Inside2018.11.16

何かを知る意味とは?――Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞に角幡唯介さん

11月8日、ヤフーのLODGE(東京・千代田区)に、100名近いメディア、出版関係者が集まりました。Yahoo!ニュースが本屋大賞と共同して始めた「Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」の授賞式が、この日行われました。第1回の大賞は角幡唯介さんの『極夜行』(文藝春秋)。舞台は冬の北極圏。太陽の昇らない「極夜」で、命がけの旅に挑んだ角幡さんの考えるノンフィクションとは。事実を自分で確かめることとは何なのでしょうか。熱のこもったスピーチ、ヤフー会長・宮坂学とのトークセッションを通じて迫ります。

取材・文:岡本俊浩(Yahoo!ニュース 特集編集部)
写真:元木みゆき

なぜいまノンフィクションなのか

壇上に上がった角幡唯介さんに、プレゼンターからトロフィーと取材支援費の100万円が手渡されると、次々とカメラのフラッシュが点灯しました――。2018年から始まった「Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」。2017年7月から2018年6月に出版された作品を対象に、全国の書店員さんが投票で10作品を最終候補作として選出しています。このなかから書店員を代表した6名の投票で決まったのが『極夜行』。来場者の視線がぐっと集まった壇上で、角幡さんのスピーチが始まりました。

角幡さん受賞の言葉

さきほど宮坂(学、ヤフー取締役会長)さんから、創設の経緯を説明いただいたんですが、ぼくも「Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」ができると知って、唐突な感じがしたんですね。

ノンフィクションって、はっきり言って斜陽産業ですから。売れないわけですよ。で、いまはスマホの時代ですから、本がなかなか読まれなくなっていて、ノンフィクションっていうのは厳しい。そのノンフィクションっていう分野に対して、新たに賞を創設するというのはどういうことなのかなと。ぼくなりに考えたんですよね。

Yahoo!ニュースというのはやっぱり影響力が大きいですから。本屋大賞っていうのもブランド力がものすごくある。この2つが組んでノンフィクションをやるっていうのは、ノンフィクションを書いている立場としてはちょっと不思議な感じがしたんです。なんでまあ、この時代にノンフィクションを表彰するのか。

いまどういう時代かって言うと「何かを知る」ということに対して錯覚というか、「何かを知る」ことに対しての価値が置き去りにされてしまってきていると思うんですよね。どんどんどんどん。

いまは、ネットを開いて検索ワードをポコポコ打ちこめば、それなりの答えが返ってくる。情報がネット上にはあふれている。


だけど情報とか事実というのは、記者のみなさんにお話しするのは釈迦に説法ですけれども、当然、労力がかかっているわけです。何かを知りたいと思ったときに、誰かに話を聞く。玄関でピンポンを押して、嫌な顔をされて、「すみません、こういうことを取材しているんですけど」って嫌な思いをして情報を集めている。だけどネット上に出てくる情報っていうのは結果でしかない。

過程が全部見えなくなっていて、いまの人たちは、検索したらすぐ答えが出てくることに慣れきってしまって、情報とか事実を手に入れるためにはものすごくリスクと労力をかけなきゃいけないことがわかんなくなってきている。見えなくなってきている。そこに対する想像力が働かなくなってきている。

別にヤフーを批判しているわけじゃないですよ(笑い)。そういう時代になってきていて。安田純平さんがシリアで解放されて、ものすごくバッシングされていますけど、「自己責任」という言葉で切り捨てられて、糾弾されている。

わざわざ危険を冒してまで事実を調べにいく必要はないんじゃないの。そんなことしなくても事実いっぱいあふれているじゃん。調べてわかることだけで生きてって、生活して、なんか困ることがあるんですか? 別にいいじゃん、それで困らないじゃんっていう感覚に、みんななっていると思うんですよね。

でもやっぱり、それじゃ困るわけですよ。ぼくらは困らないかもしれないけども、事実を調べない、調べられないで明らかにされなかった事実っていうのは、ないのと同じですから。それはあるんだけれども、事実が発掘されないと、ないことにされてしまうわけです。

その事実が発掘されないで、死んでしまう人は世界にいっぱいいる。誰かが労力、リスクをとって事実を発掘しないと、世界は暗黒世界になってしまう。そういうことに対しての想像力が働かなくなってきちゃいつつある。

「事実」は自分が認定するもの

ノンフィクションというのは不可欠な点が2つあると思います。それは「現場性」と「当事者性」。

現場性っていうのは、何か出来事が生成して、いまこの瞬間に何かが起きている。その現場に立ち会う。自らが立ち会うか、立ち会った人に話を聞く。「すみませんけど、教えてください」そういう現場性ですよね。身体を使って現場に行く。

もう一つは当事者性。事実っていうのは誰かが「これが事実ですよ」って教えてくれるものじゃない。事実っていうのは、自分が事実だと認める。認定するものだとぼくは思っています。

なにかが起きて、いまこの瞬間が生成される。生成された出来事の前に自分が立ち会って佇む。そうすると心が震えるわけです。なにか自分の精神と身体が出来事と反応して、化学変化を起こす。感じる、感動する。震え、恐れおののく。不安になる。恐怖を感じる。そういう風に自分の身体が反応する。そのときに、出来事は事実として結晶化されて自分にとって切実なものになると思うんです。

自分にとって切実なものでなければ、事実というのは普遍性を持ち得ない。自分が感動しない話をいくら書き連ねたところで、そんなものは読者の心に届くわけない。
だからノンフィクションを書くっていうのは、何かを知るっていうことは、どういうことなのか。改めて世に問うことだと思うんです。

いまYahoo!ニュースと本屋大賞がノンフィクションを表彰する、ということについて、ぼくはこう思った。ヤフーと本屋大賞は時代にあらがう気だなと。たたかう気だと。どんどんやって欲しい。ぼくはそういう賞の第一回の受賞者に選ばれた。ものすごく栄誉を感じます。今年はいい本を選んでいただきましたから(笑い)、来年以降もどんどんいい本を選んで、それを読者に届け、何かを知るっていうのはこういうことなんだよということを伝えて欲しい。そういう風に思っています。

トークセッション、「脱システム」とノンフィクションの関係

授賞式では、角幡さんと宮坂学会長のトークセッションが行われ、角幡さんが冒険で大切にしている思想「脱システム」にも話が及びました。一部を紹介します。

宮坂
金融やIT業界の友人に「脱システム」の話をすると、みんな面白がってくれる。システムのど真ん中にいる人も、実は憧れているのかなと思います。
角幡さん
大学で探検部に入って以来、冒険、探検をやってきました。いまの時代「探検ってさすがにないだろ」っていう雰囲気はあるわけですが、探検部が創立された60年前も「さすがに探検はないだろ」と言われていた。つまり、探検というのは前世紀の行為で、とっくに終わっているものなんです。
宮坂
もはや地理的な空白はない、ということですよね。
角幡さん
そういう時代における探検とは何なのか。地図はある意味、ぼくらの空間認識を可視化したメディア。その外側に行くのが探検で、自分たちを作り上げている「システム」の外側に行くことに等しいだろうと。それで脱システムっていう言葉にしました。もっと自由になるべきなんじゃないの? すごくシンプルなことを脱システムという言葉に込めた面もありますね。

角幡さん
僕は買い物する場合も、スマホで調べない。で、失敗したりするんですよ。そうすると妻に「何で調べなかったの?」と怒られるんです。自分が「バカなんじゃないか?」って気がしてくる。そういうのが嫌でみんな(ネットを)使うと思うんです。
宮坂
試行錯誤することを避けたい、最短距離をいきたいというか。(ネットで調べると)3つぐらいの中からベストと出会うというのを最初からできるようになっていますからね。
角幡さん
他人に「これがあるのに、使わないなんて無意味じゃない?」という圧力を受けると、「じゃ使おうか」ってなるじゃないですか。それが「システム」。だから気合入れないと外に出られない。貫けない。道に迷って妻とケンカしても、カーナビを使わない。そういう気合いがないと脱システムは貫けないんです。

40代以降の冒険は?

宮坂
本で印象的だったのは、35~40歳の間で何か大きなことを一つやり遂げたいと。40代になって極夜の旅を終えた。これから先の旅のイメージとは?
角幡さん
いま42歳なんですが、だいたい登山、冒険をやっている人は42、3歳ぐらいで引退するんです。年齢を重ねると、経験によってあれもできる、これもできると思えるんですが……。
宮坂
自分の世界が広がっていく感じですね。
角幡さん
できると思えることが広がっていくけど、気力が衰えていく。自分がスケールアップすることに対し、気力が追いつかなくなる瞬間があるんです。それが42、3歳なんだと思います。自分の場合は「作品にしたい」という気持ちをモチベーションにできているのは大きいかなと。これがなくて、単に冒険したい、山に行きたいだけだと、続かないと思います。
宮坂
なるほど。ぱっと踏み出す瞬発的な気力が落ちてくるとすれば、これから先はどうしていくんでしょうか。自分の年齢とどう折り合いをつけますか。
角幡さん
50歳まではやりたい。次は犬ぞりに挑もうと思っていて、来年の冬にまた極地に行きます。100年前のイヌイットのように狩りをしながら旅してみようと。自分にとって新しいスキル。これまでの経験に加えて積んでいければと考えています。そのあとはもう、わからないですね。

編集後記

事実は自分で確かめる。そのためには、時に世間の常識の外側に飛び出していくことも要る。角幡さんの話からは、そんな覚悟が伝わってきました。人生をかけた旅を終えたいま、角幡さんの視線は「次」に向けて動き始めています。システムの外側に向かう冒険は新しいステージへと入っていきます。

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