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岡本裕志

日本列島を襲う「水道管破裂」 老朽化の波が押し寄せる

2016/05/02(月) 20:31 配信

オリジナル

ある時、突然、地中の水道管が破裂し、水が地表に噴き出す――。そんな事態が日本のあちこちで起きている。水道管が破損すると、家庭や事業所への給水が止まる。復旧工事で道路が通行止めになることもある。統計によれば、「管路」と呼ばれる基幹の水道管だけで年間に約2万5000もの事故が起きている。背後にあるのは、水道管の老朽化だ。「蛇口をひねると、おいしい水が出る」が当たり前だった日本の水道。その「当たり前」に、じわりと危機が忍び寄っている。(Yahoo!ニュース編集部)

真夜中に水道管が破裂、1500世帯が断水

道路からあふれ出した水の勢いは、かなりの激しさだったという。国道は冠水し、路面は約5メートル四方にわたって陥没した。一部の舗装はめくり上がった。上下で計4車線の国道は一部通行禁止になり、渋滞は最大で約12キロにも及んだという。

昨年11月20日、長崎市三和町。市中心部から海沿いに南へ向かう国道499号で、道路下に埋設された水道管が突然、破裂したのだ。発生は真夜中の午前2時半ごろ。約1500世帯が断水した。

長崎市で昨年11月に破裂した水道管。埋設されてから45年がたっていた

冠水などの影響で、物資の配送が遅れるなどしたため、長崎市内の一部の小・中学校では給食が調理できない事態も起きたという。

「正直言って、えっ?と。自分たちも不安になりました」。長崎市上下水道局事業部水道建設課の三浦正秀課長は、事故当時にショックを受けたことを隠さない。

実は、同じ11月の10日と18日、長崎市内では同じような水道管の破損事故が起きていた。前2回の事故を受けて市は水道管の検査を各所で進めていた。国道499号下の水道管は、事故前日の19日夜に検査したばかりだった。

埼玉県川島町では2010年7月、長崎市と同じような水道管の破裂事故が起きた。水が高さ10メートルまで噴出した

市上下水道局は事故の直後、地元の記者にこう説明している。

「前日に住民から『水が少し漏れている』との通報があり、破損箇所を特定するために調査を行った。調査を終えて引き揚げていたときに、破損が起きた。きのう(19日)調査して、きょう(20日)の夜に工事する予定にしていました。それに間に合わなかった」

破損した水道管は口径45センチ。1970年に地下1.4メートルの場所に敷設されたという。完成から既に45年。「管の老朽化」による漏水だと、事前に原因も場所もほぼ特定できていながら、わずかな時間差で事故を防ぐことができなかった。

当たり前のように利用している水道に、危機が忍び寄っている(撮影:岡本裕志)

「次の破損がどこかで起きるんじゃないか」

三浦課長は当局の者でありながら、「正直言って不安になりますね。4回目、5回目がどこかで起きるんじゃないか、と。老朽化の管がかなりありますんで」と率直だ。

長崎市内には、明治時代からの水道管が網の目のように張り巡らされているが、水道管は地下にあるため、腐食などの検査が容易ではない。そんな複雑な事情が、三浦課長の発言の背景にある。

河川などから浄水施設へ水を引く「導水管」、浄水施設から貯水池へつなぐ「送水管」。そういった「管路」を含めて、長崎市内の水道管は総延長約2500キロに及ぶ。大正時代や昭和初期のものも多い。明治時代の管も2キロほど残っている。

長崎市内の水道工事の現場。新しい水道管を地中に埋めていく(撮影:岡本裕志)

「明治の管は今のところ、事故は起こっていません。100年以上です」。その一方で、国道499号下の管のように、45年で事故を起こすこともある。なぜ、違いが生まれるのか。三浦課長はこう説明する。

「敷設された条件や経過年数はもちろんですが、管は土質の状態や海水の影響も受ける。それと水圧。高い所、低い所(で差が出る)。一概に比較はできません」

長崎市上下水道局はそんなあらゆる条件を数値化し、それを元に更新の優先順位を決め、作業を進めている。

破損した水道管について説明する長崎市上下水道局の職員(撮影:岡本裕志)

「40年」とされる水道管の耐用年数は資産管理のための年数であって、現実の強度と一致しているわけではない。だから、三浦課長も「今回破損した箇所は40年以上過ぎていたものの、まだ大丈夫かなと(考えていた)。優先順位は低かった」と話す。

事故はその隙間を狙うかのように起きてしまったのである。

水道管の1割超が「耐用年数」オーバー

厚生労働省や日本水道協会のデータによると、日本各地に張り巡らされた水道管は延べ約66万キロに達する。地球を16.5周できるほどの長さだ。そのうちの12%にあたる延べ約8万キロが耐用年数を超えているという。

長崎市内で進められている水道の更新工事。道路を掘り起こして、水道管を取り換える必要がある(撮影:岡本裕志)

近年、高速道路やトンネル、橋などのインフラは傷みや劣化が進み、時に思わぬ事故を引き起こしている。その顕著な事例の一つで、2012年12月に起きた中央自動車道・笹子トンネル(山梨県大月市)は記憶に新しい。この事故ではトンネルの天井が延長約130メートルにわたって落下して多数の車両が下敷きになり、9人が死亡する惨事となった。

こうしたインフラの多くは高度成長期に建造され、半世紀前後の年数がたっている。バブル期前後に造られた構造物も、そろそろ耐用年数に差し掛かる。そうした中にあって、水道管の敷設はトンネルや高速道路よりも早い時期に行われたものが多い。

統計によると、導水管など水道事業の基幹を成す「管路」だけで、2013年度は2万5000件の破損事故が起きた。千葉、静岡、愛知、岡山、広島、福岡、鹿児島の計7県はいずれも1000件を超えている。

水道管は地中に埋められているため、老朽化の程度を把握するのが難しい(撮影:岡本裕志)

水道管の破損事故を少なくするためには何が必要なのか。逆に言うと、なぜ水道管の更新が進まないのか。水道事業に詳しい東京大学大学院工学系研究科の滝沢智教授(都市工学)は、ずばり「財源」だと答えた。

「水道は公営企業という形を採っています。財源は、市民が払っている水道料金。残念ながら、そこに水道管を更新する費用が十分に計上されてこなかった。単年度では収支バランスが取れていても、設備資産の更新費用が含まれていないのです」

こう指摘した上で、滝沢教授は次のような提言を口にした。

「水道は50年、60年は使えます。本来は、子や孫の世代との世代間のバランスも考え、料金を負担することが必要なんです」

長崎市の水道管は総延長約2500キロに及ぶ。その中には明治時代に敷設されたものもある(撮影:岡本裕志)

老朽管を一気に「更新」するのは無理

水道は蛇口をひねると、いつも水が出るように整備しておく必要がある。市町村などの事業者に課せられた「常時給水義務」だ。そのため水道工事は、断水の影響が少ない夜間を中心に行われることが多い。日本の水道は歴史が古く、地中を掘り起こすと、水道管の上にガス管や電気・電話線の管が敷かれているケースもある。勢い、工事費はかさむ。

先に示した長崎市の場合、1968年度から5年ごとの計画を作り、水道管の更新を進めてきた。現在は2013年度からの5年間で計80億円を投じる計画の最中にある。その次の5カ年はさらに費用の増額が必要だが、人口減少などの影響もあって必要な工事が実際にできるかどうか。市の三浦課長は不安混じりにこう言った。

「300キロ(の老朽管)を更新するのは、物理的、財政的に厳しい。(ある時期に耐用年数)40年以上になる管が一気に押し寄せてくると、一気に敷設換えはできません」

水道の水が我々の手元に届くまでには、さまざまなコストがかかっている(撮影:岡本裕志)

長崎市と似たような水道管の破損事故は、全国各地で起きている。新聞が報じた数例をあげると、こんな感じだ。

2013年4月 東京都町田市の住宅街で、水道管が破裂し、水が高さ10数メートルまで噴出
2015年9月 福岡県北九州市で、水道管が破裂し、国道が冠水
2015年10月 大阪市港区の半径1.5キロ圏内で、水道管4カ所が次々に破裂
2015年12月 長崎県佐世保市で、水道管が破裂し、約500世帯が断水
2016年3月 静岡県湖西市の市道交差点で、水道管が破裂し、道路が陥没

年間2万5000件、平均すれば1日約70件。財源不足や水道料金値上げの難しさの中、水道管の事故は止まらない。一つ一つは小さな出来事のように映る事故が、いよいよ奔流になろうとしている。

※冒頭と同じ動画

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:岡本裕志
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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