どんな人も「年齢」だけは平等に積み重なっていく。それは風俗嬢も同じだ。警察庁の最新データによると、ソープランド、ファッションヘルス、デリバリーヘルスなどの性風俗店の届け出数は約 22,000店あり、その分だけ風俗嬢はいる。年齢を重ねると、体力面でもつらくなり、長く続けることは難しい。そんな女性たちは自らの「その後」をどう考えているのだろうか。風俗で働いていることを隠しているケースが多く、不安を相談する先もほとんどない。「このままでは完全に社会から孤立するのではないか」という風俗嬢たちの声を、動画を交えて届けたい。(Yahoo!ニュース 特集編集部)
最初は「学費を稼ぐため」だった
町田京子さん(30)=仮名=は、7年前から東京都内の風俗店で働いている。進学のための費用を稼ごうと思って始めた、という。
町田さんは絵が得意で、地元の公募展で入賞するほど。希望の美術系学校に進学するには、予備校で専門的な勉強をしなければならない。しかし、親が生活保護を受けるなど裕福ではなかったため、毎月6〜8万円の予備校の費用を自分で稼ごうと思ったのだという。
予備校が終わった夕方4時以降や休日を風俗の仕事に充てる日々。疲れて学校を休む日もあった。
「風俗をしながら(勉強を)やらなくちゃいけない。体力的にもメンタル的にもすごく負担でした。結構悔しい思いもしましたし、なんでこんなことしなくちゃいけないんだろう、って。目的が見えなくなってしまった時もありました」
両立が難しくなり、6年間の予備校通いの末、美術系学校への進学を諦めた。
風俗の仕事 「隠しているのがつらい」
町田さんは、自分の境遇をほとんど誰にも相談できずにいたという。
今は毎月十数日出勤する。収入は25万〜40万円。休日はほとんど街に出ず、家で絵を描いている。外出しないのは、風俗の客や学生時代の友人に会いたくないからだと明かす。
「風俗をやっている自分をみっともないと思っているので。『隠しておかなきゃ』っていうのが、なんかつらいというか。学生時代の友だちは元気で近況報告できるのに、私はなかなかそうできない。そういうのをつらく感じて」
町田さんは、早くから「風俗を抜け出したい」と思っていたという。この仕事に抵抗があったためだ。「志望校に受かったらやめるんだ、と自分にずっと言い聞かせていました。一般職の世界で自分の居場所を作りたい、って」
おそらく、彼女のように孤独を感じ、将来への不安をいだいている風俗嬢は少なくない。まずは3人の風俗嬢を取材した約7分の動画を見てほしい。「この仕事の先」をどう考えているのだろうか。
「年齢重ねたらどうなるんだろう」
神奈川県の風俗店で働く今賀はるさん(28)のケースを見てみよう。この仕事を始めたのは23歳の時。地方出身の今賀さんは、東京で就職活動する際、交通費と宿泊費が必要だった。それを自分で用意しようとしたことが、きっかけだったという。
風俗の仕事は既に5年になる。
「最初のころよりも疲れる、結構。そこそこ体力を使うし、終わった後ぐったり、みたいな。年齢重ねていったらどうなっちゃうんだろうって。35歳ぐらいまで続けられるとは思うんですけど、できれば30歳ぐらいまでには、(この仕事をしなくても)生きていける状態にしていきたい」
同じ境遇の女性たちを支援したい
風俗で働く女性を支援する側にまわりたい、彼女たちの悩みや問題を解決したい―。今賀さんは最近、そう考えている。そのためのイベントなどにも積極的に参加して発言したり、講演会で登壇したり。この7月にも都内で開かれた「セックスワーク・サミット2017夏@渋谷」に参加し、約80人を前に講演した。
「風俗を始めた頃は、孤立した気持ちになったことが、私もすごくありました。どこに相談したらいいんだろう、って。講演では『常日頃から相談先を作っておくのが大事なんだよ』って言ってます。社会的に孤立してしまいがちだけれども、孤立しないように対策を打つことはできる。それを伝えることができたらいい」
今後は、風俗で働く女性たちと支援団体や行政の架け橋となるコミュニティーを作りたい、という。
履歴書の職歴欄「なし」としか書けず
冒頭で紹介した町田京子さんは、「昼の仕事」への転職を考えた時期があった。今から2年前、28歳。履歴書を書こうとして、大きな壁に気付いたと町田さんは明かす。
「自分にはアルバイトの経験と風俗しか仕事歴がなくて。お手本通りに履歴書を書いたら、職歴が『なし』だな、って。風俗ではある程度、稼げてる。(自活など)自分はちゃんとやってきたのに、履歴書をいざ書こうとすると、それは認められない、ないことにしないといけない。それに気付いて、すごく不安になりました。今までやってきたことは、何だったんだろう、って」
その後、町田さんは製造業のアルバイトに就き、昼の世界で頑張ろうとした。それも長くは続かない。「嘘をつく」ことがつらかったからだ。
「バイト仲間に『今まで何してたの?』とか、過去のことを聞かれたとき、違和感なく嘘をつかないといけない。それが結構つらい。親しくなるにつれて、困るなと思って」
風俗の仕事がばれるのではないか。その恐怖心が強くなり、町田さんは結局、3カ月で製造業のアルバイトを辞め、再び、風俗の仕事に戻った。
「あー、戻っちゃったかぁ、って。どうしようもないなあ、って。ダメなやつだなと思って。だからとにかく、短期間でいっぱい稼げるようになって、早く卒業したい、と。風俗をどんどん、どんどん、辞めたい気持ちが強くなっていきました」
支援団体の力を借りて「昼の世界」へ
町田さんは今年4月、風俗店で働く女性を支援する一般社団法人「GrowAsPeople」(通称GAP、東京都)を訪ねた。今度こそ、本当にこの仕事を脱したい、と思ったからだ。
5年前にできたGAPは、主に女性たちの転職支援を手掛けている。中小企業やNPO法人など15企業・団体と提携し、まずはインターンとして彼女たちを紹介する。風俗嬢という前職を知っているのは原則、受け入れ側の採用担当者のみ。多い月は30人ほどの女性が相談にやってくるという。
町田さんも支援を受け、この6月から提携企業でインターンを行っている。GAPによると、それによって、履歴書の職歴欄を埋めることができ、転職活動がしやすくなるという。
町田さんは言う。
「GAPに来る前は(社会から)取り残されているイメージがあったんですけど、GAPのスタッフさん、インターン先の人たちと関わっていくうちに、『ほかの人と関わりたい』という気持ちが出てきました。以前よりも友だちと頻繁に会うようになって仕事の話をしたり、同窓会にも行ってみたり。そんな変化が出てきたと思います」
GAPの広報担当者によると、いきなり転職活動させるのではなく、インターンを経験させるのは、履歴書の職歴を埋める以外の狙いもある。担当者は「風俗の場合、昼職と大きく違うのが時間軸と収入軸です」と話す。
「好きな時に働き、気分が乗らなかったら(仕事を)キャンセルできる。収入も月末に決まった金額ではなく、その日のうちにもらえる。いきなり昼職に変わると、多くの人がその点にギャップを感じ、壁にぶち当たって、すぐ風俗に戻ってしまう。インターンはその期間中にギャップを埋めてもらう狙いです」
「昼の世界は火星ぐらい遠い」
GAPの支援を受けて、この春に一般企業に就職したのが20代の秋元真美さん=仮名=だ。2年前にインターンを1年間経験した。彼女も「一般企業に就職するにはインターンが欠かせなかった」と感じている。
「風俗だけやっている時は、働いているという実感がなかったんです。肩書もないですし、お金を稼ぐための手段でしかなかった。60分間、男の人とくっついて1万円もらうっていう考え方。それを矯正するため、転職活動の前に昼の仕事をしている人と関わるというワンクッションが私には必要でした」
秋元さんは、かつてを振り返ってこんなことも話してくれた。
「風俗だけやっていた時は、昼の世界を切り離して見ていました。昼の世界はすごく遠い。火星ぐらい遠い。そういう存在だった。やりたい仕事とか、10年後、20年後を考えて転職活動をしようと考えても、『こんな風俗の仕事をやってた人間がそんなことを望んではダメじゃないか』って。自分が(今の企業に)内定して、正社員になって(かつて)勉強したことを仕事にできるって想像できなかった。そのくらい昼の世界は遠く感じていました」
支援団体「夜しか知らない。そこが問題」
GAP代表理事の角間惇一郎さん(34)は、これまでに約5000人の女性たちと向き合ってきたという。その経験からすると、風俗で働く女性たちは、普段から孤立を感じているわけではない。
「稼ぎの部分だけ見ると、彼女たちはそれなりに稼いでいるから、経済的には『瞬間強者』なんです。けれども有事の際には非常にもろくなる。出産、進学、転職…。環境の変化で、誰かに相談しないといけない時ってあるじゃないですか。彼女たちはそれができない。環境が変化する瞬間に気付くんですよ」
夜の仕事しか知らないため、社会との関わりが薄く、人間関係がいびつになっている。「夜しか知らないのが問題」。角間さんはそう言い切る。
「助けて」の声、みんなに聞こえてない
最後に竹田淳子さん(46)の話を紹介しよう。4年前まで16年間、風俗の仕事をしてきた。今は自身の経験をもとに女性たちの相談業務を行っており、毎月20人ほどがやってくる。将来の不安を訴える人も少なくない。
孤立を脱するためには何が必要か。それを尋ねてみた。
「包み隠さず相談できる相手を絶対一人は作っておくことです。風俗で働いている友だちや、病院のお医者さんでもいい。SNSで個人特定ができないようなアカウントでもいい。何か発信したら誰かしらの目に留まってアドバイスをくれたり、必要なところにつないでくれたり、そういうのもあるでしょうから。『助けて』って言えば、ドアを開けてくれる場合もあるわけですよ。『助けて』っていう言葉を発するのが一番。その言葉が聞こえないから、みんな知らん顔しているんじゃないかな」
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[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:得能英司、オルタスジャパン