日本は世界有数の「動物園大国」。身近な娯楽施設として、100近い動物園が全国各地に作られてきた。だが、上野動物園(東京)や旭山動物園(北海道)といった有名動物園が華やかなイメージを保つ一方で、地方の小さな動物園の多くは、来園者数の減少や施設の老朽化、飼育動物の高齢化といった苦境に直面している。生き残りをかけ、独自の存在意義を打ち出そうとする動物園を巡った。(Yahoo!ニュース編集部)
獣舎の床がひび割れた動物園
長野県東部の小諸市動物園は、桜の名所として名高い城址公園の中にある。ライオンやサルなど約80種の動物を飼育するこぢんまりとした動物園だ。1926年設立で、現存する国内の動物園の中では5番目(※)に長い歴史を持つ。
最近話題になっているのが、ペンギンの食事風景を見せる「流しアジ」のパフォーマンス。流しそうめんのような装置にアジを流すと、ペンギンたちが観客の目の前で素早く捕える。お金をかけずに来園者に楽しんでもらえるイベントを、と夏限定で昨年から始めた。
人影まばらな平日に訪ねると、「流しアジ」の発案者でもある飼育員の中津久美子さんが、テナガザルの檻の中に案内してくれた。
来園者から見える壁面は、ペンキがきれいに塗られている。だが、コンクリートの床に目を落とすと、ひび割れが激しい。ほとんどの獣舎が、築40年は経過しているのだという。
「床の汚れがひどいからとデッキブラシを力強くかけると、コンクリートの割れているところから全部バリバリ割れてきてしまうので、傷が広がってしまう」
そう中津さんは話す。
施設の古びた印象を少しでも拭おうと、正規職員1人に臨時職員4人という数少ない飼育員たちが、壁のペンキ塗りや園内の看板作りに汗を流している。
「どこかに頼むと大きなお金になってしまうので、自分たちでやっています。予算が決まっているので、動物たちの栄養面や衛生面に優先して(費用を)かけられるように。(コンクリート床の補修のような)大きな工事となると、市役所で決めていただくことになる。希望は出すけど、なかなか難しいみたいですね」(中津さん)
動物園の経営を圧迫する「安い入園料」
小諸市動物園に限らず、地方の動物園の多くは財政状況が厳しい。
現在、日本動物園水族館協会に登録する動物園は89。専門家らによると、この数は米国、中国に次いで世界3位で、人口あたりで言うなら世界一の「動物園大国」ということになるという。だが、それらの動物園の入園者数は、1991年の約6500万人をピークに減少し、近年は4000万人前後と低迷している。
全国の動物園の調査を行ってきた東京大学大学院の木下直之教授によると、日本では、高度成長期の1950年代~60年代に多数の動物園が作られた。戦後復興のなかで、地方自治体が子ども向けの娯楽施設として設けたものが多かったという。その流れをくみ、現在でもおよそ8割が公共施設で、大半は小諸市のような市営だ。
しかし1990年代以降、レジャーの多様化などで来園者数が伸び悩むようになる。自治体の財政難が深刻化するとともに、動物園は「お荷物」扱いされるようになった。
木下さんはその背景として、多くの自治体で動物園の存在意義が明確ではなかったことを挙げる。
「動物園は、都市公園法によって公園施設という位置づけをされています。ベンチや遊具などと同等なんです。ですから、だいたいは自治体の公園管理課が所管するわけです。動物園は、娯楽施設としての役割だけでなく、自然について学ぶ教育施設としての役割も持っていると考えられるのに、どう教育を行うのかというところがなかなか議論されない」
運営主体が自治体ゆえ、動物園の一存では、経済的な苦境を脱せないという事情もある。たとえば、入園料の問題だ。
自治体職員として動物園に勤務していたことがある帝京科学大学の佐渡友陽一講師は「日本の動物園は入園料が安い」と指摘する。
日本の公立の動物園は、一般の大人が500円前後で、高くても1000円以下。それに対して欧米やオーストラリアの動物園は、安くても1000円台で、多くは2000〜3000円だという。
佐渡友さんは、安さのカラクリをこう説明する。
「日本の動物園もかつては独立採算でしたが、1960〜70年に物価が上がっていく中で、料金を上げなかった。1975年ごろまでに、税金を投入しないと運営できないように変わっていったんです。今の動物園は、大雑把に言うと3分の1が受益者負担で、残り3分の2が税金という仕組みです」
そのような仕組みが成立したのは、高度成長期に「子どものためなら税金を使っても良い」という社会的合意が得られたからだという。自治体運営の動物園の場合、入園料の決定権は議会が握っている。「動物園は住民のための『公共サービス』という考え方がある。それが料金設定にも現れている」と佐渡友さんは言う。
しかし自治体がいかに支出を抑えるかという時代になり、動物園は存廃を問われるようになった。
閉園の危機から復活した市営動物園
そうしたなか、新たな取り組みによって、自らの存在意義をアピールする園が出てきている。
福岡県の大牟田市動物園は、採血や体重測定などの健康管理やそのための動物のトレーニングの様子をそのまま来園者に公開する先駆的な取り組みで注目され、閉園の危機から息を吹き返した。
同動物園では、採血などをスムーズに行うために動物を教育する「ハズバンダリートレーニング」を導入している。獣医の川瀬啓祐さんによると、きっかけは飼育動物の高齢化にあった。
日本一長生きのペリカンをはじめ、約300いる動物の半数以上が寿命に近い年齢だ。健康管理のために採血などが必要になるが、麻酔をかけて実施すると、かえって動物の命を危険にさらすことになる。そこで、麻酔のリスクを減らすため、3年前にトレーニングを始めたのだという。
そのトレーニングや採血の様子を来園者にも見せるようにした。逆境を逆手にとって特色にしたのだ。川瀬さんは言う。
「うちの園の意義としては、飼育している動物のありのままの姿を見せて、お客さんに何かを感じ取ってもらえればと思っています。だから、動物が病気や寝たきりになっても、そういう紹介をして、(来園者に見えるように)出しています。動物の一生のあり方を伝えていくのも、僕らの仕事なので」
高齢動物のケアを見せることで、来園者が飼育員に「あの子大丈夫?」と尋ねたり、心配して様子を見にきては「頑張ってね」と声をかけてくれたりと、関心の高まりを感じるという。
大牟田市動物園の入園者数は、ピーク時の1992年度には年間41万人を記録した。しかし、1997年に市の基幹産業だった三井三池炭鉱が閉山した影響などで来園者は激減し、2004年度には13万人まで減った。
同年、市は閉園を視野に入れた方針を発表。存続を願う市民の声に押され、民間に委託する形で運営が継続された。「動物のありのままの姿を見せる」という運営方針が功を奏し、2015年度には、入園者数が19年ぶりの21万人を記録するまで回復している。
新しい動物園のスタイルを模索
他方、思い切って施設を一新した動物園もある。
山口県の宇部市ときわ動物園は、今年3月に約19億円をかけてリニューアルオープン。動物の生息地を再現した「生息環境型展示」を、日本で初めて園内すべてで実施した。
熱帯雨林を模したシロテテナガザルの島を見てみると、サルが野生と同じように、高い木の枝から低い木の枝へと腕を伸ばし、ぐんぐんスピードをあげて飛び移っていく。「腕渡り」という行動で、リニューアル前は狭い施設で飼育していたため見ることのできなかった。
かつて大阪市天王寺動物園で園長を務め、この春からときわ動物園の園長に就任した宮下実さんは「この動物園が、野生動物の住む環境や地球環境へと目を向ける一つの手がかりになれば」と期待する。
宇部市の久保田后子市長が動物園に注力すべく舵を切ったことで、新しい動物園の形が実現したのだという。
宮下さんは今後、市民や企業、NPOなどが運営管理に参画する動物園にしていきたいと話す。
「市民の方が加わって、ここは私たちの財産なんだ、飼育している動物も家族の一員だと思ってもらえたら、この動物園を大切に考えてもらうことにもなり、素晴らしい動物園になると思いますね」
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
※初出時「4番目」としましたが、事実確認し「5番目」に訂正いたしました。