10月27日(現地時間)、ニューヨークで開催された国連総会第1委員会(軍縮)で、「2017年に核兵器禁止条約交渉のための会議を開催する」決議が賛成多数で採択された。日本は反対した。唯一の戦争被爆国であり、核兵器の非人道性を訴えてきた日本はなぜ反対したのか。核軍縮・不拡散、安全保障の専門家4人に話を聞いた。
(取材・構成=岩崎大輔、森健、中原一歩、長瀬千雅/Yahoo!ニュース編集部)
保有国と非保有国の分断は避けよ
森本敏・防衛大臣政策参与・元防衛大臣
日本は戦後、唯一の被爆国として「核なき世界」の実現を掲げ、核軍縮に取り組んできました。その日本が、今回の決議で、棄権ではなく反対に回ったのは奇異なことと思われていますが、決してそうではありません。日本が反対した理由は、今回の核兵器禁止条約が、これまでに国連でなされてきた一連の核廃絶決議とは異なり、核兵器の法的禁止を目指しているからです。
国際社会はこれまで、1968年に作成され、1970年に発効した核拡散防止条約(NPT)の下で核軍縮を進めてきました。NPTには3つの柱があります。一つが核保有国による核軍縮。もう一つが非保有国への不拡散。三つめが原子力の平和利用です。平和利用についてはIAEA(国際原子力機関)による厳しい査察によって担保されています。
日本はNPTの優等生です。多額の経費を負担し、原子力の平和利用についても非常に厳しい査察を受け入れてきました。また、1994年から毎年、国連総会へ「核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮」決議案を提出していますが、あくまでも保有国による核軍縮と非保有国への不拡散を目指すNPT体制を前提としています。
ところが、2012年頃から、非保有国の一部から「核兵器そのものの非人道性」という議論が出てきました。同年のNPT再検討会議・第1回準備委員会でスイスなど16カ国が「核兵器の使用は国際人道法に違反する」という内容の共同声明を発表、「核兵器の非合法化」が議論されるようになります。背景には、米ロ関係の悪化による保有国間の核軍縮の停滞があり、非保有国の不満が高まっていったのです。2015年に開かれたNPT再検討会議では、中東問題を巡る非保有国と保有国の激しい対立の中で、残念ながら一切の合意ができませんでした。
対立を考えるとき、重要なことは、NPTは5大国の核兵器保有を認めることを前提としたものであり、5大国には核兵器の保有が国際法上認められていることです。一方、非保有国が進めようとしている核兵器禁止条約は、交渉がこれからなのでまだわかりませんが、法的拘束力を持つものになることが予想されます。そうなった場合、この条約に署名するすべての国に核兵器の禁止、少なくとも保有の禁止が義務付けられるでしょう。ここに深刻な亀裂が生じます。この条約が成立すると、非保有国と保有国の対立を決定的なものにしてしまうのです。
核なき世界は、保有国と非保有国の現実的な協力のプロセスを経て実現されるべきです。核兵器禁止条約の成立を許せば、亀裂が入るだけで、そのプロセスが実現できなくなります。
国連総会の採決は拒否権が発動できないし、コンセンサス(全会一致)方式でもありませんから、120カ国以上の賛成を集めている以上、今回の決議案は可決されるでしょう。今の状況で進めば、核保有国は参加せず、非保有国だけが加入する条約になります。核兵器を現実的に減らしていくためには、このことによって起こり得る亀裂を何としても避けなければならないのです。
「核保有の不平等」こそが不安定化の要因
川崎哲・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員・NGOピースボート共同代表
日本政府が、核兵器禁止条約に向けた交渉開始を求める決議に反対したことに、非常に怒っています。残念で、憤りを感じています。
これまで国際社会は核軍縮・廃絶に向けてさまざまな取り組みをしてきましたが、核兵器を法的に禁止する条約が実現すれば、これほど画期的なことはありません。今回の決議は、その条約の内容についての交渉を開始しましょう、という決議です。交渉することを拒否して、どのように核廃絶を実現するのでしょうか。
2016年5月、オバマ米大統領が広島を訪問した時、安倍首相は「核兵器のない世界を必ず実現する」と世界に向けて宣言しました。条約への反対は、明らかにこの宣言と矛盾します。ヒロシマ・ナガサキの経験を有する唯一の戦争被爆国のリーダーが発したメッセージは本気ではなかった、噓だったと国際社会から受け止められても仕方ありません。
「アメリカの核の傘の下にいる以上、日本の安全保障の観点から核兵器禁止に賛成することができない」という声があることも承知しています。しかし、日本にとっての脅威とされる北朝鮮は、2006年に最初の核実験を行って以来、核実験を繰り返し、ミサイルの開発を続け、わずか10年で事実上核保有国になりました。その間、米国の核がなかったわけではありません。
ある国の核に対抗するために他国の核が必要だという議論を認めたら、北朝鮮が言う、なぜ我々だけが核を保有することを許されず厳しい制裁下に置かれているのか、不平等ではないか、という議論を認めることになります。核軍縮は、核兵器の削減と拡散の抑止を目指すNPT体制の下で進めるべきだという議論もありますが、核保有5大国に強制する規定もなければ、罰則もありません。NPT体制には限界があります。
核兵器禁止条約によって、保有国と非保有国の分断を深め、国際情勢が不安定になるという意見がありますが、逆です。核兵器が一部の国に認められている仕組みがあるために国際情勢が不安定化している事実とどう向き合うか、です。核兵器の使用の危険性が現実的に極めて高い状態にあるならば、「どの国にも平等に核兵器は違法である」というルールをつくることは、実は安全保障上もプラスに働くはずです。
広島県出身で、オバマ大統領の広島訪問の立役者となった岸田文雄外務大臣は、決議の採決があった直後の会見で、メディアに対し、「交渉への参加・不参加を含め、今後の対応ぶりについては政府全体で検討していくことになるが、私としては交渉に参加したい」と、苦しい胸の内を明かしました。
12月中に、国連総会本会議で再び、同じ核兵器禁止条約交渉開始決議案の採決が行われます。日本政府は、委員会決議では反対に投票しましたが、総会決議で投票行動を変えることが可能です。私は、日本政府には、この条約の実現に向けて、賛成してほしいと思っています。それが、広島、長崎の原爆で被害を受けたご高齢の被爆者のみなさんの思いであることは言うまでもありません。
核兵器禁止条約はNPT体制の弱体化につながる
淺田正彦・京都大学大学院法学研究科教授
日本が決議に反対票を投じたことは、他国から見て非常にわかりにくい立場にあった日本が、ある意味で立場を明確にしたということだと思います。
今回の決議は突然持ち上がったものではありません。2015年12月に、「核兵器のない世界」に向けた法的措置を検討する作業部会を設置する国連総会決議が採択され、2016年2月、5月、8月の3会期にわたって国連核軍縮作業部会が開催されました。作業部会では、核兵器禁止条約交渉の会議を2017年に開催するように国連総会に勧告する報告書が賛成多数で採択されました。
その勧告を受けて提出されたのが今回の決議案です。
日本は、作業部会の報告書の採択を棄権しています。その日本が、今回の決議案に対しては反対票を投じたということで、驚かれたわけです。
しかし、作業部会の勧告と今回の決議は意味合いが異なります。今回の決議は「核兵器を禁止する法的拘束力を持つ条約の交渉会議を開催する」という決議です。条約交渉となれば、「核兵器を禁止する」と言ったときに「何を」禁止するのかが問題となりますが、核兵器の製造や保有はすでにNPTで禁止されていますので、使用の禁止が中心課題の一つとなるでしょう。しかし、それはアメリカの核抑止力に依拠する我が国の安全保障に直結する重大な問題です。
さらに、そもそも核保有国はこの条約交渉に参加しないでしょう。5つの保有国はすべて作業部会をボイコットしています。そのような中で核兵器禁止条約を作成しても、保有国と非保有国との間の対立が深まるだけです。それはすでに弱体化を指摘されているNPT体制への大きな打撃となります。
このような結果を生む核兵器禁止条約よりもむしろ、NPT体制の維持・強化こそが重要です。アメリカの次期大統領にドナルド・トランプ氏が選ばれたことでアメリカの安全保障戦略が注目されていますが、核兵器について言えば、イランとの核合意の行方が気がかりです。
2002年に核開発疑惑が表面化したイランに対しては、国連安保理を中心に厳しい経済制裁が課されてきましたが、2015年7月に、欧米6カ国とイランとの間で核合意がなされました。イランはその原子力活動にさまざまな制限を受け入れ、欧米諸国は対イラン経済制裁の多くの解除を約束しました。
イランの核問題は、NPTの下でも合法的に核開発が可能かもしれないことを示したという点で、重大な問題を提起しました。NPTはウランの濃縮やプルトニウムの抽出を、そのものとしては禁止していません。「平和利用」であれば、核兵器にも転用可能な高濃縮ウランを製造することが可能なのです。合法な活動に制裁を課すことは難しく、他の国が同様なことを行うようになれば、NPT体制は危うくなります。イランの核合意は、そのような前例を早く解消するという点で重要なのですが、その合意に対してトランプ氏は「最低の合意」と批判しています。アメリカが合意の見直しに舵を切れば、イランの核問題が再燃するでしょう。
NPTは、5つの核保有国以外は核兵器を持たないという差別的な条約ですが、ほとんどの国にとって、隣国が核兵器を持たないことを保証するNPTの存在は、その安全保障にとって不可欠の要素です。NPT体制が崩れると、世界の平和と安全は根底から揺さぶられます。核保有国と非保有国との間の対立を深め、対話の断絶を招きかねない核兵器禁止条約には、慎重な対応が求められるのではないでしょうか。
非保有国の大胆な「抗議行動」だ
春原剛・上智大学グローバル教育センター客員教授
オバマ米大統領による歴史的な広島訪問、そして演説に日本中があれほど感動し、涙を流しながら、日本政府が核兵器禁止条約に反対するのは一見すると矛盾する行為にも見えるでしょう。しかし、論理的に考えれば、当然の帰結だと思います。オバマ大統領が「核なき世界」の理想を掲げる一方で、日本の周囲では中国や北朝鮮の核の脅威が一層増し、タンジブル(実際に触れることができるほど現実的)になっているからです。日本を守っているのはアメリカが提供する「核の傘」であり、それを弱めることにつながるこの条約には、簡単に賛成とは言えません。
日本から見れば、アメリカによる「核の傘」の効果は薄くなっているようでもあります。米大統領選の最中、共和党のトランプ候補(次期大統領)が日本の核保有を容認する発言までしているからです。今回の決議はそのような国際政治環境の下で行われました。日本政府は、安全保障政策の一環として、核抑止の担保力を上げるために、「反対」という強い態度に出ざるを得なかったのだと思います。
NPTは1968年に作成され、その2年後に発効しました。その前提となっていたのは、核保有国も含め、非人道的な核兵器を廃絶することは全世界・全人類のコンセンサスという「虚構」でした。だから、「非保有国は核を持たない(不拡散)」「保有5大国は核兵器を削減する(核軍縮)」という二つの文言が NPTの「金科玉条」になったのです。
ところが、「前者ばかりが強調される一方で、後者がまったく進まないではないか」という不満が非保有国の間で急速に高まってきました。今回の核兵器禁止条約は、いつまでも「核なき世界」を実現できないNPT体制にしびれを切らした非核百数十カ国が、アメリカやロシア、中国、フランス、イギリスなど既存の核保有国に対して取った、大胆な「抗議行動」なのです。
オバマ大統領は2009年のプラハ演説で、「核なき世界」の実現に向けて一歩ずつでも進んでいくというリベラルな理想を掲げました。同時に、核保有国としてのリアリズムに基づいて「協調の基盤としてNPTを強化する」とも言っています。
アメリカにとって、核軍縮の一丁目一番地はロシアとの核軍縮交渉です。ところが、オバマ、プーチン両政権で米ロ関係は急速に悪化しました。オバマ大統領は新戦略兵器削減条約(新START)締結と追加的な核兵器削減を目指して再三、ロシアに協力を呼びかけましたが、通常兵器だけではアメリカとNATOによる連合軍に対抗できないと考えるロシアは応じませんでした。膠着状態に拍車をかけたのがウクライナ問題とシリア情勢です。ロシアは対中国という側面でも極東を中心に戦術核兵器の配備を急速に強化しています。
オバマ大統領が掲げる「核なき世界」への道のりにはいくつかの段階があります。まず、米ロの核軍縮交渉の進展、次に中国を含む保有5大国の多国間交渉の開始、さらにNPTを批准していない核保有国であるインド、パキスタン、イスラエル、最終的には北朝鮮やイランなどまで取り込む――。その道のりは容易ではありません。オバマ大統領自身も「私が生きている間には実現しないだろう」と言っています。
そうした中で、アメリカの次期大統領にドナルド・トランプ氏が選出されました。これまでの発言を見る限り、トランプ次期政権下では、オバマ大統領が進めてきた核軍縮への取り組みは著しく停滞する恐れが高いと言わざるを得ません。
トランプ氏は大統領選挙期間中、日本と韓国に自主核武装を促すような発言までしています。これは戦後の日本の安全保障戦略を根幹から揺るがしかねないものです。トランプ氏は当選後に「そのようなことは言っていない」と自らの発言を否定していますが、核抑止の構図は極めて心理的なものです。相手に「張り子の虎だ」と見透かされた瞬間、敵対国が核ミサイルを発射してくる恐れは否定できません。だから、アメリカによる「核の傘」は決して「張り子の虎」などではなく「本物の虎」であると見せかける努力をし続けなければならないのです。
オバマ大統領のプラハ演説に影響を与えた、いわゆる「四賢人」の一人で、元国防長官のウィリアム・J・ペリー氏に「『核なき世界』を実現するために重要なことは何か」と尋ねたところ、ペリー氏は「日本がNPTの守護神になることだ」と即答しました。核兵器を使用したことがある唯一の核保有国であるアメリカが日本にその役割を望むのは都合のいい理屈に聞こえるかもしれませんが、被爆国である日本が「NPTはもう、ダメだ」と言った瞬間にNPT体制が崩壊するのは紛れもない事実です。
日本政府も心の中では、非保有国の「抗議行動」に共感していると思います。核兵器禁止条約を巡る多国間交渉に参加する意向を示していることがその証左です。それでも今回の決議には「反対」の立場を取らざるを得なかった。この矛盾を抱えながら、日本は、「核なき世界」に向けて難しい舵取りを続けていく以外道はありません。
森健(もり・けん)
1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『「つなみ」の子どもたち』で大宅壮一ノンフィクション賞、2015年『小倉昌男 祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。
岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
1973年静岡県生まれ。ジャーナリスト、講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎「異形の宰相」の蹉跌』、『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』など。
中原一歩(なかはら・いっぽ)
1977年生まれ。ノンフィクションライター。「食と政治」をテーマに、雑誌や週刊誌を中心に活動している。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』など。
長瀬千雅(ながせ・ちか)
1972年愛知県生まれ。編集者、ライター。「AERA」編集部などを経てフリー。
※【訂正】(12月6日)初出時、森本敏氏のパートの記述の中で「アメリカはオバマ大統領のもとで、2015年の国連総会で日本が提案した核兵器廃絶決議案にはじめて賛成」とあるのは、「アメリカはオバマ大統領のもとで、2015年の国連総会で日本が提案した核兵器廃絶決議案に棄権」の誤りでした。訂正するとともに、該当部分を削除します。
[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
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