人間と同じように、ペットも年をとる。日本で約1000万匹が飼われている犬も、やがて足腰が立たなくなる。病気や認知症になることもある。そうしたとき、飼い主も高齢化し、自らの暮らしで手一杯だとしたら? 日本で今、ペットとの間でも「老老介護」が広がっているという。ペットと人の幸せな結末とは、どんな形なのだろう。飼い主に代わってペットの晩年を世話し、近年新設が相次ぐ「老犬老猫ホーム」を各地に訪ねた。(Yahoo!ニュース編集部)
「老犬&老猫ホーム ひまわり」は茨城県つくば市にある。霞ヶ浦に注ぐ桜川の近く。しゃれた外観は、田園地帯の宿泊施設を思わせる。2014年の開設で、今は犬を中心に約60匹が暮らす。
館内には、病気や障害のある犬がたくさんいた。後ろ脚をひきずって歩く犬、補助輪を付けた犬......。椎間板ヘルニアで下半身が完全にマヒした犬もいる。認知症になり、同じ場所をグルグル回り続ける犬も見えた。
飼い主の半数は高齢者で、世話が難しくなったため、ペットを預けたという。
うんちもおしっこも自分でできない
「ひまわり」のスタッフは5人。その1人で、「動物看護師」などの資格を持つ松下晴子マネージャーに案内してもらった。
「ダックスに多いんですけど、椎間板ヘルニアで歩けなくなって、手術しても歩けないケースが非常に多い。自分でおしっこすることもできない。うんちもできない。でも体がちっちゃいので、前脚だけで移動できます」
別の部屋で松下さんは、寝たきりの「ぶんた」を抱え上げた。間もなく17歳になるラブラドール・レトリバー。人間なら90歳を超えるほどの年齢だ。体重は約20キロもあり、1人で抱え上げるのは重労働だ。
ぶんたを横たえ、下腹部を手で押す。「自分でおしっこできないので出してあげるんです、毎日。溜まり過ぎると、細菌感染とか起こすので」
犬も猫も寿命が延びた
「ひまわり」のような老犬・老猫の介護施設は、全国で急増を続けている。環境省に届出があったのは、2013年に20施設。それが2015年には64施設になった。背景には、ペットの寿命が大きく延びた事情があるという。
東京農工大学大学院農学研究院(動物生命科学部門)の林谷秀樹准教授によると、犬も猫も平均寿命の延びが際立つ。1990年に5.1歳だった猫の平均寿命は、2014年に11.9歳に。倍以上の延びだ。犬も8.6歳から13.2歳になった。
なぜ、ここまでペットの寿命が急に延びてきたのか。林谷准教授はこう説明する。
「犬も猫も、0歳から5歳くらいの低年齢での死亡が非常に少なくなった。その時期の死亡要因として多かった感染症、犬ならジステンパーとかフィラリア症とか。それがこの25年の間にワクチンが開発され、普及するようになった。予防薬も開発され、多くの人が使うようになった」
ペットの寿命が長くなったことで、さまざまな問題が出てくる。
「年を取ってがんになったり、心疾患や腎臓疾患になったり。加齢性の、人間でいう成人病のような病気が増えました。かつては『番犬』『ネズミを捕る』といった実用目的の飼育だったのに、今では人生を共に歩む伴侶動物という形に変わってきました」
そこに「老犬老猫ホーム」が増える要因があると、林谷准教授は言う。
温泉ホテルを利用した「老犬ホーム」も
数の急増だけでなく、最近はさまざまな形の施設が登場している。群馬県みなかみ町の「水上温泉」。2014年に開業した「老犬介護ホーム みなかみ温泉寶ホテル」は文字通り、廃業した5階建てホテルを再利用している。
スタッフは4人。犬の体を洗うときは、大浴場の温泉を使う。宴会場などには絨毯や畳が敷かれている。衝撃が少なく、運動機能の低下した老犬たちがのんびり過ごすのに適しているという。気温と室温も常時チェックする。
スタッフの板橋かおりさんに介護の状況を聞かせてもらった。
「ご飯の何をどれぐらい食べたかも記録します。完食したか、残したか。自力で水場に行けないので、シリンジを使って飲んだ量も記録しています。大型犬で平均1リットルぐらい、中型犬だと500ミリリットルから700ミリリットル」「2時間おきに体位を変えます。羽布団で下を柔らかくしているんですけど、体位を変えないと、床ずれができ、腰骨の辺りから血や膿が出てくる」
どうして、そこまで丁寧な介護を?
「一頭一頭、大切な命というのもあります。飼い主さんがいる子は、(もともと)家庭でかわいがられていたのでこういう施設にいるんですけど、最期は家庭と同じように迎えてもらいたい、というのを大事にしています」
家族同様のペットを預ける理由
「みなかみ温泉寶ホテル」では、犬の種類などにもよるが、1匹を1年間預けると、約100万円の費用がかかる。先に紹介した茨城県つくば市の「ひまわり」はおおよそ50万円。ほかの施設も費用はさまざまで、施設の場所や介護サービスの内容、犬・猫の種類などによって、いくつもの料金設定がある。
仮に平均的な費用を年間40万~50万円と考えると、一般的な感覚では安くはないかもしれない。
飼い主たちは、家族同様に暮らしてきたペットたちをどんな思いで託すのか。千葉市緑区の「老犬ホーム 花園牧場」に足を運び、面会に来た人たちの声を聞いてみた。この施設は2009年にでき、今は約80匹を預かっている。
60代の女性は、13歳の犬を託していた。
「前の飼い主は一人暮らしの兄。脳梗塞のため65歳で亡くなり、私が預かった。心残りだったと思う。『バード君のこと頼みます』と遺言書に書いてあって。私が住んでいる環境は緑が一つもない。ベランダに出したら(犬が)ノイローゼになると思うから、ここに預けました」
若い飼い主もいた。東京都内に住む30代の女性。
「老犬なんでトイレが分からなくなって。マンションの一室がうんちやおしっこだらけになっちゃったんですね。共働きなので12時間、うんちもおしっこも変えてあげられなくて。(施設を探したら)都内だと100万円超もあった。面会に来やすい場所で良心的な値段だったので、ここに預けました」
「若かったら、世話できたと思う」
東京都武蔵野市に住む小島壮介さん(79)、裕子さん(71)夫妻は2014年10月、「ひまわり」で愛犬を看取ってもらった。雌のラブラドール・レトリバー「ボニー」で当時14歳。両脚が立たなくなったボニーを1年ほど自宅で介護していたが、夫妻とも腰を痛め、世話ができなくなったという。
裕子さんが振り返る。
「夜中にバタバタ(ボニーが)動いて、こっちも目が覚めて体位を変えて。若かったらできたと思うけど、大変ですよ、犬を持ち上げて階段を上がるのは。元気な時で24キロぐらい。やせてから20キロぐらい。オムツを替えるのも大変。自分たちで、って気持ちは最後まであったんですけど、娘が『ママたちが倒れたら大変』って」
その傍らで、壮介さんは「一番の理由は歳をとっていること。若かったら、なんとか頑張れたと思う」と言い、こう続けた。
「犬がだいぶボケて、意識が朦朧となっていたのが救いだった。(別れた後、面会に行っても)寂しそうな顔じゃなかった。こっちは寂しいんだけど。それが唯一の救いでした」
老犬ホームに預けるのは「最後の決断」
将来の「万が一」を考え、自分の元気なうちに預ける高齢者もいる。工藤隆さん、81歳。毎週のように40分ほどかけて「ひまわり」に来る。16歳の愛犬「ナナ」は今年1月に預けた。自身も高齢ながら、明るい性格で、ナナを抱き上げては「(自分の)子ども達よりかわいいね」と冗談めかして言う。
「もし俺が倒れたら、こいつが惨めだろうって。いつ、倒れるか、分からんから」
工藤さんは2年前、妻に先立たれ、高齢者専用住宅に1人で住む。ナナは定年後、子どもも独立したことから飼い始めた。「思い出がありますもんね。我慢強くて、どこ行っても好かれて。妻が亡くなった時、よく親戚のやつらに『寂しそうにしていない』(って言われたけど)、心の中じゃ参っちゃってた。でも、なんとか乗り切らなきゃいけない。ナナにも随分助けられましたよ」
花園牧場代表の高梨久枝さんは、飼い主の気持ちを「みなさん、預けることを心苦しく思っている」と代弁する。「基本的には家族と一緒ですから、最後まで面倒をみたいというのが本心。こういう老犬ホームに預ける決断は、本当に最後の最後だと思います」
※冒頭と同じ動画
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝