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14億人の熱狂――中国サッカー・巨額マネーの舞台裏

1/29(日) 10:51 配信

中国サッカーの“爆買い”が続いている。1月、約46億円と報じられている巨額の年俸で、元アルゼンチン代表FWカルロス・テベスが中国に渡り、世界を驚愕させた。いま、中国は空前のサッカーブームだ。企業はこぞってサッカー関連事業への投資を加速。地方では体育の授業をほぼすべてサッカーにする小学校もあるという。背景には、サッカーを今後の“重要産業”と位置づける政府の思惑がある。サッカーマネーをめぐるクラブや企業の舞台裏に密着した。
(取材・文=NHK「クローズアップ現代+」取材班/編集=Yahoo!ニュース編集部)

スター選手を“爆買い”

1月19日、スター選手の到着に上海の空港は熱狂に包まれた。元アルゼンチン代表FWで、マンチェスター・ユナイテッドやユベントスなどで活躍したテベスが姿を表すと、2000人を超えるファンから歓声が上がる。

「中国に来られて幸せ。中国のリーグは成長している」

記者会見で笑顔を見せるテベス(ロイター/アフロ)

記者会見で笑顔を見せたテベスは、上海を拠点とする中国のプロサッカーリーグ「スーパーリーグ」の上海申花と契約を結んだ。欧州のメディアによれば、年俸は約46億円。世界最高の金額だ。

中国のサッカークラブによる海外スター選手の“爆買い”には世界が注目している。ブラジル代表MFオスカルが約30億円といわれる年俸で、ベルギー代表MFヴィツェルが約19億円とされる年俸で中国クラブへの移籍を決めた。中国スーパーリーグにはいまや、世界の名選手が集まる。

上海の空港でファンらの歓迎を受けるオスカル(ロイター/アフロ)

移籍交渉の舞台裏

いったい、テベスの獲得はどのように行われたのか―。交渉にあたった上海申花の周軍社長は意外な言葉を口にした。「テベスとの交渉は簡単だった。数年前から交流があったからお互いにいい印象を持っていた。信頼関係が築かれていたのです」

上海申花は昨年、コロンビア代表MFグアリンをイタリアの名門インテルからおよそ7億円とされる年俸で獲得したが、昨季の成績は4位に終わった。さらなる「大物」を求めて、数年前から関心のあったテベスの獲得に、巨額の投資をすることにしたのだという。

周軍社長は、テベスの自宅で撮った写真を見せながら嬉しそうに語った。「彼の自宅で一緒に撮りました。テベス選手とは友達ですので、気軽に写真が撮れます」。昨年11月、アルゼンチンのテベスの自宅を訪ね、年俸などを交渉。わずか10日ほどで合意に至ったという。

「決して安い金額ではありませんが、あとは試合でお金に見合う価値を証明してくれるでしょう」

テベスとの交渉は「簡単だった」と話す上海申花の周軍社長(画像:NHK)

周軍社長は、以前上海申花の監督を務めていた、アルゼンチン人監督などの人脈とコネを通じて、数年前からテベスに接触。交流を深めていったという。

“爆買い”と言われていることについてどう思うのかと問うと、笑みを浮かべた後、淡々とした口調で、こう切り返した。

「国の名誉、個人の名誉、組織の名誉を買うことができれば、それはお金の最も有効な使い方ですよ」

国をあげたサッカー強化策

中国では、サッカーへの投資ブームが起きている。きっかけとなったのは、中国政府のサッカー強化策だ。6年前、『W杯への出場、開催、そして優勝』という3つの夢を掲げた習近平国家主席(当時副主席)。その後、政府は「中国足球改革発展総体方案」というサッカー強化策を打ち出した。

「国策」として、企業にサッカーへの投資を拡大するよう求めたのだ。企業はなだれを打つようにサッカービジネスに乗り出した。

サッカー好きで知られる習近平国家主席(左)。2015年、英国のデイヴィッド・キャメロン首相(中)とともにマンチェスター・シティの施設を訪れた(ロイター/アフロ)

「今まではベッカムかメッシしか知られていなかったけど、映画スターのような新しいスター選手を生み出したいね」「投資や選手の移籍金を増やすのは、バブルに見えるかもしれないが、サッカーの価値に見合っていますよ」

昨年12月、北京の高級ホテルには高級車が続々と乗り付けていた。ホテルの大広間には、クラブや企業の経営者、投資家などおよそ250人が集結。サッカークラブの運営に乗り出したい、有名選手を獲得してチームを強化したい―。それぞれの思惑を抱えて、投資を進めるための情報交換は熱を帯びていた。

サッカークラブ関係者や投資家などが集まった催し=北京のホテル(画像:NHK)

こうしたサッカーへの投資ブームの背景には、中国経済の減速がある。今月発表された、中国のGDPの伸び率は、6.7%。26年ぶりの低水準となった。“世界の工場”といわれた中国は、安価な労働力で製品を製造し、輸出する事で経済成長を成し遂げてきたが、人件費の高騰などで、成長は鈍化。そこで、国内での消費を伸ばすことで、新たなカネの流れを生もうとしている。そして、スポーツの中でも国民に人気のあるサッカーに目を向けたのだ。

消費者を囲い込む

「江蘇蘇寧」は、昨季、100億円以上とも言われる資金で3人の外国人選手を獲得した。新加入選手たちの活躍で、低迷していたチームは優勝まであと一歩に迫った。親会社の「蘇寧」はこれまで、家電販売店として国内に1000店以上を展開してきた大企業だ。しかし、白物家電を中心に需要が頭打ちとなり、新たな成長分野を探す必要に迫られていた。

そこで蘇寧はサッカービジネスに活路を求めた。一流選手を獲得し、チームの人気を上げることで、ファンの購買意欲を刺激する戦略に出たのだ。グッズやサッカー用品の販売から、サッカー場の経営、試合の動画配信まで、関連するあらゆるサービスを自社で提供し、消費者を囲い込む狙いだ。

スターティングメンバーに外国人選手が並ぶ江蘇蘇寧(2016年3月)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

蘇寧のサッカービジネスは、若い世代に少しずつ浸透してきているという。南京市に住む会社員の史道萍(し・とうへい)さん(27)は、昨年、江蘇蘇寧が獲得したブラジル代表MFラミレスのファンになった。

「ジャジャーン」スマートフォンで撮ったラミレスとの2ショット写真を自慢げに見せる。ファンクラブにも入会し、今では江蘇蘇寧の試合は全て観戦するほどの熱烈なサポーターだ。

「これはチームのキーホルダーで、これは携帯用のボトル。それにマフラーも」

史さんは年収のおよそ4分の1をサッカーに費やすという(画像:NHK)

自宅を訪ねると、次々とグッズを取り出してきた。史さんは年収およそ400万円。今では年収の4分の1をサッカーに費やす。スタジアムでの観戦では飽き足らず、動画配信サービスを利用し、試合の映像を繰り返し見るようになった。最近サッカーシューズを買い、週に数回、仲間とサッカーをするようになったと笑う。

「恋愛と同じで好きな人にお金を使うの。お金を使ってこそ、クラブへの愛を示せるのよ」

“モノ”から“コト”へ サッカーで新たな消費を掘り起こせ

南京市の蘇寧グループの本社で取材に応じた蘇寧グループの孫為民副会長は、こう語る。

「サッカーは、試合の放送やチケットの販売、周辺商品の販売など膨大なビジネスチャンスを育んでいます。私たちがサッカー産業に乗り出したのは、新たな消費社会の台頭に合わせたからです。“モノ”の消費から、スポーツなどの“コト消費”へ。(クラブへの)投資に対する回収は十分できるでしょう」

「投資に対する回収は十分できる」と語る蘇寧グループの孫為民副会長(画像:NHK)

サッカーへの投資の熱は、「過熱」にならないか。行き過ぎも懸念されている。中国サッカー協会は、1月半ば、外国人選手の出場枠を今シーズンから1人減らすと発表し、巨額を投じた外国人選手獲得の動きに歯止めをかけようとしている。自国の若い選手にチャンスを与え、育てるべきだとの声が上がっているのだ。

海外のスター選手が加入した中国のサッカークラブは、近年、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)では、2013年と2015年に広州恒大が優勝するなど、躍進。日本のJリーグ勢も中国勢に苦戦している。その一方で、自国の選手で戦う代表チームは、FIFAランクも80位台で、2018年ロシアW杯アジア最終予選でも、現在勝ち点2で最下位。習近平国家主席が掲げるW杯出場は厳しい状況となっている。

サッカー中国代表の2018年ロシアW杯出場は厳しい状況だ(2016年11月15日、中国・昆明)(写真:ロイター/アフロ)

中国社会に詳しい、神田外語大学の興梠一郎教授(現代中国論)は、こう指摘する。

「スタープレーヤーを“爆買い”でどんどん海外から連れて来るが、肝心の中国人選手は育っていない。ビジネスとしてはうまくいっても、習近平国家主席が求めているワールドカップでの優勝は、まだ遠いのでは。自国の選手の育成が課題だろう」

国をあげて突き進むサッカー強化への道。思惑通りにいくのか。中国の人口約14億人の熱狂の先はまだ、見通せていない。


クローズアップ現代+『14億の熱狂を生み出せ~中国 膨張するサッカー“バブル”~』は1月30日(月)22:00~22:25(NHK総合)放送です。

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