田川基成

「リベラル」の思い、揺れ、悔い 衆院選 足元で何が起きたか

10/31(火) 9:45 配信

自民・公明の政権与党が圧勝し、野党側は民進党の分裂で混迷を深めた衆院選は、いわゆる「リベラル」の足元を大きく揺るがす日々でもあった。長野県松本市を歩くと、野党候補の選挙運動を支えた人たちから「後に『あの選挙がターニングポイントだった』と言われる」「今回は正念場」などの声が次々に飛び出した。「護憲」「平和」「民主主義」といった戦後日本の価値観を信じ、支えてきた人たちは、この選挙でどう動き、何を感じたのか。伝統的にリベラルが強いとされる北アルプスの麓から報告する。(宮本由貴子/Yahoo!ニュース 特集編集部)   

「組織人ですから」と希望の党へ

社民党松本総支部の入るビルは、松本城から北西へ徒歩数分の場所に立つ。衆院選の公示が1週間後に迫った10月3日の午後4時。松本城がよく見える3階の部屋では、同党長野県連の幹部5人が下条みつ氏(61)の到着を待っていた。5人はいずれも年配の男性。口の字形に並べた机の一方に並んで座っている。

社民党松本総支部の一室。ここで会合が行われた(撮影:田川基成)

下条氏が入ってきたのは、午後4時半ごろだったという。

その直前、東京では希望の党が第1次公認候補192人を発表していた。長野2区で民進党から出馬するはずだった下条氏も含まれていた。安全保障政策などで見解が一致しない民進党候補を「排除します」と小池百合子代表が発言したのは、その数日前である。

下条氏は2003年の衆院選で旧民主党から出馬して初当選し、その後2度当選。2012年と前回2014年の選挙では敗れたものの、小選挙区で勝てる可能性を持つと目されていた。しかも今回は、社民党や共産党などと「野党共闘」を進める動きが出ていた。

会合で口火を切ったのは、社民党県連の吉田進副代表(66)だった。出席者によると、こんなやりとりが続いたという。

取材に応じる吉田進・社民党長野県連副代表(撮影:田川基成)

——希望の党から出るって聞いたけど、本当にそうなの?

「長野県の民進党議員はそろって対応(希望の党に合流)すると聞いています。私も組織人ですから」

——(同じ民進党の)長野1区の篠原孝氏は違うと聞いているが……。希望の党から出るとなれば、われわれは応援できませんよ。

「9条改憲反対、戦争反対はこれからも変わりません」

——政党政治なんだから、(改憲を意図する希望の党に属すれば)そういうわけにはいかないでしょう?

「みなさんと一緒にやってきた思いは変わりません」

——無所属ならわれわれは応援できる。その余地はないの?

「……ありません」

この返答で会合は事実上終わり、社民党側は「そっちに余地がないなら、俺たちに支援できることはない。残念だけれど、お帰りください」と言い切ったという。

社民党松本総支部からは松本城がよく見える(撮影:田川基成)

「安倍政権を終わらせるため」「憲法を改正させないため」の野党共闘、市民との共闘……。最近の選挙ではそんな言葉がよく使われたが、共闘の強さはどれほどだったか。会合の場にいた一人は振り返る。

「身内に裏切られたら怒りも湧くけれど、下条氏はそもそも民進党。他党のことだし、社民党と民進党が正式に政策協定を結んでいたわけでもないから怒るに怒れない。そんな頼りない結びつきを信じてきた自分にも落胆して……。がっくりきたよ」

県議選に出るつもりだった社民候補 急きょ出馬へ

長野2区はこの時点で、自民党の務台俊介氏(61)、日本維新の会の手塚大輔氏(34)、それに希望の党から下条氏が立候補する構図になった。「護憲」「安保法制廃止」などをリベラルの軸と考えた場合、明確な受け皿候補はいなかった。

希望の党から立候補した下条みつ氏(撮影:宮本由貴子)

下条氏の退室後、残った全員がしばらく無言だった。外はすっかり暗くなっている。そこに共産党長野県委員会の幹部から電話が入った。その場にいた社民党県連幹事長の中川博司氏(59)に対し、「中川さんが立つなら共産党は候補を取り下げ、支援しますよ」との打診だったという。

中川氏は振り返る。

「内心、どうすべー、と。(1年半後の)県議選に立候補する予定で準備を進めてきたし。でも結局、1、2時間のうちに『市民と野党の共闘候補、リベラル派の受け皿をつくらなければいけない』ってなって」

ぎりぎりで立候補を決断した社民党の中川博司氏(撮影:田川基成)

社民党県連の吉田氏は「今までの選挙では、社民党の党勢をいかに拡大させるかが念頭にあったが、今回は違いました」と言う。何がどう違ったのか。「共闘によって憲法9条を何としても守り抜く。その必死な思いです」

長野県のリベラル派には、昨年7月の参院選での成功体験がある。民進党の杉尾秀哉氏を共産党・社民党が推薦し、さらに安保関連法の廃止を求める市民団体からの支援も受け、「野党と市民の共闘」で当選させたのだ。しかし、今回の中川氏の出馬に関しては、その決定プロセスに“市民”は不在。政党の判断を“市民”側が事後通告で受け入れる形になったのである。

「本当に残念でなりません」

10月22日の投開票の結果、長野2区では下条氏が当選した。得票は7万8千票余り。自民の務台氏は6万7千票余りを獲得し、比例で復活当選した。一方、「リベラルの受け皿」を自任した中川氏は4万1千票余りで3位に終わり、小選挙区での得票率は18.68%にとどまった。

頭を下げ、支持を訴える自民党の務台俊介氏(撮影:田川基成)

「長い時間をかけて築いた民進党との協力関係が崩れた。本当に残念で……」と悔やむ人がいる。「希望・長野ネット」の共同代表で、松本市に住む小林瞳さんもその一人だ。

この団体は2013年から「安倍政権をストップさせるため、市民と野党で共同統一候補を立てたい」として、県内の各野党に働きかけてきた。この2年間で計7回、野党の国会議員などを招き、安保法や原発に関する勉強会も開催。こうした会合には下条氏も参加し、回を重ねるごとに協力的になったという。

小林さんらは昨年12月、東京の民進党本部も訪ねている。衆院選を見据えて「野党の統一候補を出したい」という思いを直接伝えるためだった。

小林瞳さん。街頭で中川候補への支持を訴えた(撮影:宮本由貴子)

「(当時の蓮舫)代表に会いたかったけれど、かなわず。でも、下条さんが取り次いでくれたおかげで、事務局長に会えました。その頃から仲間たちは『下条さん、いい人じゃん』となって。次の衆院選は、下条さんと一緒に戦おうね、と言い合っていたんです」

希望の党からの出馬を知り、小林さんは「彼が主張してきた9条改憲反対などを守れなくなるのではないか」と考えた。そして10月2日、下条氏に「今回の選挙は正念場です。希望の党か無所属か、よくよく考えて」と伝えたという。

何が正念場だったのか。

「市民と野党の共闘が再び成功するか、そして安倍政権による改憲を止められるか、です。(下条氏からは明確な返事がなく)ものすごくがっかりしました。今まではなんだったの、と。数年間かけて積み上げた信頼がすっかり崩れ、本当に、残念で、残念でなりませんでした」

選挙で初めて白票を投じた36歳の女性。思いを切々と語った(撮影:宮本由貴子)

今回の選挙で、生まれて初めて白票を投じたという女性(36)にも会った。

「大義なき選挙に白けて。小選挙区の白票は『入れたい人がいない』というアピールのつもりです。比例は立憲民主党に入れました。枝野さんの言うことには共感できる部分が多い。将来的に長野2区にも立憲民主党の候補が立ってくれれば」

希望の党の“踏み絵”を踏んだ下条氏に対して、これまでは同氏に投票してきたこの女性は「裏切られた気持ち」と言う。そして、急きょ立候補した中川氏に対しても「社民党は身近な感じがしないし、得体が知れない」と距離を置く。

「(下条氏の転身などで)長野2区にはリベラルの受け皿がなくなったと思いました。今思えば、下条氏が本当に受け皿だったのかも疑問ですが……」

希望の党の運動員も「みんな大混乱です」

個人演説会で耳を傾ける市民(撮影:田川基成)

一方、下条氏側はどうだったか。選挙運動を支えた民進党県連関係者はこう振り返った。

「昨年の参院選で野党と市民が共闘して勝った体験があるからこそ、(民進党の希望の党への合流に)市民のショックは大きいと思う。自分たちも寝耳に水。一番面食らったのが私たちです。その話が出る前は、民進党候補が県内5区で全勝できるのでは、と想定していましたから。東京では立憲民主党が話題を集めたようですが、地方ではそういう風頼みは通用しない。選挙で勝つには、風よりも地道な日々の活動が重要なんですよ。いずれにしても、今回の激変は日本の政界の歴史に残る。みんな、大混乱しているんです」

下条陣営で別の男性にも話を聞いた。年配の彼には地方議員の経験もある。

「何が起きているのか、私もよく分からない。あまりにも急だったんで。支援者もみんな、当初は混乱していた。でも私は『不満は当選してから言ってくれ。自民の議席をとにかく増やさないようにしよう。下条さん(の主張)は変わらない。看板(党)が変わっただけ』と説明した。そのうち(理解者が)少しずつ増えてきました」

小選挙区で当選し、決意を語る下条氏。選挙期間中、「私の信条は変わりません」と訴えた(撮影:宮本由貴子)

下条氏は3世議員だ。祖父も父も国会議員として閣僚経験がある。父の代からの支援者という88歳の男性は言う。「下条氏が変節したと言って、票を入れない人もいたと思う。でも(どの政党から出ても)自分には関係ないです」

希望の党を真正面から批判。しかし…

選挙運動の最終日だった10月21日の午後、社民党の中川陣営は2時間半かけて松本市の中心街を練り歩いた。30人ほどが「市民と野党の共闘」「立憲リベラル大結集!」というのぼりを持ち、SEALDsなどが流行らせたラップ調のコールを繰り返す。

その中に、信州大学名誉教授の又坂常人さん(69)もいた。昨年の参院選で市民グループと野党を結びつけるなどして、民進党の杉尾氏を国政に送り出すことに尽力した一人だ。時折、マイクを握り、「希望の党は“踏み絵”によって、憲法改正を認める人間、安保法制を認める人間以外は排除すると言っている。希望の党は野党ではありません。自民よりもっと右寄り、第二の自民党に過ぎないんです」と訴えた。

リベラルへの支持を訴える中川陣営(撮影:田川基成)

もっとも、ラップ調のコールにも又坂さんらの訴えにも、足を止める人はほとんどいない。そうした運動と結果を踏まえ、又坂さんはこう言う。

「暗黙の了解ではありましたが、市民グループ、社民党、共産党で民進党の下条氏を国政へ送り出そうと、2015年頃から時間をかけて準備していました。だから(希望の党に合流すると聞いて)本人に電話したんです。彼は『民進党の長野県連全体として合流するから、組織の一員として自分もそうします。ただし、思想信条は変えません』と言いました。無所属での出馬を勧めましたが……。今回の選挙期間中は寝て過ごし、投票は棄権しようとまで思っていました」

街頭でマイクを握る又坂常人さん(撮影:宮本由貴子)

又坂さんは「戦争をさせない1000人委員会・信州」などいくつかの市民団体で主要メンバーとして名を連ねてきた。「市民と野党の共闘」という場合、多くのケースではこういった団体が“市民”として位置付けられている。

では、その足元で支援の裾野は広がっているのだろうか。リベラルとされる政党の支持者は高齢になるほど多いとされ、今回の衆院選でマスコミ各社が実施した世論調査・出口調査によっても、50代以上でその傾向は明白になっている。

それでも又坂さんはこう言い切った。

「社民党の中川さんは(短期間で出馬を)よく決断してくれた。おかげでリベラル派の受け皿ができました。公示直前の立候補表明だったことを考えれば、4万1274票はよくやったと思います。ただ、リベラル層に浸透しきれなかった。『(立候補とその訴えは)正しかった、でも力が足りなかった』ではだめ。どこがどう悪かったのか良かったのか、振り返る必要があります」

街頭に立つ運動員(撮影:宮本由貴子)

誰もが「次」を見通せない

希望の党への逆風が吹き荒れるなか、希望の党の下条氏は前回衆院選より1万5千票ほど得票を増やしている。投票率が4.40ポイント上がって58.70%となり、投票者数が約2万人増えたにしても、なぜ得票を増やせたのか。その背景には、おそらくこんな理由で下条氏に投票した有権者の存在もある。

「特に支持政党はない」という会社員の男性(47)は「投票は消去法でした」と話す。まず「よく知らない人だから」と社民の中川氏と維新の手塚氏を除外。自民の務台氏についても、昨年9月の出来事を理由に除外した。務台氏はこの時、長靴を持参しないまま岩手県の台風被災地を視察し、政府の職員に背負われて水たまりを渡り、その様子をテレビ番組が繰り返し放送。さらに今年3月には「長靴業界はもうかったのでは」と発言して、内閣府政務官兼復興政務官を辞任した。

男性は言う。

「おんぶは、まあいいとしても、『長靴業界』発言で全く反省していないな、と。そんな人を国会議員にするのはいかがなものかと思い、消去法で下条氏にしたんです」

選挙事務所で開票の行方を見守る(撮影:宮本由貴子)

地縁血縁や地域でのつながり、候補者の日頃の振る舞い……。「政策論争」「政党や候補の主義主張」の重要性がいくら叫ばれても、そういった事柄だけが投票の基準ではない。地方ではその現実もよく見える。

「下条みつ後援会」の銭坂明尚会長(88)は投票日の前日、こんなことを語っていた。全国的には希望の党の失速と、新たにできた立憲民主党の躍進が確実と言われていた。

「立憲民主党が話題になり始めたのは(下条氏が)希望から出ると決まってから。『立憲から出ればよかったかも』と一瞬感じたけど、(希望の党からの出馬を応援すると)心に決めた後だったんで……」

下条氏の選挙を支えた後援会の銭坂明尚会長(撮影:宮本由貴子)

長野2区の比例代表では、小選挙区の候補のいなかった立憲民主党が4万7146票を集め、自民党の5万9172票に次ぐ多さだった。立憲民主党がもう少し早く結党していたら、こうした結果は全く違っていたかもしれない。

地元紙によると、同じ長野県の別地域では、民進党関係者らが立憲民主党の支部設立を目指しているという。いずれ近いうちに野党の再編がある。そのことは誰もが分かっているのに、「次」がどんな形になるのか、地域のリベラルがどこに向かうのか、今は誰も見通せていない。

投票日、本州は台風で大荒れだった。翌10月23日、松本市内で道路を清掃する作業員。風で飛んだ候補者ポスターも片付けられた(撮影:宮本由貴子)


宮本由貴子(みやもと・ゆきこ)
雑誌編集者、地域紙の記者を経てフリーライター。

[取材]宮本由貴子
[写真]撮影:田川基成、宮本由貴子
[写真監修]:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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