日本のパン市場は「2兆円」ともいわれる。そのうち3割を占めるのがコンビニの「ふくろパン」。一つひとつが透明な袋で包まれているから、こう呼ばれてきた。いま、そんなふくろパンに新たな動きが見える。女性を意識した商品づくりや、メインのおかずとしての魅力を高めようという動きも出てきた。コロナ禍のいま、密封されたつくりが安心材料として見直されているともいう。そんなふくろパンのいまを追った。(取材・文:吉岡秀子、写真:高橋宗正/Yahoo!ニュース 特集編集部)
ふくろパンとコロナ・ショック
いま、コンビニの「ふくろパン」に注目が集まっている。
町のベーカリーやスーパーのパン売り場では、パン一つひとつが透明なフィルムで包装されるようになった。とりもなおさずそれは、新型コロナウイルスの感染防止策で外気にさらさないことが求められているためだが、コンビニの「ふくろパン」は以前からこれをやってきた。一つひとつを密封するのは、日本独特の商品文化かもしれない。コンビニ各社にふくろパンの売り上げについて聞いてみると、こう戻ってきた。
「近くのお店で買い物をすませようと、配慮されているお客さまが増えておられるのでしょう。食パンなど、ふだん召し上がるパンなどを中心に売り上げ前年比は2割ほど伸長しています」
仮に現在の状況でなくとも、春はふくろパンにとって「シーズン」だ。テレビのコマーシャルでおなじみの「ヤマザキ春のパンまつり」は、誰もが知る販促キャンペーンになっているし、製パン会社および、コンビニ各社が新商品を投入するのも春なのだ。
なぜ、春にパンがよく売れるのか。「ローソン」のパン開発担当者・村田文子(むらた・あやこ)さんに聞いてみると、こう返ってきた。
「過ごしやすい季節ということから、春や秋はパンが売れるんです」
特に春は新生活のスタートの時期で、そわそわ、ワクワクする頃だ。持ち運びがしやすく、手軽に食べられるふくろパンが重宝されてきたという背景がある。
フランスパンがふくろパン化
コンビニがふくろパン開発に本腰を入れ始めたのは、1990年代半ばにさかのぼる。当時、全国3万店を超えたコンビニ業界では各社の競争が激しくなっていて、違いを出すために多くのオリジナル商品の開発が進んだ。メロンパン、カレーパン、ソーセージパンなど、いま現在「定番」と呼ばれるパンの人気が定着し始めたのもこの頃だ。
それが今、新しい試みのふくろパンが売れ行きを伸ばしている。たとえばローソン発の商品で「フランスパン」がある。この2月に、自社ブランドの「マチノパン」シリーズで発売したものだ。
目指したのは、「脱、コンビニふくろパン」だったという。村田さんはこう話す。
「ふくろパンのコアターゲットは来店回数の多い30~40代男性でした。これを変えられないかと考えたんです」
町のパン屋さんには女性客が目立つのに、コンビニのパン売り場には成人男性や男子学生が多い――。村田さんは、「男性ファンが多い」ふくろパンの売れ方に風穴を開けたかった。そこで注目したのが、町のベーカリーで不動の人気だった「フランスパン」だ。もともと女性からの人気は高かったが、これまでのふくろパンでは商品化が少なかった。そう、意外にも盲点のパンでもあったのだ。
マチノパンで販売しているのは「ミルクとバターのフランスパン」「あんことバターのフランスパン」の2種類。狙い通り女性に売れているという。
この2つ、ベーカリーでなじみの深い「フランスパン」とは異なる点がいくつもある。まず、ミルクやあんこを使っている。そしてサイズが小さい。最後に、食感がやわらかい――。
「ほんとうにフランスパンなのか。菓子パンっぽいんじゃないの?」
こう疑いながら「ミルクとバターのフランスパン」を食べる。パン生地から小麦の香りが口いっぱいに広がった。確かに食感はやわらかいけれども、香ばしい外皮と中のふわっとした生地の相性はフランスパンそのものだ。トースターで焼くことで表面がパリッとし、さらに香ばしさが増すという。一見、型破りだが、フランスパンらしさはある。なぜこういうつくりにしたのか。背景にあるのは「女性消費者の声」だという。村田さんは、こんな声を聞いてきた。
「職場で食べることもあるから、手に持ったときに大きいのが恥ずかしい」
「食べ切れるサイズ感がいい。パンくずが膝の上にボロボロこぼれるのも気になる」
だからサイズを小さく細くしたし、やわらかい食感にもした。男性社員からは「ボリュームが足りないのでは」「満足感がないのでは」などと反対意見も出たが、あえて貫いた。コンビニの商品である以上、パン屋さんで売っている焼きたてと同じものはつくれない。それなら発想を変えてつくってみようとしたのが功を奏した。
「惣菜パン」という可能性
長年、ふくろパンを支えてきたのは男性客。それはいまも変わらない。手ごろな値段でボリュームもある菓子パンは、働く男性からの支持も厚い。
しかし、コンビニとしてはさらなる伸び代を見いだしたい。その際、何がきっかけになるのか――。「セブン-イレブン」(以下、セブン)の商品本部ベーカリー・スイーツ開発担当の赤松稔也さんは、今後のカギを「惣菜パン」に見ていた。
「パンは国内で2兆円市場です。コンビニ、スーパー間の競争も激しい。中でも熾烈なのが菓子パンです。多くの新商品が投入され、生き残るのはごくわずか。そのせいか、菓子パンはゆっくりと減少傾向に転じているんです。一方で伸びているのが惣菜パン。わかりやすい例でいえば、コロッケパンなどですね。要するに、メインのおかずになり得るパンです」
ヘルシー志向の人に敬遠されるなど、菓子パン分野が以前と比べて元気がないのは確かだ。赤松さんはこう言う。
「いま伸びている惣菜パンも、男性のお客さまによく売れます。しかし最近、お客さまの動きに変化を感じます。これまでにない売れ方をする、惣菜パンが出てきているのです」
例えば「香ばし3種の濃厚チーズパン」という、商品がある。セブンのグラタンで使っているチーズを使用したものだ。食材としては質の高いもので、リッチ系の惣菜パンといえる。赤松さんは、「スケールメリットを生かし、良質な素材を商品の分野を超えて使用している」と言う。
いま、これが若い女性にも売れているという。女性はチーズ好きが多いからというだけではない。顧客調査を行った末に導き出した仮説がある。それは「見た目」だ。
「町のベーカリーでも、多彩な具材を載せたパンが人気です。惣菜パンの価値は『どんな具材を使うか』にかかっていると思うんです。セブンで販売しているパンは密封されているから、香りを楽しんだりはできません。だから視覚にアピールするのが大事になってくる。たとえばパンの盤面(表面)をお皿に見立てて、どれだけ具材で飾れるか。女性の方にも支持をいただけるのは、こうした見栄えが影響しているのではないかと」
セブンの惣菜パンを牽引するのは、「香ばし3種の濃厚チーズパン」だけではない。ここしばらく人気ナンバーワンの「北海道産じゃがいものコロッケパン」も、見た目は迫力がある。盤面に具材を盛っているつくりではないが、パンからはみ出すほど大きなコロッケを使う。一つひとつ人の手で揚げたもので、この大きさはあえて狙っている。
セブンのパンは、どんどん見栄え重視になっていくのか。赤松さんに尋ねると、「そう簡単なことでもないんですよ」という答えが返ってきた。具材にこだわり、盛ろうとすれば、そのぶん人手がかかってくるというのだ。
「私たちは、専用工場で町のベーカリーと同じような製法で商品をつくっています。具材や見た目にこだわるほど、大量生産型の製造ラインでは難しくなってくるんです。私たちの惣菜パンが進化するには、製造工程や機材などの点で、イノベーションが必要になってくるんですよ」
吉岡秀子(よしおか・ひでこ)
北海道生まれの大阪育ち。関西大学社会学部卒。2000年ごろからコンビニ取材をはじめ、以来、商品・サービス開発の舞台裏やコンビニチェーンの進化を消費者視点で追い続け、各メディアで情報発信している。近著に『コンビニ おいしい進化史』(平凡社)。著書に『セブン-イレブン 金の法則』(朝日新書)などがある。