「三国志なら新君主」――報道出身者ゼロの「ねとらぼ」で、漫画村の調査報道はどう生まれたのか?
エンターテインメントからジャーナリズムまで、幅広いコンテンツを日々発信し続ける「ねとらぼ」。ネット上でその日に盛り上がっている旬の話題もあれば、綿密な調査に基づいた報道記事もあり、最近では「漫画村」問題に関する一連のコンテンツ(「二度と掛けてくるな」 “漫画村”広告主への取材一部始終、広告は取材後に消滅 など)が大きな話題を集めました。
個性豊かなライター陣を擁し、硬軟織り交ぜながら独特のポジションを築き上げた同メディアは、一体どのような体制で運営されているのでしょうか? 企画の立て方や調査報道の進め方、さらにはライターの採用基準まで、編集長の加藤亘さんにお話を聞きました。
取材・文/友清 哲
編集/ノオト
月間1億8000万PV、記事数1000本のメディアポジション
――「ねとらぼ」では現在、どのくらいのペースで記事を配信していますか?
「ねとらぼエンタ」「ねとらぼGirlSide」などの姉妹メディアを合わせて、月間およそ1000本。1日でいえば30本前後ですね。月間PVは今、1億8000万くらいまで伸びています。
――独特の立ち位置を守りながら、気がつけば大手ネットメディアの一角に君臨している印象ですね。
確かに、「ねとらぼ」は明確な競合があまり存在せず、他のメディアと数字を競い合うポジションにはいないかもしれませんね。PVなどの数字を意識していないわけではないのですが、それよりも気持ちとしては、名だたるメディアさんの後方で、いつまでも“末っ子”根性で頑張るメディアでありたいという思いがあります。実際、社内でも後発のメディアで、今日までわりと好き勝手にやらせてもらってきた感がありますから(笑)。
――そのためなのか、「ねとらぼ」の特徴の1つは、記事の多様性にあると思います。あらためて配信されている記事を一覧すると、扱うジャンルが非常に多岐にわたっていることに驚かされます。
掲載するジャンルに特に制限は設けておらず、できることは何でもやろうというスタンスです。ただ、できないこともたくさんあるのが現実ですね。例えば、他のネットメディアと同様に、記者クラブには入れてもらえないので、役所から降りてくるネタをストレートニュースとして扱うのは難しい。
もし取り上げるとすれば、SNS上のコメントに注目するなど、何らかの「からめ手」を考えるしかありません。
――なるほど。そういう編集側の工夫がされた記事は、どういう読者に向けて発信しているのでしょうか?
ネットに触れている老若男女です。最近は「ねとらぼ」だから読むという人よりも、SNSのタイムラインで目に入ったタイトルをなんとなくクリックしている読者が大半でしょう。そうして“つまみ読み”をしていたらたまたま「ねとらぼ」の記事だった、でいいのではないかと思っています。問題はその機会をいかに増やすかで、記事をなるべく多く出すのもそうした戦略の一環です。
――では、掲載記事はどのように決定しているのでしょうか。企画会議は定期的に行われていますか?
いえ、実は定例会議はやっていないんです。制作スタッフ同士で常にオンライン上でやりとりをしていますから、そこで適宜、時事ネタについて議論しています。挙がってきた情報で良さそうなものがあると、デスク担当がその都度、記事にするかどうかを判断します。そのためスタッフ同士のたわいもない雑談から記事が生まれることも少なくありません。
ちなみに体制としては現在、編集記者が21人。このほか、定期的にお願いしている外部のライターが30人前後います。人が増えればそれだけ情報をキャッチするアンテナが増えますから、それぞれの守備範囲を頼りにしながら、できるだけ多くのライターの力を借りたいと考えています。
――さまざまなネタが提案される中で、企画の採用基準は何でしょう?
端的に言えば、それが人の役に立つかどうかに尽きます。この場合の「役に立つ」は、高尚な知識じゃなくていいんです。「かわいい」でも「癒やされる」でも「くだらない」でもなんでも。
毎日30本くらいの記事を出しているとはいえ、なかにはどうしても落とさざるを得ない企画もあります。そこで優先されるのは、読者にとって実用的であるかどうか、楽しいものであるかどうかといった点です。
さらに、私は書き手の熱意も大切な要素だと思っています。自分の好きなテーマをこの世に示したいという思いは、例えPVが期待できないネタであっても、一部の層に深く刺さるものであれば大事にしたい。そもそも、最初から反響を見込んだ記事でも、狙い通りにバズるとは限らないですからね。
個性豊かなライター陣はどう集まり、漫画村報道につなげたのか?
――「ねとらぼ」では時に、特定のテーマをジャーナリスティックに深掘りすることがあります。昨年はやはり、「漫画村」問題に関する一連のシリーズ記事が印象的でした。これはどういう経緯で始まった企画だったのでしょうか。
「ねとらぼ」が報じた漫画村の記事はいずれも各種SNSで注目された
「ねとらぼ」では以前から、アドネットワークに注目していました。私たちも含めてネットメディアの多くはこのアドネットワークからの収益に頼らざるを得ないわけですが、「漫画村」の登場以前から海賊版サイトでアクセスを集め、広告収入を得るサイトが散見されました。そこに広告を掲載しているのはどのような企業なのか、興味があったんです。
そういった海賊版サイトに広告を流す代理店を独自に調べていたのですが、同じ手口を模倣する業者が出てくることを懸念して記事化は控えていたのです。しかし「漫画村」問題で、政府から特定サイトのISP(インターネットサービスプロバイダ)に対してブロッキング要請できる制度を検討し始めたタイミングで、編集部でも記事掲載のゴーサインを出しました。
――つまり、「漫画村」の問題が明るみに出る前から、海賊版サイトの問題点を指摘する取材を進めていた、と。
そうですね。「漫画村」はきっかけの1つに過ぎません。それまでに複数のスタッフで集めていた情報を一気にまとめた形です。1本目の記事を配信する前から、ある程度シリーズで展開することは決めていました。われわれとしてはずっと取り組んできたこの問題が、これほど大きな反響を得たことにちょっと驚いています。
――なるほど。あらためて「ねとらぼ」ライター陣のパワーを感じさせますが、ライターの採用はどのように行っているのでしょうか?
それは本当にばらばらなんですよ。内部の編集記者は外注していたライターに入ってもらうケースが多いのですが、そもそもうちは報道出身者が皆無なんです。前職もフリーターや構成作家、あるいは不動産屋や質屋、高校教師、ギャンブラー等々、本当に多種多様です。
ゲームの「三国志」に例えて言えば、「ねとらぼ」は新規の君主が空白地に立ち上げた新しい国のようなものです。新興国だから、その辺を通りがかった在野の武将を片っ端からスカウトした。こちらとしては、「こんな新興国に来てくれるなら全員受け入れよう!」というスタンスです。すると面白いもので、なかには張飛や趙雲のように突出したスキルを持った人材がちゃんといるんですよね(笑)。
――その結果としてこれほど大きなメディアになったわけですが、報道未経験の人材には何か特別な研修や育成も?
いえ、特別なことはしていません。下手な研修をするよりも、現場を踏んでもらったほうが学びは多いですから。それぞれが実践を重ねながら、ネットメディアならではの手法を身に着けてもらう方針でやってきた結果、独自進化を遂げてきた側面はあるかもしれません。
面白い記事は必ずキャッチーなタイトルにまとめられる
――さまざまな記事が配信される中で、「ねとらぼ」らしさを表現するために配慮していることはありますか?
繰り返しになりますが、心掛けているのは読者の役に立つことで、それを伝えるためのキャッチーなタイトル付けにはこだわっています。どんなに面白い内容であっても、タイトルでそれが伝わらなければまず読んでもらえないので。タイトルだけで読者を釣るようなことはしませんが、本当に面白い記事であれば、必ずその内容を短いセンテンスにまとめられるはずなんですよ。
――しかし、良いタイトルを考えるのは、非常に難しいことです。
そうですよね。基本的にはSlack上でやりとりをして、どうにかそれらしいタイトルにまとめるのがいつものパターンで、メンバーの中には“タイトル神”みたいな手練がいます。数名でどれだけ頭をひねっても、どうしてもしっくりいくタイトルが思いつかない時は、「タイトル神~!」と呼ぶと降臨してくれます(笑)。
一時期、「ねとらぼ」が好んで使っていた「爆誕」という言葉にしても、そうした過程で出てきたワードでしたが、これは乱用しすぎて「最近、『爆誕』の価値が下がって来てない?」と問題になりました。そこで急きょ、「爆誕検討委員会」というのを作って、それが本当に「爆誕」を使うに値する記事なのかどうかを審査したりもしていましたね(笑)。
※見出しに「爆誕」がついた記事の一例…店内全部「餓狼伝説SPECIAL」! 名古屋にまさかの「ガロスペ専門ゲーセン」爆誕、オープンの理由を聞いた
――なるほど、キャッチーなタイトルの陰には、さまざまな努力があるものですね。
ほかにも、なるべく2行以内で表示されるに収めたほうがひと目で理解しやすいとか、漢字が多すぎて黒っぽく見えるのはやめようとか、クリックしてもらうためのハードルをいかに下げるかなど、タイトルの見せ方を常に考えていますね。
――なぜ今その記事を出すのか、タイミングについて考慮することは?
企画者が今それを提案してきたのであれば、今である必然性が何かしらあるのでしょうから、その点はあまり気にしていません。ただ、「漫画村」のように長く追ってきたネタであれば、タイミングを見計らうことはあります。
――では最後に、「ねとらぼ」がメディアとして守っている信念があれば教えてください。
一見ふざけているように見えたとしても、「ちゃんとする」ことでしょうか。デマやフェイクニュースの流通に加担するようなことはしませんし、取材先や著作権者に対しても真摯(しんし)に対応するなど、メディアとして当たり前のことを徹底しています。その上でわれわれは7年間、ずっとマイナーな存在として続けてきました。
今後もできるだけ読者の役に立つ情報を網羅して、ネット上で話題になっていることは「ねとらぼ」を見ればわかる、と言われるようなメディアであり続けるのが理想的ですね。
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