後世に残すべき芸術か、それとも住人を脅かす「爆弾」かーー。
東京・銀座にある“奇妙なデザイン”のビルを巡って、論争が起きている。議論の的は「中銀カプセルタワービル」。手がけたのは日本を代表する建築家・黒川紀章だ。世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅だという昭和47年竣工のビルは、積み木のような斬新なデザインで内外の建築ファンを魅了し続けている。
だが今や築43年。深刻な老朽化を前に、建て替えを望む声が上がる。壊れた給湯設備に剥げ落ちた外壁、建築材にはアスベストが使用されている。中には「爆弾」だと表現するオーナーさえいる。
建て替えか、保存か。昭和の名建築の命運が揺れている。(Yahoo!ニュース編集部)
「カプセルでの生活が愛おしくて…」
週末をカプセルで過ごしている関根隆幸さんは、10年前にビルを初めて訪れた。竣工当初の内装がそのまま残されている状態に感激し、即購入を決めた。今でも43年前の面影をできるだけ再現するように、ベッドカバーやテレビの枠などを大事に残している。
キュレーターの女性もカプセルマンションに魅せられた一人だ。彼女は4年前から賃借でカプセルを事務所として使っている。その傍ら、アーティストを招いて創作活動を行い、作品発表の場としても活用している。「カプセルからエネルギーをもらえる感じ」と顔をほころばせる。
黒川紀章が提唱「メタボリズム」の代表作
140もの四角いカプセルが積み木のように積み上げられた、おもちゃのような建物。設計者の黒川紀章(1934-2007)は1959年に建築運動「メタボリズム」を提唱したことで知られる。メタボリズムとは新陳代謝を意味し、有機的に建物が更新される思想だ。タワーにらせん状に取り付けられたカプセルは交換可能に設計された。
「日本が未来を築いていた1960〜70年代高度成長期、人口増と人の移動の増加に合わせて建物が更新される構想や、カプセルごと人が移動できる発想などは、世界でも最新の試みだった」と、都市建築が専門の五十嵐太郎・東北大学工学研究科教授は言う。「そのシンボル的な中銀カプセルタワーが東京の中心部に存在する意義は非常に大きい」と強調する。
世界的に評価が高く、このカプセルを見るためだけに日本へ足を運ぶ熱烈なファンもいる。映画監督のフランシス・コッポラや俳優のキアヌ・リーブスも来日時に訪れた。
斬新なデザイン
地上13階建てと11階建ての2棟からなる。
カプセルには、ベッドやユニットバス、トイレ、冷蔵庫が完備されているが、10㎡と手狭だ。カプセルは全部で140あり、現在オーナーの数は100人程度。ほとんどは事務所やセカンドハウスとして使っている。黒川建築のファンが多い事もあって、写真家やデザイナー、作家など、クリエイターが多い。
深刻な老朽化
築43年が経つ「中銀カプセルタワービル」は今、深刻な老朽化問題を抱えている。外壁が剥がれ落ちたり、窓が落下したりするのを防ぐため、1年ほど前から建物全体に保護ネットが掛けられている。お湯と冷却水の配管が破損しているため、シャワーは1階で共用。一部のカプセルはエアコンも使用できず、夏は蒸し風呂状態になる。さらに雨漏りもひどく、タワー内の廊下は雨漏り用のバケツが所々に並んでいる。長年放置され、天井や壁が崩壊して人が立ち入れなくなったカプセルも多い。
「これは140個の爆弾なんだ…」
12年前にカプセルを購入した青山修さんは怒りをあらわにする。購入して2年たった頃、突然、給湯管が破裂し、天井からお湯が降ってきたと言う。カプセルは天井が完全に落下しており、10年以上も利用できない状態が続いている。青山さんが一番問題視しているのはアスベストだ。建物全体に建設当時は規制が無かったアスベストが使われており、壁や天井の損傷は深刻だ。一部はむき出しの箇所もあり、青山さんはビルの建て替えを強く望んでいる。
建物の1、2階に入居する管理会社の中銀ビルディングスは、カプセルを使用できないオーナーがいることや社員の安全を考え、建て替えに賛成している。部長の遠藤泰彦さんは語る。「カプセルのモデルが埼玉県立近代美術館に展示してあるので、それを見学して楽しめば十分ではないか」。芸術性よりも住人の安全を優先したいのは管理会社としてごく自然な考えだ。
意見が割れる建て替え派と保存派は月に1回の話し合いは設けているものの、妥協点は見えていない。2007年に一度は建て替えが決議されたが、リーマンショックの影響で頓挫した。法律では老朽化マンションの建て替えは、全体の8割の賛成が必要だが、現在建て替えに賛成しているのはおよそ7割だ。
「この名建築を未来に残したい…」
保存派の中心人物である前田達之さんは大規模修繕での保存方法を模索している。昨年5月に劣化状況の調査と修繕費用の見積もりを依頼した。費用はおよそ1億7千万円。「管理組合の積立金1億円とオーナーが出し合えば不可能ではない」と前田さんは言うが、今のところ提案に賛成する建て替え派はいない。
前田さんは、広告会社に勤める会社員だ。毎日通勤でこのビルの前を通っていたところ、カプセルを売り出す広告が目に入り、5年前に”衝動買い”をした。その後も購入を続け、今では9つものカプセルを所有している。自身もセカンドハウスとして利用していて、週末になるとカプセルにやってきて、自分でメンテナンスをしながらここでの生活を楽しんでいる。
また、「中銀カプセルタワー」の魅力をもっと多くの人に知ってもらおうと、写真集の出版を計画した。資金にはクラウドファンディングで集めた200万円をあて、今年の10月下旬に出版の予定だ。
解決策はあるのか
平行線をたどる両者の主張だが、手をこまねいているだけではいたずらに老朽化が進むだけだ。何か解決策はあるのだろうか。五十嵐太郎教授は、「名建築とはいえ、分譲マンションという形態をとっていることに、取り壊し問題を難しくする背景がある」と言う。
「現実的に国などの公的機関に保存の依頼を頼むことも難しい。建築の使用方法は、時代とともに変化するのが常。中銀カプセルタワーも、長期保存していくことを視野に入れるならば、居住スペースとして残すことにこだわらなくてもいいかもしれない。使用用途を変え、多くの人が楽しめるように、残していく道なども考えられないか」と話した。
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