千賀健史

なぜ改定されないのか~日米地位協定を考える

2016/8/18(木) 17:52 配信

沖縄で起きた女性殺害・遺棄事件を受けて、米軍関連施設を抱える全国14都道県(※)の知事たちで作る「渉外知事会」が声を上げた。「基地と隣り合わせに暮らさざるを得ない住民の、安全で安心な生活を根底から脅かすものであり、断じて許すことはできない」として、日本の外務・防衛両省とアメリカ大使館に日米地位協定の改定などを求める緊急要請をしたのだ。締結から半世紀以上が経ち、問題点が何度も指摘されている日米地位協定。だが、一度も改定されたことがない。なぜなのか? 日米両政府の「思惑」について、4人の識者に聞いた。(Yahoo!ニュース編集部)

※7月に京都府が入り、現在は15都道府県

「沖縄県民はもがいて、苦しんでいる」

米軍基地が集中する沖縄。沖縄県警察本部の調べによると、本土復帰の1972年から今年6月までの44年間に起きた米軍がらみの殺人・強姦などの凶悪犯罪は575件。年々減少傾向にあるとはいえ、平均すると月1件という割合だ。

沖縄県議会・米軍基地関係特別委員会の仲宗根悟委員長(社民・護憲ネット)は「我慢も限界だ」と怒る。

「国内で起こっている事件・事故については、最初に日本の警察がしっかり取り調べをするところから始めないと、平等で対等な日米の同盟関係ではないと思いますよ。限界も通り越して、本当に苦しんで、もがいてもがいて苦しんでいるというのが、いまの沖縄県民の姿じゃないでしょうか」

今年4月に沖縄で発生した女性殺害事件の遺体遺棄現場。献花台に多くの花束が供えられていた(撮影:千賀健史)

まずは日米地位協定の成り立ちを振り返ろう。

1960年6月、日米新安保条約が成立した。地位協定は、安保条約の第6条「日本の安全のため、アメリカ合衆国はその陸・海・空軍が日本国内において施設および区域を使用することができる」という規定に基づいて定められた細則だ。全28条からなる。

日米地位協定を一言でいえば、<在日米軍と軍人、軍属、家族らは日本の法律に縛られないで自由に行動できる>という取り決めである。締結から56年間、一度も改定されることなく、今日に至っている。

米軍関係者による犯罪が起きるたびに問題となる日米地位協定の第17条

「占領期の気分を残した地位協定」

日米の安保条約や地位協定といった日米政治外交史を研究してきた法政大学法学部講師の明田川融さんによると、米軍は、ドイツやイタリア、韓国、それにイラクやアフガニスタンなど40カ国以上の国々と地位協定を結んでいる。そのうち、基地内に逃げ込んだ容疑者の扱いをめぐって米国と対等な協定を結んでいるのはドイツだけだ、という。

「ドイツの場合はボン補足協定というのを結んでいますけども、そこにはこんな規定があるんですね。緊急に犯人を逮捕したり捜査したりする必要があれば、事前通告なしで米軍基地に立ち入ることができる、と」

一方、日米地位協定では「第17条5項C」により、容疑者が米軍基地に逃げ込んでしまえば、日本の警察は基地に立ち入って逮捕したり尋問したりできないことになっている。容疑者にとっては都合がいいが、被害者にとっては理不尽といえる内容だ。

日米地位協定の問題点について解説する明田川融さん(撮影:千賀健史)

このような取り決めがなされた背景には何があったのか?

「(56年前に)地位協定が締結されたとき、日本の方は守ってもらう、アメリカは日本が頼むから守ってやるというお互いの思惑があったと思うんですね。それで、日本とすれば、米軍を縛ってはいけないとか、あるいは、アメリカの機嫌を損ねてはいけないといった思慮が働いて、それが今日まで続いていると思うんですね」

戦勝国と敗戦国という立場から始まった日米の関係。憲法上、軍隊を持てない日本が選んだ道が、安全保障をアメリカに委ねることと引き替えに基地を提供することだった。それだけに、日本に駐留する米軍には、さまざまな特別な権利が与えられた、と明田川さんは解説する。

沖縄・普天間飛行場から飛び立つ米軍輸送機「オスプレイ」。日本に駐留する米軍にはさまざまな権利が与えられている(撮影:吉岡攻)

さまざまな権利とは何か? 明田川さんは一例をあげる。

「基地へやってくる米軍人は、日本の出入国管理法令に服さないということがあるんですね」

入国管理という点で言えば、日本側は米軍人の名前も人数も把握できていないということだ。それどころか、彼らが日本国内で車を運転するときも国際免許証は必要なく、車を購入した場合も税金は軽減、高速道路も無料で通行できる。

飛行訓練や演習など基地の管理権は米軍側にあり、犯罪についても、公務中に起きた事件の第一次裁判権は米軍にある。

明田川さんは、地位協定の根本に流れるものは、「占領期の気分」だという。

この「特権」が、ときとして理不尽に映るケースが起こる。それが米軍関係者による事件・事故の場合だ。そのしわ寄せを度々受けてきたのが沖縄である。

「改定を阻む国民の無知と無関心」

沖縄は、事件や事故が起きるたびに、日米地位協定の抜本改定を訴えてきた。

元琉球新報記者で、現在は沖縄国際大学教授の前泊博盛さん。3年前、『本当は憲法より大切な日米地位協定入門』という本を出した前泊さんは、繰り返される米軍がらみの事件や事故の背後に、日米地位協定が抱える問題がある、と考えてきた。

「(改定の話は)日米交渉の俎上に一度も上がったことがないんです。それがやっぱり問題点なんですけども、今回も容疑者が逮捕された段階で、沖縄県も住民も含めて改定を突きつけるんですが、日米両政府は即座に『改定はしない』と明言しています」

沖縄国際大学教授の前泊博盛さん(撮影:千賀健史)

日米両政府は「改定問題に熱くなるのは沖縄だけ」と言わんばかりの態度で、沖縄の抗議を冷めた目で見ている、と前泊さんは不信を募らせる。そんな中で、改定への議論は深まっていくのだろうか。疑問をぶつけると、前泊さんの口調が途端に鋭くなった。

「まず、(本土で暮らす)国民の無関心ですね。関心がないんです。変えようと思わない。それから無知ですね。どういう中身か分からないという無知と無関心が非常に大きいですね」

多くの国民には、米軍が守ってくれているんだから仕方がないという感覚がある、と前泊さんは指摘する。また、地位協定には内容が示されていない合意事項や密約ともいえるものが多すぎて、全体が把握できない難解さもあるという。

沖縄の女性殺害・遺棄事件を受け、大規模な県民集会が開かれた。参加者たちは、米海兵隊の撤退を要求した

前泊さんは、事件に向かい合う日本政府の姿勢についても、批判する。

「今回の事件を見ても分かるように、アメリカ軍はアメリカ国民を守ろうとしているんです。アメリカ国民ですから。犯罪者であろうと(自国の)国民を守ろうとしている米政府に対して、被害者すらも守ろうとしない日本政府の姿が、浮き彫りになった気がします。米軍は大事にするけれども、日本国民である被害者は大事にしない。そして、再発防止にも後ろ向きであると」

米軍の元関係者「まず日本の国内法の改正を」

一方、アメリカ側は、日米地位協定の「第17条」問題について、どう捉えているのか。日米関係や安全保障政策、戦後沖縄史などの研究者で、去年までの6年間、沖縄の米海兵隊で政治顧問をしてきたロバート・エルドリッヂさんに取材した。

米海兵隊の政治顧問を務めたロバート・エルドリッヂさん(撮影:千賀健史)

日本国内で起きた事件ならば、日本の国内法で裁くことが自然ではないのか。こう質問すると、エルドリッヂさんからはこう回答が返ってきた。

「(日本の刑事訴訟法によると)基地の外で逮捕されたアメリカ人は、日本の警察署、留置所に送られて、取り調べを(最長で)23日間ずっと受けること(が可能)になっている。弁護士が(取り調べに)立ち会えるといった世界の常識を、なぜ日本は求めないのか。もし、地位協定の改定そのものを目指すのであれば、まず日本は、そのことを改善しなければいけないと思います」

エルドリッヂさんは、日本の刑事司法制度に不備があると指摘してきたのだ。

日米地位協定の中で問題になることが多い「刑事裁判手続」。その運用の改善について説明する外務省のホームページ(撮影:吉岡攻)

日本では、犯罪の容疑者は、逮捕・勾留によって起訴されるまで最長23日間の身柄拘束を受ける。その間、弁護士の立ち会いがない状態で、捜査機関の取り調べを受けなければいけない点に問題があると、エルドリッヂさんは批判する。日米地位協定の「刑事裁判権」の規定を改定する前に、日本の刑事訴訟法を改正すべきという主張だ。

そして、こんな苦言を呈する。

「ほとんどの日本人が『日米同盟や米軍基地はアメリカ政府が押し付けたもの』というふうに見ているので、米軍人が絡んだ事件や事故、犯罪に感情的になりやすく、けしからんと思ってしまうのではないか。しかしもう少し冷静に、世界の常識とはなにかを見る必要があるかなと思っています」

「沖縄に基地を集中させてきた」日米両政府の思惑

日米地位協定が改定されない理由について、もう一人、別の観点から分析している論者を紹介したい。国連や日本政府代表として、東ティモールやシエラレオネ、アフガニスタンなど世界各地の紛争地で武装解除や社会復帰などに当たった経験を持ち、紛争解決請負人と呼ばれてきた伊勢崎賢治さんだ。

彼の目に、日米地位協定の問題はどう映っているのだろうか。

海外の紛争地の武装解除に携わってきた伊勢崎賢治さん(撮影:千賀健史)

「日米地位協定の特異さは、地位協定の条文そのものが60年近くも変えられてないということ。これは非常に特異だと思います」

伊勢崎さんは、歴代の日本政府は改定しないことをかたくなに守っているとしか思えないというのだ。なぜ、そう思うのか。

「(改定問題が)沖縄の問題になっているからです。沖縄の人は事件が起きるたびに悲痛な叫びを上げますけども、国民運動にならない。これはほかの国と決定的に違うところです。ほかの国では(米軍がらみの)事件が起こる場所というのは、誰の目にも分かる本土なわけです。本土で起きれば国民の問題になるわけです。沖縄に基地を集中させてきた歴代の日米の思惑がそこにあるわけですよね」

沖縄・普天間飛行場を取り囲むフェンス(撮影:千賀健史)

伊勢崎さんが指摘する「沖縄に基地を集中させてきた」というのは、どういうことか。

実は、戦後の日本が独立を果たした1952年の当時、在日米軍の基地面積の90%は本土にあった。だが、朝鮮戦争を機に本土で高まった反戦運動や米軍演習への反対運動を鎮静化するため、1956年には岐阜県や山梨県にあった海兵隊の基地が、日本復帰前の沖縄に移された。

さらに、1960年代から70年代にかけて、首都圏の基地を大幅に削減する、いわゆる「関東計画」が実行されたこともあって、基地は沖縄に集中することになった。その結果、1970年を分岐点として在日米軍基地(米軍専用施設)の面積の割合は、沖縄が本土を上回るようになった。

多くの国民の目から米軍基地を遠ざけ、その存在を隠してしまう「不可視化」によって、沖縄で起きた事件や事故が「沖縄だけの問題」として済まされてしまう。それがずっと続いてきた、と伊勢崎さんは分析しているのだ。

「運用の改善」で対応する日本政府

では、肝心の日本政府は、日米地位協定の改定について、どう考えているのだろうか? 外務省の日米地位協定室に問い合わせると、7月29日にメールで返信があった。

その中で、外務省は、3カ月前に沖縄で起きた女性殺害・遺棄事件に遺憾の意を表した上で、米国と集中的に協議を行ったと説明。協議の結果、日米地位協定上の「軍属」の範囲を厳格化することなどを内容とする日米共同文書を発表したことを述べている。

そして、共同発表の内容を具体化するために日米間で協議を進め、「従来の運用改善から一歩進んだ法的拘束力のある政府間文書の作成」を目指すとしている。このように「従来の運用改善から一歩進んだ」との表現はあるが、日米地位協定の改定までは踏み込んでいない。

沖縄・嘉手納基地内の米軍戦闘機。沖縄では、住民の日々の暮らしと「日米地位協定」が密接につながっている(撮影:吉岡攻)

日米地位協定そのものの評価については、次のように述べ、明確な回答を避けている。

「日米地位協定をめぐって様々な意見があることは承知していますが、政府は、手当てすべき事項の性格に応じて、効果的で機敏に対応できる最も適切な取組を通じ、一つ一つの具体的な問題に対応してきています」

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:千賀健史、吉岡攻
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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