幸田大地

消費増税の延期は正しかったか 識者に聞く

2016/7/8(金) 11:53 配信

去る6月1日、安倍晋三首相は、2017年4月に予定されていた消費税率10%への引き上げを延期すると発表した。増税で予定されていた約4.5兆円の税収は社会保障関連にあてられるはずだった。膨らみ続ける医療や介護などの高齢者向け社会保障費用に対し、保育など現役・将来世代向けの給付は微増に留まっている。安倍政権が二度も行った消費増税延期と社会保障の関係をどう評価すべきなのか。『シルバー民主主義』著者の八代尚宏・昭和女子大特命教授、経済評論家の勝間和代氏、『日本の年金』著者の駒村康平・慶應義塾大教授に尋ねた。
(ジャーナリスト・岩崎大輔、森健/Yahoo!ニュース編集部)

年金開始を65歳から67歳に引き上げるのが安倍政権の仕事だ

八代尚宏・昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授

八代尚宏(やしろ・なおひろ)1946年、大阪府生まれ。1970年、メリーランド大学経済学博士。経済企画庁(現内閣府)、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授などを経て、現職。第1次安倍政権で経済財政諮問会議議員を務める。著書に『シルバー民主主義』など(撮影:幸田大地)

安倍政権が打ち出した消費増税延期。参院選を控えていたからでしょう、与党も野党も消費税を上げないことに賛成しました。与野党で増税するまでの期間がただ違うだけというのは情けないかぎりです。

問題は、選挙で高齢者の票が逃げることを恐れ、社会保障費(年金、医療、介護など)の削減をタブー視していることです。社会保障費を削ると政府が言えば、有権者は怒って政府に投票せず、選挙でボロ負けします。それを恐れて歴代の政権与党社会保障費の改革は避けてきたのです。

国の借金は1000兆円を超えており、毎年の国家予算(2016年度は96兆円)で半分以上は国債(借金)を発行してやりくりしている。予算のうち医療や介護などの社会保障費は3分の1の32兆円を占めますが、この分野は毎年増え続けている。それだけ国民の借金が増えているということです。消費税を上げないのであれば、社会保障費の削減を打ち出すことは必須です。今の日本の国債発行に全面的に依存した財政状態からみると、消費税を上げるか、歳出を抑制するかという選択肢しかないのです。

ドイツは違いました。2005年、ドイツのシュレーダー首相は大胆な構造改革を断行しました。労働市場改革や年金給付水準の抑制を通じて、次のメルケル政権の65歳から67歳への年金支給開始年齢引き上げに結びつけたのです。年金支給開始年齢が2歳上がれば、その分支払わなくていい年金額が浮くので、年金財政の負担が軽くなります。しかし、当然ながら国民の不評を買うことになります。実際、シュレーダー氏の社会民主党は次の選挙で敗北しました。しかし、シュレーダー首相の構造改革がなされたおかげで、現在のメルケル政権がEUの中で指導的な位置を占めていられるのです。

安倍政権も比較的支持率が高いいまの状況なら、参院選後、次回の衆院選(2018年12月)まで時間もあるので、年金支給開始年齢を他の先進国並みに67〜70歳へ引き上げられます。これができれば、この先も確実に年金が受給できる。逆に、いま手をつけなければ、やがて社会保障費の原資である国債の買い手がいなくなり、年金財政が破綻してしまいます。そうなれば、もっと大幅な社会保障費の削減が避けられなくなる。そうした深刻な状況を伝えたうえで、必要な改革を国民に説得すべきです。

高齢者人口(65歳以上)は2015年に3395万人(人口の26.8%)。2060年には人口の39.9%とほぼ2人に1人が高齢者となる。(出典:平成27年版高齢社会白書(内閣府))

アベノミクスでは、景気を良くし、税収を上げようとしています。それには、平均所得以上の高齢者にお金を使ってもらえばいい。問題は高齢者が欲しいサービスが少ないこと。「医療」と「介護」の保険制度では政府が報酬点数を決め、扱える診療内容、介護サービスもその範囲で規定されています。医療では診療ごとの「診療報酬点数」、介護ではサービス内容の「単位」が一覧表になっていて、それによって価格が決まっている。たとえば医療の社会保険では診療報酬で初診料、処置、検査などが点数化されていて、介護保険では「生活援助45分以上70分未満」などが単位化されている。この医療と介護にもう少し自由な裁量を与え、多様な質のサービスを事業者が独自の価格で提供できるようにするわけです。

医療では「混合診療」という名で徐々に社会保険と分けられた自由価格の診療=「自由診療」が広がっていますが、介護保険のサービスはそうなっていません。介護保険のサービスも医療のように「清掃」「排泄」などサービスごとに単位が決められていますが、行政指導で介護単位はと1単位=10円とされてきました。たとえば、「訪問介護」で入浴やおむつ交換などの「身体介護」で「日中」の「20分以上40分未満」で1人の介護福祉士の手当であれば165単位なので、介護保険請求では1650円となります。この単位はそれぞれの介護サービスの内容によって細かく規定されています。

ただし、その「質」については不問でした。ベテランと新人では、身体の支え方、配慮の仕方など介護福祉士のサービスの質が相当違うことがあります。にもかかわらず、画一的な価格が強制されてきたわけです。ここに一部自由市場を導入すべきなのです。「価格の自由化」を導入すれば、質の高い介護福祉士ほど収入が増えるでしょう。そうすることで定着率も高まります。

もちろんそれは医療も介護サービスも全面的な市場化を求めているわけではありません。基礎的な医療と介護の制度は確実に守る。そのうえで多様な市場サービスを自由に提供できるようなルールをつくる。そうすれば、巨大な高齢者市場が発展する。これが真の成長戦略です。

自らも団塊世代の一員として、将来世代の負担を増大させる政策に疑問を投げかける(撮影:幸田大地)

安倍政権は、保育についてもかなり健闘はしています。たとえば事業所内保育所。通常、保育所を所管するのは厚生労働省です。ところが、事業所内保育所は同じ厚労省所管でも、出自は旧厚生省ではなく、旧労働省の所管。補助金など予算の出処が異なる社員のための保育所で、企業による参入は自由です。ここで地域住民の子どもも預かることを前提に、事業所内保育所向けの助成金制度を拡充しました。

ただ、全国で4〜5万人の待機児童の解消なら福祉制度の手直しで可能ですが、女性の社会進出は今後とも進みます。女性の働き手が増えるということは、母親も働き手として増えるということです。それなら、いまの0〜5歳の未就学児童全員を全員保育所に入れられるような制度にしたほうがいい。そうなると、想定される保育所の子どもの数は約500万人です。これだけの子どもを保育所に預けられるようにするには、費用も人材も限られる行政が主体ではなく、企業を主体とした(2000年の介護保険と同じ)抜本的な制度改革が必要となります。

私としては、さらに一歩進んで、「子育てのための社会保険」(育児保険)を創設するべきだと考えています。これは保育所等に子どもを預ける費用にあてられる保険です。

年金、医療、介護などの社会保険はそれぞれ独自の財源をもっていますが、子どもに関連する給付は一般財源です。しかし、もはや一般財源には増える余地はない。であれば、育児にも独自の社会保険をつくればいいのです。介護保険は40歳以上だけが保険料を負担する仕組みですが、育児保険として20~39歳の子育て世代に保険料を納めてもらう。65歳以上亡くなるまでの数十年間給付が必要な年金と異なり、育児保険の給付期間は小学校に入るまでの5年ほどで、保険料の負担は少ないものです。

現在4人に1人が高齢者ですが、2060年には2〜3人に1人は高齢者です。日本はおそろしく高齢者だらけの国になります。そんな時代を前に、高齢者(医療、介護、年金)と子ども(保育)の福祉や社会保険制度の制度改革を安倍首相ができるでしょうか。それができたら、シュレーダーのように後代世代に感謝される大宰相となるでしょう。

増税延期は正解。景気拡大で税収を増やすべきです

勝間和代・経済評論家

勝間和代(かつま・かずよ)1968年、東京生まれ。経済評論家、中央大学ビジネススクール客員教授。慶應義塾大学商学部卒業、早稲田大学ファイナンスMBA。現在、内閣府男女共同参画会議議員、国土交通省社会資本整備審議会委員(撮影:幸田大地)

安倍政権の消費増税延期は正しい判断だったと思います。

私は消費税は一貫して反対している立場です。理由は簡単で、消費税率を上げても、消費税収は増えないからです。消費増税をすれば買い控えが起こり、一般消費が減る。増税をせず、景気を冷え込ませず、「新三本の矢」のうちの1つ、「名目GDP600兆円」を目指す。そこを目指さないと税収は上がらないし、現行の社会保障の維持もできない。つまり、アベノミクスで全体のパイを増やすしかないのです。安倍政権は「女性活躍社会」を掲げています。女性をはじめ、若者も外国人も障害者も多様な人材が活躍しないと「名目GDP600兆円」に達しないからです。

問題は安倍政権には当事者がいないことです。今年3月15日、男女共同参画会議に参加した際、安倍政権の閣僚に「保育園落ちた日本死ね!!」のブログを読んだかどうか、挙手で尋ねました。手を挙げたのは加藤勝信・男女共同参画担当相と高市早苗・総務相の2人。残りの18名ほどの大臣は誰も読んでいなかった。

経産省や厚労省の後押しで安倍政権は「女性活躍推進法」(2015年)をつくりました。女性の活躍を「成長戦略」の中核とする意思はあるのだなとみな思いました。しかし、その少し前には、安倍首相は育児休暇3年間の延長を掲げ、「3年間抱っこし放題」と語っていました(2013年4月)。企業で3年休んだあと同じように復帰できるか、といえば無理です。政権内で女性の現実が理解されていないということです。これが正社員の長時間労働を規制して、17時で帰れる「17時から抱っこし放題」だったら納得できたのですが。

安倍政権の中には、仕事と子育てを両立させて政治家になった方がほぼいません。「われわれの理想とする標準的な家庭像を壊さない範囲で活躍してもらいたい」「ある程度は外で働いてください。けれども介護や育児は家庭で女性にやってもらいたい」という政権与党の古い価値観がにじみ出ている気がします。安倍政権の政策は古い価値観に現代の価値観が接ぎ木のように無理やりつなげられている。だから、ちぐはぐな法案ができてしまうのです。

政策分野別にみると、年金、高齢者医療、老人福祉サービスなど高齢者向けの給付は増え続けている。一方、児童手当、児童福祉サービス、育児休業給付、出産関係費は微増に留まったままだ。(出典:社会保障費用統計(国立社会保障・人口問題研究所))

現役世代、とりわけ就職氷河期世代(団塊ジュニア世代)を救済しようという意思も、安倍政権からは感じられません。非正規雇用が多く、未婚率も高いこの世代の雇用や育児の待遇改善が行われていれば、結婚する人も増え、少子化も緩和できたはずでした。しかし、これまでの政権はみな放置した。そのツケが人口減少につながっているのです。

私自身は老後の不安がまったくありません。極端な話、国から1円ももらえなくても生活していけるように備えてきました。率直に言うなら、日本の社会保障制度自体は壊れていると言わざるを得ません。日本年金機構の権限を取り上げて、配分も再考すべきでしょう。高齢者の中でも資産や所得の格差があるのに、現在は高額所得の高齢者にも満額の年金が支給されています。そういう悪平等をやめて、お金持ちの高齢者からお金のない高齢者に還流をする。高齢者同士で所得の再配分を行うべきなのです。

3人の子をもち、働く母という「当事者」としての発言も多い(撮影:幸田大地)

社会保障の充実は経済の安定にも不可欠です。充実した社会保障があってこそ、消費者が活発に消費活動できるようになるからです。消費税率を上げる必要はありませんが、税収を上げる必要があります。税収が上がるためには消費も必要で、そうなるとやはりバランスのいい所得再配分が求められるでしょう。

二度の増税延期のツケは後になって大きくなる

駒村康平・慶應義塾大学経済学部教授

駒村康平(こまむら・こうへい)1964年、千葉県出身。1995年慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。国立社会保障・人口問題研究所(社会保障研究所)研究員など経て現職。著書に「中間層削減」「日本の年金」など。(撮影:幸田大地)

社会保障に向き合うには想像力が必要です。将来の日本、将来の自分がどうなっているか、どれだけ正確に想像できるかで、とるべき対策は変わってきます。

安倍政権は二度目の消費増税先送りをしましたが、これで良かったのでしょうか。

長い目で見て、将来の良い社会のためには適切な政策をとるのが政治家の仕事です。10年後がどうなっているか、そのために何をすべきかを政治家はきちんと説明しなければならない。その点、安倍政権は社会保障という難題に対して、真摯に向き合ってきたかと言えば、疑問です。

「世代間の公平」、「年金制度の持続可能性」、「老後生活にとって適切な額の年金給付」。年金問題ではこの3つの課題が並存していますが、この3つを同時に達成することは不可能です。

では、何を優先するか。どの国でも選択するのは「持続可能性」です。そうなると、「保険料を上げる」か、「給付額を下げる」か、「支給開始年齢を上げる」か。方法はこの3つしかありません。

日本は支給開始年齢を引き上げず、これから約30年かけて基礎年金(国民年金)の実質価値を3割、厚生年金を2割カットする選択をしました。これをやれば年金制度は何とか持続可能となるからです。しかし、現時点で国民年金を受け取っている800万人の平均額が5万数千円です。この額から3割削減し、医療と介護の保険料を天引きしたら、4万円を下回る。生活の維持には難しいレベルでしょう。

はっきり言えば、現在発生している世代間の不公平はどうにもなりません。

2015年9月に発表された厚生労働省の試算によると、支払った「年金保険料」の総額に対して生涯で受け取る「年金給付額」の倍率は、高齢者ほど高い。国民年金のケースでは、70歳で3.8倍をもらっているが、2015年現在20歳の若者が年金をもらうときには、1.5倍にしかならない。その差は2.5倍だ。(出典:厚生労働省「平成26年財政検証結果レポート」)

いまより若い世代がより不利にならないようにするのが精一杯です。

若い世代は年金給付はしばらく先なので、自分たちがもらえる給付額が少なくなっていると感じるのも先のことです。ところが、現時点での高齢者は今後大幅な年金の給付抑制が予定されているので、いわゆる“下流老人”と呼ばれる人たちが相当数出てきます。予定していた2%の消費増税の中には、「低所得高齢者への給付金」という項目がありましたが、延期で先送りされました。こうした下流老人対策の一案として、高所得の高齢者の給付を抑制し、低所得の高齢者に再配分するという案もあります。導入するなら、政治家は高齢者を説得しなければなりません。

2012年の「三党合意」に基づき野田内閣が設置した、社会保障制度改革国民会議の委員も務めた(撮影:幸田大地)

でも、そんな現在の下流老人よりひどいことになるのが団塊ジュニア世代です。この世代には150万人の「不本意非正規労働者」(正社員などの形で働くことを希望しながらも正規雇用に就けなかった非正規雇用の労働者)がいます。先進国の中でもきわめて悪い労働条件で、彼らの婚姻率も出生率も非常に低い。10年ほど前は「彼らの雇用や生活を解決すれば、女性活躍も少子化対策も可能だ」と考えていましたが、彼らも40代となり、それも望み薄になりました。

団塊ジュニア世代は毎年200万人が生まれていました。しかし、この世代の子どもはその半分の毎年100万人しかいません。その次の世代の2040年になると、年50万人と加速度的に減っていくと推計されています。

こんな事態になったのは、90〜2000年代、団塊ジュニア世代が社会に出るタイミングで、十分な少子化対策をしなかったことが大きな原因です。1997年の改正男女雇用機会均等法(採用や昇進、退職など女性に対する差別の禁止)で働く女性が増え、その後1999年末の派遣法改正で非正規労働者が増えた。この時点で、女性が働き続けないと家計が維持できないという時代が始まっていました。

にもかかわらず、そうした雇用環境に合った保育所の増設や子育て支援などの着手が遅れた。その結果、団塊ジュニア世代の雇用は不安定となり、結婚しなくなり、子どもの数も減ったのです。

そして今後です。団塊ジュニア世代は2025年には、50代になりますが、そのときには親の団塊世代の介護負担を担い、離職する人も増えるでしょう。そして、給付水準がかなり下がった状態で年金給付を受け取ることになる。大変な事態になるかもしれません。

社会保障や雇用の問題は放置すると後になって問題が大きくなります。だから、「社会保障と税の一体改革」(2012年)に際して、民主、自民、公明で三党合意をした。それなのに、安倍政権では二度も増税を延期したのです。

安倍政権はこれから10年の社会保障制度改革が今後の日本社会を大きく左右するという認識が欠けているように見えます。政府が、今後あるべき、そして可能な社会保障制度を示し、その費用負担も含めて国民を説得し、対策がとれるのか。わたしたちも注視しなければならないでしょう。


森健(もり・けん)
1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『「つなみ」の子どもたち』で大宅壮一ノンフィクション賞、2015年『小倉昌男祈りと経営』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。
公式サイト

岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
1973年静岡県生まれ。ジャーナリスト、講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎「異形の宰相」の蹉跌』、『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』など。

[写真]
撮影:幸田大地
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
ラチカ

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