コンビニエンスストアのレジ脇に置いてある、透明な募金箱。大手コンビニ3社でこの箱に集まる「善意」は、総額で年10億円以上になる。大規模災害の発生時には義援金に切り替わり、東日本大震災の際には短期間で30億円近く集まったことも。約30年にわたり続いてきたコンビニ募金、その実態とは。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)
募金するのは、若い男性が多い
その額、年間10億円以上――。
これは、多くのコンビニでレジ横にある募金箱に集まる金額だ。お釣りの受け渡しのついでにさっと入れられる気軽さも手伝ってか、この小さな箱に寄せられる「善意」は年々増加。その年間総額は、セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートの大手コンビニ3社で、それぞれ3億円以上に達する。
各社とも、募金箱の形状は何度かマイナーチェンジしており、少しずつ省スペース化が進む。コンビニ募金が始まった90年代初頭はまだ、ゆとりのあったレジ横のスペースも、レジの多機能化や商品の陳列などで「狭き門」となっているからだ。
それでも、レジの真横の「指定席」は変わらない。店舗オープン時に各コンビニの本部から送られてくる「開店用キット」にも、募金箱は含まれている。1店舗にレジ2台というフォーマットが基本のセブン-イレブンの場合、レジ横の募金箱も必ず2つ設置する。
集まった募金は、各店舗で月に数回レジに入金。「募金」として本部へ送られ、売り上げとは別に処理されるシステムだ。
「募金額は、店舗の来客数・売り上げに比例する傾向があります。募金をしてくださるのは、圧倒的に20代から40代くらいまで。男性が多いですね」
こう語るのは、ローソンで寄付事業に取り組む環境社会共生・地域連携推進部の有元伸一さん。90年代初頭、同社は、大手チェーンでコンビニ募金にいち早く着手した歴史を持つ。現在では環境・緑化活動、ひとり親家庭への支援、アスリートが夢を持つ大切さを子どもたちに伝える活動、この3つを軸に募金を活用している。
「1992年に、まず『ローソン緑の街基金』として募金をスタートしました。ローソンの店舗数が4000を超え、社会インフラ化してきたタイミングで、『マチのほっとステーション』というキャッチフレーズを掲げたのと同時期ですね。当時の文書をいろいろと探ると、募金を通じて、店舗のオーナー、地域住民の皆さんとともに、『街』をよりよくしていこうという意志が感じられます。アナログなface to faceの会話を増やし、地域貢献のきっかけにするために募金箱を作ったという意図もあると思います。コンビニがしっかりと地域に根づくにつれ、募金箱の認知度も上がったのかなと」
ローソンでは、募金を使った支援活動にコンビニオーナーを招き、理解を深める取り組みも実施している。三重県松阪市で2店舗のローソンを経営する刀根孝司さんは今年2月、「JFAこころのプロジェクト『夢の教室』」に参加した。これはJFA(日本サッカー協会)との共催で、さまざまな競技の元選手や現役選手らを一般の学校へ派遣し、ゲームやトークを通して夢や目標を持つことの素晴らしさを子どもたちに伝えるものだ。
「実際に参加してみて、とても感動しましたね。一店舗の募金額は少額かもしれませんが、こういうふうに、生きた使い道があるんだと思いました。いつも、地域の方々と気さくに会話することを心がけているんですが、そうすると、募金をしてくれたりするんですよ」(刀根さん)
セブン-イレブン記念財団事務局の中村裕美さんはこう話す。
「店頭募金のはじまりは、オーナーの方々の『地域に対して何か還元したい』という意見からだったと聞いています。94年に募金箱を各店舗に1つずつ設置し、99年にサイズの見直しと設置数を各店舗2つに増やしました。その結果、98年には1億円あまりだった募金が99年には1億9600万円にまで増え、コンビニ募金の認知度が高まったという記録が残っています」
災害義援金の集まる場にも
毎年の募金額や寄付先はそれぞれに異なるが、コンビニ各社で共通するのが、大規模災害の発生時に「災害義援金募金」へ切り替える取り組みだ。一定の基準を超える規模の災害が発生すると、各店舗へ通達され、レジ横の募金箱が災害義援金募金に切り替わる(専用募金箱を用意することもある)。こうした災害義援金募金は、緊急性が高いこともあり平時の募金より注目度が高く、短期間に多くの金額が集まるという。
神奈川県逗子市でセブン-イレブンを営むSさんは、東日本大震災時の災害義援金募金が強く記憶に残っている。
「家の貯金箱をそのまま持って来られたり、小銭を詰めた重い袋を手渡されたり。特に、常連のお客様がたくさんの寄付をしに来てくれました。困った人を助けたいという気持ちがストレートに伝わって、忘れがたいですね」
ローソンの有元さんは、募金活動へのSNSの影響を指摘する。
「例えば先日タレントの指原莉乃さんが豪雨被災地となった地元大分県と日本赤十字社に寄付をしたニュースのあと、(指原さんの影響で)『日赤と組んでいるらしいから、ローソンで募金してきた』というツイートが上がったり。SNSで人の動きが機敏になっているので、非常時の募金の切り替えタイミングもスピードが問われています」
コンビニ募金は「寄付ビギナー」の位置づけ
東北学院大学経済学部の佐々木周作准教授は、行動経済学が専門で、「寄付」の研究をしている。コンビニ募金の寄付しやすさには、募金箱の場所や形状が大きく関係している、と語った。
「募金箱はレジのすぐ脇にあって、見た目が透明ですよね。会計の直後なのでお釣りを入れやすく、また、自分以外のたくさんの人がすでに寄付していることがよくわかる。これが、さらに新しい寄付を呼び込む仕掛けになっています」
行動経済学は、「人の意思決定の特徴や性質を明らかにする」研究分野。大事なことなのに実行を先延ばししたり、他人のことを思いやったりする現実的な人間像を前提として、経済や社会の問題を分析する学問だ。
「行動経済学では、主に4つの寄付動機があるとされています。『純粋な利他性』は、相手が喜ぶと自分も嬉しいから寄付するという動機。寄付する自分が好き、という『自己満足的な喜び』もある。『同調性』は、他の人がしているから自分も寄付するというもの。見返りを求めて寄付する、という持ちつ持たれつの動機が『互恵性』です」
「寄付は、一般的に高額で手続きが面倒というイメージがあって、寄付経験の少ない『寄付初心者』にはハードルが高い。でもコンビニ募金なら、少額のお釣りから始められて気軽です。また、透明な募金箱が、他の人もやっているから自分もやってみよう、という『同調性』に働きかける役割を担っています」
今回の取材では、コンビニ募金をする人物像として、20代から40代の男性が中心で、女性はあまり見られないという声が多く寄せられた。これはなぜなのか。
「その年齢層の男性は、普段あまり寄付しない人たちです。平均寄付額は年齢に比例して、高齢な人ほど寄付します。また、男性よりも女性の方が寄付する人の割合は高い。つまり、コンビニ募金は、寄付初心者が気軽に寄付できるシステムであり、日本の寄付文化の裾野を広げることに貢献してきたと言えます。そもそも、寄付経験者よりも初心者の方が、自分以外の人が寄付しているかどうかに影響を受けることが知られています。また、男性中心なのは、『人に見られている』という状況が関わっていると考えられます。コンビニ募金は、スタッフや他の客に見られてしまう。いい人だと思われるのが嬉しいと感じる人は男性に多く、女性は、人に見られながら寄付をすることに苦手意識を抱きやすいのかもしれません。また、女性は、具体的な寄付先や活動内容がその場でわかりにくいコンビニ募金には手を出しづらいという可能性もあります。」
コロナ、そしてキャッシュレス……。募金箱への逆風
これまで、総額も年々右肩上がりで推移してきたコンビニ募金。だが今年はいつもと様子が異なる。コロナ禍の影響だ。
「緊急事態宣言下は特に、単純に客数が減り、その分、平時の募金の金額も下がりました。小銭からの感染を気にされているかどうか、そこまではわかりませんが……」(ローソンの有元さん)
佐々木准教授は言う。
「一般的な災害の場合、被災したエリアと被災しなかったエリアが明確に分かれます。今回はたまたま安全だった人たちが、被災者を支えたいという気持ちと次はわが身という気持ちから寄付するという構図になります。東日本大震災の時も、日本国内だけでなく近隣の国々からも義援金が届きましたよね。でもコロナ禍は、今この瞬間に自分が感染して、支えられる側になる可能性がある。そのような状況だと、他人を支援するという意識が生まれにくいのかもしれません。コンビニ募金に限らず、多くのNPO・NGOが寄付金集めに苦労していると聞いています」
コロナ禍だけではない。現金前提の募金箱にとっては、キャッシュレスの浸透も「逆風」となる。コンビニ各社が推進する「ポイント」を募金に充てることも可能だが、浸透しているとは言い難い。現金を使わないセルフレジや無人店舗など、募金箱そのものがないケースも増えてきている。募金箱の衰退とともに、コンビニ募金も縮小していきかねないのではないだろうか。
「この店舗だからこそお金を入れたいんだとおっしゃる常連のお客様もいらっしゃいますので、募金箱というアナログな部分をどう残すのかは課題です。また、キャッシュレス募金に対するメッセージも今後は強めていく必要があると考えています。ローソンではLoppi募金、ポイント募金(Ponta/dポイント)が可能ですが、募金全体に占める割合は数%台にとどまっているのが現状ですので」(有元さん)
「レジのキャッシュレス化が進んでも、募金箱の設置は続けていく予定です。ホームページで当財団の活動を紹介しながら、各社のみなさまと連携し、キャッシュレスでの寄付を拡充していけたら」(セブン-イレブン記念財団の中村さん)
一方の佐々木准教授は、それほど悲観していない。
「例えばUber Eatsのアプリには、チップを渡す機能がありますよね。配達者のサービスの質を評価し、お礼としての金額を任意で選ぶ機能です。もちろん一般的な寄付のイメージとは異なりますが、コンビニでもキャッシュレス決済をする際に、このように画面上でパッと寄付できる仕組みが整っていくんじゃないでしょうか。コンビニは消費者の行動データの宝庫ですから、その分析に基づきコンビニ募金がどのように進化していくのか、とても楽しみです」
果たしてレジ脇の募金箱は10年後もあるのか。キャッシュレス募金は新たなる寄付層を生み出すのか。コンビニ募金がこの世に生まれてから、およそ30年。「小さな善意」がどこに向かうのか、今後のアップデートに期待したい。
最終更新:8/24 19:50