偽・誤情報は「何」を壊すのか――山口真一・国際大GLOCOM准教授に聞く
「偽・誤情報」が世界各国で社会問題となっています。日本も例外ではありません。
そんな中、国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)と日本ファクトチェックセンター(JFC)が、日本で拡散する偽・誤情報について、「2万人超を対象とした大規模な調査」(以下、2万人調査)を実施。日本における偽・誤情報の拡散にまつわる実態を明らかにしています。見えてきたのは、日本社会での関心の低さです。偽・誤情報の拡散は何が問題なのでしょうか。2万人調査を担当した、国際大学GLOCOMの山口真一准教授に聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)
「偽・誤情報」:文字・画像・映像などのあらゆる形態における、不正確な、又は誤解を招くような情報(2万人調査 P.14より)
偽・誤情報がもたらす弊害
――そもそも偽・誤情報の拡散はなぜ問題なのでしょうか。
社会にネガティブな影響を与えるものが大きな問題になってきます。中でも「民主主義の危機」はよく言及されます。民主主義のベースには「議論」があるのですが、その議論が、偽・誤情報の拡散によって成立しなくなる懸念があります。議論をする際の前提条件として、お互いが同程度の知識を共有している必要があります。互いに同じことを知った上で、この人はAと考える。この人はBと考える。さて、これからどうしていこうか。どこに共通理解を見出していくべきか。これを見つけ出すことが一般的な議論です。
――誤った情報を真実と信じ込むことで前提条件が壊れ、議論ができなくなる。これが民主主義の危機ということですね。
はい。選挙結果への影響をもたらす側面もあります。私は以前このような実証実験をしました。保守系の政治家とリベラル系の政治家、2人の政治家について不利な偽・誤情報を用意して、それを聞く前と聞いた後で人々の支持がどのように変化するか分析しました。その結果分かったのが、熱烈ではない、つまりライトな支持層の人ほど偽・誤情報を聞いて支持を下げやすかったのです。実際の選挙でも、候補者に投票するのは熱烈な人ばかりではありません。人数として多いライトな支持層ほど、偽・誤情報で考えを変えやすいということは、それだけ偽・誤情報は選挙結果に大きな影響を与えているのではないかということが示唆されました。
経済的な影響で言うと、偽・誤情報に起因する誹謗中傷で特定企業の株価が下落するなどの影響が考えられます。ただし、私が一番大きいと思う影響は、情報空間全体の信頼性を毀損してしまうことです。情報空間の中に1%でも偽・誤情報が混ざっていたら、私たちはその他の99%も疑わなくてはいけない。要するに全体を疑わなくてはいけなくなります。これが大きな社会的コストになると考えています。
多くの人は情報の誤りに気づかない
――2万人調査では、偽・誤情報に接した人のうちその情報が誤りであることに気づいた人は14.5%とあります。つまり8割以上の人が誤った情報に気づくことができない。割合としてはかなり大きいですね。
多くの方は自覚のないうちに偽・誤情報によって誘導されている可能性があります。そもそも、偽・誤情報に対する知識を持っていない人も多いです。となると、情報のどこが疑わしいのか。どこを疑ってかかるべきなのかが分かっていないと、偽・誤情報に触れたときに、その情報が誤っていることに気がつくことができないかもしれません。
米国の研究(※1)では、自らの情報の真偽を判断する力について75%の人は自分の能力を高く評価しており、そのような人ほど偽・誤情報をシェアしやすいことが分かっています。私の研究では、偽・誤情報の拡散行動の分析において、メディアリテラシー、情報リテラシー、クリティカルシンキングスコアが高い人ほど偽・誤情報を拡散しづらい結果が出ています。その一方で、批判的思考態度(自己申告)が高い、つまり自分は「批判的思考態度がとれている」と考えている人は、むしろ偽・誤情報を信じやすく、拡散しやすい傾向にあることも分かっています。
ここから分かることは、多くの人は自分が偽・誤情報にだまされると思っていないということです。しかしそう思っている人ほどだまされやすい。デマや陰謀論を信じる当事者は、自分がだまされているとは考えていません。それどころか、自分は「真実に気がついている」と思い込んでいます。
――あえてお聞きしたいのですが、偽・誤情報との接触を断つにはSNSなど真偽不明の情報が発信する場所を見なければよい、ということになりませんか?
一つの防衛手段としてはあると思いますし、方法としては非常に強力です。ただ、個人が自由意志で選択するのはよくても、社会全体にそれを課すことは大きなコストになります。そもそもSNSはさまざまな便益があります。誰もが自由に情報発信して共有でき、距離も関係なく双方向のコミュニケーションができる。マイノリティの人も同じような境遇の人とつながりやすくなったし、自分の意見を発信することができるようになりました。SNSを見ない・発信しないとなると表現の萎縮になりますし、情報に接する機会が失われてしまいます。
家族や友人、誰もが「意図せず」嘘をつく
――偽・誤情報を完全に防ぐのは難しいのですね。
SNSをシャットアウトしたら偽・誤情報が防げるかというと、そうとも言えません。2万人調査で分かったことですが、偽・誤情報を拡散する手段として最も多かったのが、「家族・友人・知人との直接の会話」でした。自分がSNSを見ていなかったとしても、誰かがそこで情報を拾ってきて、食卓、あるいは友人と食事をしているときに伝えられる。それを聞いた人がまた誰かに伝える。その人が次はSNSに上げる。インターネットとリアルが融合していて、その中で情報が広がっていくのが今の状況です。
――近しい人から回ってくる偽・誤情報についてはどのような対策が考えられますか。
家族・友人・知人。そういった関係性のものも含めて、すべての情報をすぐに信じるのではなく、「参考情報」と認識すればよいのではないでしょうか。
2万人調査の中で、媒体への信頼について調査したのですが、最も信頼度得点が高いとされた媒体は「テレビ・新聞」の3.77点を抑え、「家族・友人・知人との直接の会話」が3.78点でした。よく考えたらこれはおかしなことです。家族や友人、知人は世の中の出来事に関して裏取りなどの取材をしているわけではありませんし、専門家でもありません。けれども、そうした人たちの情報を一種のバイアスをもって信じてしまう。家族や友人、知人はなんの意図もなく、誤った情報を言ってしまう可能性もあるということを踏まえておくべきかと。
偽・誤情報が減ることは絶対にない
――2万人調査では情報検証行動を取らない人が多かったり、期待する啓発項目については「特に学びたいと思わない」が多かったり、人々がこの問題に関心を抱いていない実態も見えます。
日本特有の現象な気もします。例えば日経の調査(※2)で、アジア圏でファクトチェック方法を知っている割合が日本は極端に低く、読売新聞と私で行った日米韓の分析(※3)でも、アテンション・エコノミーやフィルターバブルといった、情報環境を理解するための基礎的な用語の認知度・理解度について日本は低いことが分かっています。
――原因としてはどんなことが考えられますか。
一つはメディアが偽・誤情報の話題をあまり報じないということがあります。ファクトチェックにも消極的です。もう一つの原因としては、日本のマスメディアは信頼性が高いということがあると思います。日本のマスメディアは諸外国に比べ、相対的に偏りは小さく、誤報もありますが少ないといえます。そして情報検証行動の分析で分かった、若い人ほど情報検証行動を取り、中高年以上の人ほどしないという結果を紐解くと答えが見えてきます。中高年以上の人は信頼性が高いマスメディアを見てきたので、情報を疑う必要がない。つまり、疑う癖がついていないままインターネットに飛び込んだ結果、情報検証行動を取らないのです。インフルエンサーが言っているから正しいとか、閲覧数の多いブログが言っているから正しいとか、そうしたことで安易に信じてしまいます。
また、偽・誤情報が社会に直接的なダメージを与えたケースが少ないことも大きいのではと思います。日本でもコロナ禍など有事の際には影響がありましたが、メキシコでは偽・誤情報の拡散がきっかけで殺人事件が起きたり、米国では議会議事堂襲撃事件が起きたりしています。アジア圏の他の国では選挙期間中の偽・誤情報の量が尋常ではありません。
――今後に関して、山口准教授の見立てをうかがえますか。
短期的な見立てとしては、今後、偽・誤情報が減ることは絶対にないと思います。生成AIが普及し、ディープフェイクの「大衆化」が起きたからです。技術的背景を持っていない人でも、簡単に巧妙な偽画像や偽動画が作れてしまう世の中になっています。近い将来、生成AIが作ったコンテンツがネット上の99%を占めるのではないか(※4)とさえ言われています。これからの時代を生きていく我々は自らを過信することなく、情報空間に対して謙虚でいることが大切なのではないでしょうか。
■山口真一(やまぐち・しんいち)准教授
国際大学GLOCOM准教授。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学、社会情報学、情報経済論。主な著書に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)などがある。内閣府「AI戦略会議」をはじめ、各省庁の有識者委員構成員を務める。
<参照>
※1「Overconfidence in news judgments is associated with false news susceptibility」
※2「Japan lags Asian peers in dealing with fake news」
※3-1「日本は米・韓より「偽情報にだまされやすい」、事実確認をしない人も多く…読売3000人調査」
※3-2「[情報偏食 ゆがむ認知]情報 漫然と信用…「情報的健康」日米韓3か国調」
※4「AI 'supercharges' online disinformation and censorship, report warns」
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