Yahoo!ニュース

伊藤圭

原点は“危機感”――チームラボ・猪子寿之が描く「デジタル×アート」の世界

2017/08/19(土) 10:17 配信

オリジナル

アーティスト集団「teamLab(チームラボ)」が手がけるデジタル技術を駆使したアート作品が世界中で人気を博している。キーワードは「体験するアート」だ。世界の主要都市で展示会が開かれ、すでに全世界で500万人以上が作品を “体験”している。設立から17年。同社にはアート、デザイン、テクノロジーなどさまざまな分野のスペシャリストが集う。代表の猪子寿之(40)は、何を目指しているのか。(大矢幸世/Yahoo!ニュース 特集編集部)

撮影:伊藤圭

「アートの世界に身を投じる」

轟く雷鳴のような音。暗闇をライトの光の束が切り裂く。縦横無尽に、身体の上を音と光の渦が駆けめぐる。「わぁ、すごい!」「きゃあっ!」と歓声を上げ、手を伸ばす子どもたちをよそに、大人たちはただ立ち尽くし、スマートフォン片手にその幻想的な空間を撮影する――。

2017年7月28日、渋谷ヒカリエでスタートした「チームラボジャングル」での一幕だ。「アートの世界に身を投じる」という新しい体験は大きな反響を呼んでいる。

チームラボの作品は海外での知名度も高い。昨年7〜8月にお台場で催された作品展「DMM.プラネッツ Art by teamLab」は、米CNNによる「2016年もっとも感動した視覚的瞬間」に選ばれた。ロンドン、パリ、ニューヨーク、シンガポール、北京、ソウル、ジャカルタ、シドニーなど世界中さまざまな都市で展示会が開かれ、BBCやアルジャジーラなど各地メディアで報道されている。来場者は全世界で500万人を超えている。

快進撃はそれだけにとどまらない。2017年7月26日、仏サントロペで行われたオークションで、チームラボのアート作品「菊虎/CHRYSANTHEMUM TIGER」をはじめとするFleeting Flower シリーズ4点一組が取引された。オークションの主催者はハリウッド俳優のレオナルド・ディカプリオ。チームラボに直接ディカプリオからメールが届き、実現したというから驚きだ。

菊虎CHRYSANTHEMUM TIGER(teamLab, 2017)

東京の真ん中で開催する「まったく新しい」音楽フェスティバル

この夏、渋谷ヒカリエで開かれている「チームラボジャングルと学ぶ!未来の遊園地」は、「参加没入型ミュージックフェスティバル」をコンセプトとした音楽イベント「チームラボジャングル」と、デジタルアート「学ぶ!未来の遊園地」からなる展示会だ。

撮影:伊藤圭

とりわけ「チームラボジャングル」は「新しい音楽フェスティバル」を標榜している。アーティストやDJが次々にステージ上に現れ、ヒット曲や定番曲を演奏し、観客たちは手を叩き、歌い、声をあげる――。そんな従来の音楽フェスとは違い、チームラボジャングルには著名人もいなければ、ステージも大スクリーンもない。 

「海外で誕生したフェスがそのままの名前で輸入されて、日本でも開催されるようになって……それはそれで楽しいけど、どうしたって、本場と比べたら勝てっこない。それなら、日本から何か新しい音楽体験のフェスを作って発信してみようと思った」ときっかけを語る。

「新しい音楽体験」とは何か。「Art Night」で体験できる「奏でる光」では幾筋にも通ったライトに手を当てると光の弦が跳ね、音を奏でる。観客が跳びはね、光の弦を弾く。一斉に音を奏でることでその場でしか完成しない「音楽」になっていく。他にも「Light Cave」では光の筋が洞窟の形状を作り、空間を変容させていく。普段の生活では感じることのない光を「物質」として知覚するのだ。

夜明け前に落下してきた星たち teamLab, 2017(撮影:伊藤圭)

他にも「生命は闇の中の呼応する光」では無数の動物や植物が森に生息している様子が壁一面に投影されている。そこに人が歩み寄れば動物たちは反応を見せ、木々も色を変えて鮮やかに芽吹いていく。

「鑑賞するアート」に慣れていた大人たちも、やがてその音や空間演出に合わせて手を伸ばし、歓声をあげる。その時、その場に居合わせた人たちが生み出す、二度とない瞬間の連続。音も、景色も空間も、観客たちが主体となって作りあげる「体験する」アートなのだ。

「普通ならスーパースターが出てきて、それに感情移入させて、日常から逃避させることがエンターテインメントなんだろうけど…」少し考え込むように黙った後、こう言葉を続ける。「それって危ないことなのかもしれない。ある種、勝手に物語が進んでいくということだから」。猪子はそんな典型的な構図に“ある危機感”を抱いているという。

生命は闇の中の呼応する光 teamLab, 2017(撮影:伊藤圭)

「自分以外が主役の物語で、自らの意思を捨て、身体も捨て、『世界の問題は主役が勝手に解決してくれる』と思いを託す。大人はまだそれでいいのかもしれないけど、子どもたちもみんなヒーローアニメに夢中になりすぎるのはよくない。小さい頃から当事者意識がないわけじゃん。考える力を失うことなんじゃないかな。極論かもしれないけど、独裁者を生み出してしまうことにもなるかもしれない」

だからこそ、今回の展示会では昼と夜の2部に分け、昼間は子ども向けの展示も開催されている。「あえて子どもたち向けに行っているのは、『世界というのは、自らの意思を持った身体によって、ほんのちょっとは変えられる。しかもそれは楽しいんだ』という体験をしてもらいたいからなんです」

なぜここまで猪子は「体験」にこだわるのだろうか。

実体験でしか人の価値観は変わらない

昨年の「DMM.プラネッツ Art by teamLab」では、「自分の身体を意識させる」仕掛けが存在した。作品を鑑賞する前にまず裸足になり、足首まで水に浸かりながら歩かなければならない。それが終わると極端に柔らかい床を進んでいく。普段当たり前に行っている「歩行」という動作を「意識的に」行わざるをえない環境に置くことで、身体性を植えつけていくのだ。

DMM.プラネッツ Art by teamLabでの仕掛け。柔らかい床を進んでいく(やわらかいブラックホールteamLab, 2016)

「普段、都市で暮らしていると、平面だから身体を忘れても行動できる。『スマホしながら街を歩ける』って、『それくらい安全な場所だから身体を忘れちゃう』ってことでしょう。だから、アートに身体ごと没入させて、その境界がなくなるような体験をさせたかった。身体全体で世界を認識してほしくて」

撮影:伊藤圭

「作品と自分の身体の境界がなくなるような体験」。それは今回の「チームラボジャングル」でも同様だ。「音楽フェスティバルって、ガンガン音楽がかかってる状態で、自然と身体が踊らされる。ダンスをしている時って、身体の躍動が感じられる。その中で、光がまるで大きな彫刻のように迫ってきたり、触ると跳ねたり、音が鳴ったりする。自分と世界とは連続しているもの。自分が働きかけることで変化していく。そこに境界はないものなんだ、と知ってほしい」と狙いを語る。

「世界と自分の境界線を曖昧にする」——意図するのは、さまざまな境界線に囚われた私たちへの警鐘だ。

「人間は体験によってしか価値観が変わらないのに、記事を読んだだけ、映像を見ただけで知ったつもりになっている。幸か不幸か、テクノロジーがそれをもたらしたところはあるけど。でも、それって本当に『知る』ってことじゃない。頭の中だけで妄想する恋愛と実際の恋愛って、全然違うでしょう? どんなに電話越しに話したり、テキストでメッセージを送りあっても、やっぱり実際に会えたときのうれしさって全然違う。だから先入観とか距離感とか全部取っ払って、境界みたいな概念がなくなっていけばいいのに、って思ってる」

Light Cocoon

チームによって個人を拡張し、境界線を越える

猪子が幼少期から関心を寄せていたのは、アートとサイエンス。そこには「人類の価値観を変える」ことへの憧れがあった。

「人類の歴史を見ていると、名を残すのはサイエンティストかアーティスト。レオナルド・ダ・ヴィンチなんてまさにそう。サイエンスとアートという手段で、それまでの価値観を揺るがすような原理を示すことで、歴史は大きく動いてきた。それに、『変化する』って、単純に面白いじゃん」

そして猪子は、東京大学工学部でサイエンスを学ぶことを選んだ。「(東大では)周りには、原子や素粒子、それよりも小さいミクロのことを研究するか、宇宙の果てを見ようとするような人たちばかりで。あまりにも自分の肉体と遠すぎて、『もういいや、別にそんなの見えなくてもいい』って思って(笑)」

「アートとサイエンスの両立」を実現すべく、東大卒業と同時に友人や幼馴染みと起業する。

「両立」とはどういうことか。以前は「車はエンジニア」「デザインはデザイナー」と、携わる領域はわかりやすく分かれていた。だが、デジタル社会では、その領域や境界を超え、新たなモノを生み出していく必要がある。デザインと機能で新たな価値を提供したiPhoneがいい例だ。

「だからそれぞれの専門領域の異なる人たちが、ともに手を動かしながら作るような『集団的創造』の実験場=チームラボを作ろうと思った。そもそも、自分が人よりクリエイティブな人間だとは思っていなかったの。でもそういうコンセプトを作って、自らその環境に身を置くことで、自分自身を、他の人と一緒に見たことのないようなモノを生み出せる人間に変えたかった」

北京で行われたチームラボの展示会

チームによって自身を拡張し、さまざまな領域を超えていくーー。猪子は「これからの時代を生き抜くために必要なチカラ」だと喝破する。日本では長らく職人気質が是とされ、美徳とされてきた。だが、変化の速い現代では、一つの技術や文化にしがみついていれば淘汰されてしまう。

ならば「これしかできない」ことを自虐的に捉えるのではなく、「これができる」と胸を張れるスペシャリストたちが結集し、一体となって取り組む。「領域を超えたもの」だからこそ、世界にインパクトをもたらすようなうねりとなる。チームラボはまさにそれを体現している。

猪子は前を見据える。「もっともっと大きな作品を作りたいし、世界中のあらゆる国で展示をしていきたい。勢いのある国では、都市を一つ作れたらいいな、と思ってる。自分が生まれた故郷は、半分くらい限界集落だけど、どこかの村を借りて丸ごとアートにしてみたいよね」

猪子はさまざまな境界線を蹴散らして、まだ見ぬアートを探し続ける。

月の投げ込み teamLab, 2017(撮影:伊藤圭)

猪子寿之

チームラボ代表。1977年生まれ、徳島県出身。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ設立。2004年東京大学大学院情報学環中退。大学では確率・統計モデルを、大学院では自然言語処理とアートを研究。チームラボは、さまざまな分野のスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート、サイエンス、テクノロジー、クリエイティビティの境界を曖昧にしながら、「集団的創造」をコンセプトに活動している。「バイトル presents チームラボジャングルと学ぶ!未来の遊園地」を渋谷ヒカリエで開催中。

編集協力:プレスラボ