Media Watch2024.02.09

世の中って全部つながっている――「ニュース離れ」が進行する現代と向き合うには 武蔵大・奥村信幸教授に聞く

ロイタージャーナリズム研究所が発表した「ロイター・デジタルニュース リポート 2023」によると、「さまざまな情報源を通じて毎週ニュースに触れる(と答えた)人の割合」の低下が多くの国で見られました。こうした「ニュース離れ」の原因は「ニュースへの関心低下」にあると指摘されています。なかでも日本は、ニュースに対して最も「能動的な参加者が少ない国」となり、ユーザーの受け身の姿勢や無関心さが原因となっています。いま、ニュースを取り巻く環境はどのようになっているのでしょうか。武蔵大学社会学部教授でジャーナリストの奥村信幸さんに聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)

断片的なニュース摂取が世界で広がっている

――ロイターのレポートで最も際立っているのは「ソーシャルメディアの性質の変化」と述べられています。母数も拡大傾向にあり「オンラインでニュースに触れる主な方法とその割合(20182023)―全ての国と地域」で、「ソーシャルメディアで見つける」が2022年の28%から30%に増加しました。まずはこの要因についてお聞かせいただけますでしょうか。

TikTokやInstagramSnapchatなどのSNS上で「断片化されたニュース」の消費が増えているためです。断片化されたニュースとは刺激の強い場面だけを切り取った、出来事の文脈や背景説明の不十分なニュースです。インフルエンサーなど著名人の断定的なメッセージに注目が集まりやすく、熟議や時間をかけた思考に不向きです。ニュースがさまざまな商品コンテンツの一部になっている中で、自分の知りたいことだけを知っておきたいという「フィルターバブル」が強化されていくことも理解できます。

また、物事が起きるとすぐに「誰が悪い」「何のせいだ」と答えを求める傾向も強まっていて、こうした「アンサーカルチャー(※1)」の下では、時間をかけて事態を観察する意識が薄れてしまいます。 物事を知ろうとしない人たちが増えると、社会はミス/ディスインフォメーション(2※3)のような不確かな情報に弱くなってしまいます。また、一部の強い主張に引っ張られてしまいます。例えばFox Newsのような、特定の政治的主張のために、都合の良い情報だけをつじつまが合うように並べる言説は力を持ってしまうでしょう。

※1:『The Elements of Journalism』(2001 年初版)の中でも指摘されている。事件が起こるとすぐに「誰/何のせいなのか」といった犯人捜しやわかりやすさに焦点が集まること
※2:ミスインフォメーション。確認不足や勘違いなどが原因の「誤った情報」
※3:ディスインフォメーション。悪意のあるデマなど、意図的に流される「虚偽情報」

――調査結果ではTikTokやInstagramでニュースを見る割合が最も多かったのは1824歳の層でした。若者はSNS上でどういったニュースを摂取しているのでしょうか。

3パターンありまして、1つ目は映像の場面を切り取って次々と見せるものです。2つ目は誰かがしゃべるもの。耳に入ってきやすいですが、冒頭130秒くらいで飽きてしまう若者が多いです。3つ目はテキストばかりのもの。多様なテロップが次々とスライドしてくるものです。いずれも断片的で、世の中がつながっているイメージは持ちにくいと思います。

――断片的なニュースにはどのように対処すべきでしょうか。

「分からないことを分からないまましばらくがまんして、眺めてみることができる」ことが、ミス/ディスインフォメーションに強い社会の第一歩になります。現代は、決めつけの答えに集まってしまって、本当の答えが確かめられるまで待てない人が多いのかもしれません。もう少し鷹揚(おうよう)に構えて、事態の推移を見守ることができる人を増やしていく必要があります。

若者にはメディアからも歩み寄りを

Z世代はティックトックでファクトチェックを伝える 〜Global Fact10報告(その4)(Yahoo!ニュース エキスパート)

――奥村さんがYahoo!ニュース エキスパートで執筆された「Z世代はティックトックでファクトチェックを伝える 〜Global Fact10報告(その4」では、ファクトチェックをTikTokで発信する10代の事例が紹介されています。これを読むと、「若者のニュース離れ」という言葉を安易に使うべきではないのかもしれないと感じました。10代でもニュースに対する関心や、自分の考えを持つ人がいます。大学で学生を見られている立場として、どのように感じていますか。

若者の中で、ミス/インフォメーションへの警戒感や、ファクトチェックの関心が高い人は一定数います。私のゼミにも「ファクトチェックをやりたいです」と応募してくる学生がいて、内訳としては情報の単純消費に危機感を覚えて、どのように見極めたらいいか知っておきたいという人が半分、なぞときのような面白さに惹かれた人が残り半分といった具合です。

――「ファクトチェックは面白そうだ」という好奇心を持っている学生がいるんですね。

ですが、ファクトチェックの実態を知ってなえる子も少なくありません。例えばX(旧Twitter)に投稿された津波の映像の真偽を確かめる場合、投稿の日付と気象庁の記録を照合する必要があります。そもそも同じ日に地震があったのか、その日付に津波が発生した事実はあるのかといった、エビデンス(証拠、根拠)集めの地道さが分かってくると落胆してしまうんです。それでも、ファクトチェックを一種の教育プログラムとして広げていくことは必要だと感じています。

――奥村さんはなぜそう考えるのでしょうか。

以前、学生に「ニュースを見ても世の中のことがよく分かりません」と言われても、ニュースや新聞を読もうと言い切るだけだったんです。それ以上のことをしなかった。どうやって見るのか、どこまでいったら君はニュースが分かったと言えるのか、そうした細かい手当てを私だけでなく、メディアや大人たちがやれていなかったのではないかと。知りたいと思って行動してくれる人がいることは希望だと思うから、彼らにどうやって働きかけて育てていくかメディア側からも歩み寄りが必要だと強く感じます。その上で彼らには、毎日5分でも10分でもいいからニュースに触れるなどして関心を持ち続けてほしいと願いますね。

ニュースは「他人ごと」じゃない

――ロイターのレポートでは「(ニュースのシェアに対し)能動的な参加者が最も少ない国」が日本でした。つまり、ニュースを議論することへの消極性です。これは今後、社会にどのような影響をもたらすとお考えですか。

日本の場合、議論の基礎が育っていないように感じます。例えば学生にグループディスカッションをやらせても、弁の立つ1人の学生の意見がずっと続いてしまう。他の人の発言を促すことができるモデレーターを育成することが必要です。単なる発言の割り振りだけでなく、質問をかみ砕いて「例えばあなたがその場にいたとしたらどう思う?」と聞いて現実的な考え方を促せるような。そして、本音をぶつけ合っても感情的にならず「あなたの言い分も、ここは分かる」などと、互いに受け止め合いながら、共通の基盤を具体的にみつけて議論を展開していく討論に慣れていかないと世の中はますます分断してしまいます。

――心療内科医の海原純子さんは、ニュース離れの背景として「暗いニュースが多すぎて、読者は疲れてしまっているのではないか」とも言っています。かつて「ニュースステーション」(テレビ朝日)のディレクターを務められた奥村さんとしては、どのようにお考えですか。

私がテレビ局で働いている時も中東のニュースってすごく伝わりにくかったんですよ。どこからひもとくべきか。世界史を学んだことのある人ならイギリスの三枚舌外交は知っている。それが中東戦争から現在のガザにどうつながっているのかという話にまでおよぶと、おそらく多くの人が分からない。歴史的な背景とか、その時のメインアクターの動きなどを、大人や学校はどれだけ教えられてきたでしょうか。それらは情報の栄養素みたいなもので、みなさんがサプリを飲むのと同じように欠かせないんです。

――確かに背景や文脈の欠如した状態では、ニュースのとらえ方も変わってしまいますね。

ニュースって他人ごとじゃないと思うんです。やっぱり世の中って全部つながっている。理想論かもしれないけど、どんな問題でも「私にも何かできるはず」「世の中を変えるために自分は何をしなきゃいけないのか」「私たちのリーダーは何をやってるんだ」といった話になるはずなんです。ただ、現状はそうなっておらず、誰かの悲しい、醜い光景でしかない。それなら綺麗な話題とか、楽しい歌とかだけを見ていたほうが幸せだとなってしまう。そうならないためにも、ニュースは文脈を踏まえて、受け手に行動変容を意識させるような形で届ける必要があると思います。

 ■奥村信幸(おくむら・のぶゆき)さん

武蔵大学社会学部メディア社会学科教授。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」も運営。テレビ朝日ディレクター職を経てジャーナリズムを研究後、現在は民放連研究員、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組む。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズム:確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ミネルヴァ書房)がある

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