長谷川美祈

イノシシ猛襲 被害止まらず――勝てるか、人間

2016/11/24(木) 10:38 配信

「イノシシが農作物を荒らすから、もう農家はいい」「このままなら農家はダメになる」─。本州や四国、九州の農家を訪ねると、そんな声が途切れない。高齢化や過疎化の影響で、ただでさえ農家の経営は厳しいのに、そこをイノシシが襲うからだ。田畑を荒らし、農作物に被害を与え、農家から意欲も奪い取る。シカやサルなども含めた鳥獣被害は全国で年間約200億円に達し、イノシシ被害はそのうち50億円強にもなる。専門家が「明治以降で野生生物の力が一番強い」と言い切る現在。「人間VSイノシシ」の最前線で何が起きているのか。解決の糸口はあるのか。(Yahoo!ニュース編集部)

スイセン全滅、タケノコ生産の竹山も

房総半島南部の千葉県鋸南町(きょなんまち)は、日本スイセンの産地として知られる。町によると、出荷は年間約800万本。その一翼を担う金木郁男さん(72)のスイセン畑が今年の春、イノシシに荒らされて全滅した。

イノシシに荒らされた日本スイセンの畑。球根が一面に散逸している(撮影・オルタスジャパン)

イノシシの目当てはスイセンではなく、ミミズ。そのエサを探して畑を全部、掘り返した。球根は散乱し、花は倒され、商品にならない。「一生懸命、生産したものがひと晩、ふた晩でやられますから」と金木さん。イノシシは賢く、畑を守るための電気柵などは簡単に突破してしまう。

「このままでは農家がダメになる」

被害はスイセンだけではない。タケノコも被害に遭い、年間1〜2トンものタケノコを生産していた農家の竹林は、全部ダメになった。イノシシは田んぼも踏み荒らす。

イノシシが踏み荒らした田。電気柵(手前)を設けているが、住民らの安全も考慮して昼間は通電していない。そこをイノシシが自由に闊歩するという(撮影・長谷川美祈)

「本当に情けなくなる。捕まえて、早く殺したい。(農家は)みなさん、そう思っていますよ」。イノシシと戦い続ける金木さんは「共存? 無理です」と口にする。房総の特産品、ビワはサルにやられ続けた。

「このまま行ったら、スイセンも集落もダメになる。高齢化で農家は今でもダメなんですけれど、これに加えて有害獣が農作物を荒らすとなったら…。若い方に『農家をやってくれ』なんて言えないですよ」

72歳の金木郁男さんは「若者に農業を勧められない」と言う(撮影・長谷川美祈)

26万頭→98万頭 20余年で4倍に

鋸南町でイノシシ被害が出始めたのは2000年頃からだ。実は、全国各地ではその10年ほど前からイノシシの増加が目立っていた。環境省の推計によると、全国の生息数は1990年に約26万頭だったのに、2013年時点で約98万頭。20年余りで4倍にもなった。

生息区域も拡大した。北限はかつて、福島県北部から宮城県南部と考えられていた。近年はさらに北側、岩手県や秋田県でも頻繁に目撃されている。

増え続けるイノシシ。環境省の推計では、2013年に約98万頭になった(上)。また、2014年までの36年間で生息域は1.7倍に拡大したという(下)=データはいずれも環境省

なぜ、イノシシは増えるのか。過疎化や高齢化による耕作放棄地の拡大、ハンターの減少による狩猟圧の低下、温暖化など、複数の要因があると考えられている。いずれにしろ、山が荒れ、エサが減ったことでイノシシは里山へ活動の場を移し、都市部の周辺でも出現するようになった。

「わな1台で年間1、2頭」の捕獲

鋸南町の横根地区では2002年、農家たちが「横根わな組合」を組織した。イノシシを仕留めるための「わな」。通常1台10万円ほどの箱わなを、2万円程度で自作し、設置数を増やそうという発想だ。

捕獲に最適な場所はどこか。鋸南町の横根わな組合は試行錯誤しながら、わなを移動させる(撮影・長谷川美祈)

組合長を務める金木さんによると、現在は地区内の約50カ所に自作のわなを設置している。それでも捕獲は1台当たり年1、2頭。「対策の決め手」には、ほど遠い。

耕作放棄地が増え、イノシシも増えた

鋸南町全体のイノシシ被害は現在、年間約2000万円だという。しかし、金木さんは、実際はそれをはるかに上回ると考えている。「2000万円というのは被害届を出したもの。届けを出さない例もいっぱいある。出しても仕方ない、と諦めているんです」

山に入り、対策を練る鋸南町の農家たち。イノシシは一向に減らない(撮影・長谷川美祈)

高齢化や鳥獣被害などで農家が意欲を失うと、農地はやがて「耕作放棄地」になる。その荒れた田畑をも舞台に、繁殖力の強いイノシシはさらに増え、そして再び農作物を荒らす。そんな「負の連鎖」が今、全国各地の農村や里山で起きている。

センサーで守る 塩尻市の挑戦

山や里の豊かさを守り続けることができるのか。その「解」を求め、長野県塩尻市を訪ねた。市内の上田地区では2011年にイノシシが出現し、耕作地の実に8割が被害を受け、その後に最新技術を駆使した取り組みを始めたという。そして被害をゼロにした。

塩尻市上田地区の農村。8割もの田畑が荒らされたイノシシ被害は全くなった(撮影・長谷川美祈)

このプロジェクトを担ったのは「ITアグリ研究会」で、塩尻市の施設に入居する情報通信技術関連の企業で組織されている。信州大学も協力した。

きっかけは「水田へのイノシシ侵入を阻む仕組みを作ってほしい」という地元農家らの要望だった。イノシシが水田に入り込むと、獣臭が稲に付き、コメは売り物にならない。また稲の食害に加え、稲をなぎ倒したり、大きな体を泥にこすりつけたりして、水田自体をめちゃくちゃにしてしまう。

このシステムでは、田畑にセンサーを設置し、イノシシを感知すれば、フラッシュ光やサイレン音で追い払うようにした。同時に、市独自のネットワークを通じて、農家や猟友会メンバーに携帯メールが届く。知らせを受けた人はすぐ田畑へ急行するという仕組みだ。

上田地区の田畑周辺に設置されたセンサー。獣を感知すると、光や音で威嚇し、携帯メールで農家らにも瞬時に知らせる(撮影・長谷川美祈)

「システムだけでは無意味。人が田畑に来てこそ」

塩尻市によると、こうした結果、耕作面積の8割以上に及んでいた鳥獣被害は2012年からの2年間でゼロになった。ただ、この試みに参加した人たちは「人々の協力が大きかった」「機械だけの設置では意味がない」と口をそろえる。

地元ハンターの横澤幸男さん(60)は「IT技術があれば全てそれで解決すると言うが、そうではない」と話す。「機械がトリガー(引き金)になって人が来る。だんだん、(取り組みも)ステップアップし、最後は何もしなくてもイノシシは来なくなったんです」

ハンターの横澤幸男さんは「機械だけ設置すればいいわけじゃない」と力説する(撮影・長谷川美祈)

いま、上田地区の田畑には電気柵がない。元区長の金井盛吉さん(78)も「常に人がいると思わせることで、今では電気柵もなく田畑を守っている。イノシシも『ここは危険な場所だ』と思ったのではないか」と振り返る。

ITアグリ研究会会長の坂本一行さん(68)もこう言った。

「普通、鳥獣被害のひどい所は電気柵をやっている。ここは電気柵を一切やっていないのに被害ゼロ。ほとんど奇跡に近い状態です」

センサーと人々の関心が田畑を「イノシシにとって危険な場所」に変えた(撮影・長谷川美祈)

「費用」や「追い払った先」に問題

もちろん課題もある。一つは導入費用だ。もともと塩尻市には、子どもの見守りなどを目的としたネットワークシステムがあった。それを利用した結果、イノシシ対策はセンサーやアプリなど計約500万円で済んだ。こうした基盤を持たない場合は、新たに3G回線などを整える必要があり、導入費用は800万円程度に膨らむという。かなりの金額だ。

茨城県桜川市から視察に来ていたある区長は、お金のない自治体での導入は難しい、と語った。「われわれは電気柵で精一杯です」。別の区長も「地域の住民だけでやるのは不可能」と言い、資金の工面は難しいと訴えた。

監視用カメラが捉えたイノシシ。夜間も行動する(写真提供:千葉県農林総合研究センター)

もう一つ、「追い払った先」の問題もある。センサーの反応による光や音、駆け付けた人の花火などで逃げたイノシシは、近隣地区に移動するだけ、という可能性もある。「イノシシを減らす」という根本解決には必ずしもストレートにつながっていない。

「戦いの防衛線」をどこに引くか

東京農工大の梶光一教授は「防衛線をどこに設定するか」が重要だと言う。人口が増えていた時代、人間は山の隅まで徹底的に利用し、野生生物と人間を隔てるラインは山の奥へ奥へと進んだ。それが今、高齢化などに伴う山の荒廃で再び里山に向かってきたのだ。

「守るべきものは何か。それは(作物を)生産する所であり、生活する居住空間でしょう? そういう濃淡を付けて対策を練らないと、最適な防衛線は維持できないと思います」

「食べる」に活路を見いだす人たち

イノシシ対策には「捕獲だけでなく活用を」と訴える人たちもいる。日本ジビエ振興協議会理事長の藤木徳彦さん(45)もその1人。長野県茅野市でフランス料理店を経営している。

シェフの藤木徳彦さん。イノシシ肉の活用と普及を考えている(撮影・オルタスジャパン)

藤木さんによると、イノシシの食肉活用率は現在、5%しかない。捕獲後のイノシシはほとんど捨てられる。

「動物も好きで増えたわけではなくて、(明治期の乱獲後は)ずっと保護されていた。その結果、どんどん増えてしまった面もある。人間の勝手で増やし、人間の勝手で減らす。こんなことでいいのか、と。殺して減らさないと農作物被害が無くならないのなら、『食べようじゃないか』と。それが協議会の理念です」

イノシシの肉は硬くて臭い、とされる。「弱火でゆっくり調理」という正しい調理法を広げることで、マイナスイメージをぬぐいたいと考えている。

イノシシ肉は引き締まっているので、強火の調理には適していないという(撮影・オルタスジャパン)

移動式解体車 新兵器になるか

「新鮮さ」も大事な要素だという。厚生労働省のガイドラインでは、捕獲から2時間以内に一次処理をすることになっているが、藤木さんによると、1時間以内に処理しないと内臓の臭いが肉に移る。

この問題を乗り越えるため、ジビエ振興協議会は長野トヨタ自動車と共同で移動式解体車を開発し、この8月から実証実験を始めた。これを使えば、山奥で捕獲されても、すぐ現場に向かい、現地で処理できる。解体車は来年からの実用化を目指しており、既に約40の自治体から購入などの相談を受けているという。

捕獲から解体までを迅速に。それを可能にする移動式解体車(撮影・オルタスジャパン)

専門家「2023年までに半減? 無理です」

工夫を凝らしたわな、効率的な見回り、センサーを駆使した追い払い、そして食用としての活用─。各地で続く「人間VSイノシシ」の戦いに対し、2007年には「鳥獣被害防止特措法」が制定され、対策には政府が財政支援する仕組みもできた。約100万頭とされるイノシシを2023年までに半減させる方針も政府は打ち出している。

生態系管理学を専門とする横浜国立大学の森章准教授は「(対策に不可欠な)予算は有限。長期的にやれるかどうか、誰も保証できない」と指摘する。

「中途半端な対策だったら、動物はすぐ復活します。(半減の方針を無理に進めると)一時的に雇用創出するという以外、意味がない可能性もあります」

「明治以降、野生動物が最も強い時代」

イノシシは今も活動範囲を広げ、いよいよ都市部に迫っている。今年秋に限っても、「夫妻が襲われ死傷」(群馬県桐生市)、「住宅街でイノシシにかまれて女性がけが」(兵庫県西宮市)、「高知駅前に出没」(高知市)、「住宅街で目撃情報相次ぐ」(長野市)、「駅前の立体駐車場からイノシシが転落死」(群馬県高崎市)といった出来事が続いた。車や列車との衝突も絶えない。

さまざまな原因で増え続けるイノシシ。活動範囲は広がるばかりだ(撮影・長谷川美祈)

東京農工大の梶教授は言う。

「(イノシシ半減方針は)方向性はいいですが、実現は無理でしょう。被害の現場でどういうことが起きているか、いろいろな戦略を考えられる細かなデータが地域ごとに必要なのに、できていない。非常に大きな課題です」

東日本で目立つイノシシの増加について、東京電力福島第1原発事故との関連にも言及する。「事故後は狩猟者も減り、イノシシを捕るインセンティブも無くなってきた。チェルノブイリ原発事故でもそうでしたが、人が避難をすると、そこは野生動物のパラダイスになる。そういうことが今、福島を中心に東日本で起こりつつある。これは日本の近未来を象徴しています」

江戸時代に人口が増え、田畑を拡大した際、人間はイノシシと壮絶な戦いを繰り広げ、イノシシは人前から姿を消していた。その状況が変わりつつある。

「今は明治以降で、野生動物の力が最も強い時代です」

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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