森山さんがいなければ、エピソードはバラバラな原石のままだった――
「人生の最期」、終末医療をめぐる物語は7年をかけた大仕事

『エンド・オブ・ライフ』著者、佐々涼子さんインタビュー

2020年の「Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞」は、佐々涼子さんが手がけた『エンド・オブ・ライフ』が受賞しました。末期のがんになった訪問看護師との対話を軸に、終末期を迎える患者やその家族、在宅医療の現場を支える医師や看護師、そして難病の母の在宅療養を見つめた大作です。取材から刊行まで7年をかけた佐々さんにインタビューしました。

(取材・文:笹川かおり、写真:高橋宗正)

在宅医療を支える人たち

――『エンド・オブ・ライフ』は、2013年に取材された在宅医療の現場から描かれます。あらためてこの企画が立ち上がった経緯を教えてください。

母がずっと在宅で療養していたんですが、他の家ではどんなことをしているかわからなかったので、現場を取材したいと思っていました。2012年に人の生死にかかわるプロフェッショナルたちを描いた『エンジェルフライト』という本を書きました。その後、人を介して、京都にある在宅医療の診療所のお医者さんを紹介していただきました。

その方の診療に同行するなかで、例えば、家族で潮干狩りに行き、その日のうちに亡くなられるお母さん。患者さん本人の驚くような勇気と、彼らを後押しするご家族、医療従事者の熱意に触れました。

一方の私は、母の在宅医療に取り組む父の並々ならない献身を見ていて、「ここまでできない」と思うこともありました。やっぱり在宅は難しい医療でもあると。きれいごとばかりではない。相反する気持ちをどう1冊にまとめたらいいのかわからなくて、決め手を欠くまま宙ぶらりんになっていました。書けなくなってしまったんです。

大賞受賞者の佐々涼子さん! 大賞受賞者の佐々涼子さん!

――2018年、京都の在宅医療の取材で出会った訪問看護師の方が深刻な病気であることがわかりました。それがきっかけとなって、取材を再開されました。

訪問看護師の森山文則さんが重いがんになりました。森山さんから依頼を受けました。「自分は医療の専門家である。患者になったいまなら、実践的な看護の本が書けるんじゃないか、その共同執筆をお願いできないだろうか」と相談されたのが、再開のきっかけです。

がんになった訪問看護師の日々

――何度も、森山さんの住む京都に通われました。

在宅看護の本を書く話だったので、(森山さんは)技術論を話すのかなと思ったんですけど、「あの温泉が良かった」とか「草餅が美味しかった」とか、そんな話をして終わることが多くて。取材というより、話し相手としてその場に立ち会ったことの方が多かったですね。

彼は、がんになったことをどう自分の中で折り合いをつけていくか、すごく迷って揺れていました。現代医療の専門家でもあるにも関わらず、スピリチュアルな方向に行ったときもありました。森山さんらしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくない。直線的に信じる方向に進むのではなく、迷ったり揺れたり戸惑ったりするプロセスを一緒に見せてもらった。人間が生きるうえでは当然そうなるんだ、と教えてもらった気がします。

――結局、森山さんは、本についてはほとんど語りませんでした。それでも、最期に「散々見せてきたでしょ」と言葉を残されます。

最後に、「散々見せてきたでしょ」と言われたときに、何か一つの正解があるわけでもなく、絶対にこうじゃなきゃならないものがあるわけではないんだ、と分かったのです。在宅がいいとか、病院がいいとか、ホスピスがいいとか、みんなに当てはまる正しい普遍的なものがあるわけではなくて、その人の病状や、宗教観や人生観によって、その人なりの正解や生き方が見えてくるものなんだと教えていただいたような気がします。

彼は、本を作ることを、こっちの世界に自分を繋ぎ止めるための生きる支えにしていたと思います。でもどこかの瞬間で、「自分の言いたいことは言ったからもう大丈夫だ」って手を離した瞬間があった。きっと何か書いてくれるだろうと任せた気持ちもあったんじゃないでしょうか。

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在宅療養した母のこと

――64歳で原因不明の難病を発症し、身体を動かせなくなったお母さまのことも書かれています。

できれば、親の話なんて書かずにすむならそうしたい気持ちもありました。恥ずかしがり屋の母だったので、書かれることを望んでいるかといえば、そうでもないだろうと思ったんですけれど、自分の立ち位置がわからなければ、読者の方も、なぜ私はこう思うのかわからないだろうと。本を書く必然性を語るために、母のことを書かなければならなかったんです。

――365日態勢で、検温や口腔ケア、マッサージ、摘便をされるお父さまの献身的な在宅介護は理想的ですが、「誰にでもできることじゃない」ともお話されていました。

父はやりすぎなほどやっていたところがあって、自分がどこかに行きたいと思ってもなかなか留守にできない。「少し温泉行ってくれば」「私に任せたら」といっても、任せられない部分もありました。父は本当に生真面目にやっていて、私は純粋にすごいと思いました。

――そんなお父さまが一度だけ、病院で看護師さんに怒りを伝えます。入院中、お母さんの身体にアザがついたり歯が折れてしまったりしたときのこと。

私、父が怒っているのを見たこともなかったんですよ。母のことが大事なので耐えかねたところがあったんだと思います。ただ病院も人手不足で、すごく現場に負担がかかっているんだろうなと、介護する側としてわかるところもあるんです。綺麗ごとじゃないわけで、人が不足するなかで、どうやって高齢化社会を乗り越えていくのか、今後の課題のひとつですね。

授賞式会場には、書店員さんの手書きPOPも並べられた。プロの情熱と技が光る 授賞式会場には、書店員さんの手書きPOPも並べられた。プロの情熱と技が光る

ノンフィクションを書く意味

――本の構成は、森山さんやお母さま、診療所で出会った患者の話がいくつも描かれ、それぞれ時間軸や最期の迎え方も違います。物語が幾重にも重なり合っていますが、自然とつながっているのが印象的でした。

作家の沢木耕太郎さんが、「ノンフィクションを書くということは、無限に近い星々から、いくつかの星と星を結びつけて、熊や琴やペガサスを描く作業に似ているのではないか」と書かれていましたが、森山さんがいなくて、この時間軸がなければ、この本はできあがらなくて、ひとつひとつのエピソードはバラバラの原石のままだった。それらを磨いて一連のネックレスにするためには、何が欠けてもダメでした。

本を書くときは毎回「奇跡だな」って思う時があります。すべてのパーツが揃ったと思ったときに、7年も経っていた。まだ待っていてくれた編集者がいたのは大きいことでした。

佐々涼子さんと、『エンド・オブ・ライフ』担当編集者の田中伊織さん(集英社インターナショナル) 佐々涼子さんと、『エンド・オブ・ライフ』担当編集者の田中伊織さん(集英社インターナショナル)

――7年かかった取材や経験をまとめるのは大変だったと思います。

どこかに正しい結論や正解があるんじゃないかと思っていたんですけど、現実は人それぞれの幸せや人生は全部違っていて、それを安易に丸めてこれが正解ですよ、とは言えなかった。自分に正直であることを優先したがゆえに時間はかかってしまったんですが、読者に対して嘘をつかないで正直でいられてよかったと思います。

――執筆するうえで、心に残っていることはありますか?

森山さんは、「訪問介護は、人の思いを引き出す看護だ」と言ったんですよ。(介護される人が)本当にやりたいことの背中を押してあげるのが自分たちの役割だって。私は森山さんが病気になった頃、自分も具合が悪くて、書く書く言いながら全然原稿が書けない開店休業状態だったんです。

彼と付き合って、楽しいこともつらいこともいっぱいありましたけど、一瞬一瞬を生きることについて深く考えさせられ、人生を無駄にはできないと思いました。今にして思うと、もう1回背中を押してノンフィクションライターという職業に戻してくれた。彼が残してくれた贈り物です。

――あらためてノンフィクションを書く意味について、どう感じていますか。

人生は、誰にでも1回しかなくて替えがきかない。死んでから後戻りすることもできない。望むと望まざるとにかかわらず、この世に産み落とされた人たちが、色んな条件のなかで生きています。

ノンフィクションを読んだり書いたりしていると、その生き様を見せてもらうことになるわけです。だから1回限りの人生だけど、自分の人生が5倍にも10倍にも100倍にもなる。豊かな世界に触れられるノンフィクションっていいなと心の底から思います。

苦さのなかに、人の希望や幸福が隠れています。自分も苦労して書いていますが、他の作家さんも命とお金と靴底を減らして駆けずりまわって1冊を書いているわけです。その本を読めるのは本当に贅沢で幸せなことだと思うので、日頃ノンフィクションを読んでない人もぜひ読んでもらいたいですね。ノンフィクションにはそれだけの価値があると思います。

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