ケーブルテレビ局で働くパク・ジウンさん(26)も結婚のイメージはよくなかった。
「結婚は韓国では不利な“契約”だからしなくていい」と母親から言われて育ったからだ。地方出身で50代前半の母親は高校卒業後、「女に勉強は必要ない」と父親から言われ、大学進学を諦めた。一度は社会人として働いたが、結婚するとやめざるをえなくなり、専業主婦として生きてきた。パクさんはそんな母親の姿を見て育った。
「今お付き合いしている人はいて、結婚の話も出ます。ただ、周囲の男性はまだ『女性は家を守るべきだ』みたいな古い価値観にとらわれている人が多い。働きながら子育てをする女性に対しては『子どもがかわいそう』といった冷たい視線も感じます。だから、現実には結婚はまだ……」
それでも、結婚へと気持ちが揺れる瞬間もある。それは新婚夫婦への“特典”を考えるときだ。
韓国では新婚夫婦を優遇する制度がある。なかでも人気が高いのが住宅関連だ。例えば、新婚夫婦が家を購入する際、通常よりも低い金利が保証され、チョンセでも借入額の上限が上がる。
「将来、家のためだけに婚姻届に押印してしまうかもしれない」
パク・ジウンさん(撮影:Junwoo-Cho)
「恋愛、結婚、出産……」多くを諦める「N放世代」
2019年2月、韓国統計庁は2018年の合計特殊出生率が「0.98」を記録したと発表した。出生率で1を割り込んだのはOECD加盟36カ国の中で唯一だ。ちなみに、同じく少子化に悩む日本の同年の合計特殊出生率は1.42だった。
出典:「OECD Family Database」、CDC「National Vital Statistics System」、厚生労働省「人口動態統計」ほか(図版:ラチカ)
韓国の出生率が急激に下がり始めたのは2000年代に入ってからのことだ。
2005年に当時の世界最低水準(1.08)を記録したことを受け、翌2006年、韓国政府は少子化対策の一環として初めて「低出産・高齢社会基本計画」を打ち出した。その後、育児休業中の給付金支払いや育休期間などをサポートする政策が次々と実行された。
だが、いずれの政策もはかばかしい効果はみられず、出生率はおおむね下がり続け、未婚率も上昇した。30代前半の韓国女性の未婚率は、1995年に6.7%だったのが20年後の2015年には37.5%と大幅に増えた。同世代同時期の日本女性の未婚率は19.7%(1995年)から34.6%(2015年)。韓国の急増ぶりがうかがえる。
出典:韓国統計庁「人口総住宅調査」、総務省「国勢調査」(図版:ラチカ)
背景のひとつは、雇用や賃金の悪化だ。労働や雇用の面から社会問題を研究する梨花女子大学のイ・ジュヒ教授はこう話す。
「韓国では1997年の経済危機の後、労働市場の構造改革を行い、非正規雇用が増え始めた。そこから5~7年経った頃から出生率が急降下しました。『3放』という言葉が使われ始めたのもこの頃です」
韓国では2000年代半ばに「3放世代」(サンポセデ)という言葉が誕生した。「恋愛、結婚、出産」を諦める世代(20~30代)という意味だ。その後、「5放世代」(3放+持ち家、人間関係)となり、さらに「夢、希望」が加わって「7放世代」になった。最近では、諦めなければならないことが数え切れないと「N放世代」という言葉も使われている。
(撮影:Junwoo-Cho)
その上で、少子化の要因には未婚者の増加もあると指摘する。結婚した女性の出生率は、それほど変わっていないからだ。イ教授が言う。
「未婚率上昇の要因は経済的な面だけでなく、文化の劇的な変化も背景にあります。インターネットが広まり、結婚しなくても自分の好きなことをして暮らせるなど、さまざまなライフスタイルを知った、という文化の変化です。要因が複雑だからこそ、(企業が)労働時間を短縮して家族や自身のための時間を増やしたり、公共の保育制度を見直したり、“総合的で芸術級”の政策が必要です」
イ・ジュヒ梨花女子大学教授(撮影:Junwoo-Cho)
20~30代を対象にした韓国統計庁による2018年の意識調査で、「結婚しなければいけない」と答えたのは48.1%だった。2010年には64.71%だったが減り続け、若者全体の半数以下にまで落ち込んだ。一方で、「結婚しなくとも一緒に暮らせる」と答えた人は40.5%から56.4%と上昇。「出産」という選択の前に、「結婚」を選択しない層が広がっていることがうかがえる。
非婚を志向する生活共同体
“非婚”を志向した共同生活を営む男女のグループも現れている。彼らは結婚や子どもを持つことについてどう考えているのか。
ソウル中心部から電車で15分ほど、再開発で高層ビルが立ち並ぶ孔徳駅から少し離れた、低層アパートが広がる一角にその家「孔徳洞(コンドクトン)ハウス」はあった。
同ハウスは暮らし方をともに悩み、考えることを掲げており、メンバーの年齢は20~30代、女性5人、男性4人の9人だ。
孔徳洞ハウスの周辺(撮影:Junwoo-Cho)
代表の女性、ホン・ヘウンさんはフリーの企画者兼著述家だ。9人はFacebookのコミュニティーサイトで知り合ったという。
「結婚の反対が非婚ではなく、社会がいう“正常”な結婚からはみ出た、そのすべてが非婚に含まれると思います。結婚しなくともさまざまな暮らし方があります。国家が承認する結婚という形をとらなくとも、よりよく楽しく過ごす、そんな関係性はつくれないものかと考えてこういう形になりました」
共同生活を始めたのは2018年秋のこと。広さは43平方メートルで3DK。9人のうち居住メンバーは現在4人だ。全員が常に一緒に暮らしているわけではない。
家賃は5万2000円ほどで、保証金は約100万円。ダイニングは隣の1部屋とともに大きな共有スペースとして使い、読書会などのイベントも行う。ほかの2部屋は寝室と書斎として使用し、いずれも共有空間だ。
左から、孔徳洞ハウスに暮らすホン・ヘウンさん、弟のホン・ソンジョンさん、メンバーのキム・ブンホンさん(撮影:Junwoo-Cho)
韓国では、「非婚」というと、大手企業勤務や弁護士など経済力のある未婚女性がイメージされやすい。だが、ヘウンさんはこれに異議を唱える。
「非婚を選択するのに経済力は関係ありません。結婚しないのであれば、経済力がなければならないというのも納得できません」
「女性にとってこの国は不平等」
今は別の場所で一人暮らしをしている女性、キム・ブンホンさん(仮名)は、結婚したほうがいいのかなと考えるときもあると打ち明ける。
「『一人暮らしはいいが、病気になったらどうするのか』と両親に言われて、それが心の片隅にあります。新婚夫婦には特別な制度が多いので、誰とでもいいから一緒になってその“特典”を受けちゃうのもありかも、なんて思ったりもします」
ブンホンさんは大学入学を機に地方からソウルに出て、大学の寄宿舎などで一人暮らしを続けてきた。両親はともに教師だったが、家事の負担などはすべて母親が担っていたという。そこに男女の不平等を感じていた。
「女性にとって、この国は不平等なんですよね。そのため、母は私に幼い頃からこう言ってきました。『経済力は必要よ。経済力があれば結婚はしなくてもいいの』」
そんな母親の影響もあって、ブンホンさんは収入が安定している看護師の道を選んだ。
(撮影:Junwoo-Cho)
代表のホン・ヘウンさんは「結婚以外にも、生き方の選択肢はある」と強調する。
「社会が認める“家族”という形からこぼれると、何のケアもないというのはおかしな話です。従来の血縁型の家族でない人間関係にも社会のセーフティーネットがあり、社会的な家族として認めるのが正常な社会だと思うんです」
ハウスには、ヘウンさんの弟ソンジョンさんも暮らす。きょうだいの父親はキリスト教の牧師だったが、経済的にも精神的にも家父長的な役割をしてくれる人ではなかった。そのかわり、母親が身を粉にして働いて育ててくれたという。
ヘウンさんには現在、恋人もいて、ハウスで一緒に暮らしている。当初は結婚も考えていたが、今は結婚ではなく、非婚を選択している。そうしたのは、孔徳洞ハウスでできた人間関係を壊したくなかったからと、ヘウンさんが言う。
「もし結婚したら、彼は私の夫で、弟ソンジョンの義兄になる。でも、ブンホンの友だちという関係はどうでしょう。『ヘウンの夫』という役割がつくと、その役割のせいで、今の彼らしくなくなってしまうのでは。私自身、結婚して『彼の嫁』としての役割が重視されたときに、『個人としてのホン・ヘウンはどこへ?』という疑問もあります」
(撮影:Junwoo-Cho)
子どもを持つことについては、どう考えているのか。ブンホンさんは、「子どもはほしくない」と言う。
「子育て中の友人は、『子育てにはコミュニティーの“手”すべてが必要なのに、手を差し伸べてくれるような人がいない』とこぼしていました。夫に相談したくても、残業があって子育てを手伝えるような時間もないし、育児休業をとりやすい環境でもない。女性への負担が大きすぎます」
ヘウンさんも、「子育てしたくなったら、出産も考えますが、今はそう思いません」と話し、こう続けた。
「子どもを育てたいと思える社会ではありませんし……」
孔徳洞ハウス代表のホン・ヘウンさん(撮影:Junwoo-Cho)
儒教の影響が薄れていく過渡期
儒教の影響を強く受けた韓国社会では、男尊女卑の傾向が長く続いてきた。家によっては正月や盆、祭祀などの準備から介護などまで、「嫁」という立場になった女性への負担は、今なお小さくない。
家族社会学が専門のソウル市立大学都市社会学科のイ・ユンソク教授は、20~30代の若者の親世代が儒教の影響を受けた最後の世代だとし、現在は過渡期だと指摘する。
「韓国は1997年に経済危機が起きて、同時にIT大国へと舵を切った。そこで古い価値観が崩壊して、新しい価値観が流入した。家族は愛情や犠牲を伴うものだったのが、それがすべてではないという新しい価値観を知った。ただ、そうした変化の縁のあたりに、儒教社会の影響が残っている。今は少しずつその影響が薄れていく過渡期で、自分にとって家族や結婚、子どもとは何かを探している過程ともいえるでしょう」
ソウル市立大学のイ・ユンソク教授(撮影:菅野朋子)
今の韓国の若い女性たちが、結婚や子どもを持つことを遠ざけている背景には、韓国社会で刻々と変わっていく女性の生き方や家族の価値観と旧来の価値観が衝突していることもあるようだ。
孔徳洞ハウスのヘウンさんは、非婚は単身で暮らすことではないと続ける。
「今の韓国の社会では、結婚をしない今の関係性をきちんと理解してもらうのは難しく、とても悩ましいです。望むような社会になるにはまだ遠いのかなと思います」
(撮影:Junwoo-Cho)
菅野朋子(かんの・ともこ)
ノンフィクションライター。1963年、宮城県生まれ。出版社勤務、週刊誌記者を経て、フリーに。現在、韓国在住。著書に『韓国発! 日本へのまなざし 好きになってはいけない国。』(文藝春秋)、訳書に『わが教え子、金正日に告ぐ 脱北エリート教授が暴く北朝鮮』(新潮社)などがある。
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