Yahoo!ニュース

岡本裕志

火山列島ニッポン 「温泉観光地」の苦悩と模索

2016/06/04(土) 20:23 配信

オリジナル

さあ、この週末は家族や友人と一緒に温泉へ――。そんな計画が、火山活動のせいで白紙になった経験はないだろうか。日本の活火山は110。温泉地の近くに必ず活火山があるわけではないが、最近は、噴火が観光産業に打撃を与えるケースも目立つ。その地元を歩くと、実は「厳しい」「苦しい」だけではない取り組みも見えてくる。温泉地が模索する「火山との安全な付き合い方」とは?(Yahoo!ニュース編集部)

箱根・大涌谷の駅舎から白煙の様子を撮影する観光客(撮影:岡本裕志)

温泉が止まったままの旅館70軒

まず、日本有数の温泉観光地、神奈川県「箱根」のケースを紹介しよう。箱根山の火山活動「活発化」から1年。今年のゴールデンウィーク中、箱根は大勢の観光客でにぎわった。

箱根ロープウェイは、まだ全区間の運行再開まで至っていないが、火山活動の影響で運休していた姥子(うばこ)~大涌谷(おおわくだに)の区間が動き始めた。大涌谷名物の「黒たまご」の販売も再開した。

観光業界は見事に復活したと思われそうだが、実際はどうなのか。現地を取材し、その取り組みの様子を動画にまとめた。

「(前は)白濁の温泉の掛け流しだったんですが、今は温泉が完全に止まっていて、水道水を沸かしての掛け流し。水道代と灯油代もかかる。もう1年だ。苦しいね。死活問題だよ」

箱根町仙石原地区で旅館「伊藤山荘」を営む伊藤恭二さんは、そう訴える。火山活動の中心だった大涌谷周辺は今も立ち入り禁止。ロープウェイの大涌谷駅も下車できない。

仙石原への温泉供給施設は補修やメンテナンスができず、伊藤山荘など地区の旅館約70軒に温泉が届かない。

販売が再開された大涌谷名物の「黒たまご」(撮影:岡本裕志)

「お客さんは3割減りました。今も『温泉どうですか』って。説明すると、『温泉が出てから伺います』と。みなさん、温泉目当てですから」

箱根町の調査によると、火山活動が活発になった昨年5月以降、宿泊施設や飲食業、物産業などの業績は、軒並み前年同月を30%前後割り込んだ。年明けから回復基調に入ったものの、伊藤さんは「この夏は厳しい」と言う。いつ温泉が再開できるか。確たる見通しがないからだ。

「半年後とかメドがあれば、希望を持てるんですけどね。本当、この辺の70軒は困っていますよ。1軒、閉めたところもある」

そう言った後、伊藤さんは続けた。「ここは箱根の一角。もう少し頑張っていきますよ。ここだけ温泉が出ないのはつらいけど、箱根全体は活気が戻っていますからね」

箱根の街に観光客が戻ってきた(撮影:岡本裕志)

温泉観光地の「サミット」を箱根で開催

伊藤さんの言う「もう少し頑張る」。そんな思いを抱く箱根の関係者は数多い。「温泉」という自然の恵み、「火山」という自然の脅威。その狭間で嘆いてばかりいても始まらないからだ。

今年3月、箱根町で「第1回火山温泉観光サミット2016 in箱根」が開催された。仕掛け人は箱根強羅観光協会の専務理事、田村洋一さん。「頑張る」人々の先頭に立つ。

飲食店の女性スタッフと話す田村洋一さん(撮影:岡本裕志)

1年前の状況を田村さんはこう振り返る。

「お客さんがどんどん減っていった。総体的に見て、40%ぐらい減ったかな。不安を抱えている人に、こっちが(安全面などで)何もせず、『ぜひ来てください』と言っても響かない。逆に無責任、人命軽視と取られかねない。だから誘客は一切できなかった。する気もなかった」

箱根山の火山活動は続いているが、噴火警戒レベルは昨年11月、最も弱い「1」へ引き下げられた(撮影:岡本裕志)

では、安全面で、民間の業者にできることは何か。そう考えた田村さんたちは、自分たちが火山をよく知らなかったことに気付く。

例えば、噴火警戒レベルの2(火口周辺規制)と3(入山規制)は、何がどう違うのか。噴火と噴気の差は? 火山ガスの危険性とは何か――。そうした学習を重ね、強羅地区の旅館業者の協力を得て、民間だけで「避難マップ」を作成した。

「突発的な噴火の場合、強羅は火砕流より噴石が心配されますが、シェルターが完備されていない。そこで鉄筋コンクリート造りの堅牢な施設を持つ旅館を地図に示した。それらの持ち主には、突発時にお客さんの避難を受け入れることを、了解してもらっています」

箱根の観光業者たちが協力して「避難マップ」を作成した(撮影:岡本裕志)

まずは自分たちでできることを。火山温泉観光サミットも、その延長線上で発案した。

「観光業は自己責任の商売。(被害に遭っても)国から交付金もないし、みなさんの血税を投入することもできない。しかし、それでいいのか。噴火したとき、(他地域の)温泉業者がみんなで助ける仕組みがあっていいじゃないか」

サミット当日には、草津温泉(群馬県)など箱根と似た条件を持つ温泉観光地の関係者が集まった。16の都道府県から延べ約700人が参加し、真剣な議論を交わしたという。

大勢の行楽客でにぎわう箱根ロープウェイの桃源台駅(撮影:岡本裕志)

洞爺湖温泉で生まれた「火山マイスター」

箱根のある首都圏から北へ約1000キロ。北海道有数の観光地、洞爺湖の周辺は今、緑や花が一段と鮮やかになり、1年で最も良い季節を迎えている。

洞爺湖にも「有珠山」という火山がある。20~50年に1回のペースで噴火してきたことで知られ、20世紀以降も4回噴火している。1944~45年の噴火では大地が隆起して「昭和新山」ができた。

北海道の洞爺湖。周辺は温泉観光地として有名だ(撮影:岡本裕志)

2000年3月の噴火にもドラマがあった。北海道大学の研究者が3日前に噴火を予測。関係自治体は予測を重視し、周辺温泉地の観光客や住民らを避難させた。65カ所以上の噴火口ができる噴火ながら、1人の犠牲者も出さなかったのである。

そうした経験を生かしながら生まれたのが、「洞爺湖有珠火山マイスター」制度だ。洞爺湖の火山マイスターとは、どのようなものか。その実情をビデオカメラで現地取材した。

火山マイスターは有珠山や周辺地域の「ガイド役」であり、火山周辺に常駐できない専門家に代わる「監視役」。この二つの顔に加え、いざというときは観光客らに避難を呼び掛ける役割も担う。

自治体の試験をパスした火山マイスターは現在40人。いずれも洞爺湖周辺の住民だ。

その1人、荒町美紀さんは2000年の噴火で住む家を失った。案内してもらった集合住宅は5階建て。その4階の角が元の住居だという。見上げると、ベランダの柵が大きく歪んでいる。

火山マイスターとしてガイドする荒町美紀さん(撮影:岡本裕志)

「噴石で穴が空いちゃったんだと思います。噴火から半年ぐらいして、一度、家の中に入れた。その時、ベランダ側のサッシが割れていて、部屋の中に噴石が入っていました」

荒町さんはそう振り返る。16年が経過して、風景は一変した。「本当は家がたくさんあったんです。この団地も一つしか残ってないけど、3棟あった。もう雰囲気が全然違う。『ここに住んでたのか』って。すごいですよね。まだ泥流の痕も残っている」

住む家は失ったものの、荒町さんは地域を離れることなく、子どもも育てた。そんな経験を通し、「噴火後に町全体としてどう立ち上がるかが大事だ」と感じている。

有珠山の噴火で被災した幼稚園の跡地。バスが置き去りになっていた(撮影:岡本裕志)

「洞爺湖温泉では、噴火を二度三度、経験した方も多い。避難して、また帰ってくるんです。立ち上がる力をみなさん持っている。その中に火山マイスターの活動もある。噴火後に町が立ち上がっていけるよう、手助けができればいいな、と毎日過ごしています」

荒町さんらの活動は、この地域をカバーする室蘭地方気象台からも高く評価されている。同気象台の佐藤悦信火山防災官は取材に対し「24時間体制でGPSなどのデータが送られてきているが、現場で感じる匂いや音の変化を教えてもらえればより早く危険を察知することにつながる。火山マイスターの情報は大変貴重なもので、非常に助かっている」と話した。

「火山マイスター」と同様の取り組みは、各地でじわりと広がる。伊豆大島火山を抱える東京都大島町では2009年から、町認定のネイチャーガイドが防災普及活動を担うようになった。御嶽山近くの長野県王滝村も「火山マイスター」を参考にして導入を考えているという。

箱根町も、洞爺湖温泉の制度を手本にした「サポーター制度」をつくろうと、検討に乗り出した。箱根ジオパーク推進協議会によると、専門家の講義を受けた地域住民が観光客らに対し、自然や歴史、火山活動について伝える仕組み。サポーターは観光案内所を拠点に活動してもらう構想だ。

洞爺湖の周辺で火山活動を学ぶ生徒たち(撮影:岡本裕志)

地元の住民や観光業者が「伝え役」に

日本観光学会会長で、秀明大学の三橋勇教授は「日本人は災害への反応が早い一方、被災地に戻るスピードも早い。災害に対する観光客の意識も長引かない」と言う。その上で、観光客は火山ごとの特性をほとんど知らないので、地元の住民や観光業者がまず学び、それを伝えることには大きな意味がある、と指摘する。

最近の日本では火山噴火が相次ぐ。死者58人・行方不明者5人を出し、戦後最悪の火山災害となった御嶽山(2014年9月)。全島民が島を脱出することになった鹿児島県の口永良部島・新岳(2015年5月)。浅間山や桜島などの活動も活発だ。

もっとも、観光客や登山者らの安全対策は行政主導であり、観光業界などの民間が自ら動き出す例は、まだ多くない。

観光客向けの土産物屋が軒を連ねる箱根の街。温泉観光地として火山とどう向き合っていくか、模索が続いている(撮影:岡本裕志)

火山温泉観光サミットを手掛けた箱根の田村さんは「伝える」「守る」ことの重要性を感じている。観光は「光を観る」と書く。行政に頼らず、観光業は自ら輝く必要があるし、その光が消えたらやがて国も衰退する、と言う。

「火山で商売してきた人たちは先祖代々、そこの名士だったり、土地の伝統文化を守ってきたりしてきた。(温泉観光は)その土地の歴史そのもの。そこを守る人が失われると、光も失われる。観光産業を守ることは、土地の歴史を守ることです」

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

深層クローズアップ 記事一覧(70)