選挙の投票率はどうして下がり続けるのか。投票日が22日に迫った今回の衆院選はどうだろうか。国政か地方かを問わず、近年の投票率は毎回のように「過去最低」になる。では、投票率が下がり続けた先には、何が待ち受けているのだろうか。「投票率最低」の地域を歩きながら、「選挙」を考えた。まずはマグロ漁で知られる青森県大間町。全国の市町村で衆院選の投票率が過去2回連続で最下位になった町である。まずはその動画を。(大矢英代、笹島康仁/Yahoo!ニュース 特集編集部)
選管委員長「今回も下がりそう」
第48回衆院選が公示された10月10日。午前11時に大間町役場に着くと、町選挙管理委員長の新井田義成さん(76)が待っていてくれた。「遠かったでしょう?」。東北新幹線の新青森駅から車で北上し、約3時間。本州最北端の地は確かに遠い。
「選挙が始まると、立候補の人たちが来るわけですけど、町で足を止め、主義主張や政策を自分の口で訴える人はゼロに近いですよ。車で来て、『誰々です』と連呼してスーッと通り過ぎる。車は速いですから、何を言ってるか分かりませんよ。『あら、何だか声がする。今のは何だろうな』と」
大間町での衆院選の投票率は、前々回の2012年12月が42.28%。全国平均の59.32%を大きく下回った。そして前回2014年12月の衆院選は37.80%。「戦後最低」となった全国平均の52.66%をこれも大きく下回った。
実は青森県全体でも2013年の参院選、前回の衆院選と連続で全国最低を記録している。このため、昨年7月の参院選では、県選管挙げての「最下位脱出作戦」を展開し、ようやく「国政選挙の投票率ワースト」を逃れた経緯がある。
では、今回の衆院選はどうなりそうなのか。
新井田さんは20代のころ、町内の高校で教員として働き始めた。今も町内で暮らし、大間を知り尽くしている。その目で見ると、「(今回の衆院選の投票率は)前回よりさらに下がるのではないか」と言う。
「住民の責任ではないですよ。選挙への関心そのものを持たせてもらえない。大間だけの問題じゃない。国政に関わる人たちは誰もね、都会から遠く離れた遠隔地の住民たちの本当の姿を知りませんよ。大間にはマグロじゃない漁師も、漁師以外のいろんな職の人たちもいる。そんな住民の現実、真の生活状態を政治家は感じているでしょうか? それが続き、積み重なってきた結果が今の投票率ですよ」
諦めたような、悟ったような言葉が続く。
――でも、選挙には行った方がいいと?
「そう思いますけども」
――なぜですか?
「……答えられないです。行かない人たちに、なぜ行かなければならないか、明るい説明ができるかと言えば、できません」
――投票は国民の権利であり、1票が政治につながるんだ、と言えませんか?
「それは教科書的な答え方です、通り一遍の。『投票すれば自分たちの生活が変わるんだ』という現実的な変化が見えれば行くでしょう。それが今までなかった。人々の心の中にあるものが何なのか。それが分からなければ、投票所に足を向けさせることはできないと思いますね」
「恥ずかしいよ」と町議は言うが…
大間町と面する津軽海峡にはマグロだけでなく、多くの魚がいる。コンブ漁も盛んだ。早朝の港では、ブリやマグロが次々と水揚げされていた。
そんな中、港にやってきたのは町議会議員の竹内弘さん(75)。低投票率の話を向けると、「恥ずかしいよ」と言う。
「青森市や中央で会議があると、いつも言われるよ。漁港整備で県や国への陳情が多いんだけど、肩身が狭い。総選挙では『1枚目は候補の名前、2枚目の比例代表は党名を書いて』って、有権者に呼び掛けるんだけどね」
白の軽トラックに寄り掛かり、竹内さんは話し続けた。港に次々と漁船が戻ってくる。
「みんな、こうしてギリギリまで漁をして帰ってくる。疲れてるから『選挙はもういいじゃん』っていうのがあるんだ。期日前投票とか(漁師は)関心がないんだよ」
もっとも、当の漁師たちに聞くと、低投票率の理由は必ずしも「漁が忙しい」が一番ではなさそうだ。
マグロ漁から戻った泉裕樹さん(44)は「漁で忙しいから? そんなことはねえべ。期日前(投票)もあるのに。(自分は)頼まれれば、その人に入れる」と言う。
「(大間で困っているのは)マグロが獲れないとか……。あとは原発(電源開発の大間原発=建設中)があるのに避難道路がないとか。万が一にだよ、津波と事故が起きれば、原発の前を通って逃げないといけない。そうなったら終わりだべよ。目先さ、走ったの。大間の昔の人。金さ」
自宅横の敷地でコンブを干していた男性(54)もこう言った。「(国政に関わる人は)正直なことは何も話してねえと思う。それが一番だべな」
「衆院選は都会のこと。田舎は関係ない感じ」
衆院選公示の前日、大間町ではウォーキング大会が開かれ、金沢満春町長(67)も姿を見せた。今年1月の町長選で4選を果たした際の投票率は78.89%。国政選挙に比べると相当に高かったものの、2001年の87.37%と比べると、9ポイント近くも下がっている。金沢氏自身は1期目から3期目までの町長選では対立候補がおらず、無投票で3回連続当選。この4月に初めて投票で町民の審判を受けた。
「(町民は国政選挙に)関心がないんです。漁で地元を離れるし、出稼ぎの人も多い。国政と生活の遠さもある。私も選ばれる立場だから、できるだけ多くの皆さんに関心を持っていただくのが望ましいけれど……」
4歳の息子と大会に参加した宮野知子さん(35)も「国政の遠さ」を感じている。
「投票は家族で行きます。でも(衆院選は)都会のことで田舎には関係ない、みたいな。投票しても国政には影響がない気がしています。国会議員は地方に目が届かないし、東京のことしか考えてない。テレビも東京中心の話をしているので」
そして、宮野さんは切り返すように問い掛けてきた。
「あなたは、どうして投票に行っているんですか? 期待して行っているんですか? ちょっとは可能性に賭けているんですか?」
地方選では投票率8.8%も
近年、「投票率」は国政か地方かを問わず、選挙のたびに問題となってきた。
ワースト記録には、惨憺(さんたん)たる数字が並ぶ。以下はいずれも補欠選挙の数字だが、衆院選のワーストは2016年・京都3区の30.12%。参院選では1991年の埼玉県選挙区の17.80%。同じ埼玉県では、2014年の埼玉県議選が13.47%にまで落ち込み、有権者のおよそ7人に1人の投票で議員2人が当選した。さらに、広島県東広島市の市議選では、2010年に8.82%という「ひと桁投票率」も生じている。
低い投票率で選ばれた議員たちは、どう思っているのだろうか。それを聞くため、千葉県議会を訪ねた。
現在の千葉県議は、2015年の統一地方選で選ばれた人たちだ。この時の道府県議選で千葉県は全国最低の投票率37.01%だった。その中での「最低」は野田市(定数2)。投票率は28.85%で、およそ4人に1人しか投票していない。
野田市選出の2人のうち、木名瀬捷司さん(75)は1万7千票余りを獲得した。有権者全体の14%である。当人はこれをどう分析しているのだろうか。
「田舎では水道や道路の整備で要望が強いですが、野田市に多い新興住宅地は既に整備されています。だから要望があまりない。それに(先の選挙では有力候補が定数と同数の)2人しかおらず、『結果が決まっちゃってる』と。そうなると、投票率は自然に下がります」
今の生活に満足している人が多いことも、選挙への無関心を呼んでいるのではないか、と木名瀬さんは言う。
「何十年前と比べれば生活も数段違う。安定しているから(有権者は現状を)変える必要がないと思っているのでしょう」
「4人に1人」を割れば「危険水域」
もう1人の野田市選出、礒部裕和さん(36)は「投票率が25%を割ったら危険水域」と訴えている。何がどう、危険なのだろうか。
「投票率が下がれば下がるほど、固定票が強くなり、政治が(それに)左右されやすくなります。また、ブームが起こって、今まで投票していなかった人たちが突然行き始めると、世の中が一瞬で変わってしまうリスクもあります」
――今はそこまで行ってない?
「自分以外の選挙を見る限り、選挙結果がおかしいと思ったことはそうありません。落ちる人には落ちるだけの理由がある。でも、1票で社会は変わる。投票は面倒くさいけど、面倒くさいことをやるからには、人はそれなりに考えます。ポスターや党名で選ぶ人も、それはそれで考えている。考えないのは思考の放棄。それはまずいでしょう」
「このまま投票率が下がり続けたら…」
今度は埼玉県さいたま市に足を運んだ。
埼玉大学社会調査研究センター長の松本正生教授(62)は「さいたま市明るい選挙推進協議会」の会長でもある。投票行動を研究する傍ら、投票を促す立場も務めてきた。
松本教授の危機感は相当なものだ。例えば、各地の知事選。近年はそこでも低投票率が相次ぎ、地元の埼玉県知事選では2011年に24.89%になってしまった。全国の知事選で過去最低の記録である。
「4人に1人ですよ。こうなると、政治家は限られた人を抱え、手放さないように動きます」
固定票、つまり特定層が政治を動かすようになる――。野田市選出の千葉県議、礒部さんと同じ懸念だ。松本教授が続ける。
「多くの有権者は、自分の1票がどう政治につながっているのかを実感できないし、政治の側も(つながりを)政策で示せない。現代は人口減に伴う縮小型の社会なのに、候補者は『これこれを削りますが、我慢してください』と言いません。逆に『無償化』はいっぱい。そんなのできるわけない。普通の感覚なら『バカにしてるのか』と怒るか、『期待しても無理だ』と諦めるか。ですから、選挙は『普通の人は行かない』ものになってきたんです」
選挙離れの先にはいったい何があるのか。松本教授は、議会の仕組みが壊れかねない、と心配している。
「そもそも議員になりたいと手を挙げる人が既に減っていて、低投票率どころか、選挙にならない議会があちこちにあります。政治家の『選挙離れ』です」
対立候補が出ないため投票にならず、無投票で議員や首長が誕生する――。そんな「無投票当選」はごく普通の光景になった。
総務省によると、2016年には全国で166の市区長選があり、うち45が無投票。町村長選は200のうち、実に半分の102が無投票だった。高齢化や地域社会の衰退などが原因とされ、高知県大川村議会では今年、議員のなり手があまりにもいないため、村議会の代わりに「村民総会」設置を検討したくらいだ。
議員のなり手不足は都市部でも起きている。松本教授が例に挙げるのは、さいたま市北区。約15万人の人口を抱えながら、2015年の県議選、市議選の両方とも無投票で当選者が決まったという。
「こういう傾向が進むと、『議会はなくていい。首長だけ直接選び、本当に大事なことは住民投票で決めればいい』という空気になります。しかし、時間を要する議論には議会が必要です。なくなってからでは遅いのです」
大間町民「低投票率は『偏り』生む」
話は大間町に戻る。「投票率が全国最下位」は多くの町民が知っており、パン屋経営の宮野成厚さん(61)も「知ってるよ」と即答だった。
宮野さんへの取材は、町有志による「日曜日はマグロだDAY」開催日。職人が大きなマグロをさばき、即売するこの催しは毎回、多くの観光客でにぎわう。宮野さんはそのイベントで司会のマイクを握っていた。
宮野さんが言う。
「低投票率の理由? 今の時期は特にコンブ漁、マグロ漁が忙しい。それで、ついつい期日前も行かないんじゃないかな。それと『自分が投票に行って、国が変わった』っていうのが見えてこないから。でも、自分は家族と投票に行きますよ。投票でしか議員を評価できないでしょう? 特に大間は原発を抱えていますから、それについて(候補者は)どんな意見を持っているんだろうって」
大間町は前回の衆院選で「青森2区」だった。投票率が低かったため、当選者が獲得した票数は有権者の約3割にすぎない。選挙後、1票の格差を是正するための「区割り」変更があり、今回は「青森1区」になった。
「原発ができて人が増えれば、自分の仕事にとっても、町にとってもいい。これが私の考え。でもさ、自分は偏った考え方だと思ってるんで。(国政が)自分たちの年代の意見だけになったら、そういう候補しか当選しなくなり、若い人の意見を正直に吸い上げられない。田舎に住んでいる自分は田舎の意見しか言いませんし。少人数しか投票しなければ、(議会は)少人数の意見に偏ってしまう。そういう方向になりかねません」
【120秒】動画でみる“投票率最低”のマグロの町の本音
大矢英代(おおや・はなよ)
琉球朝日放送記者を経てフリージャーナリスト。ドキュメンタリー作品を制作中。
笹島康仁(ささじま・やすひと)
高知新聞記者を経て、フリージャーナリスト。
取材・写真・動画制作:大矢英代、笹島康仁