米国のトランプ政権が在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)の大幅な増額を迫っている。日本政府は否定しているが、その額は現行の4倍超とも報じられている。要求をのめば、負担額は約8700億円へ。「日本の安全」のために、この額は適正かどうか。「日米同盟は日本の基本」という立場の専門家の間でも意見は割れる。識者3人に聞いた。(文・写真:当銘寿夫/Yahoo!ニュース 特集編集部)
思いやり予算は1978年に始まり、金額などを決める協定は近年5年ごとに見直されている。現行協定の期限は2021年3月。このため、改訂に向けた議論は今年前半から本格化する見通しだ。
在日米軍駐留経費のうち、「ホスト・ネーション・サポート(思いやり予算)」と呼ばれる日本側の負担は、提供施設などの整備費用、基地で働く労働者の賃金や福利厚生などの費用、光熱水の費用などに充当される。2019年度予算は1974億円。拠出は日本の自主的な判断に基づくと説明されてきた。
日本政府はこのほか、沖縄の米軍再編に関するSACO(沖縄に関する特別行動委員会)関係経費や米軍の再編に絡む関係経費なども負担している。これらの合計は予算ベースで5823億円だ。
単に払うのはよくない。増額分は"日米共通の訓練"に
渡部恒雄・笹川平和財団上席研究員
笹川平和財団安全保障研究グループ上席研究員の渡部恒雄さんは「トランプ大統領は安全保障や同盟の価値を全く理解できない人。金銭に置き換えられる価値でしか理解できない」と言う。
「しかし、費用負担に関しては、大統領の言うことをむげにできません。なぜなら、日米首脳の良好な関係が日米同盟を支え、日本やアジアの平和を担保しているからです」
戦後の日本は憲法の平和主義に基づき、「軽武装」を貫く一方、安全保障は米国依存で進めてきた。そして驚異的な経済成長を遂げる。日本による「安保タダ乗り論」が陰に陽に米国側でも問題になったのは、そのためだ。
「思いやり予算の始まった1970年代後半、米国には日本の経済力が脅威になっていました。経済力を軍事力に変えて、今で言う中国みたいな存在になって、やがて米国に対抗してくるんじゃないか、という懸念もあった。そこで、米国側を安心させる狙いもあって、思いやり予算の発想が出てきました」
「ただ、日本を取り巻く状況は変わりました。集団的自衛権も行使できるようになり、米国と一緒に軍事作戦ができる体制になった。現状は、日本も米国もそれぞれ相手と組むことはプラス。ウィンウィンの関係なんです」
ところが、トランプ大統領の考える日米関係は1980年代で止まっており、(一方が得をすれば他方が損をする)ゼロサムゲームの発想になっている、と指摘する。
「2017年2月にマティス国防長官(当時)が来日した際、『(日本は)他の同盟国の模範』と発言しました。日本は現時点でも米軍駐留経費の70%以上を負担している。既に十分な額を負担しているんです。(在日米軍の規模が大きく変わらないのに)その4倍を払えというのは、要するに『実際にかかっている経費以上のお金を払え』ということです。そうなったら、米軍が日本の傭兵のような位置付けになりかねず、米軍にとっても良くない。米軍や安全保障の関係者からすると、お金だけもらっても困るんです」
では、着地点はどこにあるのか。
「増額要求の部分は、例えば、サイバー攻撃から在日米軍と日本を守るための共通の防衛費として計上する。それなら米軍も合意しやすい。日米共同の防衛費ならば、日本の安全保障にもプラスだし、米国もその分の予算を減額できる。このような提案を『お金』の形に置き換えることができれば、トランプ大統領はそれなりに納得するのではないでしょうか」
渡部氏は続ける。
「トランプ氏の再選は五分五分とみています。でも、民主党政権でも日本がより多くの防衛負担を引き受けることは歓迎されるでしょう。NATO加盟国が『防衛予算をGDPの2%まで引き上げる』と合意したのは、オバマ政権のときですから。同盟国に負担増を求めていくトレンドは変わらないと思います」
交渉の道筋を日本側はどう描けばいいのか。
「米議会では、共和党も民主党も日米同盟への支持は大きく、『日米同盟こそが中国に対抗する重要な手段』と考えている。だから、トランプ政権が続いても民主党政権になってもいいように、日本は粘り強く交渉を進めていくべきです」
「米国への反発から日米関係の信頼が損なわれることは避けるべきです。日本があまりにも安易な妥協をすることも良くない。日米同盟は日本国内の支持を得てこそ成り立つので、それを失うような交渉では本末転倒になってしまいます」
戦後100年経っても「在日米軍基地」を続けるのか
植木千可子・早稲田大学大学院教授
「歓迎すべき状態ではないが、要求にはある程度イエスと言わざるを得ないだろう」--------。それが、植木千可子・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の見方だ。
植木教授はあるとき、フランスの研究者からこう問われたという。「日本は戦後70年以上、在日米軍基地によって安全が担保されてきたが、あと何年この体制を続けるのか」と。
「戦後100年経ったときにもこのままでいいのか、という議論は今からやっておくべきだと思います。つまり、今回の要求は、負担の額の問題ではあるけれども、日本の安全を確保する仕組みの問題でもあるわけです。仮に自衛隊の役割を拡大するなら、対米交渉以前に、自分たちの国の安全をどう確保するのかという議論からスタートしなければなりません」
植木教授の考えでは、増額要求に「ノー」を言う場合、日本には大きく二つの選択肢がある。
「一つは、国連や米国と一緒になってもっと軍事行動に積極的に参加していく方向です。二つ目は負担を減らす分、日本が自分たちで自分たちを守るようにする方向です。米国に依存しなくても済むように、日本独自の防衛力を増強する一方で、中国や韓国など周辺諸国との関係を良くし、周辺の脅威(の度合い)を下げていく。その前提として歴史問題を直視し克服する努力が必要となります。どちらの選択肢も大きな変化と覚悟が要ります」
「ただ、この二つの選択肢よりも『お金で解決できるなら、お金を払ったほうがいい』と考えている国民のほうが多いのではないかと考えています。そういう意味で、ある程度イエスと言わざるを得ないだろう、と」
ただし、要求通りの増額に応じたとしても、国民には「米国は本当に守ってくれるのか」という疑問は残り、在日米軍基地による負担への不満も残るだろうという。
「米中対立が深まると日本はその間に立たされる。日本は言われた金額をただ負担するのではなく、日米でこの地域をどう安定させていくかという長期戦略を提示していく必要があります」
「現在、防衛予算はGDPの1%程度の範囲内です。諸外国に比べると低く、防衛費に予算を向ける余力はまだある。ただし、日本は安全で、平和で、かつ少子高齢化を迎えています。国民の感覚として、防衛予算を増やすという機運は高まっていません」
だからこそ、日本は平和を維持するための方策を議論すべきだと、植木教授は言う。
「限られた財政の中で、安全を確保するための予算を増やしていくか、どう使っていくか。その議論を、政党間だけでなく、国民を交えて議論することが重要です。『アメリカ任せのままでいいのか』と日本国民が議論し始めると、アメリカとの在日米軍駐留経費負担の交渉にも影響を与えるはずです」
自主防衛に予算を回すことも考えながら対応を
武田康裕・防衛大学校教授
武田康裕・防衛大学校総合安全保障研究科教授は「これ以上、米軍の駐留経費を負担する理屈は成り立たない」と強調した。
「在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)を含む日本側の支出と、人件費を含めた米国側の支出割合はおおむね5対5。金額の面でまずバランスが取れていると言えます」
効果や恩恵の観点でも、日米双方のバランスが取れているという。
「トランプ氏は大統領選のときにも『日本は在日米軍経費の全額を負担すべきだ。そうでないと米軍撤退もありうる』と言っていました。4倍増に関する報道が出たときは『米軍のおかげで日本は恩恵を受けているからその分を上乗せしている』という説明がありました」
日本が受けている"恩恵"とは何か。
「ひとことで言えば在日米軍による抑止力です。前方展開部隊と核の傘、ミサイル防衛システムの3本柱で成り立っている。これらを日本独自で賄った場合、合計1兆7000億円の財政負担が必要になります」
一方、日本は在日米軍のために、思いやり予算を含め総額で約6000億円を支出している(2018年度予算ベース)。
「つまり、日本は約6000億円の費用で1兆7000億円分の恩恵を受けている。費用対効果はおよそ3倍です」
米国側も同等以上の割合の恩恵を受けているという。どういうことか。
米国が在日米軍全体に投じている予算は、年間約53億ドルになる。武田教授によると、米国会計検査院が原子力空母の母港・横須賀の海軍基地の機能を米国本土を拠点に展開した場合の費用を試算したところ、約144億ドルという結果が出た。
仮に横須賀基地がなければ、同じ水準の軍事プレゼンスを維持するには5〜9個の空母打撃群が必要になる。1個当たりの空母打撃群の年間経費を約16億ドル(1990年度の1ドル140円換算)として試算すると、最大9個の空母打撃群が必要な場合、144億ドルの費用がかかる。
横須賀基地分だけの費用を算出した資料がないため厳密な比較ではないが、横須賀基地を日本に置くだけで、かなりの恩恵を受けていることになる。米側の費用対効果も約3倍になる計算だ。これ以外にも、佐世保基地の保守・点検機能、青森県や沖縄県にある世界最大級の通信傍受施設の機能などを考慮すれば、優に3倍を超えることになる。
「ただ、トランプ政権が『日本はもっと負担を』と持ち出した原点には、やはり『日本だけが一方的に守られている』という片務性がある。その指摘自体は間違っていません。ですから費用対効果を第一に据えて、『要求には応じられない』と突っぱねることは、適切ではないかもしれません。日米同盟全体のコスト分担という視点に立てば、在日米軍と在日米軍基地の費用対効果だけでなく、両国防衛予算の対GDP比という要素も無視できないからです」
武田教授は「自主防衛」も視野に入れて議論すべきだと考えている。
「米国は既にオバマ政権時代に、世界の警察官ではない、と明言しています。だとすると、日本は米軍による日本防衛に関し、米軍の関与が確かかどうかをケース・バイ・ケースで確認しないといけない。在日米軍の経費だけに着眼して、無条件で米国向けにお金を積むことは、日本の国益から考えると、いいやり方ではありません」
「むしろ、そんな感じで増額するくらいなら、日本の自主防衛にお金を使って片務性を軽減するほうがいい。もう少し、日本の安全は自分で守る。個別的自衛権の分野では、日本にやれることがまだあります。日本のエネルギー資源をきっちり確保するためのシーレーンの防衛、それに島嶼防衛とミサイル防衛。この三つは重要です」
武田教授は言う。
「『自主防衛の負担は大きすぎる』と納税者が言うのであれば、自衛隊の自主防衛と米軍の抑止力を組み合わせながら進めることになる。ただ、国民一人ひとりにとって、安全はものすごく大事なことですが、他の価値を犠牲にしても重要視すべきだという考えは取るべきではないと思います。それは福祉についても言えることです。安全も大事ですし、福祉も大事。要はどういうバランスを取るかです」
当銘寿夫(とうめ・ひさお)
記者。琉球新報記者を経て、2019年に独立。Frontline Press(フロントラインプレス)所属。