紺田陽介

「思想犯」にされた日々 95歳と96歳 治安維持法を語る

2017/9/13(水) 9:47 配信

何気ない日常を描いた1枚の絵。それをもとに「思想犯」と決めつけられ、突然逮捕されたら? 「その思想は許されない」という理由だけで身体の自由をも奪われたら? 自由をおう歌する今の日本では考えられないようなことが、戦時下の日本では度々「事件」とされた。事件を生んだのは、治安維持法と特別高等警察(特高警察)だ。そうした事件の当事者は年を重ね、次々と他界している。数少なくなった当事者の声を聞くため、北海道に向かった。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

「ある朝、突然、特高警察が…」

北海道旭川市の菱谷良一さん(95)は、自宅にアトリエを構えている。とても元気で、体の動きも会話も90歳を超えたとは思えない。若い時に始めた絵が生きがいで、今も友人たちとスケッチ旅行に出る。1、2年前までは絵の具を持って外国にも出掛けていたという。

菱谷良一さん。自宅のアトリエで(撮影:紺田陽介)

その菱谷さんには、言い尽くせぬ体験がある。1941年9月。教員を養成する北海道旭川師範学校(現・北海道教育大学旭川校)に在学し、美術部員だった菱谷さんのもとに特高警察がやって来た。

「9月20日、まだ寝ている時、寄宿舎に特高(警察)が来て、逮捕状見せて。『逮捕状なんか知らん』って言ったら、『熊田先生を知ってるか、知ってるならついて来い』と。そのまま引っ張られて」

逮捕時のイラスト。後に菱谷さんが描いた(提供:菱谷さん)

「すぐ帰れると思ったんだ。悪いことしてないし。熊田先生が(特高に)引っ張られているのは知っていたから、その証人かなんかで、(自分に)意見を聞くんかな、って軽い気持ちで行った。そしたら、びーんって留置所に入って」

“熊田先生”とは、美術部の顧問でもあった同校美術教員の故・熊田満佐吾さんのことで、この半年前、治安維持法違反容疑で逮捕されていた。

北の学校で当時、いったい何が起きていたのだろうか。ここでその動画(約9分)を見てもらいたい。

たった1枚の絵で「思想犯」に

熊田さんは当時、美術教員として「生活図画教育」を進めていた。単に美しい絵を描くのではなく、生活のありのままを絵に写し取り、より良い生き方を考える。生徒の自主性を重んじ、学生一人ひとりの個性を大切にする。そうした教育だったという。

そんな教育者がなぜ逮捕されたのだろうか。

当時の自画像を手に語る菱谷さん(撮影:紺田陽介)

実は当時、美術の「生活図画教育」と同様の教育運動が、作文にもあった。「生活綴方(つづりかた)教育」と呼ばれ、ありのままの日常を記すことを生徒たちに促す教育法だ。ところが、1940年から41年にかけて「生活綴方教育」を進めていた教員らが、治安維持法違反で全国一斉に検挙される事件があった。「子どもに資本主義社会の矛盾を自覚させ、共産主義につながる」との理由で、逮捕者は300人以上だったとされる。

そして、この事件に関連し、「生活図画教育」の熊田さんも、特高警察に逮捕されたのだ。

特高警察の活動を記した「特高月報」。戦後に編さん、出版された(撮影:オルタスジャパン)

菱谷さんの逮捕は、恩師の逮捕から半年後で、この時の逮捕者は同じ美術部員ら25人に達したことが後に判明している。

菱谷さんによると、自身の逮捕は「話し合う人」と題した1枚の絵が治安維持法違反とされたからだという。本を読む学生が議論する図柄だった。

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