「リタイアしてからが、本当の"現役"ですよ」
これまでの人生でまったく縁のなかった新天地に暮らす鈴木総七郎さん(73)は、明るい表情で語る。
いま、全国から注目されている福祉施設がある。2014年にオープンした「シェア金沢」。敷地内には高齢者向けの住宅や、学生、障害児らが暮らす施設が軒を連ねる。そこには、高齢者の地方移住を考えるヒントがあった。(Yahoo!ニュース編集部)
増え続ける「待機老人」~首都圏の過酷な現実
厚生労働省によれば、2025年には団塊の世代が75歳以上になり、日本全体の後期高齢者の数は現在より533万人増加するという。うち3割以上が、東京・神奈川・埼玉・千葉の1都3県に集中する。地方に比べ、東京圏の高齢者の増加が顕著だ。有識者らでつくる民間研究機関・日本創生会議は、2025年には東京圏で13万人分の介護施設が不足すると指摘。都会に「待機児童」ならぬ「待機老人」があふれることになる。
アメリカ発のビジネスを日本流にアレンジ
地価が高く建設コストもかさむ大都市圏に高齢者施設を増やすのは容易ではない。そこで浮上してくるのが「高齢者の地方移住」という選択肢だ。
昨今、注目度が高まっているのがアメリカ合衆国で誕生した「CCRC」。1970年代に登場した継続介護付きリタイアメント・コミュニティ(Continuing Care Retirement Community)だ。最大の特徴は、健康なうちに移住し地域に溶け込むという点。現在、全米各地に約2000か所のCCRCがあり、居住者は約70万人に及ぶ。
高齢者の6割以上が地方移住を拒否
内閣官房が行った「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」によると、「移住を検討したいと思わない」という人が、60代の男女の6割以上を占める。住み慣れた利便性の高い都会を離れ、子や孫とも遠くなる地方での生活に不安を抱く高齢者は多い。そのため、アメリカのCCRCをそのまま導入しても、日本の高齢者問題が解決できるわけではないと指摘する声は多い。
そんななか、前述のシェア金沢は「日本版CCRC」と呼ばれ、一定の成果をあげている。ケアが必要になってから入所する従来の高齢者施設とは異なり、健康なうちに移住する人が大半を占めるのが特徴だ。
シェア金沢を運営するのは「佛子園」。長年、障害児のケアに携わってきた社会福祉法人だ。2年前、総工費17億円をかけてシェア金沢を開設した。4.5億円を国の助成金でまかない、残りを20年かけて返済していく計画だという。
1万1000坪の敷地には、高齢者向け住宅、学生向け住宅、障害児の入所施設、天然温泉、レストラン、スポーツ施設......とさまざま施設が立ち並ぶ。施設長の奥村俊哉さんは「子どもだけとか、高齢者だけの街ではなくて、ごちゃ混ぜの街づくりをしたいと思った」とそのコンセプトを語る。
「ごちゃ混ぜ」が生む高齢者の役割
杏林大学CCRC研究所の蒲生忍所長は、「ごちゃ混ぜ」という発想を「福祉の分野で実績がある佛子園ならでは」と評価する。CCRCの本家である米国はもちろん、日本でも珍しい試みだ。鈴木総七郎さん(73)は、神奈川県からここに移り住んだ。その「ごちゃ混ぜ」な暮らしとは......
鈴木さんの家賃は月額13万円。シェア金沢のなかにある障害児施設で週4日働き、月7万円の収入を得ている。また、施設内の売店で店番をすることもあるが、こちらは無給のボランティア。一方、大学生の家賃は月額4万円で、安価である代わりに月に30時間のボランティアが入居条件になっている。
入居者は単なるサービスの受け手ではなく、ときにはサービスを提供する側にまわる。その双方向性こそが、シェア金沢の特徴だ。敷地内にある温泉、レストラン、ライブハウス、雑貨店などの各施設は外部からのお客さんを呼び込むだけでなく、障害者の働き場所としても機能している。目指すのは、集まる人も目的も「ごちゃ混ぜ」の場所だ。定期的に音楽教室や料理教室などが開催され、近隣住民の学びの場にもなっている。「ただの施設で終わるのではなく、地域の人たちが求めてくれる場所にしていきたい」と奥村施設長は語る。
日本版CCRCに未来を委ねられるか
シェア金沢の運営費は年間約4億円。半分以上を、行政からの社会福祉費でまかなう。障害者が暮らしたり働いたりする施設が多い分、社会福祉費も多額になる。残りの運営費は入居者の家賃や、外部からの施設利用客の支払いを充てている。社会福祉費とコミュニティが稼ぎ出す利益のふたつを確保することが、持続可能な経営の軸になっている。
一方で、杏林CCRC研究所の蒲生所長は「日本のCCRCは未知数だ」とも指摘する。たとえば契約社会であるアメリカでは、CCRCに入居する際に事細かな契約書を交わすのが一般的。認知症を発症した場合、寝たきりになった場合...など入居後に起こりうる変化を想定し、それぞれにどのようなサポートが受けられるかを書類に明記しておくのだ。日本のCCRCでは、現状そこまでの契約はないという。
またアメリカのCCRCは、運営開始からの長い年月のなかで入居者の年齢が自然にばらけてきた。CCRCの歴史が浅い日本では、ほとんどの入居者は同世代。いまは活発に仕事やボランティアをこなす入居者たちが、同タイミングで要介護になる可能性は否定できない。「運営していくなかで、制度が整っていくことを期待したい」と蒲生所長は展望する。
今後、日本は国際的にも類をみない「多死社会」に直面する。連載「日本『多死社会』へ」では、多死の時代に変わりゆく現状や課題を全3回でレポートする。
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