岳もともに対象となる。
- 加藤さん
- 唐松岳のほうは、登山用品のブランド名や登山ルートを多く検索していて、装備や登山の難易度に関心が高いですね。唐松岳は難易度は高くありませんが安全確保のために鎖が取り付けられている岩場もあり、スニーカーでは不十分だと理解されているようです。
富士山のほうは「五合目」の検索が多く、山のコースを知ろうとする動きがあるようです。より多く検索してほしいのは「高山病」「気温」「防寒着」です。高山病に耐性があるかどうかは個人差がありますが、五合目で1時間程度は高度に身体を慣らすことをおすすめします。
そして気温と防寒着。単純計算で1000m登るごとに6度下がるので、標高3776mだったら20度ぐらい下がる。真夏にふもとで35度でも、山頂では約15度で、風があれば体感的に気温は1桁です。また、行動中と休憩中とで体の発熱量には大きな差があるので、重ね着は脱ぎ着がしやすいものにして、体温を一定に保ちましょう。
3.登る山どう選ぶ? 気軽に行ける「マイ山」も持って
自分の技量や体力に合った山を選ぶ際に参考にしたいのが「グレーディング」だ。山やルートごとに体力と技術的な難易度を評価している。
初心者はグレーディング表の左下のルートから右上のルートへと、徐々に経験を積み重ねることが推奨されている。
- 加藤さん
- 山選びに加えて、自分の体力や技術力に合ったペースで登山することも大事です。登りも下りも、心拍数が安定するスピードを意識してください。会話ができるぐらいをペースの目安にするといいかもしれません。
トレーニングとしては、行きやすい「マイ山」を1つ、2つ設けて、しょっちゅう行くのがおすすめです。「今日の体調だと足が重い」などコンディションを確認する。あるいは、「再来月に本格登山するから、要らないけど10kgの荷物を背負って登ろう」と予行演習する。社会人は少ない休みを有効に使わないと、体力不足によるけがにつながってしまいます。
4.遭難理由の最多は「道迷い」 低山に多い落とし穴
登山地図GPSアプリ「YAMAP」を運営する株式会社ヤマップに、遭難が起こりやすい場所や対策について聞いた。
「道迷い」は、低山や里山に多い。富士山や日本百名山など登山者が多い有名な山とは異なり、登山道や道案内が整備されていなかったり、作業道が入り組んだりしている場合が多い。迷いやすい地形では、間違えた踏み跡が正しい登山道に見えることもある。道に迷ったかもしれないと思ったら、「来た道を戻る」が原則。特に下山中は来た道を登り返すことになるので迷うと思うが、「下っていけば何とかなるだろう」と下山し続けたり、見えてきた沢に降りたりするのは危険だ。沢はたどっていくと崖になっていて滑落するケースが少なくない。登っていけば尾根に出て視界が開け、携帯電話の電波が通じることが多い。来た道を戻るために、行動食をとったり休息したりして体力を回復することも大切だ。
「転倒」は、固定されていない不安定な石に体重をかけてしまったり、濡れた木の根で滑ったりするケースが多い。疲れていると自分が考えているより足が十分に上がっておらず小さな出っ張りにひっかけたり、足の踏ん張りが効かずに転倒したりしやすい。ひどい場合には捻挫や骨折に至ることもある。また、秋になると日没が早く、特に樹林帯は薄暗くなるのが早いため、15時までには下山したい。
「滑落」は、傾斜が急で険しい岩に登るときや、片側が崖になっている道を進むときに起こりやすい。
株式会社ヤマップの広報・上間さんは、滑落事故について次のように話す。
- 上間さん
- 滑落事故が起きた現場を案内してもらう機会がありました。すれ違うのが難しい細い道で、片側は崖になっていました。崖から10mくらい滑落してしまったそうです。生い茂っていた木々が急に途切れ、街が見渡せる絶景ポイントで、カメラを手に崖側に寄っていったところ、不安定な場所に足を踏み入れてしまったようです。撮影に夢中になったあまり起こった事故です。足場は慎重に確認して、山での「ながら歩行」はリスクを伴うのでやめましょう。
万が一、遭難してしまったら?
- 上間さん
- まず自分の状況を確認しましょう。自分の現在位置が分かる目印になるものがあるか、けがの有無、食料や水はあるか。スマホの登山地図GPSアプリは現在位置がひと目で分かるので安心です。その上で、携帯の電波圏内であれば、その場で警察に連絡しましょう。救助には時間がかかります。夜間は救助活動ができないことも多いようです。
事前に登山計画を立てることは、準備としてとても大切です。何時に登山口をスタートし、何時頃に山頂に着いて下山するのか、自分の体調や体力と相談しながら計画を立てます。山小屋や水場の場所も確認しておいて、15時までには下山あるいは山小屋に着く計画にしましょう。
登山計画書を提出しておけば、万が一遭難した時にも、捜索範囲を絞る有効な情報になります。また、山岳保険は高山・低山に関わらず加入したほうがいいでしょう。捜索・救助において警察や消防だけでなく、山の地形を熟知している民間の救助組織が出動することもあります。遭難者本人またはご家族の同意を得た上ですが、負担義務が生じることもあります。また、民間のヘリが出動し、高額な請求になってしまうこともあるようです。
単独登山よりも複数人で登るほうが安全?
山の天気は、一日の中でも大きく変わりやすい。そして雨が降ると、濡れや冷えで低体温症が起こりやすくなり、視界が悪くなって事故のリスクも高まる。山へ行く前日だけではなく当日の朝も天気予報を確認して、天気急変に注意などとあれば中止・延期する判断も大切だ。
季節の特徴としては、春は、標高が上がるとふもととは気候が全く異なり雪が降ることもあるため、初心者には低山がおすすめ。夏は標高の高い山にも挑める。秋は暑さも落ち着き山が色づくが、高山では雪が降るところも出てくるため、登りたい山の小屋閉め(冬季がくる前に山小屋の営業を終了すること)の日程確認を。冬は、積雪により遭難した時に命を落とす確率が高く、登山経験があまりない初心者はおすすめできない。
山登りする時は、単独よりも複数人のほうが安全か、加藤さんに聞いた。
- 加藤さん
- 複数人のほうが安全とは言いきれません。複数人で登ると責任の所在がはっきりせずに、誰かがやるだろうと受け身になってしまう。単独の人はきちんと準備するし慎重に山を選ぶ傾向があります。ただ、単独登山で事故が起きると、他の登山者が偶然発見してくれることに期待することになるため救助は遅れがちです。
事故を防ぐために、そして山を味わうために大切なのは、目の前の景色をよく見ることです。例えば見通しのよい場所で雄大な景色を楽しみながら、今は晴れているけれど雨が降ったらしのげる場所がないよなと考える。コンパスで方角を確認しながら、地図の等高線の形を読む。道標(どうひょう)で立ち止まって、「正しい道を歩いているよね」と確認する。登山道に新鮮な落石のかけらが落ちていたら、また落石が発生するかもしれないから、必ず上を見て発生点を確認する。複数人いるとこうした視点が増えるのがいいですね。
5.装備不足は心が追い詰められる 身に着けるべきものは
- 上間さん
- 最近は夏山で熱中症になり救助を求める人が増えているようです。予防は水と塩分を取ること。足がつる予防にもなります。登山ルートにトイレが少ないと女性は特に水分を抑えがちですが、汗をかいた分しっかり取りましょう。不安であれば携帯トイレを持っていくとよいでしょう。一方、ゴールデンウィークでも標高2000mくらいは非常に寒くて、雪が降ることもあるので、防寒具を忘れないでください。ヘッドライトは、下山が遅れて周囲が暗くなることに備えて持っていくと安心です。
- 加藤さん
- 持っていくべき飲み物の量は、汗の量から計算できます。
摂る水の量=かく汗の量 × 0.7~0.8
汗など身体が失う水分量=行動時間h×体重kg×5ml
例えば体重60kgの人が6時間登山するなら汗の量は1800ml。必要な水の量は1260~1440mlとなります。
レインウエアは強風対策も兼ねるので、天気予報にかかわらず必須です。
遭難に備えて、スマホのGPS機能で自分の位置を家族や友人に共有する、あるいは電波発信機を装備することもおすすめです。ただし、遭難して救助を要請した場合、夜間は救助活動ができないことも多く、救助されるまで耐えうる装備が求められます。
また、低山登山ではさまざまな野生生物と遭遇します。中でもスズメバチの被害は多いです。ウエアはハチの攻撃性を高める黒色は避けることがおすすめ。長袖や帽子などで肌を守ることで被害を軽減できます。野生生物と遭遇したら、静かに引き返すなど、相手を刺激しない行動が大切です。
装備が不十分で、行動食がない、雨で体が冷えた、日没まで時間がない、と追い詰められると人の脳みそはキャパシティをオーバーして、誤った判断をしてしまいます。頑張ろうという精神論ではなく、十分な装備で、小さな体験を積み重ねることが大切です。
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