日本政府観光局などによると、2023年度のインバウンド消費額は過去最高の5兆円となった。2024年上半期も順調に数値は伸びており、このままのペースでいけば2024年は8兆円も視野に入る状況だ。
このような数字がインバウンドの「光」だとすると、「影」はオーバーツーリズム(観光公害)の問題だろう。有名観光地などでは、外国人観光客が地域住民の生活を圧迫しているとの声も増えている。秋のレジャーシーズンを前に、これからのインバウンドのあり方について、アンケートに寄せられた読者の声や識者の意見をもとに考える。(Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/監修:千葉千枝子)
- オーバーツーリズムの問題は観光地や都市部で特に顕著だが、地方はインバウンド拡大を望んでいる
- 二重価格や観光税といった施策も今後検討が必要
- インバウンドとの共生のためには、国の長期的ビジョンと地方の魅力向上が不可欠
1.実感には地域差も? オーバーツーリズムの問題
オーバーツーリズムとは、特定の観光地などに旅行者が集中することによって住民の暮らしや環境に影響が出たり、旅行者の満足度を低下させてしまったりすることをいう。日本だけでなく、世界中の観光地で問題になっており、最近ではスペイン・バルセロナでオーバーツーリズムに抗議する人々がデモに参加し、観光客に水鉄砲を浴びせる様子も報道された。
世間の人々はオーバーツーリズムを実感しているのだろうか。その実態を調べるため、今回、Yahoo!クラウドソーシングで20〜69歳の計3000人に、現在暮らしている街(都道府県)のオーバーツーリズムに関するアンケート調査を行った(2024年7月25日実施)。
「大いに感じる」「ある程度感じる」と答えた人がおよそ3割であるのに対し、「あまり感じない」「全く感じない」と答えた人が6割以上。選択肢のなかで「大いに感じる」と回答した人の割合が最も多かった都道府県は京都で、以下、山梨、東京、大阪、和歌山と続く。観光資源があるエリアや都市部が目立った。
観光ジャーナリストの千葉千枝子氏は、次のようにコメントする。
- 千葉氏
- 今、観光庁などが一生懸命「地方分散」を訴え、そのための補助金も予算化されていますので、少しずつ地方分散の流れも生まれつつあります。とはいえ、現状は大都市部への「一極集中」といえるでしょう。日本は島国ですから、どうしても国際空港から近いところに人が集まるという傾向があります。
ただ、徐々にリピーターも増えていて、そうした人たちはSNSで情報をキャッチして地方を訪れるケースも出てきていますね。
2.5兆円規模に成長した市場、背景に「安い日本」
観光庁によると、2023年の外国人観光客の消費額はおよそ5兆円。5兆円という市場規模は他産業と比較すると、飲食、人材派遣、ゲームと同規模となり、もはや無視できない市場に成長したといえるだろう。
その背景には、円安もあって、日本が世界的に見ても安く観光できる国になっていることがある。2024年4~6月期の調査では、中国、台湾、韓国といった近隣諸国・地域を中心に多くの観光客が訪れ、訪日客1人あたりの旅行支出は23万8722円。安い単価を積み上げて、現在の市場規模となっていることがわかる。
- 千葉氏
- インバウンド消費額については、為替がこれ以上円高に大きく振れなければ、順調にまだまだ伸びていくと考えています。ただ、1人あたりの旅行支出は、海外旅行で外国人が使うお金としては非常に安いといえるでしょう。これは日本の物価がいかに低いか、ということを表していると思います。
実は現在のような円安になる前からの傾向で、多少の円高円安は関係なく、「安さ」が日本旅行の一つのキーワード。近隣諸国・地域の人々にとっては「日本のマーケットでは良質なものが安く手に入る」ので、買い物目的で来日される人が多いのが特徴の一つといえるでしょう。
3.後手に回る対策......インバウンド拡大路線への賛否は
オーバーツーリズム対策として、最近注目を集めているのが、姫路城をはじめとしたいくつかの観光地で検討がなされている外国人向けに料金を高く設定する「二重価格」だ。
これまではむしろ誘客のため外国人の料金を安く設定するケースもあったが、高く設定することの是非について、差別や偏見につながるとの懸念の声も含めて、さらなる議論を呼びそうだ。
また、イタリアのベネチアなどが外国人観光客に対して課している「観光税」を日本にも導入すべきとの意見もある。
観光税や二重価格への賛否について質問したところ、「賛成」「どちらかといえば賛成」と回答した人の割合が全体の4分の3近くを占めるという結果が出た。反対と回答した人からは「人種差別、国籍差別などのトラブルになりかねない」「自分たちが外国に行った場合に別料金だったら嫌な気持ち」などの意見が挙がっていた。
なお、海外を見ると、二重価格についてはエジプトのギザのピラミッドやフランスのルーブル美術館などで実施されているほか、観光税についてもすでに導入、もしくは導入を予定している都市も少なくない。
- 千葉氏
- 二重価格や観光税については、世界の先進事例を見ていくと、避けることはできない施策だと思います。観光税については、国によっては環境税と呼ぶところもあります。観光客が増えることでゴミが増えますが、そのゴミ処理は住民の税金で賄われている。となると、観光客にある程度負担をさせるというような方向性は必要になってきます。
また、ハワイの場合、ホテル税の導入が早かったのですが、徴収した税をプロモーション費用に充てています。日本の場合、観光立国をうたいながら、このような対策が後手に回っているといえると思います。
オーバーツーリズムの問題が叫ばれる一方、政府は2030年までに訪日外国人旅行者数を6000万人まで増加させる目標を掲げ、今後インバウンド需要を通じて地域経済の活性化を図るとしている。
「現在暮らしている街のインバウンド拡大」の賛成反対を問うと、大差とまでは言えないが、「賛成」「どちらかといえば賛成」が「反対」「どちらかといえば反対」を上回った。
賛成側のコメントには「街の活性化」という経済的効果を期待するものだけでなく、「子どもにとって多様性の大切さを学ぶ機会になる」といったものもあった。一方、反対側のコメントには「時代が急変すれば逆に首をしめかねない」など、インバウンド拡大という施策そのものの持続可能性を疑問視する声もあった。
- 千葉氏
- 賛成派は自分のビジネスに直結している人が多く、反対派は不利益ばかり被っていると感じている人が多いのかな、と思います。
また、地方の人たちは「今、一人も来ないのでもっと来てほしい」と前向きな人が多い気がします。観光客が集中している都市部となかなか観光客が訪れない地方とで、意識の面でも二極化しているといえるかもしれません。
4.専門家に聞く インバウンドの課題と「これから」
Q.国策としてインバウンドを盛り上げたとしても、為替相場の変動によっては無駄になってしまうのではないか
- 千葉氏
- A. 冷静な意見だと思います。観光業は水物であるというのは、昔も今も、そしてこれからも変わらないと思います。新規参入しやすい一方で、浮き沈みがある。たとえば、コロナ禍で痛い目に遭った人はもう戻ってこない。ところがコロナ禍が明けてV字回復した瞬間に新しく参入する人も出てきます。入れ替わりが激しい業界なんですね。
だからこそ、長期的ビジョンを国は示していく必要があると思います。国策である以上、きちんとマネジメントをしてもらわないと、おかしな方向にどんどん進んでいってしまう可能性はあると思います。
Q.外国人観光客の数は今後も増加が見込まれている。オーバーツーリズムの問題といかに共生していくべきか
- 千葉氏
- A. インバウンドを持続可能な形にすることが必要だと思います。それには地方分散というのは欠かせません。今はショッピングのために日本を訪れる人が多いですが、地方の自然資源を生かしたアドベンチャーツーリズムのような流れも活発化してきています。このような流れが進めば、地方の魅力アップにもつながり、地方在住の人々の仕事にももっと光が当たっていくようになるのではないかと思います。
また、共生という意味では、外国人観光客の増加は、経済的な恩恵だけでなく、日本にいながらにして国際交流ができ、日本人のグローバル意識の向上につながることも期待できるのではないでしょうか。
Q.政府としてインバウンドの「影」の部分への取り組みに、まだ余地はあるのではないか
- 千葉氏
- A. そうだと思います。たとえばヨーロッパ各国やハワイなどを見ても、観光での収入が高い国というのは、法整備に力を入れている。日本の場合は、門戸を開放しただけで、法整備が後手に回っているという印象があります。単純に来日者数を増やすということは、ビザを緩和すれば非常に簡単に達成できるわけです。そういった目先のことではなく、共生を目指さないといけない。
日本全体を観光の国とみなすのであれば、適正許容量みたいなものをある程度、仮説でもよいから立てていくことが必要になるのかなと思います。
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