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海洋研究開発機構(JAMSTEC)

地球最後のフロンティア“深海”― 光届かぬ世界「しんかい6500」で行く

2017/08/30(水) 10:13 配信

オリジナル

「本当に真っ暗なんです。黒の質が違う。漆黒の黒です。けれども、その中で発光生物が無数にキラキラしていて。船体に当たって、はじけ飛んだり、いろんな動きをしたり。それが目の前、数センチ先で見えた。本当に感動しました」─。日本の有人潜水調査船「しんかい6500」を操るパイロットは、初めて見た深海の世界をそう表現した。水深200メートル以上の「深海」は実に海の98%を占め、地球全体の海の深さは平均3800メートル…。そういう数字を並べると、海の大部分は深海だと分かる。なんだか、すごくないか。光が全く届かない地球最後のフロンティア。今回は「しんかい6500」の案内で、その深海を3本の動画と共に旅しよう。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

「しんかい6500」母港に戻る

「しんかい6500」は国立研究開発法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)の所属で、1991年から潜航調査を開始した。文字通り6500メートルの深さまで潜航でき、海底資源や地質、深海生物などの調査を行う。同等の潜航性能を持つ有人潜水調査船は、世界でわずか7隻しかない。

支援母船「よこすか」に搭載されたしんかい6500。母港に戻ってきた(撮影:山本宏樹)

母港は神奈川県の横須賀。毎年夏から秋ごろ、メンテナンスのために母港へ戻ってくる。この取材の動画撮影も今年8月、沖縄海域から横須賀に戻ったところから始まった。「しんかい6500」はどんな船なのだろう。乗り込む研究者らは、船内でどう過ごし、どんな調査活動を続けるのだろう。そして、見たものは―。まずは最初の動画(約9分)を見てほしい。

暗黒・低温・高圧 それでも生命

「人類最後のフロンティア」と呼ばれる深海。「しんかい6500」が目指す場所は、どんな環境なのだろうか。

水深200メートルでは、太陽から届く光のエネルギーは海面の1000分の1になる。水深6500メートルともなると、光は全くない。水温はおよそ2度で、冷蔵庫内より低い。水圧もすさまじい。1平方センチメートル当たり680キログラムもの力が加わり、例えるなら指先に力士4人が乗る計算だ。

暗黒、低温、高圧。こうした極限の環境下にも生命がある。「しんかい6500」もこれまで、新種の巨大深海イカや特殊な巻き貝スケーリーフットの大群集などを新たに見つけてきた。

「しんかい6500」が捉えた深海の生きものたち。上から産卵するギンザメ(体長約85センチ)、タコ、クラゲが姿を現す(提供:上中=JAMSTEC、下=JAMSTEC/NHK)

「深海のオアシス」を探る

深海には数百度の熱水が噴出する「熱水噴出孔」がある。海底から突起のように突き出した「チムニー」と呼ばれる地形。そこが「深海のオアシス」なのだという。周囲にはシンカイヒバリガイやチューブワーム、ゴエモンコシオリエビなどが群がっている。

JAMSTEC深海・地殻内生物圏研究分野の分野長・高井研さん(47)によると、太陽光の届かない深海では、熱水に含まれる地中の硫化水素やメタンなどを栄養とする生命が存在する。「化学合成細菌」だ。無機物と酸素の化学反応からエネルギーを得ており、一般の生物にとっては猛毒の物質もこの細菌には栄養になる。

高井さんは深海に30回以上潜航した経験を持つ。太平洋の真ん中で深海に潜り、こうした生命に出合うと、「われわれの生命の祖先もこんなだった、という直感につながるんです」と話してくれた。

では、「深海のオアシス」の様子を写真で続けて見てもらおう。

上=煙突状のチムニーと、それに群がる生物群。「中部沖縄トラフ 伊是名海穴」で撮影された。下=高井さんが2009年にインド洋で発見した白いスケ―リーフット。足の部分によろいのようなウロコがある。それまで見つかっていたものは黒だった(提供:いずれもJAMSTEC)

上=シンカイヒバリガイ。エラに化学合成細菌をすまわせ、栄養を得る 下=コシオリエビ。腹部の毛に化学合成細菌を飼い、食べる(提供:いずれもJAMSTEC)

「勝手に手が動いて一人前」とパイロット

「しんかい6500」の潜航では、研究者1人のほか、パイロットと副パイロットの計3人が乗り込む。潜航回数80回の大西琢磨さん(34)は、最年少のパイロットだ。副パイロット時代、熱水が噴き出す場所で初めて操船した時のことをよく覚えている。

「潮の流れが複雑で、自分の思い通りに全く動かせなかった。対流が起こっていて潜水船を動かすのが非常に難しいんです。でも、後から代わったパイロットは、簡単に操船して(潜水船を)自分の着きたいところに着けて。そういうふうになりたいと思いました」

大西琢磨さん。研究者か、船員か。進路に悩んだが、しんかい6500は憧れだった(撮影:山本宏樹)

潜水調査船の操縦は、ヘリコプターに例えられる。前後左右に加え、上下の動き。六つの推進装置を駆使すれば、宙返り以外は自由自在だ。大西さんの上司で、元パイロットの吉梅剛さん(48)はこう語る。

「潮流にあらがって、目的の場所にピンポイントで着底しないと(研究者は)作業ができない。パイロットが海底の状況を見て、潮の流れ、潜水船の向きなどを総合的に判断し、そして手が勝手に動いて思った場所に着ける。そうなって一人前です」

しんかい6500は今年、コックピットを改修した。正・副の2人のパイロットではなく、今後は1人で操縦する(撮影:山本宏樹)

しんかい6500の潜航は、1回8時間と決められている。水深6500メートルまでの下降と上昇には、それぞれ2時間半。調査に使用できる時間は3時間だ。研究者であっても、深海に行くチャンスは限られている。

吉梅さんは言う。

「研究機材とか研究ルート、それに研究のやり方、(それら研究者の)全てを背負って、3時間で完遂して結果を出さなくてはいけない。パイロットにかかっています。プレッシャーもあるし、やりがいも感じます」

整備中のしんかい6500(撮影:いずれも山本宏樹)

深海は「マントルへの道」

静岡大学理学部の道林克禎教授(52)は、地球内部構造の専門家だ。しんかい6500で潜航し、少しでもマントルに近づこうとする。

地球内部の大部分を占めるマントルは、地表では変質し、“純粋”のマントルを観察した研究者はまだいない。海洋プレートが沈み込む海溝は、そのマントルがむき出しになっている可能性がある。

静岡大学理学部の道林克禎教授。手にするのはカンラン岩。マントル由来のものだという(撮影:オルタスジャパン)

「深海は『マントルへの道』です。一番効率のいい地球内部の研究。深海底では、目で見て物質科学的に研究できる。しかも、そこで見つかるものは、間違いなく地球科学の新しい知見をもたらしてくれます。それにロマンもある。私は深いところが大好きで。深くないと困るんです。私にとってラストフロンティアです」

水深7000メートルより深い海に到達した人間は、まだ数人しかいない。道林教授の夢は、地球の最も底、水深1万1000メートルの地点に潜ることだ。

道林教授は常日頃、若手研究者や学生たちに深海の魅力を語る。調査潜航の様子を自身で撮影し、ビデオ作品も制作した。その映像もぜひ見てもらいたい。

次世代の深海探査は……

海底探査の現場では今、遠隔操作無人探査機(ROV)や自律型無人探査機(AUV)が活躍している。しんかい6500は建造から28年。改良を重ねてはきたものの、より視野の広いコックピット、地球の最深部まで潜航可能な性能などを求める声も途切れない。

一方、JAMSTECは既に最大潜航深度7000メートル級の無人探査機「かいこうMk-Ⅳ」を運用している。次世代の潜水調査船は有人か無人か、という議論も専門家の間で始まっている。

上=無人探査機「かいこう」 下=かいこうの操縦盤は母船にある。多人数で海底を観察できる点が強み(撮影:いずれも得能英司)

JAMSTEC職員で地球生物学者の高井さんは、有人と無人の差はほとんどない、と考えている。JAMSTECで検討の始まった次世代有人潜水調査船計画も、有人機に加え、ROVやAUVも組み合わせた探査体制にしていくという。

「研究目標へのモチベーションに関しては有人に圧倒的な強みがあります。『深海熱水のところで生命が誕生したんじゃないか』という説を僕が唱えたときも、誰に突っ込まれようが、こう言えたんですね。『あなたは海底を見たことないでしょう』と。そこが僕の自信だった。有人潜水艇で深海に行った人じゃないと言えないセリフです」

次世代の探査船について語る高井研さん(撮影:オルタスジャパン)

では最後に、動画で深海の旅を。しんかい6500に搭載したVRカメラの映像で、公開はこれが初めてになる。

伊豆・小笠原海溝の青ヶ島東方(水深約800メートル)、駿河湾の戸田沖(同1300メートル)、相模湾の初島南東沖(同1200メートル)。映像の中に矢印が現れたら、そちらに目を向けてほしい。いったい、何が現れるか―。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)で、どっぷりと深海の世界に浸ってもいいかもしれない。

<VRはJAMSTEC提供。スマートフォンでのVR動画の視聴にはYouTubeのアプリが必要です>

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:山本宏樹/deltaphoto、得能英司
提供:JAMSTEC、道林克禎・静岡大学教授(動画)

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