Media Watch2018.09.25

朝日新聞の「デジタルファースト」戦略ーー報道の現場はどう変わったのか?

スマホの浸透に合わせて、ニュースを取り巻く事情も大きく様変わりつつあります。かつては紙で受け取り、紙で読むのが当たり前であった新聞も昨今ではインターネットで読む人が珍しくありません。

こうしてメディア構造のアップデートが起こる裏側で、ジャーナリズムの先端を担う新聞社の現場は一体どのように変化しているのでしょうか? 今回は、朝日新聞東京本社編集局長代理・佐野哲夫さんにデジタル戦略について話を伺いました。

取材・文/友清 哲
編集/ノオト

デジタルファーストの体制づくりを推進

朝日新聞の創刊は1879年。大阪でスタートを切った同社は、都内の新聞社を吸収するなどして、明治のうちに全国紙として大きな成長を遂げました。れい明期にはあの夏目漱石が在籍したことでもよく知られています。

そんな朝日新聞が電子化に着手したのは、1995年のこと。「asahi.com」の名で開設された同紙のインターネット版は、紙ではカバーしきれない速報の配信に注力し、さらに2011年には有料メディアとして『朝日新聞デジタル』が誕生。その翌年には両メディアが統合されて、現在の形になりました。また、高度なウェブコンテンツを制作する専門集団「クリエイティブチーム」も発足させ、2018年春には総会員数が300万人(うち、有料会員はおよそ1割)を突破しています。

朝日新聞東京本社編集局長代理・佐野哲夫さん。大阪本社経済部長、東京本社編集局長補佐を経て、2018年4月から現職。

「紙とデジタルの両立をはかる編集体制の再構築に着手したのは、ほんの2年前のことです。体制の刷新にあたっては、ドイツのアクセル・シュプリンガー社をはじめ数カ国のメディアを視察するなど、海外の知見を取り入れながら取り組んでいます」(東京本社編集局長代理・佐野哲夫さん)

具体的には、デスクや記者、エンジニアを同じユニット内に配置した統合編集局を編成し、これまでの紙を基点とした体制から、ウェブも主軸に加えた体制にシフトしたと佐野さんは語ります。

「例えば、従来であれば新聞の現場のスケジュールは、紙面データを印刷工場に送る降版のタイミングに左右されていました。朝刊に間に合わせるためには、何時の降版までに記事をまとめなければならない、と締切が決まっています。一方、インターネットでは、読者に求められている時間にニュースを提供できます。そこで、朝日新聞デジタルがよく読まれる時間帯を分析し、そこに合わせてより多くの記事を提供できるように、ワークフローとコンテンツ、両面からの改革を行っています」

その1つが、記事発信のタイミング。朝日新聞デジタルのアクセス数を時間帯別にチェックしてみると、興味深い傾向がわかります。アクセスが集中するピークは1日に4回。朝の通勤時間帯、昼休み、夕方の帰宅時間帯、就寝前の22時台。同メディアがいかにビジネスパーソンを中心に読まれているかが浮き彫りになっていると言えるでしょう。

「読まれるコンテンツ、読まれる時間帯を意識し、紙面、デジタルの媒体の特性にあわせて、活きのいいネタ、深い解説記事を戦略的に発信していく必要があります。新聞作りに最適化してきたワークフローを改める狙いはそこにあります」

編集長を中心に編集局のレイアウト変更も

こうしたデジタルファーストへの取り組みに合わせて、編集局があるフロアのレイアウトも変更。現在は、編集長を中心に、紙のデスク、ウェブのデスクがすぐ横を固める布陣を取っています。これにより、今どのようなニュースを扱い、どのタイミングで発信しようとしているのか、紙とウェブの大別なく、社内の動きがスムーズに共有できるようになったと佐野さんは言います。

「これまでは編集長と編集メンバーの席は別室に分かれていて、効率的な意思の疎通が図れない局面がたびたびありました。現在は編集長、紙面、ウェブのいわば三位一体の体制で、飛び込んできたニュースのセレクトや扱い方について、一カ所で意思決定できるようになり、速報の発信などにも対応しやすくなっています」

また、その日のニュースをその日のうちに届けるために、これまで15時半から行われるのが通例だった朝刊のためのデスク会を、1時間繰り上げて14時半からとしたのも、デジタルファーストへの備えの1つ。

迅速な意思決定のため、午前中と夜のデスク会は椅子に座らず、立ったまま行うのも大きな特徴です。まるで立ち話のようなスタイルで、15分を目安にミーティングを手短に進めています。

朝日新聞デジタルの“今”を示す、アクセス解析ツール「Hotaru」

一方、今どのような記事を読者が求め、どのような記事が読まれているのかを的確に把握することも、デジタルメディアにとって欠かせません。そこで朝日新聞では、社内利用のために「Hotaru」と名付けられた独自のデジタル指標分析ツールを導入しています。Hotaruは今年度の新聞協会賞(技術部門)の受賞が決まりました。

「『Hotaru』は直近の全体PVや注目ワード、PV上位記事などをまとめたツールです。創刊から140年、ずっと紙のノウハウを積み重ねてきた会社ですから、デジタルに苦手意識を持つ人も少なくありません。そこで、どこからアクセスの流入があり、どのようなトレンドが生まれているのか、朝日新聞デジタルの“今”を示すデータが直感的に理解できるよう、フォント1つからこだわったデザインになっているのが特徴です」(編集局エンジニア・今垣真人さん)

画面を見れば、社内向けのシステムとは思えないほど洗練したインターフェースであることがわかるでしょう。編集局内ではこれを大モニターで常時掲示し、現状の共有に努めています。

編集局所属のエンジニア・今垣真人さん。製作本部、情報技術本部・技師を経て、2016年11月から編集局へ。

「『Hotaru』では記者自身のパソコンで書いた記事がどのくらい読まれたかなどを、記事単位で見ることができます。約2300人いる編集局員それぞれが、自分が手がけた記事がどのくらい読まれたかを知ることで、今後の課題を見いだす材料にもなるでしょう。また、ウェブではどうしてもPVにばかり目が行きがちですが、CV率、つまりその記事からどのくらいの人数が有料購読に進んでもらえたかを意識する行動が社内に根付きつつあるのも、『Hotaru』の成果でしょう」

実際、ランキングデータを見れば、PV上位の記事とCV上位の記事では、ラインアップが明確に違うそう。

紙とウェブの両立で、さらなる良質な記事づくりを

これらの取り組みを通して同社が目指すのは、紙とウェブの両立であり、両メディアの相互作用によって記事のクオリティーをさらに向上させること。同じ話題であっても、紙とウェブでは反響が明確に変わります。

そこで最近の取り組みの1つとして、30代前後の若い記者を中心に“次世代チーム”を編成し、従来にはない角度から記事を作る、実験的な取り組みも行われています。こちらは「平成家族」と題した、同社が運営する「withnews」とYahoo!ニュースの共同プロジェクト。

「これは家族のあり方が多様化する中で、新しい価値観とこれまでの価値観のはざまにある現実を深掘りしようという企画です。さまざまな理由で結婚せずに出産・子育てをする女性たちや、不妊や出生前診断など、家族とは何かを問いかけるシリーズで、ウェブ上で大きな反響をいただいています」(佐野さん)

デジタルの時代だからこそ求められる記事、見えてくるニーズがある。それらを逃さず拾い上げ、記事として形にするのがこれからの朝日新聞の使命だと語る佐野さんと今垣さん。

コンテンツが持つ可能性をさらに広げるため、試行錯誤が重ねられています。「朝日新聞デジタル」のこれからに、ますます期待が高まります。

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