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看取った後も終わらない――介護離職で先が見えず

2016/05/06(金) 16:30 配信

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「死のうかと何回も思ったし、父さんを殺そうと何回も思いました」

2年前、認知症だった父親を看取った渡辺紀夫さん(51)は、壮絶な介護の日々をそう振り返る。介護のために仕事を辞めた後も再就職はままならず、先行きは見えない。
(Yahoo!ニュース編集部)

内閣府によれば、医療・介護の必要性が高まる後期高齢者(75 歳以上)の割合は総人口の12.5%(2014年)。2060年には26%超に達する見込みだ。一方、介護を担うのは40代、50代の働き盛りの世代。総務省の「就業構造基本調査」(2012年)によると、働きながら介護をしている人は約291万人にのぼり、「介護離職者」は、年間10万人を超す。まさに、大介護時代が到来する中で、「仕事と介護」をめぐる課題は根深い。

介護離職を招く「責任感」と「罪悪感」

渡辺さんが父親の介護を始めたのは5年前。食品会社に勤めながら介護をしていたが、次第に食事や排せつの世話が必要になり、介護に費やす時間が増えていった。父は認知症のせいで暴れることもあり、年老いた母を家に残して出社することが不安だった。介護を始めてから2年、思い悩んだ末に会社を辞めた。

明治安田生活福祉研究所が2014年に実施した、介護開始時に正社員だった2268人を対象にした調査によると、介護離職を選んだ理由としてその第1位に挙げられたのは「自分以外に親を介護する人がいない」だった。渡辺さんもこれに当たる。かつては兄弟や親類が支え合って親を看取ることができたが、核家族化や未婚化が進む昨今、たった一人で負担を背負い込むケースが多い。

介護問題に詳しい立命館大学の津止正敏教授によれば、日本人は特に「長男・長女だから親の面倒を見なければいけない」「家族を守るのは家長の責任だ」といった"良き市民"像に縛られがちだという。親を施設に預けることに罪悪感を抱いたり、自分で自分を追い込む傾向があるのだ。

機能しない介護休業制度

国は「育児・介護休業法」で、「93日間の休業を申請できる介護休業」「年5日の介護休暇」「短時間勤務」などを企業に義務付けている。しかし、富士通マーケティングの2015年の調査では、介護と仕事を両立させている人のうち、実際に制度を利用した人は11.5%にとどまる。「会社に制度があるかわからない」という回答も2割近くあった。

出典:富士通マーケティング

介護休業制度を利用しない理由でもっとも多い回答が「今後、現在より休業が必要な状況がくるかもしれないから」だった。今後の展開がある程度は予想できる育児とは異なり、介護はいつまで続くか、状況がどう変化するのか、まったく先が読めない。そのため制度に頼るタイミングがわからずに利用を控えるケースが多いという。

父親の介護のために仕事を辞めざるを得なかった渡辺さんは、会社の理解が得られず、介護のための休みがとれなかった。津止教授は「中小企業では、社内に申請しづらい雰囲気が作られているケースもある」と話す。利用者数が伸びず身近にモデルがいないことが、さらに制度の利用を躊躇させる悪循環になっているという。

イメージ:アフロ

100人いれば、100通りの介護

もうひとつ、介護を支援する目的で定められている制度がある。2000年4月から始まった「介護保険制度」だ。要介護や要支援の認定を受けた高齢者が、訪問介護や施設入所などの「介護保険サービス」を少ない自己負担で受けられるというもの。だが渡辺さんは、この制度の利用も見送らざるを得なかった。腎臓病を患っていた父親には食事制限があり、施設に食事の世話を頼むことがむずかしかったためだ。渡辺さんは言う。「100人いたら、100通りの介護がある。だから、介護のことは一概には語れないんです」。

看取った後も介護離職の苦悩は続く

渡辺さんは離職後の1年間をひたすら介護に費やした。そして2014年2月に父親を看取る。そこからもう一度自分の人生を立て直そうと考えたが、待ち受けていたのは思い通りにはいかない現実だった。

渡辺さんのように収入が激減し、社会との繋がりが断たれ、孤立していく介護離職者は少なくない。厚生労働省によれば、正社員だった人が介護離職後に再び正社員として再就職できる例は半数に満たず、4人に1人は無職状態だという。たとえ介護が終わっても、先が見えない暮らしは終わらない。

イメージ:アフロ

これ以上、介護離職者を増やさないために

介護離職をすることで、本人は収入、キャリア、社会参加の機会を失う。企業は育てた人材とそこに付随するスキルや知識を失う。国や自治体にとっては税収が減り、場合によっては支援が必要な市民が増えることになりかねない。「三者にとって損しかない」と津止教授は指摘する。

「介護離職を未然に防ぐためには、複眼的な制度を整えていく必要がある」という。たとえば現在の介護保険制度は、介護される側の症状によって要介護の度合いを認定している。それに加えて、介護する側の事情も勘案すべきだというのが津止教授の主張だ。介護する側の性別、年齢、勤務体系などによって支援方法を変える柔軟な制度ができなければ、介護離職を食い止めることは難しいという。


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