Inside2021.11.17

「2021年ノンフィクション本大賞」は上間陽子さん『海をあげる』に決定――「小さな娘のそばで沖縄を生きる痛みを、どのようにしたら本土の、東京の人たちに伝えることができるのか」

ノンフィクション本の執筆には時間をはじめ様々なコストがかかります。そんなジャンルを応援する「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」が、今年で4年目を迎えました。全国の書店員さんからの投票で大賞に選ばれたのは、上間陽子さん『海をあげる』(筑摩書房)です。沖縄で生まれ育った自伝的エピソードに加え、調査してきた若年女性が直面する社会的困難。さらに普天間基地のある街で暮らす過酷なリアリティ、幼い娘さんと過ごす日々が綴られています。今回、上間さんにはトロフィーとともに取材支援費100万円が贈られました。ここに受賞スピーチの全文を掲載します。

構成・文:笹川かおり
写真:高橋宗正

上間陽子さん受賞スピーチ

みなさま、このたびは本当に素晴らしい賞をありがとうございました。

(2021年の)10月から、10代のママと赤ちゃんの出産の前後――100日間と産む前の2カ月、合わせて5カ月を応援するシェルターを24時間稼働させました。

今はそちらの共同代表兼現場責任者になっていて、忙しく飛び回る日々のなかで、担当編集の柴山さんから着信がありました。柴山さんがお電話をかけてくることはほとんどないので、「連載中のものに何か問題があったのかな?」と思って慌てて折り返したところ、「本屋大賞が決まりました」と、なんともいえない温かいふっくらした、笑うような声で受賞を知らされました。

こんな声で話す柴山さんを聞いたことがなかったので、「よろこんでいるんだなあ」「筑摩書房のみなさんにようやくお礼が言える」と思いました。共同研究者のひとりでもある岸政彦さん、『地元を生きる―沖縄的共同性の社会学』(ナカニシヤ出版) チームのメンバー、今やっている若年出産女性チームのメンバーにようやく恩返しができると思って、とにかくうれしい気持ちで電話を切りました。

上間さんはスピーチを一言ずつゆっくり読み上げます

それからもずっとドタバタと過ごしていて、その後、歴代の受賞者の方のお名前や作品を見て、「本当にとんでもない賞をいただくことになったなあ」と思いました。でも選んでくださった方々は、書店員のみなさん。要するに、沖縄の今に対する書店員のみなさんからの応援なんだなと思いました。この賞は私が受けたのではなく、沖縄に対する賞であり、沖縄で暮らしている私が調査した子たち――本当にしんどい思いで生きていますけれど、その子たちに向けたはなむけのような賞だな、と思っています。

とはいえ、『海をあげる』という本がノンフィクション本大賞を受賞したのは、少し珍しいことではないかと思っています。まずひとつは、この本が持つ政治的なメッセージという意味です。そしてもうひとつは、ノンフィクションというジャンルの拡張という意味です。

沖縄という場所は、本当に悩ましい場所だと思います。美しくて、ゆったりした場所でありながら、長く日本のひとつとして認められず、日本が繁栄しつつある時間、アメリカ軍に占領され続けました。

その頃に沖縄で起きた事件を見ると、沖縄で生活する多くの人が基地との関わりを持ち、性暴力の被害や米軍からの暴力に怯え、法的な措置もほとんどとられないなかで暮らしてきたことがわかります。その頃に沖縄で起きた事件の数々は「凄惨な」としか言えないもので、そういう事件が山のようにあります。

その後、粘り強い交渉によって無事に復帰は果たせたものの、戦後の日本の繁栄を一切受けることができなかった沖縄の自治体の基盤は脆弱で、その後も沖縄は国内有数の貧困地域であり続け、今もまだ軍隊と暮らす場所固有の問題が残存しています。

普天間基地は世界有数の危険な基地ということで、今度は沖縄の辺野古という海に米軍基地を作ると言っています。辺野古には巨大なサンゴ礁があり、ウミガメが泳ぐ海です。その下にはマヨネーズ状の柔らかい土壌があり、そこに海上基地はできないことはすでにわかっています。それでも毎日税金が投入されて、土砂が投入されて、工事が淀みなく進んでいます。

今年も書店員の方が入魂の手書きPOPを寄せてくれました

エッセイを書いている時期は、基地からの水がフォーエバー・ケミカルと呼ばれる化学物質に汚染されていることや、発がん性物質であるピーフォスが大量に入った泡消化剤が町を覆った時期でもありました。1メートル近いふわふわした強大な泡の塊が、街のなかを飛びました。川の水は泡立ち、海に流れ込みました。それは基地の中の米兵たちがバーベキューをしていて、火災報知器が間違えて作動して、大量の泡消化剤が出て、水や海の汚染が進んだ事件でした。その泡消化剤は、地元の消防隊が防護服を着ることなく回収しました。

子どもの頃、基地のそばで暮らしていた私の家の決まりごとは、「車に乗るときにはすぐに車を施錠する」ということでした。母は、思春期になった私が夕刻から夜にかけて外出をするときは、手のひらに家の鍵を握るように指示し、「誰かに連れ去られそうになったら、まずは走って逃げること」、そして「捕まえられたら、とにかく暴れること」を教えました。

今日、母が教えた通りにしています。(複数の鍵を指の合間に握った様子を見せながら)「こうやって歩くように」と言われていました。

東京に出てから、私は「夜の東京でも、手のひらに鍵を握りしめて歩かなくていいんだ」と知りました。そして、あの決まりごとは、女であるというだけで狙われて、獲物にされることがあるという場所で育った特有の生活様式だったことも知りました。自分の手を攻撃材料とすることをシュミレーションして生きる。それは平和で安全な場所で育つ身の処し方ではない、と私は東京に出て知りました。

娘を育てているので、このことは私にとって再び切実な問題になりました。私が今暮らしている場所には軍人はいません。それでも、過去に5歳の女の子が連れ去られてレイプされて殺された事件や、12歳の女の子が集団レイプされた事件や、20歳の女性がウォーキングの途中で連れ去られて殺されて軍事演習をしている山に捨てられたこと。これらはすべて私には具体的な脅威です。

私は、娘に「手のひらに鍵を出して歩け」という言葉をいわないといけないのか。私のよろこびのすべてである娘が、誰かの獲物になることを想定すること。それがどんなにつらいことかと思いながら、娘が大きくなるのを眺めています。

そういう思いをベースに暮らしている私にとって、この『海をあげる』という本は、何よりも(辺野古を描く)「アリエルの王国」という章のために書かれた本だと言えます。小さな娘のそばで沖縄を生きる痛みを、どのようにしたら本土の、東京の人たちに伝えることができるのか。本をまとめるとき、私はその一点だけを考えました。ただ同時に、本土の人、東京の人もまた、痛みを感じながら生きていないわけではないと思います。

私は普段、大学で教師をしているので、若い人たちの細やかな優しさを何度も目撃しています。また本を書くことによって、たくさんの方々と関わるようになりましたが、自分よりも年若い方々が洗練されたやり方で、人と人との関係を紡ぐことに、私たちの世代とは違う優しさと痛みを感じます。

だから本では、おいしいごはんを巻頭に置きました。私よりも若い世代に向けて「人生には色々ある。でもなんとかなるし、生きていたら、いつか許すこともできる」とお伝えしたいと思いました。

担当編集者の柴山浩紀さんと上間さん

それでも、その生活のあり方の延長線上に、私たちが周りの人にどんなに心を砕いてもどうにもならない地平が、政治によって権力によって現れてしまうのだ、ということを書きたいと思いました。この本には「アリエルの王国」を、目の前のあなたの問題だと読んでもらうためのたくさんの仕掛けがあります。

ところで、そういう本はノンフィクションというジャンルなのかと、私は自分に問うています。沖縄に起きている日々のことを、軽い筆致でエッセイのように自分の生活を綴りました。登山靴を履いて、あるいは飛行機に乗って、どこか遠くの場所に取材に出かけていって、その場所を書いたわけではない。私はただ身近なこと、調査という仕事のこと、そういう身の周りのことを書きました。

2021年の大賞ノミネート作品

この本が選定されたということは、ノンフィクションの意味を拡張していただき、この本を選定対象にするために尽力された方々が、この本をこういう明るい場所に連れてこようと思ったのではないでしょうか。「アリエルの王国」をどうやったら読んでもらえるのかを仕掛けた私とは違う場所で、その方の持ち場で、その方の専門性でもって、仕掛けてくれたのではないでしょうか。だから私は、やはり私たちの社会は善意に満ちているのだと思います。

今日この賞が発表されて、明日からYahoo!ニュースのコメント欄は荒れるでしょう。どうかそこにある言葉が、自分の持ち場で動かれた方々を傷つけることがないようにと願います。できることなら、日本中を覆う匿名性を担保にした悪意の言葉が、どれだけ人を削り奈落の底に突き落とすのか。ここにいるYahoo!ニュースの関係者、おそらく私がこれまで会うこともなかった偉い方々に考えていただけたらと思います。私たちが見たかったのは、本当にこういう社会なのでしょうか。

この前、娘が「仲良しの友だちが暮らす島を探したい」というので、世界地図を見せました。まず日本の位置を教えて、次に東京の位置を教えて、今度は沖縄の位置を教えて、それからお友達の暮らす島を教えたのですが、娘は驚いて「沖縄は本当に小さいのね」と言いました。

地図で探すことが難しいくらい小さい――。娘が話したのは、単に日本本土と比べると沖縄は小さいということです。それでも娘の言葉を聞いた私が言葉を紡げなくなったのは、地図で探すことが難しいくらいの小さな島に、日本が見たくない、考えたくないものが押しやられていると思うからです。それは、沖縄に住む私たちが望んだものでも、東京や本土に住む人々が望んだものでもないのだと思います。そういった意味で、『海をあげる』はパンドラの箱でもありました。

私は、私たちの国のアキレス腱について書きました。そういう本が、今日、明るい場所にやってきました。尽力された方おひとりおひとりに、感謝と同志としてのつながりを感じています。残されたのはただひとつの希望です。それは「私たちはまだ正義や公平、子どもたちに託したい未来を手放さない」ということだと思います。ありがとうございました。

授賞式を終えて

『海をあげる』からは、透き通るように美しい沖縄の日々が伝わってきます。同時に、それは沖縄に暮らす生活者からの「怒りの手紙」でもあります。どうしてこのようなノンフィクションが生まれたのでしょうか。

上間さんは、スピーチ後のインタビューで「みんな持ち場で切実なことを思いながら暮らしているはず。それだけでも十分なのに、沖縄のことを考える。本当はしんどいことなのに、わざわざ手に取ってくださる方に届けるのは、怒りの手紙ではない。一緒にやっていこう。一緒に考えていけるし、一緒に頑張っていける。そんなつもりであとがきを書きました」と語りました。

『海をあげる』をぜひ読んでみてください。

『海をあげる』(筑摩書房)

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