Yahoo!ニュース

岡本裕志

北方四島、ロシア側はどう考えているのか

2017/03/28(火) 11:51 配信

オリジナル

2016年12月、日本で行われた日ロ首脳会談。あれから3カ月、ようやく日ロで共同経済活動の公式協議が始まった。だが、共同経済活動の声明では、北方四島返還に関してはほとんど言及がなかった。一連の首脳会談や北方四島問題をロシアの人たちはどう受け止めているのか。日本に関わりのある通信社、投資アドバイザー、弁護士に、ロシア側の本音を聞いた。(ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース編集部)

北方四島が返る可能性はゼロに近い
ワシーリー・ゴロヴニン/イタル・タス通信東京支局長
中国とも解決したロシアの領土問題。あとは日本だけだ
タメルラン・アブジケエフ/インベロアドバイザーズ代表取締役
北方四島は十分返る可能性がある
セルゲイ・ミラノフ/ゴルツブラット法律事務所パートナー
結果だけを急いでは失敗する
中村繁夫/アドバンストマテリアルジャパン代表取締役社長

北方四島が返る可能性はゼロに近い

ワシーリー・ゴロヴニン/イタル・タス通信東京支局長

ワシーリー・ゴロヴニン(Vasilii Golovnin)1955年、ソビエト連邦生まれ。モスクワ大学日本語科卒業後、東海大学へ留学。その後、タス通信(現イタル・タス通信)へ入社。本社外信部アジア・太平洋担当デスクなどを経て、1991年、東京支局へ。現在イタル・タス通信東京支局長(撮影: 岡本裕志)

イタル・タス通信はロシアの国営通信社。ゴロヴニン氏はソ連崩壊直前に東京支局に赴任、以来四半世紀を超す。日本におけるロシア報道界の中心的な人物といえる。

安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領との計5回の会談。関係改善に向けた両国の努力は評価されるべきでしょう。ただ、現状では北方四島が日本に引き渡される可能性はゼロに近いと思います。

2000年頃のロシアは非常に国力が弱かったため、プーチン大統領にも引き渡す考えがあったかもしれません。しかし、いまのプーチン大統領は国民の支持率も高く、アメリカとの関係も改善される可能性が高い。いまロシアが北方四島を引き渡すことで得られるメリットはほとんどないと思います。

ロシアは、ウクライナ東部・クリミア半島で武力衝突を起こした2014年以来、国際的に厳しい立場にありました。G7の国々から経済制裁も受けた。そんな中、G7の加盟国である日本の安倍首相が手を差し伸べたことは、当時のプーチン大統領にはうれしい話でした。

2016年5月に安倍首相が提案した「8項目の経済協力プラン」は、ロシアでも好意的に報道されました。北方四島で両国が共同で経済活動を行う発表は、事実上、G7による経済制裁が一部解除されることも意味します。

8項目のプランには、政府間で12件、民間で68件の計80件の「覚書」がありますが、すぐ実現性があるかといえば、ほとんどが不透明です。不明確な記述が多く、拘束力もない。言葉の約束に過ぎない。日本が領土問題でロシアを引きつけるには、プランの中身も曖昧にしておく必要があるからです。

プーチン大統領から経済分野をはじめ幅広い分野での協力への関心が示されたのに対し、日本側が提示したもの

一方、ロシアにとって日ロ交渉は日本を引き寄せることで、G7の連携を崩せる。ただ、トランプ大統領になって、ロシアとアメリカの関係性が改善すれば、日本の重要性は下がります。要するに、日本とロシアの関係は、他国との関係性の中で相対的に変化するのです。

ロシアから見れば、安倍首相の目的は大きく2つあると映ります。1つはもちろん北方四島の領土問題の解決と平和条約の締結。もう1つは中国とロシアの関係に楔を打つということ。

中国とロシアは広い意味で協力関係にはあるけれど、決して親しい関係ではない。そこに日本がロシアと関係を改善すれば、中国とロシアの間に少し距離をあけることができる。そういうパワーバランスは考えているように見えます。

そうした日本の狙いはロシアも理解しています。ただ、あまり気にしていないのが実情でしょう。なぜなら、日本は現実的に見て、脅威ではないからです。ですから、すぐ日本に対応する必要性がないんです。

1980年代にも東京特派員を経験したゴロヴニン氏。通算の日本滞在は30年を超える(撮影: 岡本裕志)

経済活動が活発化したとしても、プーチン大統領が北方四島を日本に引き渡すかといえば、難しいだろうと思います。両国の経済活動の活発化は歓迎すべきことですが、領土という点で日本は期待しないほうがよいと思います。

中国とも解決したロシアの領土問題。あとは日本だけだ

タメルラン・アブジケエフ/インベロアドバイザーズ代表取締役

タメルラン・アブジケエフ(Tamerlan Abdikeev)1978年、ソビエト連邦生まれ。モスクワ大学卒、英オックスフォード大学院国際関係学修士課程修了。米ステート・ストリート銀行などを経て、インベロアドバイザーズを東京に設立。同社代表取締役(撮影: 岡本裕志)

インベロアドバイザーズのタメルラン・アブジケエフ氏は大企業から中小企業まで幅広く顧客とし、日本からロシア、ロシアから日本への投資や製造業などのコンサルティングを主業務としている。

「8項目の経済協力プラン」と「共同経済活動」は具体性には乏しいものです。それでも、ようやく日本とロシアが同じテーブルにつくことができた。この意味合いは決して小さくありません。

2016年5月、安倍首相はロシアのソチを訪問しプーチン大統領と会談した(写真: Kremlin/Sputnik/ロイター/アフロ)

これまでの日本とロシアは、深く話をしていませんでした。昨年(2016年)10月になって、ロシアが北方四島に関して日米安全保障条約5条(米国の日本防衛の義務)の適用があるのかを尋ねたのは、ロシアが本気になって話をし始めたサインです。この一番重要な安全保障の問題の話をせずに、北方四島の話が進むはずがない。これまでは本気ではなかったということです。

インベロアドバイザーズのオフィス(東京・港区)にて(撮影: 岡本裕志)

日本が領土を手にする可能性はけっして小さくありません。なぜか。実際にロシアは、ソ連崩壊以降、周辺9カ国との領土問題を解決してきているからです。逆にいえば、ロシアの領土問題で残っているのは、2014年からのクリミア半島をめぐるウクライナとの問題を別にすれば、日本の北方領土だけなんです。

解決した領土問題には、エストニアやノルウェー、近年の例としては中国があります。この中国との件はアムール川(中国名は黒竜江)の国境で、1969年には中国と本格的な紛争にもなった地域です。それでも、2008年に国境を確定させました。ロシアが譲歩した内容です。

2004年10月、アムール川(黒竜江)の中ロ国境についての合意を発表する両首脳(プーチン大統領、胡錦濤国家主席)。議定書が交わされ正式に国境線が確定したのは2008年(写真: ロイター/アフロ)

では、なぜロシアは領土問題の解決に前向きなのか。それはなによりも国際的な信用を高めたいからです。たとえば、ロシアはソ連時代から引き継いだ対外債務、約12億ドルを2009年に完済しました。ソ連時代の負の遺産をきれいにしたいと考えていたからです。

周辺国との良好な関係の確立を目指しだしたのも同じ事情です。たとえば、まだ実現していませんが、ロシアはEUとビザ無し交流ができるよう交渉を続けてきました。ロシアが周辺国との関係性をよくしようとしていることはいくつもあります。

領土問題解決はロシアにとって、そうした大きな対外政策の一つなんです。

北方四島のうち国後島。奥には択捉島の山々が見える(写真: 読売新聞/アフロ)

では、北方四島に関してどういうステップを踏むべきか。まず「返還」ではなく「引き渡し」という立場を受け入れることでしょう。これまでロシアは「返還」という言葉を日本が使うと反発してきました。ここにこだわると、ロシア側の話も進みません。

また、受け入れるべき現実には、択捉島などに配備されている軍関係を排除しないこと、言い換えれば、北方四島に米軍を持ち込まないことも含まれます。あらかじめこの条件も日本で国民的な議論にしないと、交渉の途中でまた話が止まってしまいます。政府は国会でオープンにそういう議論をする必要があると思います。そうでなければ、ロシアは「日本は本気ではない」と判断するでしょう。

北方四島は十分返る可能性がある

セルゲイ・ミラノフ/ゴルツブラット法律事務所パートナー

セルゲイ・ミラノフ(Sergey Milanov)1961年、ブルガリア社会主義共和国生まれ。ソフィア大学卒業後、米ハーバード大学ロースクール修了。1990年から1年間、日本の商法の研究で東京大学法学部に在籍。複数の国際法律事務所に在籍ののち、ゴルツブラットBLP法律事務所に。現在同事務所パートナー弁護士(写真提供:セルゲイ・ミラノフ)

弁護士セルゲイ・ミラノフ氏の所属するゴルツブラットはロシアで最大手の法律事務所。日産自動車のサンクトペテルブルク組み立て工場建設など、日本企業のサポートも行ってきた。ミラノフ氏が手がけた案件の中でもっとも大きいものは、サハリン(樺太)での天然ガス採掘事業「サハリン2」である。

弁護士の立場から見ても、昨年(2016年)の日ロの首脳交渉はまずお互いにとってよかったと思います。日ロ関係が改善していく基盤になったように映りました。

実際、私の事務所にも新年度に向けて相談したいと日本企業からの問い合わせが増えてきています。G7の経済制裁以降、日本企業はアメリカとの関係を気にしてロシアとのビジネスを遠慮してきた節がありました。日ロ首脳交渉以降は改善が期待できます。

2016年12月のプーチン大統領訪日では、首脳会談の他にも各種行事が組まれた。日ロビジネス対話の全体会合で、安倍首相と握手を交わす(写真: Kremlin/Sputnik/ロイター/アフロ)

「8項目の経済協力プラン」で具体的に進んでいるのは、私の知るかぎり、港湾インフラ、医療施設、そして、魚や海藻などの水産物の加工施設でしょう。大きな案件ではありませんが、お互いが納得できる進め方と映ります。

2010年、ロシアはノルウェーと係争中だった国境の問題を解決しました。帰属で揉めていた海域をほぼ二等分することに合意し、その海域で資源の共同開発を行うことにもなりました。具体的な生産活動を行う施設があるとお互いの国から人が交流するので、その後の協力体制も進展しています。

安倍首相が提唱する、北方四島で双方の法的立場を害さないという「特別な制度」の法的整備はどうか。警察や検察など国の主権にも関わるところは交渉が難しいところです。ただ、商法や民法など経済活動に関する部分なら、ある程度歩み寄れる部分があるように思います。

2008年には中国ともアムール川の国境地帯で領土を確定しました。ロシアは、中国と決して親しい関係ではありませんが、それでも解決できました。

端的にいえば、北方四島はお互いが納得できる形で解決できると私は思います。実際2000年にプーチン氏が大統領になった頃は、当時の森喜朗首相と、日本が極東地域でインフラ整備するかわりにロシアが日本の北方領土の領有権を認めるという話もありました。その話は日本のメディアが報じて、ロシアが否定することになりましたが、いまもプーチン大統領に極東開発と領土問題を解決したい意思があるのは確かです。

2001年3月、ロシアのイルクーツクでプーチン大統領と森首相が会談(写真: 代表撮影/ロイター/アフロ)

では、仮にロシアが北方領土の日本の領有権を認めるとして、いくつの島が日本の対象となるのか。それはこれからの関係性次第でしょう。

ただ、領土問題の解決でロシアが譲れないのは安全保障だと思います。ロシアの軍事施設がすでに択捉島などにあり、また四島近くには(ウラジオストクを司令部とする)ロシア太平洋艦隊が太平洋へ出ていく航路がある。それを日本がどう受け止め、対応するかが肝になってくると思います。

アメリカへの配慮ということで交渉を諦めてしまうのではなく、投資活動を含むロシアでの経済活動、民間レベルから日ロ友好関係、信頼関係を高めていく。それが問題解決のまず第一歩ではないかと思います。

結果だけを急いでは失敗する

中村繁夫/アドバンストマテリアルジャパン代表取締役社長

中村繁夫(なかむら・しげお)1947年、京都生まれ。レアメタル商社「アドバンストマテリアルジャパン」代表取締役社長。著作に『レアメタル超入門』『中国のエリートは実は日本好きだ!』ほか(撮影: 岡本裕志)

ソ連末期の1989年から貿易の仕事でモスクワと行き来するようになり、これまで60回以上、ロシアに足を運び、たくさんの友人ができました。その経験から言えるのは、ロシア人というのは、情に厚い“浪花節”の人だということです。

ビジネスではタフな交渉になります。途中で「だいたいOK」という話はせず、最後の最後に完成する厳密な文書しか信用しない。交渉には粘り強い駆け引きが必要です。

その一方で彼らには、非常に情に厚い部分がある。いったん深い信頼関係ができれば、損得ではない付き合いに発展する。そこがロシア人のよさです。ただし、最初から見返りを求めるような関係は非常に嫌います。

日本は過去の日ロ交渉で、信頼関係のない状態で結果だけを急ぎ、失敗してきました。それを考えると、領土問題は最初から100点を取るような話はせず、まずはじっくり付き合うのが大事なのです。

安倍首相はプーチン大統領を地元・山口県に招いた。日ロ首脳会談が開催される温泉旅館前で(2016年12月15日)(写真: 代表撮影/ロイター/アフロ)


森健(もり・けん)
1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『つなみ――被災地の子どもたちの作文集』で大宅壮一ノンフィクション賞、2015年『小倉昌男 祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『反動世代』、『ビッグデータ社会の希望と憂鬱』、『勤めないという生き方』、『グーグル・アマゾン化する社会』、『人体改造の世紀』など。
公式サイト


[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
ラチカ

現代日本と政治 記事一覧(25)