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得能英司

「牛の角突き」「上げ馬」――  伝統に変化、動物愛護の声を前に

2017/07/20(木) 10:22 配信

オリジナル

新潟県小千谷市の闘牛をご存じだろうか。「牛の角突き」と呼ばれる伝統行事で、国の重要無形民俗文化財にも指定されている。この行事が実は、少しずつ姿を変えているという。「動物虐待をやめて」という愛護団体の声がこの山深い地域にも届き始め、“対策”に乗り出したからだ。近年、欧米を軸とした愛護団体の訴えは勢いを増すばかり。動物園や水族館、サーカスなどで動物を使うことを禁じる国・地域も出現し、「動物を守れ」の声は日本の伝統行事にも及んでいる。伝統と動物愛護。その接点を各地に訪ね、そして見えてきたものは―。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

「牛の角突き」でつながる

「俺はねえ、大相撲よりも面白いと思ってんだ」と間野泉一さん(65)は言う。小千谷闘牛振興協議会の会長で、約400年前から続く「牛の角突き」を守っている。「人間だったら多少の駆け引きもあるけど、牛はいつも全力だもん。『相手が白鵬だからきょうはちょっと(負けても)いいや』なんて感じにならない。いつでも全力疾走。それだけ牛の方が真面目なんだ」

新潟県小千谷市の「牛の角突き」。県外からも多くの人が訪れる(撮影:得能英司)

6月の日曜日。小千谷市の闘牛場では、「ヨシター」「ヨシター」という男たちの声が響いていた。毎月1回開かれる「牛の角突き」。ヨシターは「良くやった」という意味で、声の主は地元に住む勢子たちである。

この行事がいかに地元に根付いているか。闘牛場の一角で間野さんは力説した。

「この地域は老若男女がみんなね、この角突きになると集まってくる。『いやー、あそこの牛がいい』だとか、『おー、あの子はもうおっきくなって、こないだまで小学校で牛引いてたのが、もう自分の牛持ってる』とかさ。そういう話が出てくるのよ。そういう話で、また1週間くらい盛り上がってるのよ。(取組が決まれば)これはおもしれえとか、これはイマイチとか。それで楽しんでるわけ」

小千谷闘牛振興協議会 間野泉一さん(撮影:得能英司)

闘牛場に獣医師が常駐

環境省は2010年、動物愛護管理法(2000年施行)に基づき、「動物愛護管理のあり方検討小委員会」を設け、専門家らと動物愛護の方向性を話し合っている。この中で、「闘犬、闘鶏、闘牛等、動物同士を闘わせることの禁止・規制の検討」もテーマになった。

当時の議事録によると、11年9月の第20回会議で、ある女性委員が外国の事例も示した後、「伝統芸能というより動物の殺し合いを楽しんでいる以外の何物でもない。少なくとも、そういった行為が行われているかどうかをチェックし、やはり禁止していかなければと思います」と発言している。その上で血を流している牛を病院に連れて行かない例は「新潟です」と明言した。

「牛の角突き」の変化はそれがきっかけだった。3年ほど前からは闘牛場に獣医師を常駐させ、より安全な闘牛を目指すようになったという。

闘牛を見守る観客=上。この日の取組表=下(撮影:いずれも得能英司)

間野さんは言う。

「昔だったら(牛がけがしても)酒を含んで、プッとかけときゃ治る…。今は、やっぱり動物虐待の話とかあって。闘い方もおとなしくなった。しょうがねえさ。時代とともに、だよ」

「愛護団体には全体を見てほしい」

「牛の角突き」を担うのは、どんな人たちだろうか。今年、「牛持ち」としてデビューした篠田隼人さん(24)を取材した。小千谷市出身で地元が大好きだという。自身の牛は「金龍」という名だ。

「金龍」を連れて会場へ向かう篠田隼人さん(撮影:得能英司)

篠田さんも動物愛護の風潮をよく分かっている。同時に言いたいこともある。

「(牛を闘わせている)その一片だけを見て、『じゃあ廃止にしましょう』となったら、これだけ歴史の深いものだとか、これだけ地域に密着しているものを、ただそれだけで自分たちから引きはがすようなものですからね。そんな不条理な話はないです」

篠田さん(撮影:得能英司)

篠田さんは地元の中学を卒業後、新潟市の高校へ通い、東京の大学に進学した。大学では目標を見つけることができず、中退。5年前に小千谷市に戻った。そこで「牛の角突きをやったらどうか」と誘われたという。「東京に行って挫折した自分をあったかく迎えてくれたんです、この地域の人たちは。だから、そういった人たちに何か返せるものを作りたい」

牛の世話も含めて「角突き」

篠田さんの本職は錦鯉の養殖だ。その傍ら3歳の牡牛「金龍」を昨年8月から飼っている。牛舎の掃除や餌やりは朝と晩。それを毎日欠かさない。闘牛大会だけでなく、そうした日常も含めた全てが「牛の角突きです」と言う。

こうした闘いは「牛の角突きの一部分」と篠田さん(撮影:得能英司)

では、牛とともにある暮らしとは、どんな様子なのだろうか。「牛の角突き」だけでなく、地域の伝統行事とその地元の暮らしはどう結びついているのだろうか。小千谷の現状から始まる動画(約7分)をじっくりと見てほしい。動画の中では、篠田さんも存分に語っている。

闘牛と動物愛護は反するものではない、と語る人もいる。小千谷市立東山小学校の永井毅人校長だ。同校では、牡牛の「牛太郎」を15年前から飼っており、子どもたちは週1回、授業で牛の世話を手伝う。

「牛はものすごく大っきい動物ですから、ふんも大量なわけですよ。片付けるのもほんとに大変。だから(子どもたちも)飼うのは大変だなと分かるし、でも、世話を続けていけば愛着が湧いていくわけですよね。愛情と大変さ。それが分かるんです」

もちろん、「牛太郎」は牛の角突きに出場する。

子どもたちは「牛太郎」の出陣を見守り=上、会場で声援を送った=下(撮影:いずれも得能英司)

動物ショー、闘牛… 相次ぎ中止

動物を扱った伝統行事やショーは、欧米ではあちこちで姿を消しつつある。

米国では今年5月、100年以上続くサーカス団が経営難で廃業した。売り物だったゾウのダンスを批判され、中止に追い込まれたことが影響したという。同国カリフォルニア州では昨年、シャチの繁殖・飼育を禁止する法律も成立した。英国やギリシャ、ボリビアではサーカスでの動物使用を法律で禁止。スペインのカタルーニャ州などでは近年、闘牛禁止法ができ、300年もの長い歴史に幕を下ろしている。

小千谷の「角突き」もスペインの闘牛も長い歴史がある(撮影:得能英司)

日本もその波と無縁ではない。観光の目玉として2000年ごろまで沖縄各地で行われていた「ハブとマングースの対決ショー」は、ほとんどの施設から姿を消した。

長い伝統を途絶えさせてでも「動物愛護」に傾注する理由はどこにあるのだろうか。環境省の検討会で「血を流している牛を病院に連れて行かない。それは新潟です」と発言した女性委員に取材を申し込んだ。

なぜ、広がる動物愛護の風潮

山﨑恵子さん(63)に会ったのは、東京・池袋の貸し会議室だった。動物関連の情報の普及に努める「ペット研究会『互』」を主宰。国内外の動物愛護団体と連絡を取り合っている。会は動物と人間の共生を目指しているという。

山﨑恵子さん(撮影:オルタスジャパン)

――環境省の検討会で動物同士を闘わせることに異論を唱えました。

「欧米などでは既に禁止されているんですよ。特に英国。1900年代に入る前に法的に禁止。米国は連邦法で闘犬を禁止しています。欧米にならえ、ってわけじゃないですけど、人間としての進化のなかで、そういう検討をするのかしないのか。動物愛護法の中で検討しないのはおかしいのでは、と。その感覚があって、環境省も議題にしたのではないかと思います」

「日本でも昔に比べると、生き物に対しての考え方は変わってきました。(闘犬や闘牛など)目の前で展開されていることに嫌悪感を示す人間が増えている。これは良いことだと思います」

山﨑さん。人と動物の共生を目指し、活動を続けている(撮影:オルタスジャパン)

情報伝達の方法やスピードが変わったことも最近の風潮に拍車をかけている、と山﨑さんは言う。

「動画を撮ってすぐに(ネットに)上げたりできますから。そういうもの(動物虐待とされる動画)が上がると、遠くの出来事が見えるわけです。真っ当な考えの人のところに正しい情報が届きやすくなった。メディアよりも個人や特定団体の情報発信力が上がってきたのが、大きな理由だと思います」

だから、日本国内だけでなく、世界を視野に入れながら地域の人は考えてほしい、と山﨑さんは語った。

700年続く「上げ馬神事」にも波及

三重県桑名市の多度大社にも足を運んだ。毎年5月に行われる「上げ馬神事」は約700年の歴史を持ち、三重県の無形民俗文化財に指定されている。この神事は勇壮だ。境内の急坂を馬が登りきる回数によって、その年の景気を占う。毎年、大勢の観光客も集めている。

上げ馬神事の様子。坂道を目指して馬が行く(写真提供:多度大社)

この祭りにも動物愛護団体の声が届くようになった。2003年ごろからだという。その団体は「動物との共生を考える連絡会」と言い、獣医師や学校法人、NPO法人などの団体で組織されている。

何が問題なのだろうか。

神事では、馬は約100メートルの助走路を走る。その先に高さ約2メートル(中央部は約1.7メートルにへこませている)の垂直の壁。それを馬は跳び越えようとする。同会代表で東京都に住む獣医師・青木貢一さんによると、この壁は国際馬術連盟の定める固定障害の基準をはるかに超えており、馬の能力を無視した構造になっているという。

神事で馬が駆け上がる「上げ坂」(撮影:得能英司)

神事の改善を訴える団体のチラシ(撮影:オルタスジャパン)

改善を模索へ

多度大社には実際、どんな声が届くのだろうか。

大社側によると、一番大変な年は、祭りが近くなると、1日に約40件のメール、約10件の電話があった。「祭りをやめろ」「坂を低くしろ」に始まって、「馬殺し」「神社が馬を殺すようなことやっていいのか」といった内容も目立ったという。

神事を運営する地区の総代会長、石川久信さん(67)はこう話す。

「上げ馬をやめてしまえ、という話もあったようです。最初は、今までずっとやってきたことですから、『何でそんなこと言われなきゃいかんのか』と。ただ、いろんな話をうかがっていると、確かに動物に対する扱い方、そのへんは素人ですから、批判も仕方ないかな、という気持ちになった」

石川久信さん。多度大社の地区総代会長として「上げ馬」を仕切る(撮影:得能英司)

700年続く行事をどのようにしていくのか。石川さんは「いま、盛んにみんなで話し合いながらやっている」と言う。

大社と地域住民たちは既に、新たなルール作りに乗り出している。2010年には、地区の参加者が馬を適切に扱っているかどうかをチェックする監視員を導入した。壁を低くしたり、乗り手となる若者に年3回の乗馬講習を施したり。伝統を絶やさないための改革だ。

多度大社の絵馬には「馬」の文字と蹄鉄(撮影:得能英司)

「歴史を閉ざすわけにはいかない」

少しずつ変化を始めた「上げ馬神事」。当の多度大社はこれをどう捉えているのだろうか。

禰宜(ねぎ)の平野直裕さん(51)は「700年も続けたというお祭りをいま閉ざしたら本当に自分の恥だと思います。自分たちの恥だと思います」と言い切る。時代の変化に対応しながら継続させる、という宣言だ。

多度大社の禰宜・平野直裕さん。石段の左側は神事で馬が跳び越す「壁」(撮影:得能英司)

上げ馬神事をどのような形にしていくか。その話し合いには、神社側や総代たちだけでなく、多くの地域住民が関わっているという。

平野さんは続けた。

「今はいろんなことが重なってきてるんですね。少子化もそう。お祭りに対しての考え方も時代と共に変わってきていますし。動物愛護法も変革の時代じゃないかな、と思うんです。それらを本当にどう捉え、神事をどう守って、どう続けていくか。すごく難しいと思いますけどね」

続けることに揺らぎはない。

多度大社の神馬「山錦」(撮影:得能英司)

文中と同じ動画


[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:得能英司、オルタスジャパン
提供:多度大社

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