毎日が辛く、苦しい。悩みを聴いてほしいのに相手がいない―。そんな人と向き合うために「いのちの電話」はある。42都道府県、計52カ所の電話センターは、昨年1年間で約70万件もの相談を受けた。全国で1日2千件ほどの電話が鳴った計算だ。「死にたい」「孤独」。時には「いま屋上から掛けています」という声が飛び込むこともある。そうした人たちと電話回線で向き合う「相談員」はすべてボランティアだという。なぜ、彼らは相談員を続けるのか。どんな思いで受話器を握るのか。今回、東京の相談所に特別にカメラが入り、相談員の話に耳を傾けた。(Yahoo!ニュース編集部)
「俺のことなんか、どうせ忘れるでしょ」
27歳の女性はクリーム色のワンピース姿で、取材に向き合ってくれた。相談員歴は1年。社会人としても1年目だ。長くはない期間ながら、忘れられない電話があるという。冬の寒い時期。受話器の向こうは、生活保護を受けているという男性だった。
「寒くて食べ物もなくて」といった話が続き、最後に相手は言った。「俺のことなんか、どうせ忘れちゃうでしょ」。その声を今でも彼女は思い出す。
「『あなたと一緒にいた時間は忘れないですよ』と伝えたんですけど・・・。元気かな、とか考えてしまう。電気が点かないと言ってたけど、どうしてるかなって」
彼女の仕事は忙しい。その合間を縫って相談員になる。「いっぱいいっぱいになってしまうこともあります」。そうまでして電話機に向かうのは、なぜだろうか。
「中学生の時、友人のお父さまが亡くなったことがあって。ショッキングでした」。自殺だったという。10代の後半になると、別の親友が死についてよく語った。
「隣でいろんな話を聴いてあげたり、共感してあげたりしても、結局、聴くだけ。何もしてあげられない。無力感を感じました」。そうした体験が積み重なり、誰かの力になりたくなったという。
「経済」の歪みから救うために
いのちの電話は1953年、「自殺防止のために」として英国で始まった電話相談が源流だ。日本では1971年、高度経済成長の真っただ中で「東京いのちの電話」が誕生した。その後は大阪、沖縄、福岡でも開設され、80~90年代に全国へ拡大していく。
「東京」の理事で、開設時の事務局員だった林義子さん(80)によると、当初は「ボランティア」という言葉すら誰も知らなかった。「電話相談」という仕組みも社会にほとんどなかった。
「開設当時はみんなが必死になって働いていた時代。その中で病気になる人、子どもたちのことで悩んでいた人などがいて、何とかしなきゃ、と。それで始まりました」。深刻な相談がある一方、時には「金魚が死んじゃった」といった電話もあった。現在よりも穏やかで、和やかだった時代を反映していた、と振り返る。
いのちの電話は「経済」と密接に関わっていた、と林さんは話す。「基本的には今の日本も経済中心。それは設立時から変わっていません」。急激な経済成長による歪み、現在なら貧困や不安定な雇用。それらを背景に電話は鳴り続ける。
東京には今、約300人の相談員がいる。シフト制で24時間365日。受話器の前に座る彼ら彼女らは決して表に出ず、指導的な立場の人を除き、名前や顔を明かすことはない。原則、相談員から電話を切ることもない。
「本当に死ぬと思った」経験を元に
「東京」で別の相談員とも膝を交えた。30歳の男性。知的障害者施設で支援員として働いている。相談員になったのは「小さい頃からぜんそくで何回も病院に運ばれた」という経験も関係している。
「高校生の頃、夜中に息ができなくなって。本当に苦しくて、このままいったらほんまに死んでしまう、と。それで意識あるうちに遺書を書いとこうと思った」
朝。目覚めると、生きていた。そして携帯を見た。
「みんなに感謝してた文章で。お父さん、お母さん、みんな、ありがとう、って必死で打ってて。自分は生かされているな、と」
その時、感謝の気持ちを伝えることで、自分の生を実感したのだと話す。相談員になってからもそれは続く。電話の向こうの「ありがとう」「助かったよ」という言葉。それを耳にすることで、自分自身も生きていくことができる―。そんな感覚の中に彼はいる。
一緒に泣いて「僕こそ感謝したい」
彼には電話口で一緒に泣いた日がある。「生きる希望がない」という相談だった。
「両親が亡くなって、恋人も亡くなった。借金もあって、自分は病気で布団からずっと出られない。『どうしたらいいか分からない』という相談でした。僕も相談中に何回も泣きました。向こうも泣いていたし、内容もむちゃくちゃ辛そうだった。しんどいやろうな、って。それがもろに伝わってきましたから」
相談員になって1年半。月に2回ほど席に着く。1本の相談は平均30分で、1時間を超えることもある。その彼は、最近の相談には全て「孤独」というキーワードが当てはまる、と話す。
「家族がいても孤独感を感じている、みたいな。独りぼっちなんだ、っていう思い。それを持って電話してくるんです」
聴く方も辛くはないのだろうか。
「あなたの話を聴いて勇気が出たとか、明日も生きていけるとか、そういう言葉をもらうと、『こちらこそありがとうございます』という気持ちが沸いてきます。お礼の気持ちの方が多いかもしれません」
相談員になるために合計130時間の研修
「いのちの電話」のセンターは各地にあり、それぞれ独自の研修プログラムを持つ。「東京」の場合、相談員になるには毎週1回2時間半の研修を1年半、計130時間も受けなければならない。「カウンセリング論」「ボランティア論」といった講義に加え、傾聴の方法を学ぶ電話トレーニングなどもある。希望者は多くが会社勤めで、仕事の合間を縫って訓練を積む。
こんなにも長時間の研修を行う理由は何か。「東京」の宍戸信次郎理事長(67)はこう説明する。
「大事なのは相手に寄り添うこと。訓練していない人はすぐ『私はそうじゃない』と説教口調で話します。自分の発言がどういう影響を与えているかに気が付かない。他人と向かい合う時、自分の癖を知る必要がある。いのちの電話ではそれを研修で徹底的にやります。皆さんが思っているより時間がかかるんです」
「ビジネスの世界とは全く違う論理だった」
相談員歴9年の55歳男性も、IT企業に勤めながら研修を受けてきた。忙しい仕事をやり繰りしての長期に及ぶ研修。そこで彼は何を見たのだろう。
「ビジネスの世界の論理といのちの電話の世界って、全然違うことが分かったんです。研修では『自分の気持ちは何ですか?』という訓練をやるんだけど、最初は自分の気持ちを全然出せなかった。ビジネスの世界では、自分の気持ちは置いておいて『事実はどうなんだ?』ってやる。ここの研修はそうじゃない。『あなたはどう感じたの?』ってずっと聞かれます。それまでは自分の気持ちに蓋をして生きていたから、最初は苦しかった」
研修を経て、この男性相談員は「寄り添う」の意味が分かってきた。
「相手の気持ちを感じ取り、それを感じた自分がどういう気持ちになったかを感じつつ、そして相手の気持ちを(自分が)代弁してみる。すると、相手も『分かってくれたんですか、ありがとう』って」
専門家「メールやチャットでは無理」
電話相談にはどんな利点があるのか。日本電話相談学会の広報委員長で、臨床心理士の岩田淳子さんに尋ねると、直接会っての相談よりも電話相談はハードルが低い、という答えが返ってきた。
「面談だとすごくハードルが高くなるんですね。予約しないといけないし、電車に乗らないといけない。準備が必要になるんです。電話だったら、寝っ転がりながらでもできる。ぐっとハードルが低くなるんです」
ほかにも電話の長所がある、と岩田さんは話す。
「電話相談では『うなずき』が大事。私たちはたくさんのうなずきの言葉を持っています。はい、うん、ええ、なるほど、ふーん。語尾を上げたり下げたり、ゆっくりだったり速くだったり。やさしく温かく穏やかなうなずきは相手を安心させ、防衛を解きます。素直で明確で真剣なうなずきは、誠実に向かい合う姿勢を伝えます。そこはメールやチャットなどでは伝えきれません」
止まらぬ自殺 でも、待って 「私たちはそこにいる」
いのちの電話では、「自殺」をほのめかす相談が少なくない。自殺問題に詳しい札幌医科大学医学部神経精神医学講座の河西千秋主任教授は「自殺してしまいたい気持ちを抱えた人には『いのちの電話』を紹介します」と言う。
日本国内の自殺者は1998年から14年連続で年間3万人を超えていた。その後は減少傾向が続き、2015年は2万4千人。「でも」と河西教授は指摘した。
「自殺が日本人の主要死因の一つであることに変わりはありません。10~30代の日本人の死因1位は自殺です。世界各国の最悪水準で、先進国ではワースト。元々、とんでもなく自殺が多く、それがもっと増えて深刻化し、また元の多い状態に戻っただけです」
自殺の危険性のある人に「いのちの電話」を紹介するのは、なぜだろう。
河西教授はこう強調した。
「まず本人が、辛くなった時に自身の手で援助希求できるようにと紹介をするのですが、自殺予防で大事なことの一つが『危機対応』です。実際のところ、信頼に足る危機対応組織は限られています。いのちの電話相談員の方は所定の訓練を受けています。そのような方が24時間で対応しているわけですから」
※上と同じ動画
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:塩田亮吾、田部井隆聡
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝