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ノンフィクション本ができるまで

ノンフィクション本が読者に届くまでに、どんな人が関わっているのでしょうか。
第1回ノンフィクション本大賞を受賞した『極夜行』を例に、本づくりについて聞きました。

極夜行角幡唯介/文藝春秋
極夜行 角幡唯介/文藝春秋
「ただ北極を歩きましたというだけでは何も書けない、自分の行動とは別のテーマが必要」(著者)――そのテーマが"極夜"だった。太陽が昇らない冬の北極で4カ月、そこで感じた不安や焦り、絶望を通じて極夜を表現した作品。
それは作家と探検家としての「最高到達点」で成功しており、読者は自ずと暗闇に引き込まれていき、極夜の旅を追体験できる。
(2018年、文藝春秋さんよりコメント)

ノンフィクション本ができるまでの流れ

図

編集

企画から原稿のやりとり、レイアウトやデザインの考案、印刷所との調整と業務は多岐にわたる

文藝春秋・藤森三奈さん

ほぼ一貫してノンフィクションにまつわる仕事をしてきました。
角幡唯介さんとの出会いは『空白の五マイル』。読んだ瞬間、とにかく会いたいと思いました。アポイントをとって聞くと、他社ですでに次々回作まで決まっていました。冒険の準備、冒険、執筆があるので最低3年。待ちますと伝えました。『極夜行』が出版されたときは、それから6年ほどたっていました。
『極夜行』は本づくりより、それまでの6年が大変でした。角幡さんはスポンサーもつけない、経費も要求しないスタイルです。どうにか役に立ちたいと、社内のさまざまな媒体でエッセーやノンフィクションの連載をお願いしました。若かったらそのような行動を思いつくことも実行することもできず、出版を途中で諦めていたかもしれませんね。
本づくりで印象に残っているのは装丁です。角幡さんによると、どうしますか?と聞いた編集は私が初めてだったそう。お互いに「こうしたい」という思いがあり、相談を重ねた結果、候補の中から装丁家の有山達也さんに決まりました。私はタイトルを強く大きくしたいのに、角幡さんは小さくしたい。折衷案でこうなりましたが、最後まで気になって。売れてなかったら後悔していたと思います(笑)
本づくりで意識するのは社内でのチーム作り。この本は資材、営業、宣伝など「チーム角幡」を作ることができました。

資材

カバーや本文で使う紙の仕様を決め、その手配をする。部数や価格の設定も担う

文藝春秋・神山貴之さん

読んで、このひと相変わらず尋常じゃないな、と。そこが探検家・角幡さんの大きな魅力だと思います。
『極夜行』は、角幡さんによる探検記としては文春から初めて出す本でした。今は「面白い」と「売れる」が簡単には結び付かないご時世です。ところがこの本は着実に版を重ね、ノンフィクション本大賞まで受賞しました。そのことがとてもうれしく、心強く感じたことを覚えています。

校閲

誤字脱字の有無、文章のなかの事実関係や情報の適否を精査する

文藝春秋・児島桂子さん

ノンフィクションは書き手が追い求めてきたものの結晶であり、書き手の熱がこもっています。固有名詞や事実関係のチェックにはもちろん万全を期しますが、その作品世界のじゃまにならないような校閲を心がけています。また、一歩引いて全体を客観的にみる視点を持つようにも。

装丁

本そのものをデザインする。「顔」となるカバーや表紙、帯、1ページの文字数から紙の種類まで

グラフィックデザイナー・有山達也さん

私は本のカバーで目立とうとは考えていません。買った人は内容が重要なわけで、カバーが悪目立ちすることはいかがなものかと思っています。本は書店に並ぶ時間より、家にある時間の方が圧倒的に長く、カバーは「感じがよい包み紙」のようなものだと考えています。本を開いた先の1枚1枚、カバーよりも本文が重要です。文体や調子を確かめてから原稿を10~20ページ読み、組みます。読んで面白かったらそこで一度終わってしまうので、あえてすべては読みません。
角幡さんは改行が少ない文章を書かれます。行間に余裕を持つ方法も考えましたが、角幡さんの意向により、行間が詰まっている品格ある本文組にしました。
この後に扉や口絵などを決め、本の外観も考えます。カバーは写真を元に、北極の太陽が出ない極夜を表現しました。静けさを出すため、帯も含めてシンメトリーになるようにしています。タイトルの大きさで、角幡さんと編集の間で攻防があったのは初耳でしたね。
本をつくる上で「いい本にして」と言われても、「いい本」は人それぞれで明確じゃない。編集が売れるかどうかだけで判断しているのが見えてしまうこともあります。それも大切ですが、本は残るものだからこそ編集に意見します。他のデザイナーもきっとけんかしながら作ってますよ(笑)

印刷

デザイナーや編集とやりとりし、印刷の仕様や加工などでどう表現するかを決める

精興社・松本明さん

本は、本来は“かたい”ものなのですが、私がまっさきに感じたのは“やわらかさ”でした。それは、カバーの月明りの印象によるものだと自分では思っています。
明暗が混在する写真ではその差を強調する(コントラストをつける)ことによって効果が得られることが多いのですが、明るさを強調しすぎると昼間のようになってしまうし、暗さを強調しすぎると地面が何も見えなくなってしまいます。このバランス調整が「極夜」の再現における要となりました。

営業

書店に本をつなぐ仕事、部数や在庫の管理・調整からサイン会の企画まで

文藝春秋・竹下真美子さん

著作を読み継いできた読者が多く、一度作品を読んだ読者が虜(とりこ)になっている印象を受けました。角幡作品の人気は盤石であるという手応えを感じました。
(ノンフィクション本大賞の受賞後は)全国的に書店店頭で平積み展開されたおかげで、女性層のあらゆる年代が購入することとなり、女性読者が飛躍的に増えました。

宣伝

本と読者をつなぐ仕事、SNSでの展開やさまざまな媒体への広報などを行う

文藝春秋・目崎敬三さん

小説とノンフィクションのプロモーションには違いがあります。小説は作品世界をいかに正確に読者に伝えるかということが大切ですが、ノンフィクションは作品が完成するまでの作者の取材のバックグラウンドも場合によっては紹介しなくてはいけません。そういう意味でもこの『極夜行』においては、北極圏という極地への冒険に向かう前の角幡さんのお気持ちから、犬ぞり作成などの事前準備の大切さまでを、メディアの方にお伝えすることをこころがけました。

本は書店から読者へ

さまざまな人の手でつくられたノンフィクション本は、全国の書店に配送されます。その後、書店員によって棚に並べられ、読者が手に取って、ようやく作者が知るリアルの世界とつながります。読者は何を感じ、広げていくのでしょうか。

イメージ図