米軍最大の輸送ヘリ「53E」は、なぜ、相次いで墜落事故を起こすのか――。米国の大学を拠点とするジャーナリストたちが、その謎を追い続けている。同じ型のヘリは2017年10月に沖縄県でも炎上したが、原因は今も「不明」のままだ。このヘリは米国内でも多数の事故を起こし、これまで130人以上の米軍兵士・軍属が死亡している。「死亡事故最多のヘリ」でもある。チームの調査は、どこまで真相に迫ったのか。(取材・文=大矢英代、当銘寿夫/Yahoo!ニュース 特集編集部)
米軍大型ヘリが炎上
話は2年前、2017年10月11日の沖縄から始めたい。
沖縄本島北部の東村(ひがしそん)高江。午後5時過ぎ、農業を営む西銘(にしめ)晃さん(66)は、仕事を終えたところだった。ふと前方を見ると、巨大な黒煙が上がっている。自宅の方角だった。驚いてトラックに乗り込み、アクセルを踏んだ。
父から携帯に着信が入る。「おまえの牧草地に何かが墜落したようだ」。現場に到着すると、数人の米兵が「爆発するかもしれない。近づくな」と大声で叫んだ。
目の前で、米軍の大型輸送ヘリが炎を噴き上げていた。米軍普天間飛行場所属の「CH-53E」だった。
あれから2年。現場を訪れると、事故の痕跡はどこにもなかった。数日前に刈り取りを終えたという牧草が、海からの潮風でゆったりとなびいている。
現場から西銘さんの自宅まで、わずか300メートルほど。「もし自宅だったら」との恐怖は今も消えない、と西銘さんは言う。
「(空を)意識するようになっている。特にさ、(事故後も)あちこちで事故が起こっているでしょ? 心配になるわな」
米軍は事故後すぐに飛行を再開し、昼夜を問わず訓練を続けている。取材中も、バラバラバラという重低音が響いた。大型の米軍ヘリが飛行していく。夫の横で、妻の美恵子さん(65)はこう言った。
「落ちると分かったから、怖くてね……。しかも、真上というか、突っ込んでくるような飛び方。余計、恐怖心があって。心臓がドキドキして……」
輸送ヘリ「53E」は、全長約30メートル、重量31.7トン。兵士なら55人、貨物なら14.5トンを積載できる。海兵隊所属は「CHスーパースタリオン」、海軍所属は「MHシードラゴン」と呼称は異なるが、いずれも同型機だ。運用は約40年前の1981年から始まり、今も世界中で運用されている。
米軍で最も大きなこのヘリは、米軍にとって「死亡事故最多ヘリ」でもある。事故の実態はどうなっているのか。なぜ、事故が続くのか。
その調査を続けているのが、米カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院に拠点を置くジャーナリストたちだ。「調査報道プログラム(IRP)」に参加するメンバーたちが独自ニュースの制作・配信を続けている。
大学を拠点に「真相」を追う
IRPは非営利の調査報道メディアとして、寄付によって運営されている。専属のジャーナリストが約10人、取材手法などを学ぶ院生・学生のスタッフが約30人。20〜30代前半が中心だ。
創設者のローウェル・バーグマン名誉教授は、米国のタバコ産業の不正を暴いた調査報道ジャーナリストとして、映画『インサイダー』のモデルになった人物だ。今は、ニューヨーク・タイムズ紙の元記者が若い世代を率いている。
53Eの墜落事故を追う取材は、2014年に始まった。
IRPの大学院生が「海軍に所属していた親友が53Eヘリの墜落事故で亡くなった。原因を突き止めたい」と考えたことがきっかけだった。取材は、ドキュメンタリー映画プロジェクトとして進められ、作品『Who Killed Lt. Van Dorn?(ヴァンドーン大尉を殺したのは誰?)』が昨年10月に公開された。上映は今も全米で続いている。
米軍の事故調査報告書や内部文書を入手し、関係者へのインタビューを重ねる地道な活動。監督のザック・スタッファーさんは言う。
「取材で明らかになったのは、53Eヘリの墜落事故は防ぐことができたということ。それなのに、米軍は問題を知りつつ、対応を怠ってきたということです」
ヴァンドーン大尉はなぜ事故死したのか?
2014年1月8日早朝。バージニア州の海軍基地で、パイロットのウェス・ヴァンドーン大尉(当時29)を乗せた53Eヘリが訓練飛行中に炎上し、海に墜落した。大尉は、他の乗員と共に病院に搬送されたが死亡。乗員5人のうち、生存者は2人だった。
大尉には、妻と幼い2人の息子がいた。
夫の突然の死。悲報を受けた大尉の妻、ニコールさんは悲しみと絶望の中で、何とか事故の真相に迫ろうとしていた。IRPもそんなニコールさんに会うなどして、取材を進めていく。
ニコールさんはIRPの取材チームに、夫の日記を見せている。そこには「誰もが責任逃れをしている」「ファーストクラス(上級階級)の連中は、いったい何をやっているんだ?」といった言葉が書き残されていた。
大尉の母親にも、53Eにまつわる忘れられない記憶があるという。
「息子に『いつか私も、あなたと一緒に53Eヘリで空を飛んでみたい』と言ったんです。その時、息子はまっすぐに私を見つめて、こう言いました。『母さん、大事な家族をこんなガラクタになど絶対に乗せられないよ』と」
IRPのチームはさらに取材を進め、53Eヘリに関する過去すべての事故調査報告書を入手した。
分析した結果、最も深刻な事故「クラスA」(機体の損害200万ドル以上、もしくは死者が出た事故)は58件。死者は軍属4人を含め132人に達することが分かった。ほとんどが訓練中の事故死だった。
ヴァンドーン大尉らが死亡した事故の後も、ノースカロライナ州(2015年・死者1人)、ハワイ州(2016年・死者12人)、カリフォルニア州(2018年・死者4人)と同型機の死亡事故は続き、その都度、前途ある若い兵士たちが死亡している。今年6月には、カリフォルニア州・ミラマー基地所属の53Eが訓練中に火を噴いた。
監督のスタッファーさんは言う。
「事故調査報告書には『パイロットの操縦ミスが原因』などと書かれているケースが多々あります。しかし、人的ミスというのは一番簡単な理由です。根本的な原因を突き止めなければならない、と思いました」
見えてきた「事故原因」とは?
取材班は、じわじわと「なぜ?」に迫っていった。
53Eヘリは運用開始から既に40年近く。本来なら引退させるべき老朽機だ。しかし、代わりとなる後継機の導入計画が狂い、53Eを使い続けるしかない状態に陥っていた。映画の中で、米軍のメカニック、クリス・ハミーさんは「連日連夜、53Eヘリの修理に追われている。それでも(不具合が多く)ヘリは飛んでくれない。技術士泣かせだ」と語る。
訓練実施を最優先させる上官の方針も、技術士たちには重圧だったという。ハミーさんはさらに言っている。
「とにかくヘリを飛ばすことが優先で、安全確保は二の次だ、と(言われた)。訓練中に大事故が起きない限り問題ない、と」
実は、亡くなったヴァンドーン大尉自身も事故の前、パイロットとして不安を訴えていた。2012年、海軍の聞き取り調査に対し、大尉の語った内容が録音テープとして残されている。
「機体のメンテナンスが手抜きだ。若手に『きちんとマニュアル通りにメンテナンスをしたのか』と聞くと、『やっていません』『時間がないんです、スケジュール通りにヘリを飛ばさないといけないし』などと言う。マニュアルも指導体制も機能していない」
取材班はさらに、決定的な資料を入手した。
大尉の死亡事故に関する海軍の内部文書だ。そこには「出火元はナイロン製バンド」と明記されていた。
そのバンドを写したものが、下の写真だ。赤で示した円の中央部に、複数の電子ワイヤーがあり、それを束ねる黒いバンドが見える。これが問題のナイロン製バンド。後ろに密着している円筒形のものが、金属製の燃料パイプだ。
内部文書によると、飛行中の揺れによる摩擦によって、黒いバンドがワイヤーを保護する被覆を破った。さらに、バンドは燃料パイプに微小の穴を開け、空気中に燃料が漏出。むき出しになったワイヤーからの火花が引火、爆発した。キャビンは炎に覆い尽くされ、出火からたった15秒で機体は海面に墜落したという。
このワイヤーは「カプトン・ワイヤー」と呼ばれる製品で、燃料パイプのような金属との摩擦によって爆発する危険性があったのだ。
実は、カプトン・ワイヤーの問題については、海軍も気付いており、運用開始から間もない1987年にはこれの使用中止を決めている。
ところが、使用中止は、新たに製造される機体のみが対象とされ、カプトン・ワイヤーを使用している既存の151機には適用されなかった。
こうした事情を背景に、事故の遺族たちは53Eヘリの製造企業を訴える裁判を起こした。事故死の原因は部品の不備にあり、メーカーに責任がある、という主張だ。
ルイス・フラネキー弁護士は言う。
「みんな、死の危険を分かったうえで米軍に入隊しています。しかし、米軍、ましてや製品が原因で殺されるなど、兵士たちは誰も了解していません。きちんとした製品を使用していればヴァンドーン大尉は死なずに済んだ。責任者が対応を放棄し続けた結果が、彼を死なせたのです」
このほかにも“新事実”は明らかになった。
53Eを製造したシコルスキー・エアクラフト社は海軍に対し、30年以上も前から再三、問題のワイヤーを別の物に交換すべきだと提言していたのである。ところが、海軍はこれを拒否。1998年に3度目の提言が行われてから、ようやく「検討する」との対応に変わった。
問題のワイヤーを原因とする事故が、これまで50件以上起きていたことも判明した。
米軍はなぜ、危険性を承知していながらこのワイヤーを使い続けたのか。
海軍の内部文書には「危険性は認識している。だが、ワイヤーの交換は順を追って段階的に行われるべきだ」と明記されていた。理由は予算不足だという。
取材班に加わり、53Eの問題を追及してきた「バージニアン・パイロット新聞」のマイク・ヒクシンバーグ記者は、ある司令官の言葉を鮮明に覚えている。
「『53Eは金食い虫だ』と言ったんです。53Eはやがて引退する。ワイヤーの交換に多額の修理費を充てるなら、他に使い道があると」
世界最大の軍事予算をもつ米軍は、最新の兵器や戦闘機の開発に湯水のごとく予算を投じ、その陰で安全確保のための修理費は削られてきた、と取材チームは指摘する。
沖縄の事故 火災の原因は「電気配線の漏電による火花」
2年前の沖縄での事故は、何が原因だったのだろうか。
防衛省は昨年12月、米国から提供された事故調査報告をHPで公開した。火災の原因は「漏れ出た燃料が、エンジン区画内の電気配線の漏電による火花、又は高温の金属に触れたことによって発生したものと思われる」とある。漏れ出た燃料、電気配線からの火花……。ヴァンドーン大尉の事故を連想させる言葉が並ぶ。
そのうえで、報告は「根本的な原因の特定には至らなかった」「乗員が今回の火災を予期し、又は予防することは不可能」と結論付けている。
自分の牧草地にヘリが落ちた西銘さんによると、この2年間、米軍や防衛省から事故原因についての説明は何もない。
「何で(被害者の私に)報告しないんだろう。一切ないよ。この地域の人たちが不思議に思っているのは、乗員は全員生きているのに、その原因さえも分からないのか、ってことなんだよ」
海兵隊報道部によると、在日米軍が保有するCH-53Eはアジア・太平洋地域全域で運用されている。問題を抱えたままの機体が、沖縄をはじめ日本各地で飛び回っている。
潰されてきた米兵の声を表に
ヴァンドーン大尉の妻、ニコールさんは生前の夫についてこう回想する。
「彼はいつも葛藤していました。上官たちは誰も僕の訴えを聞いてくれない、何をしても問題を解決することはできない、と」
技術士のハミーさんは、大尉の死後、海軍上層部に問題を告発し、海軍をクビになった。改善を訴えたことが「不適切行為」と見なされたからだ。
監督のスタッファーさんは言う。
「米国には、米軍を尊敬、賛美する文化があり、米軍や米兵たちを特別な社会的地位に押し上げてきました。一方で、米軍は批判対象から外されてきた。でも、軍の内側を見ると、組織の中で苦しみ、声を上げながら潰されてきた兵士たちがいました。彼らは、僕らと同じ人間です。今回の調査報道ドキュメンタリー映画は、米軍の組織改善のために必要な、健全な批判です」
スタッファーさんらIRPにはこの間、米軍関係者からの情報提供が相次いだという。
その一つ、2015年6月に作成された米軍の内部文書には「既存のCH-53Eヘリのうち実戦に使用できる機体は23%」と書かれていた。既存ヘリのほとんどが使い物にならないという内容だ。
だが、53Eの使用を海兵隊は2032年まで続ける。海軍では使用中止の見通しは立っていない。
調査報道ドキュメンタリー映画『Who Killed Lt. Van Dorn?(ヴァンドーン大尉を殺したのは誰?)』
大矢英代(おおや・はなよ)
ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督。共同監督作品『沖縄スパイ戦史』(2018年劇場公開)で第92回キネマ旬報ベスト・テン文化映画1位などを受賞。米国在住。「国家と暴力」をテーマに米軍の性暴力問題や犯罪などを取材。新たなドキュメンタリー作品の撮影を続けている。@oya_hanayo
当銘寿夫(とうめ・ひさお)
記者。琉球新報記者を経て、2019年に独立。Frontline Press(フロントラインプレス)所属。