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殿村誠士

「クーパー捜査官」が語る、米テレビドラマ隆盛の理由

2017/08/25(金) 10:40 配信

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カルト的な人気を誇ったドラマ「ツイン・ピークス」のクーパー捜査官役で知られる、米俳優のカイル・マクラクランは現在58歳。過酷な競争社会であるハリウッドを生き抜いてきたベテランである。25歳の時にデヴィッド・リンチ監督のSF超大作「DUNE/砂の惑星」で主演デビューを飾り、リンチ作品の常連として活躍する一方、「セックス・アンド・ザ・シティ」「デスパレートな妻たち」など人気ドラマのレギュラーも務めた。まだ映画とテレビの間に圧倒的な「格差」があった時代から、二つの世界を渡り歩いてきたマクラクランに、近年のテレビドラマの興隆と業界の変化について聞いた。(ライター・村山章/Yahoo!ニュース 特集編集部)

30年以上のキャリアを淡々と振り返るマクラクラン(撮影:殿村誠士)

時代を先取りしていた「ツイン・ピークス」

「映画のようなクオリティーや世界観がテレビドラマでも成立するという可能性を示した革命的な作品だった」
マクラクランはそう回想する。デヴィッド・リンチが仕掛けたドラマ「ツイン・ピークス」が放送されたのは1990〜91年。当時、映画とテレビドラマの間には明確な「格」の差があった。映画監督がテレビドラマのシリーズを手掛けるなど考えられない時代であり、同作はある意味で業界の「突然変異種」だった。

「デヴィッド(リンチ)が挑戦的なことをしていることはわかっていた。ただ僕らはパイロット版だけで終わるものだと思っていて、熱狂的に受け入れられてシリーズが延長されたのは嬉しい驚きだったよ。視聴者はついてきてくれないだろうとさえ思っていたんだ(笑)」

「ツイン・ピークス」のヒットは嬉しい誤算だったと語る(撮影:殿村誠士)

「ツイン・ピークス」はゴールデングローブ賞のテレビドラマシリーズ部門で最優秀作品賞などを受賞。マクラクランも最優秀主演男優賞に選出されるなど、業界に旋風を巻き起こした。しかし、それはまだ個性の強い鬼才が創り上げた「例外」だった。映画とテレビの間に存在していた分厚い壁に小さな穴を穿つことはできたが、その壁が崩れるのは2000年以降まで待たなくてはならなかった。

映画とテレビ、ネットを自由に行き来できる時代へ

転機は2001年の「24 –TWENTY FOUR-」の世界的ヒットだ。映画スターのキーファー・サザーランドが主演というのは、一種の降格に受け取られかねなかったが、スピンオフも含めて9つのシリーズが制作された。

さらに2013年には「セブン」や「ソーシャル・ネットワーク」で知られるデヴィッド・フィンチャー監督が動画配信大手ネットフリックスでドラマシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」を発表。

ネットフリックスのオリジナルドラマシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」では、アカデミー賞俳優のケビン・スペイシーが主演を務めている(写真:Shutterstock/アフロ)

同年、「オーシャンズ11」などを手掛けたスティーヴン・ソダーバーグ監督が、新作「恋するリベラ―チェ」を、衛星放送とケーブルテレビで配信を行うHBOで発表した。同作はマット・デイモンとマイケル・ダグラスという大スターのダブル主演作。同性愛者であるミュージシャンの伝記映画という内容に映画会社が難色を示し、HBOの出資でようやく実現した企画だった。

「恋するリベラ―チェ」でダブル主演を務めたマイケル・ダグラス(左)とマット・デイモン(右)(写真:ロイター/アフロ)

この時期を境に、ソダーバーグは活動の拠点をテレビドラマに移す。リスクを恐れる大手スタジオを公然と批判。「テレビドラマのほうが可能性がある」と発言するようになった。マクラクランも賛同する。

「映画の資金を集めるのはいつの時代も大変だけど、特に最近はある種の挑戦的な作品に資金が集まらなくなっている。今そのギャップを埋めてくれているのがテレビなんだ。10年、20年前にはインディペンデント映画が果たしていた役割だよね。今のテレビドラマはバラエティー豊かで、クオリティーも映画と遜色がない。あとは作り手が何を描きたいかによってベストなメディアを選べばいい」

失敗から見つけたテレビドラマの魅力

マクラクラン自身はデビュー以来、「ツイン・ピークス」を例外としてもっぱら映画畑で活躍していたが、1995年にキャリアを破壊しかねない惨事に見舞われる。世紀の大失敗作とまで言われた映画「ショーガール」にメインキャストとして出演したのだ。

「『ショーガール』の件は乗り越えた」(撮影:殿村誠士)

「ショーガール」は享楽の街ラスベガスで成り上がろうとするショーダンサーの姿を描いた愛憎劇。過激で下品なシーンが満載だと世間から猛バッシングを受け、最低映画を選出するゴールデンラズベリー賞で主要6部門を独占する不名誉を被った。4500万ドルの製作費を投じたものの回収には程遠い大赤字で、男性キャストの筆頭だったマクラクランのキャリアも大打撃を受けた。

「『ショーガール』に出たことで数年間は役を得るのが難しくなった」とマクラクランも認める。「僕自身、最初にあの映画を見た時はショックだったし、恥ずかしくさえ思っていた。でも映画は生き物で、評価されるまでに時間が必要な作品もある。今では「ショーガール」を受け入れてくれる人も大勢いるし、僕自身も前より楽しめるようになってきたよ(笑)」

マクラクランのキャリアを覆った暗雲の原因が『ショーガール』だけとは限らないが、ハリウッドの主演スターという晴れがましい道が断たれたことは明らかだった。そんな折に舞い込んだのが、当時の女性層に圧倒的な人気を誇ったドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の出演オファーだった。

社会現象を巻き起こしたテレビシリーズ「セックス・アンド・ザ・シティ」は、マクラクランにとっても転機となった(写真:Shutterstock/アフロ)

「テレビシリーズだからといって躊躇はしなかったよ」とマクラクランは振り返る。「あのショーでは女性キャストが中心で、男性陣がサポートする側にいることも新鮮だった。誇張することはあっても、当時を生きていた人たちのリアルな人生に触れる広いレンジのエモーションもカバーしていた。僕の役も最初は完璧に見えるけれど、実はいろんな問題を抱えている、演じがいのあるキャラクターだったしね」

2000年から3年にわたり「セックス・アンド・ザ・シティ」のレギュラーを務めたマクラクラン。後に結婚することになるテレビ業界の敏腕プロデューサー、デザリー・グルーバーからの助言も大きな転機だったという。「それまでは役者として演技に没頭していればいいと思っていたけれど、ビジネス面についても意識的に考えるようになったんだ」

続いてマクラクランは再び女性層に火をつけた大ヒットシリーズ「デスパレートな妻たち」でもレギュラーを務める。デヴィッド・リンチというカルト監督の秘蔵っ子から、お茶の間でお馴染みの顔へと転身を遂げたわけだ。

「デスパレートな妻たち」では「ダメ夫」役を熱演したマクラクラン(左)(写真:Splash/アフロ)

「いい仕事」が次の仕事につながる

今年のカンヌ国際映画祭で、審査委員長を務めたペドロ・アルモドバルが、長編コンテンツを劇場公開することなく最初からネット配信するネットフリックスを記者会見で批判した。「劇場公開を前提としない作品はカンヌの審査対象にすべきではない」との発言は物議を醸したが、マクラクランはネット配信に肯定的だ。

「大きな可能性を感じているよ。いろんなやり方やフォーマットがあって、大勢の観客が見込めなくても、重要なテーマやストーリーさえあれば実現させられる。とてもエキサイティングな時代だと思う」

現在はデヴィッド・リンチ監督が約25年ぶりに手がけている「ツイン・ピークス」の続編「ツイン・ピークス The Return」に出演中だ。シーズン2の最終回で「25年後に会いましょう」というセリフがあったものの、伝説のドラマの復活は多くのファンにとっても驚きだった。新シリーズのスタートに際して米ニューヨーク・タイムズは「カイル・マクラクランの復活」という見出しの記事を掲載した。

30年来の付き合いとなるデヴィッド・リンチ(左)とのツーショット(写真:ロイター/アフロ)

ニューヨーク・タイムズの見出しは「過去の人」扱いではないか、という問いに対して「僕自身は興味深い仕事を続けてきたと思っているけれど、『ツイン・ピークス』のファンからすれば僕はご無沙汰だったんだろうね。それは笑って受け入れられるよ」と、穏やかにほほ笑む。

「僕はデヴィッドに見いだされて、そのおかげでほかの監督やプロデューサーからも声をかけてもらえるようになった。結局は、いい仕事が次の仕事につながるってことなんだ。最初の『ツイン・ピークス』の時、僕らは映画とテレビを行き来する現代のトレンドの先駆けになるなんて思ってもみなかった。今はまた彼が創る新しい『ツイン・ピークス』に関われて本当に嬉しいんだ」

「ツイン・ピークス」のキーアイテムであるコーヒーにちなんだコメントを、サインと一緒に書いてくれたマクラクラン(撮影:殿村誠士)

カイル・マクラクラン
1959年生まれ。米ワシントン州出身。デヴィッド・リンチ監督の「DUNE/砂の惑星」(1984)で映画デビュー。テレビドラマ「ツイン・ピークス」(1990〜91)シリーズでは、彼の代名詞ともなったクーパー捜査官役を務めた。続編となる「ツイン・ピークス The Return」(2017)でも、同じくクーパー役で出演している。


村山章(むらやま・あきら)
1971年生まれ。映像編集を経て映画ライターとなり、「週刊SPA!」「OCEANS」「DVD&ブルーレイでーた」などに執筆している。ネット配信系映画/ドラマのレビューサイト「ShortCuts」代表。

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