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竹井俊晴

神話を"検証する" 世界が認めた「脱サラ探検家」の生き様

2016/10/21(金) 09:35 配信

オリジナル

スマートフォンに文字を打ち込むだけで、世界中の風景が見られる時代に、“絶滅危惧種”とも言える職業にこだわり続ける人物がいる。高橋大輔、49歳。職業は「探検家」である。

大学在学中から世界各地を旅し、時に命を落とす寸前まで危険を冒しながら自らに課した挑戦を続けてきた。大手広告代理店を辞した後の2005年にはチリ沖の孤島で「ロビンソン・クルーソー」の住居跡地を発見。そのニュースは世界中で報じられ、探検の殿堂とされる英国・王立地理学協会に数少ない日本人の現役探検家として名を連ねる。

「探検はやめられない」と目を輝かせる高橋に聞きたい。手のひらの中にいつでも地図を持てる現代の私たちが、探検に挑む価値とは何なのか――。(ライター宮本恵理子/Yahoo!ニュース編集部)

撮影:竹井俊晴

ロビンソン・クルーソーというと、イギリス人作家ダニエル・デフォーが1719年に発表した小説の主人公の名前と記憶している人が多いだろう。無人島に漂着し、独力で暮らした架空の人物だが、スコットランド人船乗りのアレクサンダー・セルカークという実在のモデルがいる。

このセルカークが実際に暮らした住居跡地を世界で初めて発見したのが、日本人探検家・高橋大輔である。

「探検と冒険の違いは何かとよく聞かれますが、字のごとく冒険は身の危険を冒す挑戦であるのに対し、探検は“探して検証する”という挑戦です。何を探すのかというと、人類が残してきた生きるための知恵であり、先人たちが後世に伝えたいと願い続けた思い。いわば、“地図には描かれていない物語”です」

高橋の原点はまさにロビンソン・クルーソーにある。物語のドラマティックな世界に憧れた10歳の少年は、まず自分が歩ける範囲の探検から始めた。実家の近くにあった研修施設の高い塀を乗り越え、施設内の池に生息するカエルや水生昆虫を手に入れた。「障壁の先には発見がある。障壁を乗り越えた者だけにしか味わえない感動がある」と知る原体験だった。

大学在学中からアルバイトで資金を貯めてはシベリア、インド、チベット、サハラ砂漠など世界を旅する生活を続け、1992年、25歳の時に南極大陸を含む旅を完結。勤めていた広告代理店の社長を説得して休暇をもらってやっと成し遂げた目標だった。それでも、探検は終わらない。

間宮林蔵の足跡を追い、ロシアのアムール川をゆく。2006年(写真:高橋大輔)

94年、1カ月の休暇を取り、単身チリへ。自身の原点であるセルカークの住居跡地を発見するという目的だった。遺跡の発見に至らず帰国するも、望みを捨てず、あらゆる可能性を探った。再び光が差したのは6年後のこと。ロビンソンが生きた証を追うそれまでの道のりをまとめた本がきっかけで、チリに行くテレビ番組が企画された。地元の人の案内で石積みの遺跡までたどり着くが、そこから先は学術調査の申請が必要だった。

確かな手がかりを目の前にして、「もう引き下がることができない」と覚悟した高橋は、会社を辞め、退路を断った。国際学術調査団を結成するために、考古学者などのつてをたどって現地政府に掛け合い、資金確保のためニューヨークに本部を置くナショナルジオグラフィック協会の門戸をたたく。

30年以上にも及ぶ高橋の探検の記録

実在したロビンソンの住居跡を探す。南米チリ、ロビンソン・クルーソー島のカンバーランドに群生するオニブキの湿地帯で。2000年(写真:高橋大輔)

そこで正式な支援を獲得し、探検隊を結成したのが2005年。再度訪れた島の地中2メートルで、焚火跡を掘り当てた。炭に交じって出土したわずか16mmの古びた針先。それこそがセルカークが暮らした地を決定づけるものとして認められたのだ。探検に人生を捧げ、安定した身分も捨てた。貯金もすでに底を尽きかけていた。社会的地位や金と引き換えに得たのは、頼りないほど小さな針先。しかし、その発見は「足が震えるほどの感動」を得るものだったと振り返る。

「その針先を発見できるという体験は、世界中の全歴史の中でたった一人ができる究極の一期一会。わずか100年足らずの生を与えられた身として、この世に存在した意味、生きている実感を噛みしめられた瞬間でした」

これまでの探検人生の中で恐ろしい思いをした経験は数知れず。ヒマラヤでは山賊に襲われ、アマゾンでは予告なく船出した貨物船に飛び乗って両足骨折という災難にも見舞われた。砂漠の真ん中で野犬に囲まれた時には、とっさに野犬の眼球に光を当て命拾いをした。

高橋が探検にかかさずに携行する道具。一番下が野犬から命を守ったライト。(撮影:竹井俊晴)

暖を取るために酒を入れるためのスキットルは必需品(下)使い込んだSONYのラジオ。遠い異国から聞く大相撲は格別だという(右下)(撮影:竹井俊晴)

「でも、一番恐ろしいと感じたのは人間です。サハラ砂漠の縦断中にナイジェリアの軍事政権に捕まり、不当に逮捕されました。裸で取り調べを受けながら、人間を救ってくれるのも人間だが、人間を裏切り貶めるのも人間なのだと感じていました」

つらい時、高橋を支え続けてきたものは何なのかと尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「好奇心なのでしょうね。探検を計画するとき、結果は何も保証されていません。そして多くの場合は、『成果なし』で終わる。それでもまた探検がやめられないのは、プロセスこそすべてだと思えるからです。結果はどうであろうと、ゴールを目指すための一つ一つのプロセスに全力で賭けて楽しめるかどうか。これは探検家という職業に限らず、現代に生きる人たちすべてに通じる生きる知恵と言えるのではないでしょうか」

『ロストワールド』を探し求めて南米ギアナ高地へ。広大なグランサバナを越えて卓状台地のロライマ山をめざす。2009年(写真:高橋大輔)

間宮林蔵の足跡を追ったアムール川の旅、サンタクロース伝説を追ったトルコ~ヨーロッパの旅と、長らく海外をフィールドに探検を続けてきた高橋だが、2000年以降は日本国内にも目線を移しつつある。

2010年には、東京から南へ600キロ離れた無人島・鳥島を探検し、江戸期の漂流民が残した洞窟を発見した。そこには、「飲用水の確保の仕方」など、島に漂流した日本人たちが時代を超えて受け継いできた極限状態で生き延びるための知恵が伝承されていた。

次のターゲットに据えるのは剱岳。設備が整った現代でも登頂が難しいと言われる剱岳だが、奈良から平安時代のものと見られる錫杖(しゃくじょう)や鉄剣が発見されている。一体、装備も登山ルートも確立されていない時代に誰がどうやって登ったのか。1000年以上も前の“物語”を検証する旅を計画中だという。

「私たち日本人が暮らすこの島国にも、探検する余地はまだまだある。探検というと特殊な体験のように感じるかもしれませんが、皆さんが日常的に親しんでいるインターネット検索だってInternet Explorer 、まさに“探検”ではないですか。自分が興味を持ったものを探求したい気持ちは誰もが持っているんです。ただ、ネットでできるのは、検索によって単語と単語をつなぐ、つまり、点と点をつないで線にするまで。自分の足で旅をして五感で情報をとると、線と線が面になってすべての情報が一度に串刺しになるような理解を獲得できる。そして、世紀の発見者になり得るロマンもある。簡単に情報に触れられて、どこへでも行った気になれる今の時代だからこそ、探検家だけしか出会えない世界の空白域は広がっているのかもしれません」

あがりこ大王と呼ばれる伝説的な巨木がある獅子ヶ鼻湿原(秋田県にかほ市)へ。2006年(写真:高橋大輔)

撮影:竹井俊晴

高橋大輔

1966年秋田市生まれ。明治大学政治経済学部卒。東京の大手広告代理店勤務を経てフリー。「物語を旅する」をテーマに世界各地に伝わる神話、伝説などの伝承地でフィクションとノン・フィクションの接点を求める。実在したロビンソン・クルーソーの住居跡を発見。ナショナルジオグラフィックから ”Exceptional” (例外的)発見と評され、ワールドニュースにもなった。著書に『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮社、第46回青少年読書感想文全国コンクール課題図書) 『ロビンソンの足あと』(日経ナショナル ジオグラフィック社) 『浦島太郎はどこへ行ったのか』(新潮社)など。
小中高校、大学での講演を数多くこなす。「R30」(TBS)「遥かなるサハリン紀行」「THE歴史列伝」(ともにBS-TBS)「いきなり! 黄金伝説。」(テレビ朝日)などテレビ出演も多数。探検家クラブ(米国)、王立地理学協会(英国)フェロー会員。日本文藝家協会会員。