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伝統の漁と止まない批判 「イルカ漁のまち」太地の今

2015/10/20(火) 09:27 配信

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和歌山県の南方の太地町。人口3300人の小さな町に世界中から注目が集まっている。今年も9月から恒例のイルカ漁がスタートしたからだ。
長い伝統を誇るイルカ漁は太地町の経済・文化の基盤となっている。だが、環境保護団体など一部では非難の声があがる。

イルカ漁の中止を訴える団体側と昔からの漁を守ろうとする漁師たち。両者の溝は深い。揺れる太地町の今を追う。(Yahoo!ニュース編集部)

クジラとイルカとともに生きてきた漁師たち

9月23日午前5時、日の出前の薄暗い海に向けて12隻の船が次々と沖へ向かっていく。今月3回目となるイルカの追い込み漁が始まった。

その様子を高台から見つめるのが反捕鯨団体のシーシェパードだ。双眼鏡を構えるその表情は厳しい。

出港から4時間経った午前9時、太地町漁協参事の貝良文さんから連絡が入る。ハナゴンドウと呼ばれる種類のイルカを10頭追い込んでいるという。

急いで現場に向かうと、あたりは緊張感に包まれていた。湾内には海上保安庁のボートが待機して一帯を見守る。陸ではビデオカメラを抱えたメディアが取材を行い、数人のシーシェパードのメンバーはカメラとiPadで生中継を始めていた。その様子を臨時警察の職員が監視している。

やがて、12隻の漁船は入り江に向かって、一斉にイルカを追い込み始めた。クジラの背びれが、水面を出入りする様子が見えていたが、やがて、その背びれも入り江に隠れて見えなくなった。

今回追い込まれたハナゴンドウはすべて食用だという。だが、入り江は厳重にシートで覆われており、屠殺の様子は見ることができない。

太地を変えたドキュメンタリー映画

「クジラとイルカの肉は海の大事なタンパク源として昔から食べてきました」
郷土料理であるスジイルカのすき焼きを美味しそうに頬張りながら、漁師の松本修一さんは語る。松本さんは太地町で24年間、イルカ漁師として働いてきた。

だが、太地町のイルカ漁に向けられる視線は厳しい。日々、反捕鯨団体が視察や抗議活動に訪れ、地元住民や警察、漁師たちと対立する。中でも多額のチャリティを集めるシーシェパード(収入は2013年には455万ドル、2012年は1343万ドル)は漁の妨害行為をも行う。地元の漁師にとっては脅威だ。

こうした一連の騒動の引き金となったのがドキュメンタリー映画「The Cove(ザ・コーヴ)」だ。

「非人道的」と批難を受けるイルカ漁

同作で扱われたのが太地町で採用される漁法である「追い込み漁」だ。追い込み漁では小型漁船が沖合で船隊を組み、音を出しながら浅瀬に向かってイルカの群れを追い込んでいく。入江に追い詰め、動きが鈍ったところを捕獲する。食肉用の場合、多くがその場で屠殺される。そのシーンが「残虐だ」と批判を浴びた。

漁協参事の貝さんは「映画では残虐性を過度に強調する演出が多くありました。その結果、太地町に外国からの反捕鯨活動家が殺到し、漁師への嫌がらせが頻発しました」と経緯を語る。

イルカやゴンドウクジラなどの小型鯨類の年間捕獲数では、太地町のある和歌山県が1996年から2013年までの18年間に合計2万9202頭であるのに対し、岩手県は同じく18年間で18万5341頭とはるかに多い。それでもなお、やり玉に挙げられるのは追い込みという漁法を採用し、映画で取り上げられた太地町だ。

「残虐性」をめぐる議論はWAZA(世界動物園水族館協会)を巻き込む事態にまで発展する。太地町ではイルカを生きたまま捕獲し、国内外の水族館に販売も行っていたためだ。

イルカの遊泳速度は早く、漁網による生きたままの捕獲は難しい。だが、国内で唯一追い込み漁を行う太地町ではそれが可能だ。国内の水族館で展示されているイルカの多くは太地町で捕獲されたものだ。

だが、WAZAは追い込み漁が非人道的であると批判、日本で行われているイルカの追い込み漁の改善を要求し、JAZA(日本動物園水族館協会)の会員資格を一時停止した。会員資格停止によってWAZAとの関係が断絶すれば日本中の水族館や動物園は希少動物の入手や繁殖ができなくなってしまう。

結果として、JAZAはWAZAに残るために、太地町で捕獲されたイルカを購入しないことを表明、太地町の立場はさらに苦しくなっていった。

欧米と日本のイルカの取り扱いの差

こうしたイルカの取り扱いをめぐっては東北大学石井敦准教授は「鼻の突き出たバンドウイルカは、水族館という身近な場所で親しまれてきたイルカであることも動物愛護家を感情的にさせる一因となっているのではないでしょうか」と付け加える。

別の抗議団体に所属しているブラジル人男性、エロイさんは生体捕獲についてこう語る。
「もう水族館に行きたくありません。野生のイルカを見る方が好きですから」

すでにアメリカではイルカに限らず水族館の展示動物を自然から捕獲することを禁止している。欧州の水族館でも大半のイルカが人工繁殖によるものだ。環境意識の高い欧米では、時間もコストもかかる人工繁殖という技術を長年にわたって研究し、持続可能な水準にまで技術を高めた。
もちろん、政府の支援や民間の寄付活動など、資金面の援助も技術発展を支えてきた。かたや日本では野生イルカの捕獲に対する法規制はなく、いまだ90%近くを野生に依存している。

「プールが狭いというのは人間の感覚。その中で動物が健康で長生きできるよう努力しなければなりません」と語る太地町のくじらの博物館の副館長、桐畑哲雄さんも各国の取り組みをこう評する。
「アメリカは非常に先進的で努力していると思う。日本は漁業が盛んだったので、繁殖が進まなかったのかもしれません。日本の水族館は施設がそれほど広くなかったことも繁殖の研究が進まなかった一因ではないか」

もっとも、人工繁殖に取り組んでいる国はまだ少ない。実は、太地のイルカは海外の水族館への販売も行われており、大きな収益源になっている。

水族館のショー用の生体イルカの販売価格について、ノンフィクション・ライターの伴野準一氏によると、漁協経由で国内の水族館に直接販売する場合、1頭40万円から70万円ほどになるという。また、WAZAに加盟していない中国や中東などの諸外国は太地町のイルカを10倍以上、1頭数百万円もの価格で買ってきた経緯があり、今後もこうした国々は生体のイルカを買い続けると伴野氏は予想する。食用のスジイルカが数万円ほどで取引されていることと比較すれば、破格だ。

1969年に始まった追い込み漁という漁法

太地町の捕鯨の歴史は江戸時代に遡る。太地町は水を引くにも水源が遠く、農業には不向きな立地だった。「陸の孤島」とさえ言われた太地町を救ったのがクジラだ。「鯨一頭取れば七浦潤う」と言われるほど、生活の支えとなっていた。

当時は追い込み漁ではなく、「古式捕鯨」と呼ばれる、漁師が直接クジラの体に飛び乗り、銛でとどめを刺す漁法を採用していた。捕鯨文化はその後も続き、20世紀初頭には、アメリカ、オーストラリアへ出稼ぎに行く漁師も生まれ、その後の日本が捕鯨大国となる礎を築いた。

転機となったのは、1969年に開館した「くじらの博物館」である。太地町は1950年以降の捕獲量の激減にあえいでいた。そこで町おこしのために「くじらの博物館」を設立、その目玉として展示用のイルカとゴンドウクジラを捕獲する必要が生じた。試行錯誤した漁師たちが選んだのが生きたまま捕獲することができる追い込み漁だった。

種の保存が可能な範囲での捕鯨は許されるか

かつては1980年には、太地町だけで3種類のイルカ1万4088頭が捕獲されたという記録が残っているが、昨年は937頭にまで捕獲量は下がっている。漁協参事の貝さんは「私たちは、昔から自然のものを自然にいただくということをしているだけであって、今や国で捕獲枠も決められているので、生態系に影響を与えるとは考えていません」と吐露する。

こうした考え方は太地町だけでなく、日本の水産庁も主張している。水産庁は漁を持続可能なものにすべく、捕獲枠を設定し、種別に資源量推定を行い、捕獲可能量を算出したうえで漁業実態に合わせてイルカ漁を行っていると主張する。

だが、環境ジャーナリストの井田徹治氏はこう語る。「持続可能な捕獲頭数を明確に定めることは非常に難しい。生物多様性・種の保存という観点からきちんとしたデータに基づいた議論を行う必要があります。現状は、太地町の追い込み漁の結果は自己申告。科学的なアプローチによる資源管理が行われているとはいえない」

同様の批判はグリーンピースなどの環境保護団体が行っており、「残虐か否か」という主観性の強い批判とは一線を画している。

太地町の変化

批判の声を受け、漁師たちは着実に変わっている。

「漁師たちの意識も変わってきました。『ザ・コーヴ』に記録されているような、銛を何度も突き刺して屠殺する方法は止めています。現在は特殊なナイフを使い、噴気孔の後ろを刺して、即死に至らせて苦痛をできるだけ少なくする人道的な方法です」

漁協の貝さんは状況の変化を語る。殺す場合も、防水シートで覆い、見えにくくするといった配慮をしている。

太地町長の三軒一高氏は、太地町のイルカ漁の伝統を残すべく、町長に就任した2004年から、30年をスパンとして学術研究都市へと発展させる計画を打ち出した。

「クジラ・イルカといった鯨類の生態の学術的研究は、世界的にもあまり進んでおらず、不明な点が多い生物の一つといえる。将来的には、世界中から鯨類研究の学者が集う町にしていきたい」と語る。研究機関と提携することや湾を仕切って鯨類の放し飼いや繁殖を行うことを考えている。

だが、一方でこうも語る。「追い込み漁は合法的な漁法。全力で守っていく」。

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