280万フォロワーの発信術――日本経済新聞社のTwitter戦略を聞く
写真/アフロ
SNSは今や、日々のニュースチェックや情報収集に不可欠なツール。新聞社やテレビ局など、公式アカウントから積極的に発信を行う大手メディアも多く、私たちにとって重要な情報源となっています。
そこで注目したのが、新聞社の公式Twitterアカウント。日本経済新聞社の公式Twitterアカウント「日本経済新聞 電子版」は約280万超という、報道機関では最多のフォロワー数を誇ります。また、同社の別のアカウント「日経電子版広報部(@webkanpr)」では、「日経らしからぬ」ユニークなツイートが話題になるなど、SNS上での存在感は抜群。今回は日本経済新聞社のSNS活用術と背景を探ってみました。
取材・文/友清 哲
編集/ノオト
「日本経済新聞 電子版(@nikkei)」の運用を担当する、編集局メディア戦略部の丸谷浩史部長(右)と白尾和幸次長
全社的に推進される日経のSNS戦略
「弊社では、2016年10月に編集局としてSNSガイドラインを策定しました。それまでは2012年頃から一部の部署や編集委員がそれぞれの裁量で運用していましたが、より積極的にSNSを活用するために基本的なルールや心構えを明確化。担当者には研修を義務付けました」
<メディア戦略部部長 丸谷浩史さんのプロフィール>
1989年入社。政治部、経済部、ワシントン支局などを経て2012年電子報道部次長、14年名古屋支社編集部長。16年からメディア戦略部長。
そう語るのは、編集局メディア戦略部部長の丸谷浩史さん。同社では編集局のほか、広報担当部門やメディア事業担当部門などが個別にTwitterアカウントを運用中ですが、これは社長の号令によっておととしから推進されているSNS戦略の一端なのだとか。
その目的は、日経のコンテンツをより多くの人たちに知ってもらい、読者層を広げること。そのために編集局内には、SNS運用の指揮を執る「チーフSNSオフィサー」という新たなポストも設けられました。
ちなみに、編集局が運用するメインアカウント「日本経済新聞 電子版(@nikkei)」は現在、フォロワー数280万人超(※2018年2月現在)。これは新聞社以外の各種メディアのアカウントと比較しても、飛び抜けた数字です。
「この『日本経済新聞 電子版』のアカウントは電子版と連動しており、トップページで報じた記事の見出しをリンク付きで自動的に配信。加えて、記事によってはポイントやおもしろさを伝える紹介文を添えて担当者が手動でツイートするようにしています。そうした取り組みを始めた2016年4月ごろからフォロワーが大きく増え始めました」(メディア戦略部次長・白尾和幸さん)
日本経済新聞といえば、どうしても硬めのニュースが中心で、当初はTwitterユーザーとの相性を懸念する声もあったそう。しかしそれは、「硬いイメージこそが日経の基本であり、崩す必要はありません。硬いからこそ、軟らかい内容とのギャップが生きてきます。その上で、硬軟織り交ぜたバランスが大切と考えています」(丸谷さん)という方針を堅持。
そこで、Twitterユーザーに少しでも親しみやすく経済ニュースを伝えるために、「だ・である」調ではなく「です・ます」調の紹介文を添えてトピックをピックアップしたり、ツイートには必ず写真を添えたりするよう工夫されているのです。
SNS活用の幅を広げていこうという同社の方針は、担当者の人選からも見て取れます。
「SNSアカウントの運用を、若い人たちに任せている会社が多いと思いますが、われわれはそうではありません。というのも、あらゆるツイートは予想を超えて拡散する可能性を伴うので、デジタルに慣れた若手よりも、ニュースの扱いに慣れたベテラン編集者が担当すべきと考えているからです。もちろん、年配の編集者の中には、『これまでTwitterなんて触ったことがない』という人もいます。だからこそ、デジタルに不慣れな世代が研修を受けてアカウントの管理を担う姿は、社内的にインパクトがあるようで、それだけ会社がSNS戦略に本気であると周知させる効果が生まれています」(丸谷さん)
実際、トランプ大統領のように、ツイート1つで世界中の話題をさらうことが珍しくない時代だからこそ、世代を問わずSNSというツールと向き合う必要があるのだと丸谷さんは語ります。
ツイートには印刷と同等の慎重さが必要
ところで、日経という大看板にひも付いている以上、やはり怖いのはネット炎上騒ぎ。もし誤字・脱字や誤送信などが続けば、ブランディングどころかメディアとしての信用に傷がつく可能性も……。同社ではどのような対策を取っているのでしょうか?
<メディア戦略部次長 白尾和幸さんのプロフィール>
1994年入社。整理部や松本支局、流通経済部、大阪経済部などを経て2011年から電子整理部デスクとして電子版の編集に携わる。2015年からメディア戦略部でSNSなどを担当。
「SNSガイドラインや研修で強調しているのは、『公式アカウントで投稿する以上、ツイートも新聞記事を書くのと同じ』ということです。投稿ボタンを押す行為は、新聞でいえば輪転機を回すようなもの。どんなに短い文章であっても注意を払って書き、ミスや誤解を与える表現がないことをしっかり確認した上で投稿するように伝えています。インターネットの世界では一度広まった情報は、完全に修正や削除をすることはできないからです。逆に言えば、そういった基本をおろそかにしなければ、SNSでも大きな問題は起こらないはずだと考えています」(白尾さん)
それでも人の手で行っている以上、絶対にミスが起こらないという確証はありません。万が一、炎上するようなことがあった場合について、日本経済新聞社ではどのように備えているのでしょうか。
「SNSのスキルや活用はまだまだ道半ばです。成功例も反省点もノウハウとして蓄積し、担当者に地道にフィードバックしていくしかないと思います。メディア系のアカウントが物議を醸すケースは、編集者や記者が自分たちの専門外の領域へ不用意に言及したり、組織のアカウントで主観的な表現で感想を述べたり、身辺雑記のようなことを書いたりしている場合が多いと感じています。そもそも、個人のアカウントではなく、あくまで報道のために運用している組織のアカウントなわけですから、主観や個人的な意見は排除しなければなりません」(丸谷さん)
現場の担当者にとって、ツイートは記事の執筆と同じく業務の一環。これを通して、今まで日経に触れたことのない層にアプローチすることが、一番の目的なのです。
モットーは“PV至上主義”に陥らないこと
こうしたSNS戦略に取り組んでいるのは、新聞社だけではありません。現在ではテレビやラジオ、出版社など、あらゆるメディアがSNSというプラットフォームで発信を続けています。今後さらにSNSの活用法が広がり、新たなSNSツールが登場することもあるでしょう。
そこで日経の編集局では、他社に先駆けてチャットツールSlackでのニュース配信をスタートしたほか、FacebookやInstagramの活用法も模索中。日経発のニュースの届け方は、まだまだ多様化していくに違いありません。
「それでも、キャッチしたニュースをどう扱うかを検討するのは、紙もデジタルも同じ。われわれがやるべきこと自体はそう大きく変わらないはずです。デジタルメディアではどうしてもページビュー(PV)が重視されますが、あまりそれにとらわれすぎてもいけません。どんなニュースでも重要度を適切に判断し、伝え方を考える。これは媒体やツールを問わない本質的な部分と言えます」(丸谷さん)
報道とは、PVを集めるためのコンテンツではない。閲覧数が可視化されるデジタルの世界でも、この姿勢を貫くべきというのが、同社の総意です。
「ただ、その一方で、新聞記者というのはこれまで自分の手がけた記事がどれだけ読まれたかという数字に直面することはなかったわけですから、その点が明確になるのはいいことでしょう。反響の大きさからニュースの重要性を理解することもありますし、やはり多くの人に読まれれば、記者のモチベーションも高まりますから」(丸谷さん)
これまで朝刊と夕刊のみだったメディアが、電子版やSNSといった新たなプラットフォームを得て、流通ルートを広げた現在。新興デジタルメディアが繚乱(りょうらん)する昨今においても、紙の現場で培ってきた報道のノウハウは、大きな武器になると丸谷さんは語ります。
「SNSで明確なKPIというのは掲げていません。たとえばTwitterのフォロワー数なら、1000に達すれば次は2000を意識しますし、2000になれば3000を目指すという程度。ただ、どんな記事がSNSでよく読まれ、シェアされたのかは常にウオッチしています。電子版を直接訪れる読者とは違った傾向を示すことも多いためです。数字を過剰に意識することはありませんが、個々の記事への関心や反応を多面的に評価する上で、SNSのデータは重要です」(白尾さん)
SNSとの連動による新たなコンテンツ作りも
もちろん、一つひとつのツイートが少しでも多くの人に読まれるための努力は惜しみません。日経ではSNSを有効活用するために、イギリスの経済紙「フィナンシャル・タイムズ」のSNS担当者を本国から招いて、SNS戦略の社内セミナーを実施したことも。見出しの付け方や文体、画像素材のアレンジで、いかに影響力が変わるか。あるいは、内容に応じた適切な配信時間を設定することの重要性といった実践的な指導内容は、そのまま今日のアカウント運営に生かされています。
実際、同じ記事を取り上げているツイートでも、見出しのつけ方や写真素材を変えるだけで、大きな反響が得られることがあると、丸谷さんは語ります。
「発信する時間帯によっても、反響は大きく変わります。従来の新聞では、朝刊なら朝、夕刊なら夕方に配達したらそれっきりでしたが、ネットはユーザーによってアクセスする時間帯が異なります。そこで、重要なニュースは多少時間が経ったものでも、より多くの人に読んでもらうために、時間を変えて繰り返し発信するよう心掛けています。これはデジタルになって初めて生まれた視点ですね」
一方、日経ではSNSで情報を発信するだけでなく、SNS上の反響から新たなコンテンツを作り出す取り組みも行われています。
たとえば、昨秋の衆議院議員総選挙後には、選挙関連のツイートの中からリツイート数の多いものを集計し、「誰がインフルエンサーだったのか」というコンテンツを発信。投票を呼びかけるツイートを中心に、投稿内容によっては、一般ユーザーのアカウントが安倍晋三首相をしのぐインフルエンサーとして機能していた事実を浮き彫りにしました。そして、このコンテンツがまたSNSで話題を呼ぶという、理想的なスパイラルを生んだのです。
こうした試行錯誤を繰り返しながらも、まだまだ現在の「日本経済新聞 電子版」アカウントの認知度には満足していないと声をそろえる丸谷さんと白尾さん。
「日経の名前は知っていても、SNS経由で目にした記事が、日経発のニュースであると気づかないことも多いでしょう。たまたま読んだ軟らかい話題の記事でも、実は日経のものだったというケースはあり得ます。SNS時代に合わせて、日経のイメージをしっかりと伝えていく努力を続けていきたいですね」(丸谷さん)
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