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夢も仕事も恋愛も手が届かない 韓国「七放世代」の絶望

2016/1/8(金) 11:29 配信

韓国で若年層の就職難が深刻だ。大学卒業後も何年にもわたって、就活を継続する若者も多くいる。彼らは経済的に困窮し、「恋愛」「結婚」「出産」「マイホーム」「人間関係」「夢」「就職」の7つを諦めざるを得ない「七放世代」とよばれている。背景には中小企業と大企業の収入格差がある。生涯収入では2倍以上の収入格差が存在するため、若者は大企業に殺到し、結果的に多くの就職浪人を生んでいる。(Yahoo!ニュース編集部)

大学を出ても就職できない

「結婚は33、4歳くらいまでにしたい。出産も40歳前にはしたい。親孝行もしたいです。でもその前に働かないと…。焦りを感じています。新卒は毎年生まれていてライバルはどんどん増えていくんです。自分は年を取っていくばかりですから」

出版業界を志望しているナ・ウンギョンさん(27)、大学卒業後、就職活動を5年続けている。ここ2年間で大手出版社を中心に50社以上に応募したが、ほとんど書類選考で落とされ、面接まで進めたのは3件だ。現在はアルバイトで貯めた貯金を切り崩してなんとか生活している。

こうした就職浪人は韓国では珍しいことではない。現在、韓国では就職活動に失敗し、貧困状態にある若者たちが急増している。彼らは「恋愛」「結婚」「出産」「マイホーム」「人間関係」「夢」「就職」の7つを諦めた(=手放した)ことから「七放世代」と呼ばれている。

韓国統計庁によると、2015年の国内失業率は4.6%だが、青年層(15〜29歳)では10.0%と際立って悪い。

”企業格差”の背景に「2倍以上」の収入差

韓国では毎年40万人の大卒者が就職活動を行う。彼らの多くはサムスンやLG、現代自動車などの財閥系大手企業を志望する。だが、大手企業は国際化しているため、国内での採用を減らしており、国内での採用予定数は年間11万人程度にとどまる。狭き門に学生が殺到する一方で、中小企業では人材不足にあえいでいる。

こうした企業間の“格差”を生んでいるのは給与だ。財閥系大手企業の正社員の年収に比べ、中小企業だと正社員でもその6割以下、パートやアルバイトなどの非正規雇用だと4割以下になる。この格差は、年齢が上がることに大きくなるため、生涯年収においては2倍以上の差が生じる。大学卒業後の最初のキャリアに大企業を選ぶのが韓国の大学生にとっては当たり前なのだ。

学生の就職状況が悪化した2010年に創刊した就職情報誌『JOB & JOY』の編集長は、現状についてこう分析する。

「将来性は大手企業に負けないくらい見込みがあっても、それに見合う対価が得られないと、学生たちは中小企業を避ける。また、両親からの期待を意識して大企業を選ぶ学生も多くいます」

韓国では儒教思想の影響が強く、若い世代でも大企業に入って親孝行をするべきだというのが一般的な若者の考え方だ。

ナさんは就職浪人していることを、父親には言い出せずにいる。大学にまで行かせてくれた父をがっかりさせたくないからだ。父には「急成長している出版社に合格した。その会社は数年後には大手企業になる」と嘘をついている。母と兄には本当のことを打ち明けている。

「父には申し訳ない気持ちでいっぱいです。ずっと頑張っている姿を見せてきたし、今後もよいところを見てもらうのが親孝行だと思います。両親にお金を送ることはできないけれど、私のせいで心苦しい思いをさせたくありません」
目に涙を浮かべて語る。

「スペック」ホルダーたちの就職活動

就職活動が長引くのは、日本と異なる独特の事情もある。例えば、韓国の就活事情は学歴の他に、「スペック」が重要視される。「スペック」とは学歴とは異なる実践的な技能を証明するための「実績」だ。就活生は資格やボランティア活動、語学試験のスコアなどのスペックを競うように集めていく。近年では、大学在学中に職務に役立つ経験を積むため、わざと留年する学生も増えてきているという。

ナさんもソウル市内の有名私立大学で行政学を専攻し、副専攻として自分が興味のあった服飾デザインを学んだ。TOEICは600点前後と語学能力がないわけではない。だが韓国ではTOEIC900点の「スペック」保有者がゴロゴロいる。600点程度では見劣りしてしまうのだ。

韓国の若者の就職事情に詳しい東京大学社会科学研究所の有田伸教授は就職活動が長引くもう一つの理由を指摘する。

「韓国の企業は日本と違い、新卒一括採用にこだわりがあるわけではないため、就職に時間をかけることが採用の段階で不利になることはありません。ですから就職活動が長期化してしまいます。企業も自前で人材を育てるより、資格や経験の上で即戦力になる人材を採用する傾向があるため、大学卒業後すぐの就職は不利という見方さえあります」

実際、留年して先延ばしにした大学在籍期間をうまく利用して、希望通り大手企業への就職を決める学生も少なくない。だが、就職活動が長期化すると、経済的に厳しくなるのも事実だ。

ナさんは、卒業後はアルバイトや研修生として得た報酬の貯金を切り崩しながら活動している。家賃は40万ウォン(約4万円)、食事は日に1回、パンと牛乳のみの生活を続けている。それでも就職活動費だけは惜しまない。印象がよくなるよう、美容室でメイクをしてもらい、表情についてのアドバイスを受ける。

履歴書に貼る写真は、表情が魅力的に見えるよう加工してもらったものを使う。メイクと写真で20万ウォン(約2万円)、1カ月分の食費より高く、痛い出費だ。それでも競争に勝ち抜くために妥協するわけにはいかない。就職に有利になると整形手術を勧められることもある。少しだけ迷ったが気になるところを直し始めると、きりがなくなるのでやめることにした。

現在、27歳のナさん、まだ夢は諦めていない。
「就職して落ち着いたら自分の本を出したいという夢もあります。まだパスポートも持っていないのですが、いつか海外にも行ってみたい」

だが、現実はシビアだ。

「友達と会って交流することはやめてしまいました。昔はほぼ毎日会っていたし、今でもとても会いたいけれど。当面はその時間や労力を就職活動に使いたい」。なんとか就職先を決めようと必死だ。

前出の『JOB & JOY』の編集長は、実際に七放世代の若者に取材していて、彼らの意思で諦めているのではないと感じたという。

「就職のために恋愛を諦めたわけではないのに、就職準備に時間と気持ちを取られている間にいつの間にかいろいろなことを諦めてしまう。結婚も、就職して落ち着いてからと考えていたらどんどん遅くなってしまう傾向にありますが、結婚を諦めている人がそこまで多いとは思いません」

財閥系と中小の企業間格差の大きさと儒教的な価値観の根強い韓国の事情が苦境に立たされる若者を生んでいる。ナさんの就職活動の出口はまだ見えてない。

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