オルタスジャパン(フィンランドの教材から)

タブー視される日本の性教育  今のままで良いか?

5/24(水) 10:51 配信

あなたは学校でどんな「性教育」を受けただろうか。「全く記憶にない」という人もいるかもしれない。「性」について公に語り合うことがどこかタブーになっている日本社会では、欧州などとの比較の中で「性教育の乏しさ」がしばしば指摘されてきた。医療現場から中絶問題を取り上げた5月23日の配信記事に続き、今回は「性教育」にスポットを当て性の問題を考えたい。まずは、高校の授業で「中絶」をテーマにした授業を繰り返した経験を持つ元教員のケースを紹介しよう。今の日本では異質とも言えるその授業は、卒業生の記憶にも深く刻み込まれている。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

授業で中絶の様子を見せる

今回の取材で1編の動画を制作した。主人公は国際基督教大学高等学校(東京都小金井市)で教壇に立っていた元教員の有馬平吉さん(68)。高校の授業で毎年のように「中絶」を取り上げ、生徒たちに「命の重さ」を考えさせてきた。

元高校教員の有馬平吉さん。今も教え子と語り合う(撮影:鬼頭志帆)

有馬さんは現職時代を振り返り、動画の最後でこう言う。

「性教育をしようとあまり考えたことなかったです。でも、『性の問題は人間的テーマだよ』って話はする。結果的に期せずして、効果的な性教育をしているかもしれない。卒業生に何度会っても、何十年前でも憶えているし、それはいろんな場面でその人たちの行動に影響を与えているはずなんです。おしべめしべの話なんか、何の力にもならないと思う」

有馬さんはどんな授業をしていたのだろうか。動画には生徒たちの当時の感想文、卒業生たちの思いも盛り込まれている。じっくりと見てほしい。

有馬さんの授業とは? 動画(約7分)

研究者「大丈夫か、学生たち」

「日本の性教育はひどい」と嘆く研究者を訪ねた。大阪国際大学の准教授・谷口真由美さん。女性の人権や生命倫理、人口問題などを専門とし、コメンテーターとしてテレビ番組にも出演する。10年以上に及ぶ大学での講義を通じ、谷口さんは学生たちの性知識の乏しさを目の当たりにしてきたという。

谷口真由美さん(撮影:長谷川美祈)

「今の若い子たちは何を見てセックスを勉強するのか。アダルトビデオなんですね。男性目線のファンタジーが満開ですよ、あれは。AVを研究した友人によれば、コンドームを付けるシーンもない。だから、コンドームの着け方すら分かっていない子がいる。大丈夫か、って」

性の知識を得る場所はインターネットがほとんど。そうした若者が増えた結果、誤ったネット情報を頭から信じている学生もいる、と谷口さんは話す。

「この間も学生が言ったんです。『精子が(膣に)入っても、その後コーラで洗ったら精子は死ぬんですよね』って。死なない、100%死なないよ、って言ったら、『でもネットに書いてあった』と言うわけですよ」

女性用の経口避妊薬「ピル」(撮影:長谷川美祈)

「学校が性教育を避けている」

間違った性の知識がはびこっている——。そう指摘する専門家は多い。谷口さんもその1人であり、「高校までの学校教育において、きちんとした性教育を避けてきた結果ではないか」と感じている。その背景にあるのは「寝た子を起こすな」という発想だという。性の知識を広めると、若者に性交渉などが氾濫し、性の乱れにつながるのではないか、という考え方だ。

谷口さんはこれに真っ向から反論する。

「寝た子はきっちり起こすことが大事です」と谷口さん(撮影:長谷川美祈)

「人権の話でも『教えるから差別するんだ』と言う人がいます。それは違う。寝た子はきっちり起こすことが大事。中途半端に『あそこの地区は差別されているよ』と言うだけで、その背景を教えないから差別がまん延する。それと同じで、これだけアダルト動画などの情報があふれている中で、『早いうちに性教育をしたら性が氾濫する』なんてあり得ません」

1990年代は熱心だった日本の性教育

実は、日本の学校教育の現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代のエイズ・パニックをきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育が必要」と言われるようになり、学習指導要領も改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

中学生用の教科書「新編 新しい保健体育」。体の発達については8ページ、性の情報への対処が2ページ、性感染症については4ページ(撮影:オルタスジャパン)

流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人・母子衛生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ&ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法やピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

激しい批判を浴びた中学生向けの冊子「ラブ&ボディ」(撮影:オルタスジャパン)

この当時、国会や地方議会、マスコミを主舞台として「過激な性教育が学校でまん延している」「教室で性交渉の方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

「日本の性教育は10年間、時間が止まっている」

女子栄養大学(埼玉県坂戸市)の橋本紀子名誉教授は「2000年代の性教育バッシングによって、日本の性教育はあの頃から時間が止まったままです」と語る。橋本さんは約30年にわたって、主に欧州を中心に世界各国の性教育を研究してきた。その第一人者からすると、日本と欧州の性教育はどこが一番違うのだろうか。

橋本紀子さん(撮影:オルタスジャパン)

橋本さんはこう説明する。

「欧州各国は、人間の性を1単元なり、1冊の教科書なりで扱い、まとまって真正面から教えようとしています。日本では、理科や保健などの教科に切れ切れにばらまかれている。理科の教科書も半ページとか、1ページとか。体の構造から異性との関係性、社会での性の位置付け、そして現在の性の問題。そういったものを日本の学校ではトータルに教えていません」

例えば、フランス。橋本さんによると、フランスの高校には、「科学」の生物領域に「女性と男性」という単元がある。「女性と男性にとって必要な全てのことが教科書に載っています」。体の仕組み、妊娠、出産。そうした基本的な事柄に加え、中学校では多様な避妊方法を具体的に教える。高校では不妊原因と不妊治療について最新の科学的知見も紹介している。

フランスの中学2年生用「科学」の教科書。50ページ近くにわたって「性」に関する記述がある。教科書でも写真入りでコンドームが紹介されるなど避妊方法も教える(撮影:オルタスジャパン)

「フランスでは生殖補助医療や生命倫理も教えます。さらには、性染色体や性決定遺伝子のこと、LGBTも含む多様な人間存在とその人権なども教えています」

欧州「人間をトータルで教える」

フィンランドの場合は、フランスのように科学ではなく、「人間生物学」という領域に「人間」という単元を設けた。中学・高校の教科書は「人間の性と生殖」について生理学的に記述しており、例えば、母親の年齢と染色体異常の出現率、高年齢と妊娠の低下、不妊治療なども具体的に取り上げる。

ドイツでも13〜16歳用の「生物」の教科書に「初めての交際」という単元があり、最後にはコンドームやピルによる避妊方法が詳しく紹介されるという。

「欧州の性教育は子どもたちに情報を与えて議論させます。人権も含め、人間をトータルに教える。これが大きな特徴なんですね」

回収された日本の「ラブ&ボディ」。ピルの失敗率1%といった記述が、性交渉をあおっていると批判された(撮影:オルタスジャパン)

最近は中国や韓国、台湾といったアジアの国々も、2009年にユネスコ(国連教育科学文化機関)が出した「国際セクシャリティ教育ガイダンス」に即した教育に着手したという。そうした潮流に対し、橋本さんは「日本は時間の止まったままの性教育でいいのか」と訴えている。

現場の教員は戸惑い、悩む

学校での性教育が必要だとしても、「どんな教育が適切か」となると、答えは簡単に出ない。実際、この3月に高松市で開かれた教員向けの「教え方セミナー」で取材した教員たちからも「性教育は難しい」と訴える声が次々に出た。

高松市で開かれた「教え方セミナー」に参加した教員たち(撮影:オルタスジャパン)

小学校の教頭を務める男性教員はこう語った。

「(性教育に関する)教材、教科書、準教科書があるんですけど、他の教科と違って(教える内容の線引きが)若干あいまい。どこまで踏み込んでいいのか。下手に子供に興味関心だけを持たせてしまうと、後でさまざま問題が起きるとまずいな、と。そういう教師も多いんじゃないかと感じます」

中学校の女性教員は「例えば、コンドームの使い方を教える授業を、やった方がいいのか、やらない方がいいのか。なかなか難しい」と明かし、こう続けた。「それに中学校の教科書にはそこまで載ってないんですよ。(しっかりした性教育を)本当はやった方がいいんでしょうけど、教科書に載っていることを教えるだけで(授業は)終わってしまいます」

高松市のセミナーに参加した小学校の教員。「子どもたちは個々に発達の差があるので一律に(性を)教えるのは難しい」(撮影:オルタスジャパン)

高校の男性教員は「(生徒は)みんな性に興味はあるのに、恥ずかしさもあって(授業を)敬遠しがち。みんなで話し合うことを恥ずかしいと思っているんです」と言う。その気恥ずかしさをどう取り除いてあげるか。「性は一番身近で、真剣に考えなければいけないテーマです。教える側も、くだけて、冗談めかして授業をしても意味がないですから」

性と愛 「人間を考えると必ずぶつかる」

冒頭の動画で紹介した国際基督教大学高等学校の元教員、有馬さんに「性教育のどこをどう大切にすべきか」を尋ねた。「(欧米に比べ)日本の性教育は断片的過ぎませんか」という質問である。

自らの教育体験を語る有馬さん(撮影:鬼頭志帆)

有馬さんはこんなふうに答えた。

「日本の場合、保健体育のおしべとめしべじゃないけど、部分的なところを切り取って教えている。そこだけ突出して。ただ、矛盾かもしれないけれど、性交渉のことをあけすけに説明しても、それで性の問題が分かるかというと、そうではありません。性と愛は微妙なものじゃないですか? センシティブなテーマだし。ただ、人間を考えていくと、必ず出てくるテーマなんだ、性と愛の問題は」

生まれて間もない赤ちゃん。神戸市の「マナ助産院」で(撮影:オルタスジャパン)

教える年代、タイミングも難しい、と有馬さんは言う。

「どこかの学校は性器まで全部人形で見せて、こうするとかも見せて、小学校の子なんかも見ることができる。でも、それもどうかな。『性教育を受けてさえいれば、私はこんなことしなかった』とか、『性教育を受けていなかったからこんな失敗したんだ』とか、データ的にイコールになるわけでもない。結局、性教育をやり過ぎるマイナスと、やらなすぎとのマイナスの両方があると思う。私もずっと、結論を出せず、考え続けてきたテーマです」

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[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:長谷川美祈、鬼頭志帆、オルタスジャパン
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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