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車椅子ユーザーはなぜ一人で電車に乗れないのか――駅と電車が抱える課題を解決するには?

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9月5日、「東京2020パラリンピック」が閉幕した。2013年の招致決定以降、この大会を目標に、国や自治体、企業が、施設をバリアフリー化するための改修を行ってきた。多くの人が利用する鉄道駅の設備改修はその一つ。けれども、車椅子ユーザーにとって電車はまだ安心できる手段ではないという。駅におけるバリアフリー化の推移、車椅子ユーザーが電車に乗るときの理想と現実などをビジュアルで解説する。(監修:ミライロ代表取締役社長・垣内俊哉、取材・文:Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

バリアフリー化の進んだ全国の駅の推移

国土交通省の統計から、この10年で駅のバリアフリー化が進んできたことがわかる。車椅子ユーザーが単独でホームにたどり着けるよう、段差・安全性が解消された全国の駅は49.1%。約半分の駅で達成されたことになる。

グラフ
棒グラフ黄色「段差が解消されている駅」は、手すりやスロープが設置されるなど「移動等円滑化基準第4条」に適合した駅を指している。「都道府県別バリアフリー化状況」(国交省)をもとに編集部で図表作成

それでもすべての課題が解決されたわけではない。都内の企業で働きながらシンガーとしても活動する小澤綾子さんは、筋ジストロフィーと診断され、3年前から車椅子に乗っている。

「電車移動は車のように渋滞に巻きこまれることがないし、時間の読める確実な移動手段。車椅子に乗っていなかった3年前は自分もそう考えていました。ただ、いまは違います」

現在の小澤さんは、電車移動する際の所要時間を「3倍」に見積もる。車椅子で駅ホームに向かい、電車に乗るために苦労した経験は数えきれないという。

車椅子ユーザーが電車に乗るには、駅員の手でホームと電車の間に「渡し板」が設置される必要がある。一部の鉄道会社をのぞけば、ホームと電車の間に段差があり、これを車椅子で乗り越えることはできないからだ。

小澤さんは、「駅員さんも常に応対してくれるわけではないんですよね」と言う。改札記録のキャンセル、道案内などにかかりきりで応対してもらえないことも珍しくないという。道案内などの突発的な対応と、駅で電車を利用したい車椅子ユーザーへの対応が同じ窓口、限られた駅員で対応しなければならないから、混雑が生じてしまう。

「駅員さんが介助に来てくれなくて、ホームでずっと待っていました。他の健常者はどんどん電車に乗っていくのに、どうして私は乗れないんだろう。怒るわけにもいきません。気持ちのやり場がなくて、駅で泣いたことがあります。なんだ、そんなことでと思われるかもしれませんが、車椅子ユーザーで同じように悔し泣きした経験がある人は本当に多いんです」

図解

課題は、どうしたら解決できるのか。自身も車椅子ユーザーの垣内俊哉さんは、代表取締役社長を務める「ミライロ」での活動を通じて、鉄道会社をふくむ企業や官公庁のバリアフリー化を推進してきた。

車椅子ユーザーは電車に乗る前、駅窓口に声をかけている。垣内さんは「これをスマートフォンのアプリ経由に変えたらよいのではないか」と言う。いま、こういったアプリ予約システムはさまざまな企業で導入されている。一部のコーヒーチェーンではカフェラテ一杯から事前予約を受けていて、希望した時間帯に行くと店頭で飲み物を受けとれる。

アプリを使った「理想」の介助フロー

図解

西武鉄道では、こういった「理想」が部分的に実現されている。利用者が直接操作するまでには至っていないが、「車いすご利用のお客さまご案内業務支援システム」(GSシステム)というアプリを日立と共同開発。2017年から業務に導入している。きっかけはなんだったのか。西武鉄道の広報は説明する。

「たとえば乗降客の多い所沢駅では、コロナ禍以前は1日120~130件におよぶ介助を望む声が寄せられていた。限られた駅人員でいかにミスなくスムーズに対応できるか。ここが課題でした」

車椅子ユーザーを介助する際、駅員同士の連絡は電話、連絡票の記入は手書き。今後の利用者増加を考えると、こういったアナログ的な手法では「対応しきれなくなる」と判断し、アプリ導入に踏み切ったという。現場の不安もなかったわけではない。シニア世代の駅員からは「使いこなせるのか不安」という声も上がったが、導入してみることで徐々に使いこなしていった。

ホームと電車の隙間に前輪が引っかかる問題

駅員から渡し板の介助を受けられるときはよいものの、介助が受けられなかったとき、車椅子ユーザーは単独で電車に乗り降りすることができない。前出のようにホームと電車間に隙間や段差があるからで、隙間に車椅子の小さな前輪が引っかかってしまう危険性がある。

図解

ミライロの垣内さんはこう言う。

「ホームと電車間の隙間を根本解決しようと思ったら、車両とホームの両方を改修しないといけません。けれども、これには巨額の費用と長い時間がかかります。

こうも続ける。

「既存の設備を微調整することで解決できます。大阪メトロ、阪急電鉄などで導入されているのは、ホームと電車の間に、くし状の簡易ゴムを敷きつめるというものです。これなら車輪がはまることを防げます。改修費用は少額で済みます。もちろんこの方法では、ホームと電車の段差は解消できません。そこで大阪モノレール、都営地下鉄(大江戸線)などが実施するのはホームの電車乗降口に限定し、緩やかなスロープを設置する取り組みです。これならホーム全面かさ上げなど、大工事をする必要はありません」

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電車に乗った後にも課題は残る。それは「車椅子ユーザーは車内のどこにいたらよいのか」という問題だ。垣内さんはこう話す。

「車内の専用スペースにいることで、他のお客さんからの視線が集中してしまうんです。誤解のないように言うと、いまある専用スペースは必要です。とても助かっています。ただ、車内でそこにしか居場所がないよりも、他にもあるよと選択肢を増やすことが、社会のバリアフリー化を推進することにつながるのではないでしょうか。障害者の居場所が増えるということですから」

垣内さんはこんな提案をする。

「隅の一区画だけでなく、乗降ドアの横にもスペースを作ったらよいのではないでしょうか? いまある居場所に新しい場所をプラスする」

図解

乗降ドア脇は人の乗り降りが多い。乗降客が車椅子と接触しないよう、座席数を削って車椅子スペースを広げる工夫は要る。新車両の設計段階からこうした視点を取り入れれば、比較的少ない費用で実現できることもあるだろう。一部の鉄道会社はもう動きはじめており、西武鉄道の40000系という車両は、車内に「パートナーゾーン」と呼ばれるエリアを設置している。車椅子ユーザーが数人入っても十分な広さがあり、ベビーカーを押す人も使えるようにできている。状況に応じてお年寄りや健常者が使うこともできるので、車椅子ユーザーと健常者の間の線をなめらかにする試みといえる。

けがや病気、高齢による心身機能の低下で車椅子に乗る可能性は誰にでもある。もし、自分がそうなったら――。いま車椅子ユーザーが直面している課題を、自分ごととしてとらえるのは難しいことではない。

垣内俊哉さん/ミライロ代表取締役社長
1989年生まれ、岐阜県中津川市育ち。生まれつき骨がもろく折れやすいため、車椅子で生活を送る。障害を価値に変える「バリアバリュー」を提唱し、大学在学中に起業。障害のある当事者の視点から設計監修・製品開発・教育研修などを提供する。2019年にはデジタル障害者手帳「ミライロID」を開発し、約3000の事業者が導入している。

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