文藝春秋

作家・朝井リョウを突き動かす 「圧倒的な絶望」

2015/11/20(金) 11:12 配信

直木賞作家の原動力は、絶望

バレーボール部のキャプテンが突然部活をやめることから始まる物語『桐島、部活やめるってよ』で大学在学中にデビューした朝井リョウ。戦後最年少の23歳で直木賞を受賞した『何者』では、就職活動を題材にしながら、SNS時代の若者の自意識を描いた。アイドルをテーマにした近刊『武道館』は、現役アイドルの主演でドラマ化される。現代風刺的なメッセージ性とエンターテインメント性の融合を持ち味に、多方面から注目を集める朝井の創作の原動力は何なのか。それは、バレーボール観戦から生じる“絶望感”にあるという。(Yahoo!ニュース編集部/文藝春秋)

全12チームの総当たりで行われる、伝統の「関東大学バレーボールリーグ戦」。会場は各大学の応援団や熱心なバレーファンでごった返している。

朝井リョウはこの日、母校である早稲田大学の試合を観戦しにやって来た。「最近、行ってみたい場所はありますか?」という問いかけに、「バレーボールの試合」と答えたのだ。「できれば男子バレーがいいです」というお願い付きで。

朝井は高校時代、バレーボール部だった。「ポジションはレフト、アタッカーでした。でも、強いチームでもなかったし、試合に勝つことよりも皆でワイワイしているのが楽しかったです」と振り返る。大学進学後はバレーから遠ざかっていたが、仲間とボールを繋いでいく楽しさは、いつまでも心に残っていた。「バレー部だった頃の気持ちをもう一度体験したいと思ったのが、デビュー作になった『桐島〜』を書き出したきっかけです」。そう語る最中も、朝井の視線はコートから離れない。バレー経験者として、そして小説家として、試合の様子を見つめる。

例えば試合中、ブロックが成功した何気ないワンシーンでも、朝井にはこんな風に見えている。

「さっき、センターが“コミットブロック”という、アタッカーの動きを予測してイチかバチかで跳ぶブロックを決めました。その時に、ベンチにいたとある選手が特別喜んでいた気がしたんです。もしかしたらあのセンターはずっとコミットブロックの練習をしていて、ベンチの彼はそれを見ていたのかもしれない。だから彼だけあんなに喜んだのかもしれない。ほんの数秒の出来事の中に垣間見える彼らだけの歴史のようなものに、グッときちゃうんですよね。瞬間から溢れ出る、長い物語。小説の中でそういうシーンが出てくると、胸をつかまれませんか?」

(写真:文藝春秋)

「絶望」が創作活動の源

朝井がバレーボールへの情熱を再燃させたきっかけは、今夏開催されたワールドカップだ。今回初めて全日本チームのキャプテンに指名された清水邦広選手は、自身がバレー部だった頃から注目している。さらに今回のW杯では、2人の若きスーパースター、石川祐希選手と柳田将洋選手に魅了されたという。

「石川選手は高校時代に、春高・国体・インターハイの3冠を2年連続で制覇しています。公式戦は99連勝。マンガの主人公みたいな人ですよね。その石川選手が高校時代、フォームを参考にしていたのが3つ年上の柳田選手なんです。柳田選手も高校時代からとても注目を集めていました」

こうした細かい情報は、雑誌を片っ端から買い漁り、ネット記事をくまなく読むことで収集していく。なぜ2人の選手にこれほど注目しているのか。その答えには、「小説家・朝井リョウ」の感性が顔をのぞかせる。

「両選手ともに、エースという運命を背負ってきた人間。そうなると、例えば試合中に2人が交わしている言葉って、もしもマイクに音声が拾われてテレビで流れたとしても、本当の意味で理解できる人っていないんじゃないかな、とか思うんです」

(写真:文藝春秋)

それを痛感させられたのが、試合後のインタビューや、ドキュメンタリー番組で耳にした両選手の言葉だ。

「石川選手や柳田選手を見ていて感じるのは、『エースやスターとして輝き続けてきた、その歴史を歩んできた者同士にしか分からない言葉がそこにはある』ということ。そういうものに触れると、言葉を生み出す仕事をしている人間としては、絶望的な気持ちになるんです。小説家って、あらゆる人たちの言葉を書く仕事なのに、この2人の言葉にはきっと一生たどり着けないって」

自分が一生かけても到達できない領域で活躍するエースたちの言葉は、自分の思考回路からは出てこない。その絶望は特別に重く、深い。

「それに、バレーは自分で経験したことのある競技だからこそ、“これは自分には絶対できないプレーだ”ということがよく分かるのもつらいんです。自分のこの体では絶対に叶えることのできない人生が、バレーコートの上には無数にある。それを観るのって、苦痛なんですよ。これ以上ないくらい打ちのめされる、圧倒的な絶望なんです。でも、打ちのめされる以上に、モチベーションは上昇するんですよね」

とても不思議だ。絶望するのに、なぜモチベーションが上昇するのか?

そのヒントは早稲田大学に実在する男性チアリーディング・チーム「SHOCKERS」を取材した、第2作『チア男子!!』にあった。

「大学1年生の秋に初めてSHOCKERSのステージを観て、おこがましくも、“自分はなんであのチームの中にいないんだろう?”と思ったんです。悔しかったんですよ。うらやましかったんです」

だから彼らのことを取材し、彼らのことを小説に書いた。「書いてみたら、驚くくらい、満足しました。自分の中にある“叶わなかった人生”への思いが、成仏した感覚がありました」。小説が、絶望を癒やす手段となることを知った瞬間だ。

「人は、ひとり分の人生しか生きられない。それでは物足りないと思ってしまうから、自分は小説を書くのかもしれません。だから、絶望に直面するとつらいけど、燃えるんですよね。“この体で、ひとり分の人生しか生きられない”という事実を、小説を書くことで乗り越えてやるぞって気持ちになれるんです」

絶望こそが、小説家・朝井リョウを動かす燃料なのだ。

(写真:文藝春秋)

東京オリンピックまでに、スターの物語を書きたい

「バレーファンかつ小説家としては、今の全日本男子チームに所属している誰かがキャプテンを務めるチームを、東京オリンピックで観るのが夢です。彼がそこに辿り着くまでの時間の流れを全て書きたくなりそう。チームのエースを主役に、10年間とか、それくらい長い時間が流れる話を書きたいんです、今」

振り返ってみればデビュー作『桐島、部活やめるってよ』では、すべての事件の中心にいるバレーボール部のエースでキャプテン・桐島は、回想シーンの一部にしか登場せず、桐島の圧倒的なスター性はまったくと言っていいほど描かれない。桐島の不在によって影響を受けた、周囲の人々の描写に終始している。

もしかしたら、朝井は桐島のスター性を「描かなかった」のではなく、「描けなかった」のかもしれない。

だが、いつかバレーのスター選手を主人公にした作品を発表したい。「これまでは、スターの強すぎる光に照らされるしかなかった、周辺の人の話を書いてきました。次は、スターその人を主役にした物語に挑戦してみたいんです。その一作を書き切ったら、自分の中に溜まりに溜まったいろいろな絶望が、いっぺんに成仏する気がしますね。体内で止まっていた時間が流れ出して、グッと老けると思います(笑)」

その時は「小説を書くのはもういいかな、ってなるかもしれない」とも言うが、この人に限っては、あり得ないだろう。バレー観戦だけではない。日常生活のありとあらゆる場面で「この体で、ひとり分の人生しか生きられない」ことの絶望を見いだし、それを力に変えることができる人なのだから。

「書くことでも癒やされるけど、読むことでも癒やされると思います。小説家になる前は僕自身、そうやって本に救われてきました。物語を通して登場人物の中に入り込み、その人の人生を追体験することで、自分ひとり分の人生だけしか生きられないという絶望がちょっと薄まる感覚があるんですよね。そういうふうに僕の作品を読んでもらえても嬉しいです……と言っても、やっぱり読んでいるときより書いているときの方が、100倍救われています(笑)」

(写真:文藝春秋)

朝井リョウ(あさい・りょう)
23歳の時、就活とSNSを題材にした『何者』で、戦後最年少で直木賞を受賞。アイドルを題材にした近刊『武道館』は、現役アイドルJuice=Juice主演(つんく♂プロデュース)で連続テレビドラマ化が決定。最新刊は、全5編収録の短編集『世にも奇妙な君物語』。


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(構成 吉田大助)

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