長谷川美祈

日常奪われ、補償もなく――犯罪被害者に“二重の苦しみ”

3/8(水) 11:01 配信

ある日突然、自分や身内が凶悪犯罪の被害者になったとしたら? しかも、その後の生活補償が何もないとしたら? そうした苦しみの中で、砂を噛むような日々を送っている人たちがいる。例えば、渡邉保さん(68)のケース。渡邉さんは17年前、22歳だった長女を近所の男に乱暴目的で殺害された。男は無期懲役。しかし、民事訴訟で男から勝ち取ったはずの損害賠償金5500万円は支払われていない。被害者の喪失感は金で埋まるものではないとはいえ、平穏な日常を奪われた上に補償もない「二重の苦しみ」。彼らの胸のうちとは。(Yahoo!ニュース編集部)

2000年10月16日、事件の夜

横浜市に住む渡邉さんは「事件」を忘れたことはない。2000年10月16日。この日に長女を失ったばかりか、ショックを受けた妻は後年、自ら命を絶ったという。犯人も3年間、捕まらなかった。

事件現場近くで。渡邉保さんはようやく、ここを通れるようになってきた(撮影:長谷川美祈)

当日、会社員だった長女の美保さんが夜になっても帰宅しない。翌日が休みの日だから遊んでいるんだろうと思っていると、午前0時すぎ、警察から電話があり、迎えの車も来た。渡邉さんと妻、次女の3人は警察署で長い時間、事情聴取を受ける。夜中の3時半ごろ、ようやく、娘が犠牲になったことを明確に知らされた。

事件のこと、その後のこと。渡邉さんがつらい日々を語る(撮影:長谷川美祈)

「現実と思えなかった」

渡邉さんは言う。

「3人とも泣き叫ぶことは(なかった)…。まぁ、僕は涙ポロポロ出たんだけど、女房は夢の中の出来事のような、現実感がないというか、現実のこととして受け止め切れなかった。で、娘に直ぐに会わせてくれと言うと、『今は会わせられる状況じゃない。待ってください』って。それから3時間近く、また警察からいろいろ聞かれて。明け方の6時過ぎ、やっと娘に会えました」

家族の写真をぬぐう渡邉さん(撮影:長谷川美祈)

「その時、妙にこうふわふわとした感覚のままで。娘に会うと、首から下に白いシーツをかけられて、横になっていたんですよね。で、妻は最初に(安置室に)入って、突然しゃがみ込んだ。後で聞いたら、首にざっくりと切られた痕があったんだ、と」

犯人の男は後に無期懲役になった。それでも、楽しかった日々が戻るわけはない。「せめても」の思いから渡邉さんは、民事訴訟を起こし、男に損害賠償を求めた。その結果はどうだったか。渡邉さんやその他の被害者が何に直面し、どんな思いを抱いているのか。映像で見てほしい。

事件で重い後遺症 54歳男性の場合

別のケースも紹介しよう。関西地方に住む54歳の高木恒夫さん(仮名)。取材で会うと、言語障害の後遺症を持ちながら、こう強調した。

「(損害賠償の支払いを認める)判決が決まって良かったね、って。お金が入ったんだろ、って。よくそう言われる。判決が出たから(賠償金が)入って
いるもんだって、みんな思っているんです。でもそうじゃない」

高木恒夫さん(仮名)。コンビニ前で襲われ、重い障害が残った(撮影:宗石佳子)

事件は2008年だった。当時、社員5人ほどの電気工事の会社を経営していた高木さんは出張先で事件に遭う。コンビニの駐車場で自動車の通行をめぐって男性グループとトラブルとなり、うち一人に殴られて転倒。後頭部を地面で強打して意識を失い、病院に搬送されたという。

脳挫傷と急性硬膜下血腫。意識不明が20日間続き、高次脳機能障害となり、左半身に麻痺が残った。加害者は懲役3年6月。その後の民事裁判では、損害賠償として1億6000万円を支払うよう判決が出た。治療費や後遺症による逸失利益などから算定された額である。しかしその後、加害者からの連絡はない、という。

高木さんは、もう事件前のような生活には戻れない(撮影:宗石佳子)

重い後遺症 謝罪・支払いはなく

高木さんが続ける。

「(直接の)謝罪も支払いも一切ないです。加害者が仮出所で出てきましたので、そのときに、保護観察所経由で私の気持ちを伝えたんです。そうすると、『謝罪と損害賠償の支払いに努めます』という手紙が来たんですけど、保護観察の期間が終われば、音信不通になりました」

その後、「法テラス」(日本司法支援センター)の支援で、加害者の住所や勤務先を調べ、弁護士名で賠償金を支払うよう督促の通知書を送った。それも、「相手先不明」で返送されてきた。勤務先宛てに送っても、連絡はない。

高木さんが原告になった民事訴訟の判決文。刑務所内の加害者に対し、支払いを命じた(撮影:宗石佳子)

高木さん側は強制執行の手続きを試みた。加害者の給与を差し押さえるためだ。ところが、裁判所の執行官が勤務先に出向いたところ、「加害者はきょう辞めた」と経営者に言われたという。

「相手の所在と勤務先が分かれば、また手続きができる、と弁護士に言われたんですが、(その費用は)私の個人負担になる。興信所の費用が最低でも15万くらいかかると言われて。それで差し押さえを請求しても、また辞めたと言われれば同じことを繰り返す可能性がある、と。そうも言われたので、あの1回だけで終わっている状態です」

事件後の日々がいかに苦しいか。本人にしか語れない思いを吐露する高木さん(撮影:宗石佳子)

「賠償請求の民事訴訟、意味ないよ」

重度の障害者になった高木さんは会社を廃業した。後遺症で情緒不安定になって内縁の妻に暴力をふるうようになり、別居。その後は母と暮らしていたが、その母も介護施設に入所。高木さんは今、生活保護と介護を受けながら1人暮らしを続けている。「今は何も楽しいことがない」と言う。

事件前の高木さん(撮影:宗石佳子)

「(再提訴しても)また弁護士代、請求額に対しての印紙代が発生します。そのお金がないですから、泣き寝入りしかないのかな、と。被害者がお金ばっかり出して、一銭も払われない。被害を受け、その後の裁判でも負担があって、(賠償請求の民事)裁判自体に何の意味があるのかな、って思います」

「犯罪被害者のための賠償制度がない」と専門家

「二重の被害」とも言えるこうした問題について、25年以上前から問題点を指摘している専門家がいる。常磐大学(水戸市)の元学長で、被害者学が専門の諸澤英道さんだ。

「日本では犯罪被害のための(特化した)賠償制度がなくて、通常の民事上の損害賠償制度に則っている状態なんですね。ここが根本的な問題です。刑事法は強制力を持っていますが、民事法は基本、一般人同士の法律関係。訴えている人に(裁判所が)力を貸すことはできないんです。判決文をもらったとしても、『払ってくれ』と(原告が)改めて言わなきゃいけない。黙っていると払われない。で、時効が10年で来るから、慌てて2度目の裁判を起こす人が出てくるんです。そういうケースが全国で増えています」

犯罪被害者の置かれた法的制度の欠陥について語る諸澤英道さん(撮影:オルタスジャパン)

支払いを命じる判決が確定しても、強制執行命令を得ようとすると、また負担は増えるという。

「改めて弁護士を頼まないといけないし、同じ弁護士に頼んでも着手金から話が始まるんですね。これが非常に高い。そればかりか、強制執行をやっても取れる保証はないわけです。財産がどれくらいあって、どれくらい取れるか。そういうのは被害者に見えないんです」

夫を殺され、会社は廃業

兵庫県に住む大竹有利子さん(63)も、つらい日々を送っている。2001年、土地借地権のトラブルが原因で、夫が刺殺された。従業員4人ほどのビニール梱包材の工場は、有利子さんが切り盛りしていたが、夫を失ったため営業が成り立たず、廃業に追い込まれたという。

夫が刺殺され、辛酸をなめ尽くした大竹有利子さん(撮影:宗石佳子)

大竹さんはその後、ホテルの掃除やスーパーのパートなどで何とか生活費を工面してきた。

「(夫の会社は)4年間、私が中心で。パートが3人おったから、続けて仕事してたんですけども、もう…。自分だけの力では、あのー、普通に生活していくことは、もう無理でした」

8000万円の支払い命令…しかし

加害者は懲役8年に。民事訴訟では、損害賠償金として8000万円の判決も得た。ところが、である。

加害者は刑期満了で出所した後、賠償金を払う姿勢を見せなかった。やがて、加害者が離婚し、加害者名義の財産が元妻に分与されていたことを大竹さんは知る。その財産分与は、賠償金を払わないための見せかけだったとして、大竹さんは「詐害行為取消請求」の裁判を起こし勝訴した。

事件後、生活に追われた大竹さん。気が休まることはなかった(撮影:宗石佳子)

そこから、さらに苦難は続く。

加害者の財産の一部を差し押さえるため、弁護士に依頼し、保証金を積み、1年以上かけて競売による手続きをした。結局、2600万円を得たものの、裁判に5年、手続きに1年以上。さらに弁護士費用、印紙代、手数料などさまざまな経費に約800万円以上を費やすはめになる。実際に手にしたのはおよそ1700万円 で8000万円の確定判決とは大きな差があった。

加害者は死亡 もう請求できない

「差し押さえして入ってきたお金は、もう、生活の足しには全然なってないです。あのー、主人名義で運転資金や銀行からの借金とか、固定資産税とか。そういうのが…」

最近、残りの5400万円を請求しようとしたところ、加害者が1年前に死亡していたことが分かった。事実上、もう請求はできない。

空がいくら晴れても、大竹さんの人生は晴れない(撮影:長谷川美祈)

大竹さんは言う。

「犯罪被害に遭ったらね、元の生活にね、戻れないんです。お金そのものよりも生活、日々の生活。贅沢したいわけじゃないです。最低の生活でもええです。そういう支援がやっぱり、あって当たり前だと思うんですけども。そんな当たり前の制度がないんです」

被害者の会会長「犯罪者は元々金がない」

兵庫県尼崎市の元市会議員、藤本護さん(86)は関西を中心に活動する「犯罪被害者補償を求める会」の会長を務めている。市会議員時代、妻を殺害されたという過酷な体験を持つ。

藤本護さんは兵庫県尼崎市議会の元議員。「犯罪被害者補償を求める会」 の会長を務める(撮影:宗石佳子)

「殺されたり被害を受けたりした方は、経済的な損害を受けている。(民法上も本来は加害者に)それを補償させなきゃいかんけど、犯罪を犯す人は、(普通)金を持ってないんやから。加害者が被害者に払えんなら、国が立て替えてくれればいいわけ。私たちが持っている債権を国が買い取って、国が加害者に請求する制度を作ってくれたら、ええんですよ」

「国に救済してほしい。それしかない」

公的機関による「肩代わり」については、常盤大学元学長の諸澤さんも注目している。特に、2014年から兵庫県明石市で始まった制度は、日本では画期的だという。

「被害者の請求権を市が買い取る。明石の場合は300万円ほどですけど、その求償権で加害者側に市が請求する。明石市は弁護士を職員として採用し、確実に取る、ということをやるんです。取り損なうと、市の財政にも影響があるし、議会で問題にされることもある。国や県が絡むことによって、確実性が増すわけです。全額は難しいかもしれないけれど、何パーセントかであっても国、県、市が(賠償の肩代わりを)やれば相当変わってきます」

藤本さんの妻もまた凶行の犠牲になった(撮影:宗石佳子)

凶行で妻を失った藤本さんも「この問題については、国が関与してほしいと切実に思います」と話している。

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:長谷川美祈/宗石佳子/オルタスジャパン
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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