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加藤雅史

その日、首都ワシントンで―――トランプ政権誕生

2017/01/23(月) 14:01 配信

オリジナル

これほど物議を醸して就任した米国大統領は、かつていなかった。女性や社会的弱者らへの差別的発言などが批判されつつも、主に白人低所得層から圧倒的な支持を受けているとされるドナルド・トランプ氏が、第45代大統領に就いた。支持者と批判者の溝は深く、米国は南北戦争以来の分裂の危機に瀕している、との指摘もある。首都ワシントンでのトランプ氏の就任式。リベラルな土地柄として知られる首都の住人と、そこに集まった人たちは、何を見たのか。何を思ったのか。
(立岩陽一郎/Yahoo!ニュース編集部)

「こんな早起きは久しぶりだ」

1月20日、トッド・ボールドウィンさんは朝5時に起きた。食卓で入れたてのコーヒーを口に運び、「こんな早起きは久しぶりだ」と言う。「でも大丈夫だ。『この日』ということで言えば、こんなに遅く起きることもなかったからね」。4年に1度の特別な日。その目覚めとしては遅いのだという。

大統領就任式の日。ボールドウィンさんは朝5時に起きた(撮影:加藤雅史)

これまでの「特別な日」は午前1時に起き、持ち場に出掛けた。2016年6月に米国陸軍の軍楽隊を除隊し、半年余り。働き盛りの54歳ながら、若返りを図る隊の方針でトランペットチームのリーダーを後進に譲った。だから、トランプ氏の就任式に出ることはない。

花形のトランペッター 就任式に過去7回

長い歴史を誇る軍楽隊の中でもトランペットチームは花形だ。大統領就任式では、新旧大統領のすぐ上の壇に立ち、ファンファーレを鳴らす。ボールドウィンさんはそれを32年間やってきた。就任式の出席は厳しい寒さでプログラムが変更になった1度を除き、計7回を数える。

現役時代のボールドウィンさん=2013年9月(写真:本人提供)

この日、ボールドウィンさんはその式典を初めて外から見ることになる。

「(これまでなら)今の時間帯はシークレット・サービスのチェックを何重にも受け、服装をチェックし、楽器もチェックし、バスに乗り込んで...。朝から大変だった。もう、そういうことをしなくていい。ありがたいというより、ちょっと寂しいね」

オバマ大統領の就任式 「感動で涙が出そうだった」

思い出深いのは8年前、オバマ大統領の最初の就任式だ。

「暗いうちから準備して、セキュリティーチェックを何度も受けて連邦議会に入るんだけど、それからずっと部屋の中で式の始まりを待つわけだよ。楽器を手入れしたり、コーヒーを飲んだりして。それで連邦議会のバルコニーに出るでしょ? すると、目の前の広大な敷地が、はるか彼方のリンカーンメモリアルまで人で埋め尽くされているんだ。感動で涙が出そうだった。ああ、こんなに多くの人とこの感動を分かち合う重要な仕事をこれからするんだってね」

オバマ大統領の就任式に集まった大勢の人々=2009年1月20日(写真:AP/アフロ)

きょうの式典はどう思っているのだろう? そう尋ねると、「難しい質問だね。こういう状況はかつてなかったからね」と言い、またカップを口に運んだ。

「われわれにとって、大統領は(軍の)最高司令官なわけだよ。これまでも自分の支持した候補者が大統領にならなかったことはあったけど、先行きに不安を感じることはなかった。誰がなっても、それなりに最高司令官として立派にやってくれる、と。今回は違う......だから、見に行かないといけないんだ」

「今回の就任式は今までと違う」と話すボールドウィンさん(撮影:加藤雅史)

ボールドウィンさんは朝6時にタクシーで家を出た。会場までは20キロ足らず。普段なら車で30分で行ける。運転手には「就任式の一番近づけるところまで行ってくれ」と伝えた。

会場は連邦議会バルコニー

式典は、連邦議会の西側バルコニーが会場だ。それを見るため、バルコニーに続く芝生の広場には全米から人が集まる。ボールドウィンさんが「今も忘れられない」と言ったオバマ大統領の2009年の就任式は約180万人だった。

会場周辺には「トランプ・グッズ」の売店が並んだ(撮影:加藤雅史)

今回、首都の警備当局はホテルの予約状況などから「多くても90万人程度」と予測したが、それだけではない。20万人とも40万人とも言われる「トランプ反対」の人々も集まる。このため、大統領警護のスペシャリストであるシークレットサービスをはじめ、軍、周辺の警察、州兵も総動員された。道路はあちこちで通行止め。近くの地下鉄駅も閉鎖された。

ボールドウィンさんを乗せたタクシーも、連邦議会のはるか手前で止められた。6時半。まだ夜も明けない中、延々と歩くしかない。就任式を見る人々が集まる広大な広場を、地元では「ナショナル・モール」「モール」と呼ぶ。普段は出入り自由なこの場所はフェンスで覆われ、一部のゲートを通してしか中に入れない。

トランプ氏の大統領就任式が行われる広場で(撮影:加藤雅史)

フェンスの内側へ すると...

厳しい手荷物検査を終え、敷地の中に入れたのは8時だった。開始まで1時間半。遠くの議会バルコニーには、既に関係者が集まっている。スピーカーからは音楽、大型スクリーンからは過去の就任式の映像が流れていた。

ボールドウィンさんが、スマホに届いた文面を見て笑った。

会場に向かう途中、ボールドウィンさんがスマホをのぞき込み、笑った(撮影:加藤雅史)

「昔の仲間が楽器をバスに置いてきたって。慌ててバスを戻しているそうだけど、セキュリティーなどをもう一度通す必要があるので大慌てさ」。式典を引き締める軍楽隊でも、時には間抜けなことが起きるらしい。

演奏が始まる時刻になっても、人が多いという感じはしなかった。人の集まるスペースには、芝生の上に白い敷物が敷かれている。それがほとんど埋まっていない。目立つのは、世界各国のメディア関係者だ。至る所で人々にインタビューを繰り返している。

就任式を見に集まってきた人々。会場には空きスペースも(撮影:加藤雅史)

米テレビ 熱狂を"演出"

こんな光景も見た。

「FOX NEWS」中継班のキャスターとディレクターが、トランプ支持の帽子をかぶった人たちを集めている。できるだけ近くに来てくれ、と。そして、スタジオの指示を受けたであろうディレクターが合図すると、周囲との打ち合わせ通りにキャスターがインタビューを始めた。

「朝早くから大勢の愛国者たちが寒い中、新たな大統領が誕生する瞬間を待ちわびています。あなたはどちらから来たの?」

新大統領誕生への熱い思いを語ることは、米国人にはお手の物だ。ディレクターはさらに、周囲の人々に合図した。

「USA! USA! USA!」

30人ほどが一斉に連呼した。それをテレビカメラが撮影していく。後ろでは、ディレクターがスマホを耳に当てながら、さらに手を上げて合図した。もっと、もっと、もっと...。ディレクターの耳には、スタジオの指示が聞こえているはずだ。

FOX NEWSのリポーターと聴衆。輪の外側は人もまばら(撮影:加藤雅史)

やがてディレクターが手を下げた。「お疲れさま」という意味だ。同時に連呼は終わった。

こうやってニュースは、多少事実と違った内容で作られていく。テレビ界に長くいた筆者には、それが分かる。FOX NEWSを見た人は「会場は朝早くからすごい熱気だ」と思うだろう。実際は異なる。その場をほんの少し離れただけで周囲は閑散。新大統領の名を連呼するような熱気はあまり見当たらない。

ボールドウィンさんは、そんな光景を前に何も話さなくなった。何を尋ねても上の空だった。

会場前の広場 白人だけの世界に

あらためて周囲を見渡すと、異様さに気が付いた。白人しかいないのだ。それも、都会に住むような雰囲気の白人ではない。「非白人」は筆者とカメラマンの2人くらいだ。

白人ばかりが目立つ会場(撮影:加藤雅史)

女性の身なりは今ひとつ洗練された感じがしない。男性は髭面で迷彩服などが多く、アイスホッケーのNHLのユニフォームを着た人も目立つ。シーズン中のせいかもしれないが、それならアメリカン・フットボールのNFLのユニフォーム姿がもう少し見えても良さそうなものだ。批判を恐れずに言えば、NHLは米国の4大スポーツで唯一、白人選手が独壇場でいられる。

首都ワシントンは、さまざまな人種の共存で成り立っている。住民に「白人だけの世界」という感覚はない。この朝、首都のさらにその中心部は、これまでのワシントンと明らかに何かが違っていた。

「期待? 彼なら仕事を持ってきてくれるさ」

集まった人々に向けて筆者も取材を始めた。

トランプ支持の帽子をかぶったティム・ベイリーさん(撮影:加藤雅史)

最初は、「いかにも」という外見のトランプ支持者を選んだ。ティム・ベイリーさん、55歳。北東部のペンシルバニア州で車などの修理を手掛けているという。「トランプには期待をしているよ。何をって? そりゃ雇用だよ。仕事がない。彼なら仕事をもってきてくれるさ」

アトランタ州のベンジャミン・ハントさんはトランプ支持を示すタオルのようなものを肩から掛けていた。49歳。工場から出てきたばかりといった雰囲気だが、高校の社会科教師だ。

筆者(右)の問いに答えるベンジャミン・ハントさん(撮影:加藤雅史)

ハントさんも「やっぱり仕事だ」と言う。「経済を良くしてほしいというのは私だけじゃなく、誰もが思っていることなんじゃないかな。あとは中東問題。テロにどう対処するか、選挙中に言っていたようにしっかりやってもらいたい」

仕事、雇用、経済。話を聞いた多くの人は、そのいずれかの単語を口にした。

「彼は政治家じゃない。だからいいんだ」

首都近郊から来た人もいた。バージニア州のターナー夫妻。夫のジェフさんは30歳で、建設関係の仕事に就いている。やはり、トランプ支持の帽子をかぶっていた。

「トランプを好きか嫌いかと言ったら好きじゃない。人間が良いとも思わない。でも、彼は政治家じゃない。政治家は業界にまみれていて、もう信用できないんだ。結局、規制緩和なんてできないし。政治家じゃないトランプならやってくれる。彼じゃなければできないと思う」

ターナー夫妻はバージニア州から来た(撮影:加藤雅史)

妻のレイチェルさんは26歳だ。女性にトランプ氏はどう映るのか。

「女性の味方とは言い切れない。けど、じゃあ、ヒラリーは女性の味方? それは違う。(トランプ氏には不倫の醜聞もあるが)奥さんへの裏切りなんて、ケネディーだってクリントンだってみんなそうじゃない? そういうことより、彼が大統領として何をするかだと思う」

良い人物かどうか、人間として信頼できるかどうか。そんなことより、既得権益と無縁で、しがらみの無いからこそ、米国を良い方向に変えてくれる----。そんな期待が満ちていた。

就任式で多くの人は「トランプならできる」と口にした(撮影:加藤雅史)

女子高校生「怖いけど、チャンスを与えるべき」

白い敷物に座り、「Four more years! Four more years!」と叫ぶ若いグループがいた。「あと4年」。オバマ大統領の退任演説の際、聴衆が連呼した言葉だ。オバマ氏にあと4年やってほしい、つまりトランプ大統領はご免だという意味がある。

グループの1人は「エマ・ハッドです」と名乗った。コネチカット州の高校2年生で17歳。学校行事の一環として、2年生と3年生の希望者62人が就任式を見に来たという。

エマ・ハッドさんは高校生。学校の仲間と会場に(撮影:加藤雅史)

「正直、彼が大統領になるのはすごく怖い」と彼女は言う。「女性に対する暴力的な発言も怖いし、人種に対する発言も。だから、『あと4年』って口に出したんだけど、でも、それは冗談。大統領に選んだ以上は、彼にチャンスを与えるべきだと思うの」

--------トランプ氏に言いたいことは?

「もっと尊敬できる人になってほしい。攻撃的な発言は止めてほしい。それらはジョークだった、って言ってほしいの。そう、ジョーク。『本当は、自分は素晴らしい大統領なんだ』と私たちに証明してほしい」

「トランプ反対」の人も会場に

広場には、トランプ氏の大統領就任に反対の人々も散見された。そうした人たちは言葉をほとんど発せず、紙に反対の意思を書いている。

「人種差別にノーを」。反対派も集まった(撮影:加藤雅史)

「取材に応じたくない」と言う反対派が多い中、1人が口を開いてくれた。五大湖を抱えるミシガン州から来たロス・アルーレッドさん、67歳。音楽の元教員だ。紙には「選挙の無効と大統領の交代」と書き、トランプ氏の名前を横線で消している。

「彼は大統領になるべき正当性を何一つ持っていない。選挙をやり直すべきだ。人種差別的な思想や、報道の自由に関する発言はこの国の精神を踏みにじっている」

ロス・アルーレッドさん。「トランプ」の字を線で消していた(撮影:加藤雅史)

--------しかし、白人の多くは彼を支持しました。

「誤解だよ。こう言っては何だが、彼を支持したのは、白人と言っても教育レベルの低い人々だ。それが危険なところだ。彼は、そういう人々を扇動してこの国を動かそうとしている」

--------就任式で反対を表明するのは怖くないですか。

「怖くないね。私と同じ考えの人は多い。ここにはいなくても、会場の外にはたくさんいる」

険しい表情のアルーレッドさん。「多くの白人が支持? 誤解だよ」(撮影:加藤雅史)

翌21日にはこの場所で、トランプ氏の大統領就任に反対する大規模集会がある。アルーレッドさんも夫人と一緒に参加するという。

ヒラリー氏の映像に大ブーイング

午前10時が近づくと、大スクリーンはホワイトハウスを出るトランプ氏の姿を流し始めた。人がまばらだった広場に支持者らが集まってくる。やがて、連邦議会の西側バルコニーに歴代大統領らが姿を見せ始めた。スクリーンがその1人1人を映していく。

激しいブーイングが起きたのは、ヒラリー・クリントン氏の姿が映し出された時だ。筆者の近くにいたボールドウィンさんは顔をしかめた。

ヒラリー氏の映像にブーイングを送る人々(撮影:加藤雅史)

就任式の前、約60人の民主党議員が「トランプ氏は大統領として正当性に疑問がある」として式の欠席を表明した。そんな中、大統領の座を競ったヒラリー氏はいち早く参加の意向を打ち出す。ただ、「米国の分裂を食い止めたい」という彼女なりの考えは、トランプ支持者には伝わらなかったようだ。

その後もヒラリー氏の姿が映し出される度に、ブーイングは続いた。意見の異なる者への執ような嫌がらせ。恐ろしいものを見せ付けられた感じもした。

そして新大統領、誕生

午前11時半ごろ、トランプ氏がバルコニーに到着した。そこからの時間の流れは速い。副大統領のペンス氏が宣誓し、正午にトランプ氏が宣誓。そうやって、「トランプ大統領」は誕生した。

トランプ氏が宣誓すると、人々は拍手、拍手、拍手(撮影:加藤雅史)

新大統領が生まれた瞬間、会場は大きな歓声に包まれた。ヒラリー氏に「ブー」と叫んだその口が、歓喜の声を出している。

就任式でトランペットを吹いてきたボールドウィンさんは、どう思っているのだろうか。傍らを見ると、ちょっと涙ぐむような表情でスクリーンを見ていた。会場に着いてから、彼の口は重いままだ。トランプ氏のスピーチも無言で聞いていた。下手に話し掛けると、「インタビューは勘弁してくれ」と言われそうだった。

就任式を見守るボールドウィンさん。涙ぐんでいるように見えた(撮影:加藤雅史)

元軍楽隊員、思いの全てを語る

宣誓式では、前大統領がヘリコプターで去る。式典の恒例行事だ。ヘリコプターの機影が消えると、ボールドウィンさんに尋ねた。いったい、何を考えていましたか、と。

彼は一気に話はじめた。考えを整理していたのかもれない。

「ここに来るまで、トランプが本当に大統領としてやっていけるのか、不安で仕方なかったんだ。でも、就任式の彼の姿を見て、彼もそれなりの覚悟をもってやるのではないかと少し安堵しています」

--------就任式の前と後。その間に考えが変わった、と?

「そうではない。不安はある。ただ、問われているのは、われわれなんじゃないか、と。『私たちが彼を導く』ということなのかもしれません。大統領である彼が私たちを導くのではなく、私たちが彼をしっかり導くことが重要なんだ、と。そう思うようになりました」

かつての就任式では楽器を手にセレモニーに臨んだ(写真:ボールドウィンさん提供)

そして彼は続けた。

「考え方はそれぞれ違う。私も大統領とは考えが違う。でも、私は彼を大統領として受け容れようと思う。考えの違う人も『だから(トランプ氏は)』と言って逃げず、もっと積極的に政治に参加して議論する必要がある。この就任式に民主党の議員が大量に欠席したのを、私は最初、仕方ないと思った。だけど今は違う。彼らは出席すべきだった。そして声を出すべきです。私ももっと政治には参加しないといけない。そう考えています」

演説を聴いた、あの女子高校生は

式が終わり、人波が出口へ出口へと向かう。その時、インタビューした女子高生に呼び止められた。コネチカット州から来た、あのエマ・ハッドさんだ。

就任式の会場周辺には星条旗グッズもあふれた(撮影:加藤雅史)

「どこのメディアなの?」と彼女。日本のYahoo! JAPANだよ、と教えると、「Oh, Cool」。インタビューにはしっかり答えても、やはり高校生だ。

逆に質問してみた。

--------演説を聴いて考えは変わった?

「何も変わらなかったわ。選挙の時と言っていることは変わらないし...。でも、残念がっても仕方ない。彼には『これから(大統領にふさわしい人物だと自分で)ちゃんと証明してくれ』と言いたい。さっきのスピーチでは何も証明できていなかったし」

翌日、同じ場所がピンク色に染まった

就任式の翌21日、首都ワシントンが今度は「トランプ反対」のピンク色に染まった。ピンクのニット帽をかぶった人々が歩道だけでなく、車道も占拠して進む。ピンクは、あの連邦議会前も埋め尽くした。50万人を超えたという。

トランプ新大統領に抗議の意思を示そうと考えた女性団体がFacebookでつながり、この形に発展したという。組織化されていないから、シュプレヒコールも何もない。思い思いに書いたプラカードを持ち、友人や家族と話しながら進む。プラカードの内容も攻撃的ではなく、「私の身体は私のもの」「築くなら壁ではなく優しさを」とか書かれている。

「築くなら壁ではなく優しさを」。プラカードもカラフル(撮影:立岩陽一郎)

ケニア移民でラスベガスに住む35歳の医師、ナジボ・カディアーさんは、帽子の意味をこう話す。

「トランプが以前、『俺は金持ちだからいつでも女性の性器を触ることができる』って言ったでしょ? だから性器を意味する隠語と子猫のプシーを掛けたのよ。『私たちはあなたの言いなりじゃないわよ。触れるものなら、この頭のプシーを触ってごらんなさいよ』っていう意味があるの」

「トランプには反対。だけど...」

「ピンクの子猫ちゃん」が占拠する会場で人々の話を聞いた。

ワシントン近郊のボルティモアから家族同伴で来たアーロン・メイズナーさんは「ここに来ることが大事だった」と言う。53歳。セールスマネージャーが仕事だ。「私たちは少なくとも彼に反対です。それを世界に示す必要がある。彼は、アメリカの精神と全く異なる人間なんです」

ピンクが目立つ反対集会。全米から50万人超が参加したという(撮影:立岩陽一郎)

--------では、トランプ氏に退陣を求める?

「それはない。彼は大統領になったんだから、退陣を求めるべきじゃない。でも、『彼とは違う』ということを私たちは示さないといけないんだ」

実は、誰もが同じ答えだった。カディアーさんも「トランプが勝って、恐ろしくて悔しくて悲しくて。でも、大統領になったんだから、しっかりやってもらわないと」と言う。就任式で密着したボールドウィンさんも、自分と異なる考えの新大統領を受け容れると語った。「決まったから仕方ない」ではない。大統領「制度」の歴史と伝統がトランプ氏を良い大統領にするのではないか、と思っているからだ。

米国のホワイトハウス。新しい米国と世界はー(写真:アフロ)

「トランプ反対」でありながら、大勢の人々が「彼にもチャンスを」と言う米国。トランプ氏は、そうした人たちの思いをくみ取ることができるのか。予想の倍以上が参加した抗議集会。米国人が本気で動き出すとしたら、それはまだ先のことかもしれない。


立岩陽一郎(たていわ・よういちろう)
調査報道を専門とする認定NPO「iAsia」編集長。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院卒業。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクとして主に調査報道に従事。2016年、「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。現在はアメリカン大学客員研究員としてワシントンDC在住。「Yahoo!ニュース エキスパート」オーサー