スタジアムを埋めた万単位の若者が、大型ビジョンに映し出された「対戦」に熱狂する。観客席の大きなウェーブ。トロフィーを高く掲げる勝者たち――。サッカーのワールドカップのような光景だ。これはコンピュータゲームの対戦競技「eスポーツ(e-sports)」の国際大会。海外では、賞金総額20億円の大会があり、年に1億円以上を稼ぐプロゲーマーもいるという。その大波が「後進国・日本」にも押し寄せ始めた。まずは動画で、その熱気を感じてほしい。(Yahoo!ニュース編集部)
「海外のプロゲーマーはスター扱い」
「この前、東京の代々木体育館で、eスポーツの国内リーグの決勝戦があり、約1700人が集まったんですけど、海外では2~3万人が会場に集まるくらいになっています」
そう話すのは、千嵜勇和(せんざき・としかず)さん(30)。eスポーツの競技者として数々の世界大会に出場した実績を持ち、東京アニメ・声優専門学校のeスポーツ専攻科で講師を務めている。
日本には、世界的に有名なゲーム機メーカーやゲームソフト制作会社がいくつもある。若い世代を中心に、熱心なゲームユーザーも数多い。しかし、eスポーツの世界では、日本は後進国だった。
eスポーツとは、「エレクトロニック・スポーツ(Electronic Sports)」の略で、コンピュータゲームやビデオゲームで行われる対戦型の競技をさす。格闘ゲームやシューティングゲームのほか、2つのチームに分かれて対戦する戦略ゲームなどが人気だ。
サッカーやテニスなどのプロスポーツと同じく、人気ゲームの国際大会は世界中のファンの注目を集める。賞金総額が1億円を超える大会も多く、昨年は約20億円にのぼった例もある。
「海外のトッププレイヤーは、他のプロスポーツ選手と同様、スターとして扱われています」。ゲームソフトメーカー「カプコン」の杉山晃一プロデューサーはそう語る。「例えば、アメリカで行われるストリートファイター(世界的に人気の格闘ゲーム)の大会では、アメリカ出身の選手が勝つと『USAコール』が起きます」
杉山さんによれば、韓国のトップ選手は「徹子の部屋」のようなテレビのトーク番組に出演したり、有名な女子アナと結婚したりして、芸能人のような扱いを受けているという。
「eスポーツの良い面が理解されていない」
コンピュータゲームがスポーツ? そんな違和感を持つ人もいるかもしれないが、「スポーツ」の本来の意味は「楽しみ」「競技」であり、チェスやビリヤードも世界各国でスポーツとして認知されている。
eスポーツも、海外ではスポーツとしての地位を確立してきた。この夏、オリンピックが開かれるブラジルのリオデジャネイロでは、その時期に合わせてeスポーツの国際大会が開催される。
一方、日本では「ゲーム=スポーツ」という考え方が浸透しているとは言い難い。
スポーツマーケティングの専門家である早稲田大学スポーツ科学学術院の原田宗彦教授は「日本では、子どもの教育的な視点から『ゲームは悪いもの』という感覚が強く、eスポーツの良い面がほとんど理解されていない」と指摘する。
そんな日本にも、eスポーツの波が来ている。2014年にはプロチームが技を競う国内リーグが誕生。東京アニメ・声優専門学校もこの春、eスポーツに特化した専攻科を設け、プロゲーマーの育成に乗り出した。
同校のeスポーツ専攻科では現在、約50人が学んでいる。プロのゲーマーを目指す18歳の男性は九州から東京へやってきた。
「世界大会の映像を見ていたら、選手がすごいプレーをすると、観客もすごく盛り上がっていた。これ、本当にスポーツじゃないか、と。自分もああいうふうになりたい。世界を獲って、日本にeスポーツを広めたい」
関西からこの学校に入学した19歳の男性も目線は世界を向いている。「2020年の東京オリンピックでeスポーツが正式な種目として認められるよう尽力したいです」
東京出身の18歳男性は「プロチームに入ってそのチームで実力を伸ばし、まずは日本で優勝、そこから世界大会へ。最終的には世界大会で優勝して実力を証明したい」と話す。
彼は2歳のときにファミコンに出会い、「目を真っ赤にしながらゲーム一筋」だったという。やりたいことをやれ。親にそう応援してもらっていると語る学生も少なくなかった。
プロゲーマーに日本初の「アスリートビザ」発給
だが、「ゲーム=遊び」というイメージが強い日本で、本当にeスポーツは根付くのか。米国や韓国、中国といった「先進国」のように隆盛するのか。
実は日本の国会には「オンラインゲーム議員連盟」があり、eスポーツの発展を支援しようとしている。同議連の後押しもあって、この春には韓国のプロゲーマーに対して、「アスリートビザ」が初めて発給された。
議連事務局長の松原仁衆院議員は「ひとつの産業として大きく成長してほしい。『目指せ、Jリーグ!』みたいな形で、プロeスポーツも大きく成長してほしい」と話す。そのためにゲームへの偏見を取り除きたい、と言う。
「ゲームは不真面目とか、そういう考え方が社会にあると思うんですね、そういった偏見がない国に比べたら、eスポーツの市場やファン作りが遅れています」
ファンや市場の拡大には「偏見」以外の問題もある。プロは別として、賞金の出る大会に一般ユーザーが出場した場合、刑法の賭博罪や景品表示法に抵触しかねないのだ。
松原氏もこの点を指摘し、ゴルフのようにトッププレイヤーを「プロ」としてきちんと認定する制度作りが欠かせない、と考えている。
早稲田大学の原田教授によると、中国や韓国では、国家がeスポーツを軍事訓練の一部として活用しているという。
「例えば、中国は人民解放軍がeスポーツのチームを組んでいます。韓国も同様。今の戦争はデジタルなので、その訓練にeスポーツのマルチアクション戦略ゲームを使っている」
原田教授は「eスポーツで得られるデジタルならではのリテラシーは本来、21世紀を生き抜くためにも重要なはず」と説いて、eスポーツの有用性を訴える。
日本人プロゲーマー「夢を与えていきたい」
では、プロのゲーマーは、何を考えているのだろうか。2015年8月にプロデビューした「かずのこ」さんに東京都内で取材した。
かずのこさんは同年末、アメリカで開催された格闘ゲームの国際大会で優勝し、約1500万円の賞金を獲得した。
「海外では、日本人は格闘ゲームが強いと思われているので、プロゲーマーが少ないと言うと驚かれる。日本はまだeスポーツが認知されていない状態。いまやっと、認知され始めているところだと思います」
eスポーツが根付くためには、プロのゲーマーが「夢を与えていくこと」が大事だと話す。ゲームに対する人々のイメージが変われば、日本でもeスポーツが一気に普及すると考えている。
「ゲームをやっていてもお金にならないとか、仕事にならないとなると、やっぱり『遊んでる』と思われてしまう。自分は海外の大会に出てこれだけの賞金をもらいましたとか、ゲームが強いといいことがありますというのを、アピールしていきたいですね」
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:八尋伸、岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝