当銘寿夫

ある日突然「不発弾が出た」高額負担迫られる地主も――戦時の遺物、法律はあいまい

10/17(木) 7:41 配信

第2次世界大戦中の遺物であっても、不発弾は今も爆発する恐れがある。それがあなたの生活圏や自分の土地で、ある日突然、見つかったら?――。実は、日本では今も再三、各地で不発弾が見つかっている。年間の処理数は約1400件。今年に入っても、沖縄県や鹿児島県、名古屋市、札幌市などで住民を避難させての不発弾処理が自衛隊の手で行われた。日本では、不発弾処理に関する責任の所在が法的にあいまいで、地主らが高額の処理費用を請求されたこともある。現場で何が起きているのか。まずは、東京五輪会場の近くで行われた処理の様子から。(文・写真:当銘寿夫/Yahoo!ニュース 特集編集部)

東京五輪の会場間近で「処理」

3連休最終日の今年9月16日。

東京都江東区の有明地区のマンション建設現場に、早朝から自衛隊員や区の担当者らが続々集まってきた。来年の東京オリンピック・パラリンピックでテニス競技の会場となる「有明テニスの森」はすぐそこ。豊洲市場も間近だ。

処理の開始は朝8時半。住民らは近隣の学校に避難し、付近の交通も一時的にストップさせた。

不発弾の処理を担当したのは、陸上自衛隊東部方面後方支援隊第102不発弾処理隊である。埼玉県の朝霞駐屯地にあり、関東地方で不発弾が見つかるたびに出動する。この日は、中森勇第一処理班長が隊員3人と一緒に処理壕に入り、信管を取り外す作業に当たった。

信管を抜いた不発弾をつり上げる

1時間ほどの作業中、雨は片時もやまなかった。70年以上前の爆弾とはいえ、一歩間違えれば、大惨事になる。

作業を終えた後、中森班長は「普段の訓練通りやりましたので、大きな緊張はありません。ただ、雨が降っていたので、滑りやすいところには十分注意してやりました」と話した。

不発弾処理を担った陸自・第102不発弾処理隊の中森勇第一処理班長(左)。隣は山根光隊長

27年ぶりの不発弾 区役所も戸惑う

この場所での処理は、実は今年3回目だった。江東区危機管理課の山田英典課長は言う。

「不発弾の撤去処理作業は、区としても1992年以来、27年ぶりです。どうやればいいのか、分かる人もいないし、慣れてもいない。全庁挙げて協力しないといけない、となりました。北区と港区も平成の時代に(不発弾処理が)あったので、対応の状況を聞きながら、私たちも走ってきた。費用をどうするんだとか、豊洲市場の休場日に合わせないといけないとか」

実際、今年4月5日に1発目が見つかると、区役所内はてんやわんやだったようだ。不発弾は米国製の500ポンド焼夷爆弾で、重さ250キロ弱。全長は120センチ、直径は約35センチある。起爆させる信管が残っていたため、そのまま敷地外に運び出すのは危険で、現地で「安全化処理」する必要があった。

江東区の不発弾処理現地対策本部。ホワイトボードに必要事項が書き込まれていた

江東区によると、250キロ弱の焼夷弾を信管処理する場合、通常、半径250メートルから300メートルの範囲を警戒区域に指定しなければならない。指定されたエリアは立ち入り禁止だ。現場を中心に円を描くと、総戸数約600戸の高層マンション、清掃工場、レインボーブリッジも含まれた。首都高速道路も通行止めにする必要がありそうだった。

山田課長が続ける。

「もっと狭めないといけないとなって、困った、困った、と。自衛隊さんに『うまい方法ないですか』と尋ねたら、防護壁を造るやり方がある、と」

鋼板製の防護壁で囲って1トンの土のうを積み上げれば、警戒区域の半径を100メートルぐらいに狭くすることができる。

江東区危機管理課の山田英典課長

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