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高橋宗正

競合続々、バスクチーズケーキをめぐる戦い――コンビニ業界で「鬼門」だったチーズケーキを変革

2019/12/20(金) 08:25 配信

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2019年のスイーツ界のヒット商品はタピオカだけではない。「バスクチーズケーキ」はその筆頭だ。大手コンビニ「ローソン」発の「バスチー」が発火点となり、「セブン-イレブン」「ミニストップ」などの競合他社も続々参入。いまやコンビニだけでなく、大手スーパーなどでも独自開発の動きが広がる。長らくコンビニ業界では、目立ったヒット作がなく「鬼門」とまで言われたチーズケーキに変革をもたらしたバスクチーズケーキをめぐる動きを追った。(取材・文:吉岡秀子、写真:高橋宗正/Yahoo!ニュース 特集編集部)

レアでもベイクドでもないチーズケーキ

「バスクチーズケーキ」とは、スペイン側のバスク地方で食べられてきたチーズケーキ。日本で人気の「レア」でも「ベイクド」でもない新鮮な食べ心地が話題となり、街のスイーツ店では続々と新メニューとして投入された。様々なメディアでその名称が使われるなど、2019年を代表するスイーツになった。

ブームの火付け役は大手コンビニの「ローソン」だ。今年3月、ローソンは「バスチー」(税込み215円)という商品名で売り出し、自社のスイーツ販売記録を塗り替える大ヒットにつなげた。ローソンには2009年の発売以降、10年にわたって同社の看板スイーツの座を守ってきた「Uchi Cafe プレミアムロールケーキ」というスイーツがある。この商品が、売り上げ100万個を突破したのは発売から5日目のこと。

バスチーは3日で100万個を突破。記録を2日間更新したのだ。

新しい風を感じたのか。コンビニ業界最大手の「セブン-イレブン」(以下セブン)が動く。10月8日に「バスクチーズケーキ」(税込257円)を発売したのだ。

好調な売れ行きのなかで販売終了したセブンの「バスクチーズケーキ」。「セブン―イレブン史上最高においしいチーズケーキ」を謳う

発売時、セブンのスイーツ売り場には「濃厚バニラカスタードのシュークリーム」という売り上げ1位の商品があった。シュークリームは不動の人気を誇る商品だったが、バスクチーズケーキはあっという間にその1位の座を奪取。売れに売れ、発売から1カ月半ほどで売り切れ(現在)にまでなった。広報担当者は言う。

「予想をはるかに上回る販売で、原材料の供給の都合によりいったんは販売を終了せざるを得ません。これほど短期間で、たくさんのお客様から支持をいただいたスイーツは今年ありませんでした」

バスクチーズケーキという新顔には、セブンのこだわりがこめられている。それは何かといえば、「本物志向」だ。ちまたで販売されているバスクチーズケーキには、日本でなじみの深いカラメルを塗って焦がしたものがある。ところが、バスク地方で食べられているものにカラメルは塗られていない。表面に焦げはあるものの、あくまでそれはチーズケーキの表面を焦がしたもの。セブンはその調理法を再現しているのだ。

バスクチーズケーキ商戦には「ミニストップ」も続いていて、10月22日に「バスク風チーズケーキ」(税込み226円)を発売した。開発を担当したパン・スイーツ商品部の本間みぎ葉さんによると、開発のきっかけは東京・白金にできた専門店の人気。チーズケーキの新しい潮流に触発されたのだという。

ミニストップの「バスク風チーズケーキ」。ミルク感のある風味が特徴だ

「目指したのはミルク感のあるやさしい甘さ。高温で焼き上げ、ほろ苦いカラメルソースを合わせています。しかし、食感と焼き加減をどうするかは苦労しました」

広報担当の篠原淳一さんはこう話す。

「発売直後の売れ行きには驚きました。ほかのスイーツと比べて、初速の売れ行きが4倍から5倍もの勢いなんです。爆発的といってもいいもので、いまも売れ続けています」

他のコンビニと同様、ミニストップでは次から次に新スイーツが投入される。競争は熾烈で、店頭に定着するスイーツはごくわずか。しかし、バスク風チーズケーキは定番化をうかがう勢いだという。開発の本間さんはこう言う。

「フレーバーを変えるなどして、今後も販売を続けていきたいです」

お酒にも合うバスクチーズケーキ

食品スーパーマーケット「成城石井」も動いた。9月1日に「バスクチーズケーキ」(税込み431円)を送りこんでいだ。

成城石井の「バスクチーズケーキ」。価格は431円。安くはないが、売れ行きは好調だ

バイヤーで商品本部・乳日配課の高瀬信彦さんは、こだわったポイントをこう話す。

「甘さは控えめに。北海道産純生クリーム、クリームチーズの味わいを強めに押し出し、白ワインやシャンパンにも合う味に仕上げました」

お酒、オードブルの品ぞろえに力を入れる成城石井ならではだ。高瀬さんによると、現在までに30万個を売り上げていて、リピーターも多い。そのため「定番化を考えている」。30代、40代女性の人気が高く、18時以降の遅めの時間帯に売れている。仕事帰りに買って帰る女性が目立つという。

ローソンの「バスチー」。黄色いパッケージにバスチーの黒文字が載ってきて、存在感がある

火付け役、ローソンのチャレンジ

1年を通じて、各社が参戦したバスクチーズケーキ商戦。なぜこのチーズケーキはここまで人気になったのだろう。話は、ブームを切り拓いたローソンに戻してみよう。

まず真っ先に言えるのは、味そのものだ。

しっとりとなめらか。チーズの風味は濃厚で、そこにカラメルのビターな甘さが加わってくる。プリンのようでもあるし、エッグタルトのようでもあり、これが消費者に新しい体験として受けとめられた。その裏には、ローソン開発陣の大胆なチャレンジ精神があった。開発を担当した、ローソンのシニアマーチャンダイザー東條仁美さんはこう言う。

東條仁美さん。本場スペインでバスクチーズケーキを食べたという

「(ローソンには)10年もの間、ロングランで売れてきたプレミアムロールケーキという存在があります。大きな成功体験。ただし、ロールケーキの存在を意識すると、大胆な挑戦ができなかった。ですから今回は、ゼロベースから新感覚の商品を作ろうと考えたんです」

そこで浮上したのが、バスク地方のご当地スイーツ「バスクチーズケーキ」だった。テストで作ってみたら、1回目からおいしい。「いけるのではないか」と手応えがあったという。ただ、いかんせん、日本でのなじみがない。どう売るか。

販売促進に携わったマーケティング本部・井上由佳子さんは、こう振り返る。

「商品名は? パッケージデザインはどんなものにしたらよいのか。これほど、様々な意見が出た開発は珍しかったですね」

井上由佳子さん。「開発は急ピッチだったが、楽しかった」という

たとえば商品名だ。コンビニという業態は「さっと商品を買える」ことに強みがある。お店に長時間滞在し、商品を吟味する人は多くはない。ぱっと見て知らない名前のものはスルーしがちなのだ。今度の商品はそうなりかねない懸念があった。

「それなら、最初から」と考えた。短くて語感のよい商品名にしたらどうだろう。すでに社内では、短くて呼びやすいという理由から「バスク」とか「バスチー」などという名称を使っていた。いつ振り切ったのか。井上さんはこう振り返るのだった。

「販売促進の担当メンバーと、夜まで議論をしていたら疲れてしまって、飲みに行ったんです。そしたら2人で意気投合し、『やっぱ、バスチーでいいよね!』となったんですよ」

名称をポップに振り切ったあとは、パッケージも目に鮮やかな黄色にした。ところが、東條さんは口ごもった。「社内で、なかなか支持を得られなかったんです」

実はコンビニ業界で「チーズケーキ」は売りづらく、「鬼門」の商品だった。社内でも数限りない商品が作られてきたものの、まずもってその見た目は個性を出しづらい。味を変えても特徴が出しにくく、厳しい目線で見られたが、東條さんらはテスト販売に踏み切る。

ローソンのバスチー。しっとりとしたざわりで濃厚な味

テスト販売の舞台は、スイーツが平均的に売れる店舗を選んだ。販売価格は100円台、200円台で4パターンを設定した。結果は、

「……どれも驚くほど売れた!」

200円超えという高価格帯のものが売れたのは驚きだった。

「コンビニでチーズケーキというジャンルは売りづらい」――その思いこみをローソンが打開した瞬間といっていいだろう。

コンビニスイーツがもっとも売れる季節は、クリスマスのある12月だ。ローソンでは、チーズクリームで雪化粧をした「スノーバスチー」という新商品を発売するという。様々なスイーツが投入されるこの時期、入れ替わりに退場していく商品は多いけれど、新バージョンまで用意されるバスチーへの期待は大きい。新たな定番に名を連ねても、なんら不思議ではない。

井上さんのアイデアノート。バスチー発売前のスケッチだ


吉岡秀子(よしおか・ひでこ)
北海道生まれの大阪育ち。関西大学社会学部卒。2000年ごろからコンビニ取材を始め、以来、商品・サービス開発の舞台裏やコンビニチェーンの進化を消費者視点で追い続け、各メディアで情報発信している。最新刊に『コンビニ おいしい進化史』(平凡社)。著書に『セブン-イレブン 金の法則』(朝日新書)などがある。