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パク・ヨンミン

国境で見た対北朝鮮制裁 中国は本気か

2017/12/13(水) 08:17 配信

オリジナル

北朝鮮と中国の国境に流れる「豆満江(トマンガン)」。上の写真はその川を挟んで、北朝鮮側の農村を望んだ1枚だ。一帯には鉄条網が張りめぐらされ、国境警備は両国とも厳重だ。核・ミサイル開発に突き進む金正恩政権に対し、国連安保理は制裁決議を既に7回も採択した。その実効性の鍵を握る中国は「北朝鮮をかばっている」と指摘されてきたが、今年8月以降は、金正恩政権の外貨収入を遮断する方向で動いている。中国は本気になったのか。北朝鮮国内に制裁の影響は出ているのか。計30日間に及ぶ中朝国境取材と独自の北朝鮮内部情報をもとに報告する。北朝鮮住民のインタビューも音声でお届けする。 (石丸次郎/アジアプレス/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「辺境道路」の先には…

前方に北朝鮮の山並みが見え始めた。あと数分車を走らせれば、中朝国境の豆満江の上流に出るはずだ。「辺境道路」に至る交差路に差しかかると、迷彩服の集団が目に入った。そこで車は止められた。中国の人民解放軍と国境警備隊による合同検問所だ。

「辺境地区に来た目的は何か? 外国人はこの先には行けない」

肩には小銃。運転手は車から降ろされ、トランクのチェックを受ける。取り調べは40分。私たちは国境を目の前にして追い返されてしまった。

国境の川沿いに中国公安当局が立てた看板。密輸、麻薬売買、越境禁止とある=2017年7月(撮影:石丸次郎)

この7月末から10月中旬まで延べ30日間、中朝国境の鴨緑江(アムノッカン)、豆満江一帯を回った。北朝鮮が日本列島越えのミサイル発射実験と核実験を立て続けに強行し、トランプ氏と金正恩氏が「ロケットマン」「老いぼれ」と舌戦を繰り広げていた時期と重なる。

筆者はこの地域に1993年から100回近く取材で通っているが、警備がこれほど厳しいのは初めてだ。国境付近に展開する軍を外国人に見せたくないのか、密輸を警戒してのことか。

北朝鮮の貿易、9割は対中国

中国は金正恩政権の発足以降、7回を数える国連安保理の制裁決議に全て賛成した。もっとも、北朝鮮との経済取引を制限するこれらの制裁が決議される度、中国の不履行や抜け穴が指摘されてきた。

北朝鮮のミサイル発射を受けて実施された国連安保理の緊急会合=2017年11月 (写真:ロイター/アフロ)

例えば、2016年3月の制裁決議「2270号」は、北朝鮮に対し石炭(輸出額1位)、鉄鉱石(同4位)の禁輸に踏み込み、「過去最強の制裁」と呼ばれた。ところが、中国は「北朝鮮への代金が民生用なら制裁から除外する」という例外を設けさせ、北朝鮮との取引を継続した。

すると、半年後の同年9月、北朝鮮は5回目の核実験を強行。中国の姿勢は「北朝鮮をかばっている」と国際社会に映った。

一連の制裁が実際に効くかどうかは中国にかかっている。北朝鮮貿易は9割が中国相手。一方の中国からすれば、貿易額全体の0.16%に過ぎない。

鴨緑江の河原に出てきた北朝鮮の人々=2017年9月(撮影:パク・ヨンミン)

国境沿いで北朝鮮を見る

豆満江上流の国境中国側の和龍(ホーロン)市に「南坪(ナンピン)」という小村がある。ここに行くと、北朝鮮の茂山(ムサン)郡が間近に見える。南坪には通商口もあり、これまで数十回も取材で訪れた。

対岸の茂山の人口は推定10万人。日本の植民地時代に開発された巨大な鉄鉱山がある。鉄鉱石は経済成長を続ける中国向けに輸出され、金正日時代から右肩上がりに伸びた。

中国側は茂山の鉱山設備に投資し、2013年には和龍市側に鉄鉱石専用の鉄道も敷設した。2014年にはこの鉱山の輸出額が2億2189万ドルを記録。対中輸出の8%を占める外貨稼ぎの拠点に成長した。

茂山の取材には他にも大きな意味がある。

1990年代後半からの約10年間、ここは中朝国境で最大の脱北・越境・密輸ポイントだった。北朝鮮からの脱出を目指す人、密輸をもくろむ人……。そうした人たちが、北朝鮮各地から茂山を目指した。

中国側から見た北朝鮮・茂山郡の中心部。左奥の雪化粧した山が鉄鉱山=2012年11月(撮影:パク・ヨンミン)

これに対し、中国当局は国境沿いに有刺鉄線を張り巡らせるなどして対抗した。北朝鮮側も、脱北と中国からの情報流入を阻止するため、厳戒態勢を続けている。茂山に住む取材協力者は「越境も密輸も、もう不可能だろう」と言う。

そうした北朝鮮の様子は中国側からどう見えるのだろうか。茂山とは別の、鴨緑江沿いにある朔州(サクジュ)郡の様子を撮影した。

北朝鮮当局はこの5年間で国境沿いのほぼ全域に有刺鉄線を張り巡らせた。自転車の女性は北朝鮮の住民=2017年7月、北朝鮮・朔州郡を中国側から(撮影:石丸次郎)

鴨緑江で漁をする北朝鮮の住民。中国の国境警備隊から許可を得ていると思われる=2017年9月、同(撮影:パク・ヨンミン)

今年9月3日の核実験後は、鴨緑江の警備に民間人も動員されていた。銃を下げた右端の男性は民兵組織「労農赤衛隊」の制服姿だ。=同(撮影:パク・ヨンミン)

「国境ではスマホ撮影も禁止に」

この10月上旬、今度は私たちアジアプレスに属する別の中国人メンバーが南坪に向かった。やはり、検問は厳重だった。

「車のトランクとエンジン室を開けられ、かばんの中も調べられました。『カメラを持っているなら置いて行け。ドローンは絶対だめだ。国境ではスマホでも撮影禁止だ。川越しに北朝鮮の人間に声をかけてはならない』と警告され、正直、びびりました」

その取材によると、北朝鮮から鉄鉱石を運ぶ大型ダンプカーは全く見かけなかった。南坪の住民は「鉄鉱石は今、全く入っていない」と言い、中国への搬出を長年請け負ってきた地元企業「延辺天池」も電話での質問に「鉄鉱石の輸入は止まっている」と憮然とした声で語った。

国境近くの道路では厳しい検問がある。鴨緑江上流域で中国人メンバーがスマホで撮影した=2017年10月(撮影:アジアプレス)

南坪の対岸・茂山には北朝鮮人の取材協力者がいる。この11月中旬、鉱山に直接行って状況を調べてもらうと、次のように伝えてきた。

「鉄鉱石の輸出が完全に止まったのは10月に入ってからだそうです。でも、今も採掘は続き、鉱石は野積みされています。今のところ、労働者には前と変わらぬ給与が支払われている。当局は『輸出停止は一時的。しばらくしたら再開するだろう』と労働者に説明しています」

茂山で掘った鉄鉱石の対中輸出は、完全に止まっているようだ。売る当てのない鉄鉱石採掘をいつまで続けることができるだろうか。労働者への給与支払いが止まったら、何千人もの労働者はどうなるのだろうか。

北朝鮮に絡む大型プロジェクトは…

南坪では今、巨大施設が建設されている。2015年から進む「和龍国家級辺境経済合作区」の施設だ。

南坪鎮で建設中の建物。背後は北朝鮮の山。制裁強化後も工事は続いていた=2017年10月(撮影:アジアプレス)

この計画は、賃金の安い北朝鮮の派遣労働者を雇うことを前提とし、工場を誘致する内容だ。鉱産物や水産物、木材などの加工に加え、国境観光の拠点をつくる狙いもある。中国側は既に10億元(約170億円)を投じたという。中国政府が対北朝鮮制裁を履行すれば、これらの施設も無用の長物となる。

実は、似たようなプロジェクトやインフラ整備は国境地帯にいくつもある。いずれも北朝鮮との経済協力を前提としており、順調に進んでいるとは言い難い。そのいくつかを写真で紹介しよう。

2014年完成の新鴨緑江大橋。写真奥の北朝鮮側に道路ができず、未開通のまま=2017年7月(撮影:石丸次郎)

貿易の拡大を見込んで今年1月に完成した鴨緑江中流の連絡橋。写真右手側が北朝鮮。人も車も見えなかった。吉林省集安市で=2017年9月(撮影:石丸次郎)

中国の「北朝鮮レストラン」で

中朝国境に近い延吉市は、吉林省延辺朝鮮族自治州の州都である。

10月初旬の深夜。延吉市の大型ホテル前で、赤いジャンパーを着た女性たちの一団に遭遇した。人気のない道路に3列縦隊で並んでいる。ざっと二十数人。近づくと、朝鮮語が聞こえる。1人が号令をかけ、一団は行進を始めた。後を追うと、暗がりの中、古びたアパート街に消えていった。

翌日このホテルへ行くと、朝鮮の民族衣装を着た女性たちがロビーに立っている。客を上階の食堂に案内している。胸には北朝鮮国旗をあしらったバッジ。あの女性たちは北朝鮮から来た従業員だったのだ。

延吉市の大型ホテルで働く北朝鮮女性。胸に北朝鮮国旗をあしらったバッジ=2017年10月(撮影:石丸次郎)

延吉市内には北朝鮮式の料理を出し、歌や舞踊のショーもある北朝鮮レストランが10軒ほどある。それとは別に、大型ホテルの食堂や宴会場、バー、喫茶店でも北朝鮮の若い女性が働く。どの店も「撮影禁止」で、韓国人は入店拒否。2016年4月には浙江省寧波市の食堂で支配人と従業員13人が韓国に集団亡命した。それ以来、警戒が強くなっている。

6軒の食堂に行ってみた。女性たちは皆若い。おおむね22~25歳で、みんな平壌から来たという。制服で給仕していた人が、チマ・チョゴリに着替えてショータイムで歌を披露する。それが終わると、また制服に着替え、給仕する。

遼寧省瀋陽市の北朝鮮レストラン「平壌館」。女性従業員が入り口で韓国人の入店をチェックしていた=2017年7月(撮影:石丸次郎)

中国国籍の朝鮮人(朝鮮族)は約200万人で、その半分近くが北朝鮮と国境を接する延辺朝鮮族自治州に住んでいた。しかし、近年は韓国のほか、中国の北京、上海などへの流出が続き、延吉市でも朝鮮語の通じない食堂やホテルが多くなってきた。

「民族舞踊コンテストに出る朝鮮族が足りず、漢民族に朝鮮の民族衣装を着せて出てもらっている」と言う延吉市の芸能関係者もいる。だから、人件費が安く、よく働く北朝鮮の女性は重宝されるのだ。

遼寧省丹東市での歌舞公演。現在はどの北朝鮮レストランも撮影禁止だ=2016年5月に韓国人旅行者が撮影

北朝鮮の人々 その収入は…

北朝鮮の労働者たちは、どれくらいの収入があるのだろうか。先に紹介した茂山の鉱山労働者について、北朝鮮側の協力者が調べてくれた。

それによると、経験10年の精鉱職場労働者の場合、規定の月給は1万2000ウォン(約160円)だが、長く未払いで、毎月、白米20キロを配給されている。妻は市場で商売し、1カ月で400中国元(約6800円)を稼ぐ。4人家族は食べていけるが、服を買う余裕はないという。経験3年の貨物車の運転手は、月給300中国元(約5100円)相当。食糧の配給はない。勤務先のガソリンと軽油を横流しし、小遣いを稼いでいる。

中国側の延吉市で働く若い女性たちはどうか。食堂を経営する企業の役員は「どこも1人当たり月3000元(約5万円強)程度を北朝鮮側に払います。本人に支給されるのは、その4分の1ほどではないでしょうか」と明かした。

延辺朝鮮族自治州では看板にハングルと漢字の併記を義務づけている=2017年10月(撮影:石丸次郎)

そうした国境の街に「対北朝鮮制裁」の網が被せられたのだ。

中国政府はこの9月、北朝鮮労働者の新規雇用を禁止すると公告した。ビザの更新に応じないし、中朝の合弁・合作企業は来年1月9日までに閉鎖することになる。延吉市内のホテル4店、北朝鮮レストラン1店に直接問い合わせると、既に雇用を縮小しているホテルが1店。他も「政府が決めることだから」と先行きを見通せていない。

延吉市に住む朝鮮族の男性は言う。

「北朝鮮の女性服務員たちは、若くて美しく、よく教育されて接客態度が素晴らしい。その上、歌って踊れる。延辺では最高のサービスだと思う。管理も自分たちでしっかりやる。経済制裁でいなくなるだろうけど、代わりができる朝鮮族の若者はもういません。延辺にとって損失です」

鴨緑江下流の北朝鮮側・朔州郡にある「青水(チョンス)化学工場」。中国側の壁面は塗装されているが、稼働せず廃墟になった=2017年7月(撮影:石丸次郎)

遼寧省、吉林省には北朝鮮からの派遣労働者を雇用している工場がたくさんある。派遣労働者の数は正確には分かっていないが、3万~5万人、あるいは10万人超との説もある。そうした人々が「続々帰国している」と最近、韓国などのメディアが相次いで報じた。北朝鮮レストランの女性従業員たちも、年明けには姿を消しているかもしれない。

制裁下の北朝鮮、国民の声を聴く

肝心の北朝鮮国内では、制裁の影響がどう出ているのだろうか。

私たちは北朝鮮国内にいる約10人の取材協力者用に中国の携帯電話を密かに搬入し、連絡を取り合っている。今、彼らが異口同音に伝えてくるのは、経済制裁の概要や「なぜ制裁を受けているのか」について、国民はまともに知らされていない、ということだ。

鴨緑江で北朝鮮の女性が洗濯をしていた=2017年7月(撮影:石丸次郎)

「こちらでは『経済封鎖』をやめさせるためにミサイルを撃ったと説明しています。発射実験を続ければ、米国も韓国も膝を屈して援助してくる、そうすれば暮らしが良くなる、と」(咸鏡北道に住む労働党員の協力者)

「世界の多くの国が経済制裁に参加しているなんて、まったく知らされていません」(両江道の小売業者)

「ミサイル発射を続けているがために経済制裁を受けていることを知れば、人民は政府に怒るでしょう」(両江道の主婦)

中国側から見た北朝鮮の新義州。仕事から帰宅するための船を待つ人たち=2017年9月(撮影:パク・ヨンミン)

経済制裁が続いて外貨収入が減れば、北朝鮮では購買力が落ちて景気が悪化したり、北朝鮮ウォンの価値が下落したりする。インフレになる可能性もある。私たちはそう考えていた。

ところが、北朝鮮国内の協力者が調査したところ、制裁が強まったこの1年、物価や北朝鮮ウォンのレートは安定している。今年4月にガソリンや軽油の価格が暴騰したほかは、市場に大きな変化はない。

この12月12日時点では、ガソリン1キロは1万8450ウォン(約257円)、北朝鮮産コメ1キロは4500ウォン(約63円)。1中国元は1230ウォン(約17.1円)。物不足も発生していないという。

鴨緑江を挟み、中国側から見た青水化学工場の一角。長く廃墟になったまま放置されている=2017年9月(撮影:パク・ヨンミン)

ただ、統計からは「制裁の効果」を読み取ることもできる。

この11月下旬に中国の税関当局が公開した10月の貿易統計によると、北朝鮮からの輸入は約6億元(約102億円)にとどまり、前年同月比で6割も減少した。北朝鮮の外貨獲得手段は、主に石炭や鉄鉱石、繊維製品、海産物の輸出であり、統計を見る限り、中国による制裁の影響は大きい。

北朝鮮北東部の清津(チョンジン)市で2013年9月に撮影した公設市場。1990年代から配給制がほぼ破綻し、市場が庶民の経済活動の中心になっている(撮影:アジアプレス)

制裁は効果を上げるのか

では今後、中国が制裁を完全履行すると、北朝鮮はどのくらい外貨収入を失うのだろうか。

日本貿易振興機構が今年3月に公表した2016年度の「最近の北朝鮮経済に関する調査」所収の統計から試算すると、中国への輸出総額は約26億ドルで、そのうち禁輸品目の合計額は約24億ドルに達する。「完全履行」の場合、北朝鮮は対中輸出のおよそ9割を喪失する計算だ。加えて中国への労働者派遣による収入2億~3億ドル(推定)も失う。

トランプ大統領のアジア歴訪。北京のビジネスフォーラムにて=2017年11月(写真:The New York Times/アフロ)

北朝鮮はこの11月29日、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を行い、「米本土全域を攻撃できる超大型の核弾頭を装着可能な『火星15型』の実験に成功した」と発表した。その直後、米国は中国に「北朝鮮への原油の全面的な輸出禁止」を求めるなど緊張は増している。

いずれにしろ、北朝鮮国内の景気悪化は避けられず、核・ミサイル開発に固執した代償が極めて高くつくのは間違いない。

最後に北朝鮮北部に住む女性との電話インタビューを聴いていただきたい。身の危険があるため、「女性」という以外の情報を示すことはできない。


石丸次郎(いしまる・じろう)
1962年、大阪出身。フリージャーナリスト集団「アジアプレス」の大阪事務所代表。北朝鮮取材では同国内に3回、中朝国境地帯に1993年以来約100回。これまで900人を超す北朝鮮の人々を取材。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。著書に「北朝鮮難民」(講談社)、映像作品に「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。

[取材]石丸次郎、アジアプレス
[写真]撮影:石丸次郎、パク・ヨンミン、アジアプレス

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